「ごきげんよう」
「あ、よ、よ、よ、よ、よ、由乃さん!?」
由乃が薔薇に館に入るなり、祐巳さんがおもしろいくらいに焦った顔で近づいてきた。
あまりにも慌てているのか、後ろにいる志摩子さんや乃梨子ちゃんには気付いていない。
「どうしたの、祐巳さん。そんなに慌てて」
「えーっと、その〜あーっと…つまりはかくかくしかじかで」
「祐巳さま、本当にかくかくしかじかって言うだけでは分かりませんよ」
乃梨子ちゃんが的確なツッコミをしてくれたけど、祐巳さんは変化もなくオロオロしている。
が、よく見ると、どこか嬉しそうにも見える。
焦っているが、嬉しくもある。どんな状態なのだろうか。
「とりあえず、2階に行きましょう?話はそれからでも…」
「に、2階はダメ!!」
祐巳さんは階段の前までダッシュして、がっしりと通行止めした。
かなりのデフィエンス力だ。
「じゃなくて。どうしたの祐巳さん、ホントに今日変だよ」
「え〜っと、あ、けどみんなにも見せた方が…あー、けど…」
さらに祐巳さんはブツブツと独り言を初めだし、奇行に磨きがかかって来た。
「もう。とりあえず2階行くよ?」
由乃は立ちふさがる祐巳さんをグィッとどけ、階段を上ろうとする。
由乃に祐巳を押しどける力があったのが意外だったのか、少しの間祐巳さんは呆けていたけど、
我に返るとガシッっと由乃の制服の袖を掴んだ。
「あだっ!もう!ホントにどうしたの?」
思わず転げ落ちそうになるが、グッと我慢する。
「いや、だって!みんなに見て欲しいけど、見て欲しくないんだもん!」
「はぁ?」
なんだその矛盾は。
そんな事を言おうとしたとき、突然2階の扉が開いた。
「うるさいですわよ!祐巳たま!祥子たまが寝ているんですから、静かにしてくださいまし!」
瞳子ちゃんの声はすれども、姿は見えず。
扉は開いているが、姿は見えず。
「はい?」「え?」「あら?」
三者三様の反応をする中、祐巳さんは静かに頭を抱えた。
部屋に戻ると、3人はさらに困惑した。
無理もないだろう。瞳子ちゃんだけじゃなくて、祥子さままで『小さく』なっていて、さらには
イスに座って――と言うか、『イスに乗って』――寝ていたんだから。
その小ささもまた絶妙で。ちょっと大きめなぬいぐるみというか、瞳子ちゃん4分の1というか……
「祐巳さん……なに自然と瞳子ちゃんを抱きかかえてるのよ」
「え?あ、ご、ごめんね瞳子ちゃん」
由乃さんの言葉で、ハッと我に返るといつのまにか瞳子ちゃんを抱きかかえていた。
いや、だってちょうどいい大きさだったから…。慌てて机の上に置こうとしたら、
「べ、別にこれくらいですわ。これくらいの高さの方が、元の大きさと同じくらいでおちつきますから」
なんて言いながら、瞳子ちゃんは祐巳の腕にしがみついてきた。
顔が真っ赤で、耳までそれは浸透していたけど、あまりにも可愛かったので、祐巳はそれでいいことにした。
「さて、では原因解明でもしますか」
「そうね。ずっとこのままと言うわけにもいかないでしょうからね」
そんな祐巳を尻目に、乃梨子ちゃんと志摩子さんは何故かノリノリで、あごに手を当てながら祥子さまの方へ
歩み寄っていった。さすがは別名・名探偵乃梨子とその助手志摩子。まぁ、今名付けたんだけどね。
由乃さんなんかは、すでにやる気がないみたいで、自分で紅茶を入れに行ってしまった。
「まず、祐巳さま。この現象が起きたのはいつ頃ですか?」
「えーっと、ここに来た時はお姉さまが本を読んでいて……私が紅茶を淹れようとしたらすぐに瞳子ちゃんが来て、
2人で紅茶を淹れることになって……」
「祐巳たまの作業があまりにも遅いから、わたくちが淹れたようなものでしたけどね」
祐巳の胸に抱かれた瞳子ちゃんが茶々を入れてきた。
出る言葉は憎まれ口だが、その顔は幸せそうだった。
「もう、瞳子ちゃんヒドい!えっと……で、3人でお茶を飲んでいたら、いつのまにか眠くたってきて、お姉さまも
瞳子ちゃんも眠そうだったから、ちょっとだけ寝るつもりで、3人で寝ちゃって…」
「……それで、起きたらこうなっていた。と」
乃梨子ちゃんは2、3度ふんふんと頷きながら、なにか考え込んでいる。正直、これだけの話でなにか分かるはずが無い。
だけど、乃梨子ちゃんはなぜかメモをとっている志摩子さんと何か話し合っていると、ポン!と手を叩いた。
「わかりました!犯人は―――祐巳さまですね!!」
乃梨子ちゃんは、バッチリと祐巳を指差しながら、声高らかにそう告げた。
乃梨子の推理が長ったらしかったので要約すると、祐巳の作業が遅れていたのは瞳子ちゃんにばれない様に
その『薬』を紅茶に混ぜていたかららしい。
祐巳がどこで手に入れたか分からないが、人を小さくする薬を可愛い瞳子ちゃんと、愛しい祥子さまに使えば、
それはもうすごいことになるのでは。それが動機だと言う。
「ってこの扱いの低さはなんだ!?」
乃梨子ちゃんがなにか喚いているが、祐巳としてはどうしようもない。
「うん、そうだよ。すごいね乃梨子ちゃんは」
「って肯定してるし!」
乃梨子ちゃんの面白いくらいにオーバーなリアクションを見ながら、祐巳は胸の中の瞳子を撫でた。
「だってさぁ、もう。これは仕方ないじゃない?こんなにさーこんなにさー」
いや、むしろ撫でくり回している。そんな感じだ。
勿論、瞳子ちゃんの顔は幸せそうだった。
「……つまり、私達を入れたくなかったのは1人で楽しもうとしてたから。というわけね」
「う、うん。でも、瞳子ちゃん案外順応早くてさ。お姉さまは寝ているし、ちょっとどうしようか迷ってたんだ」
……黒い。いや、灰色か。こんな灰色な祐巳さんは久しぶりに見る。
そんな事に戦慄しながら、いままで我関せずを貫いていた由乃が重い腰を上げた。
それと同時に、傷心の乃梨子ちゃんの世話をしていた志摩子さんも近づいてきた。
どうやら、志摩子さんも同じ気持ちのようだ。
由乃と志摩子は、ほぼ同時に祐巳さんに耳打ちをした。
「「その薬、いくらでなら売ってくれる?」」
なんと、親友のよしみでタダでくれるという。流石は祐巳さん。さすがは親友。
そうと決まれば話は早い。とばかりに、由乃はさっさと帰っていき、続くように志摩子さんも乃梨子ちゃんを連れて
帰っていった。
部屋に胸に抱かれる瞳子ちゃんと、寝ている祥子さま、祐巳だけが残された。
そして、心配そうに瞳子ちゃんは祐巳を見上げる。
「……祐巳たま。いいんですか、言ってあげなくて」
「え?なにを、瞳子ちゃん」
そこに、祥子さまがパチクリと目を覚ました。
「あら祐巳…どうちたの、瞳子ちゃんなんか抱えて……あら、私も小さくなっているの?」
祥子さまは、開口一番そんな事を言った。小さな自分を見回す姿が、とても素敵だった。
(お姉さまも順応早いなー。まぁ、説明の手間省けていいんだけどね)
「祐巳たま、鼻血が出てますわよ」
そして瞳子ちゃんに鼻血を拭かれる中、ふと、祐巳は1つだけ言うのを忘れていたのに気付いた。
「(そうだ……2人に「一日戻らない」って事と、「副作用でその後半日は1.5倍に大きくなる」こと言ってなかった…)
しまったなー…ってあれ?なんで瞳子ちゃん知ってるの?」
「なにを言っているんですか。すぐに順応したのがおもしろくない。ってわたくちにすぐに打ち明けたじゃないですか。
怯える姿がかわいい。って」
「まぁ、祐巳。そんな事をしたの?だめじゃない、わたちも起こしてくれないと」
祥子さま、論点はそこですか。と言おうと思ったが、紅薔薇の血筋なのではないか。と思い放置しておいた。
「けれど、どうするの?明日は休日で休みとして、半日は人目につかないほうがいいのでしょう?」
「はい。だから、瞳子ちゃんの家で3人で泊まる事にしたんです!ねー瞳子ちゃん」
「そ、それは祥子たまが心配なだけで…というか、祐巳たままで泊まる必要はないんじゃないですの!?」
「いや、だって3人でいた方が楽しいでしょ?それに私のせいでこうなったんだから、けじめはつけるよ!」
まぁ、ここまでの流れを込みで練った計画だからね。と内心ぶっちゃけてみた。
「ところで、こんな薬どこで手に入れたの?」
「え……っと、それは秘密です」
まさか聖さまに自分もやられているから。なんて事は言えず、祐巳はとりあえず今の幸福感をかみ締めることにした。
ちなみに、次の日にわざわざ瞳子ちゃんの家にまで由乃さんと志摩子さんの抗議の電話がきて、
軽く合計1、2時間ほどの説教を受けた事も、甘んじて受けておくことにした祐巳だった。