【1593】 戦う乙女達は何を引き換えにしても  (七式 2006-06-07 05:36:05)


(注)クロスオーバー物です。「衛士」と聞いて分かる方はどうぞ。
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某月某日、帝国軍武蔵野衛士訓練学校。
遂にこの日がやって来てしまった。
本日13:00時より、講堂では第十一期卒業生叙任式が行われる。



思えば祥子先輩は誰よりも厳しい人だった。
教官に徹底的にシゴかれた後、追加でトラックを20周も走らされたり。
訓練用のゴム刀でボコボコに殴られたこともあった。
トレーチャーの自習に付き合ってもらった時には、私が吐くまで止めようとしなかった。
正直、何度恨んだか知れない。

「祐巳、そんな事で一人前の衛士になれるとでも思っているの?」

「祐巳、泣いている暇があったら一歩でも前に進みなさい。」

「祐巳、戦場ではね、限界に追い込まれた時に、そこから再び立ち上がれるかどうかで生死が
決まってしまうの。さあ立ちなさい。立って向かってきなさい。」

繰り返し繰り返し叱咤された。
どんなに辛くても、どれだけ許しを乞うても、決してその手を緩めてはくれなかった。
時には教官よりも厳しかったかもしれない。
何故こんなに私に厳しく当たるのだろう?
私に何の恨みがあるのだろう?
真剣に悩んだ。でも文句は言えなかった。きっと軍隊とはこういう所だから。
そして私は祈った。1日でも早くこの人が任官しますように……と。

でも、ある日私は知ってしまった。
本格的な実機訓練に移ろうというその日、訓練教官から教えられた現実。
テレビでは知ることの出来ない、本当の戦場。

「初陣を飾る新米衛士の平均生存時間……8分間。」

たった8分間。戦場に立って、わずか8分後に訪れる最期の瞬間。
それはあまりに残酷な現実。たったの8分間。
みんな正規の衛士訓練を受けているはずなのに、戦場で待っているのは無慈悲な死だけ。
ほとんどの新兵たちが、戦う意義さえ見出せぬまま無残に殺されていくのだ。
もう、呻き声さえ出なかった。
いつも明るい由乃さんも、いつも朗らかな志摩子さんも、ただ呆然とするばかり。
消灯時間後、みんなで語り合った夢や理想は、そのあまりに残酷な現実の前に成す術もなく崩
れ去ってしまった。残ったのは、どうしようもない恐怖と虚無。

「生き残る為に、死力を尽くせ。訓練の1分1秒を無駄にするな!」
教官の言葉に希望なんて見出せなかった。

次の自習時間、気力が失せてしまった私に祥子先輩は言った。
「だから訓練をするのでしょう!生き延びる為に、そして勝つ為に。」
その日、私は何も考えられなくなるまでシゴき上げられた。



「祐巳には生き残って成したい夢があるのでしょう?だったら自分の力でそれを掴みなさい。」

「呆けていても、誰も祐巳を救ってはくれないわ!自分自身で生き残る努力をしなさい。」

「言ったでしょう?戦場ではね、諦めた人間から死んでいくものなの。」

私はようやく気が付いた。祥子先輩は、誰よりも優しい人だったのだ。
あの人の思いはただ一つ。
「誰にも死んで欲しくない。みんなに生き残って欲しい。」
それは決して叶わない願いだけれど、あの人は真剣にそう願っていた。
私に厳しく接していたのは、私に生き延びる為の力を付けるため。全て私のため。
だからあの人は、誰よりも優しい人なんだ。

先日、出征を間近に控えたあの人が、私に御守り代わりのロザリオをくれた。
「どうか、祐巳が無事に戦い抜けますように。」
宿舎に戻った私は、涙が止められなかった。
もうすぐ訪れる絶望を前にして、それでも祥子先輩は私の無事を願ってくれているのだ。
何故私は「1日でも早くこの人が任官しますように」なんて祈ってしまったのか。
私は結局、最後まであの人の優しさに応えることが出来なかった。



13:00時、桜舞い散る並木道の向こうで、第十一期卒業生叙任式が開始された。
周囲には物音一つしない。
私は制服の下のロザリオを握り締めた。

もうすぐあの人は衛士になる。
戦況は予断を許さず、恐らくあの人は他の先輩方と共に前線配備になるだろう。
そして、明日にでも死の8分間に挑まなくてはならないのだ。
だから私は祈り続ける。今の私に出来るのは、たったそれだけだから。

「どうか、祥子先輩が無事に戦い抜けますように。」
ロザリオをくれた時の、あの祥子先輩の優しい顔が頭に浮かんで離れなかった。


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