【1599】 島津由乃の暴走  (まつのめ 2006-06-09 16:11:04)


【このへん】→??→【No:1545】→【No:1549】→???→【No:1546】→【No:1559】 時系列ばらけてます。
このSSは『涼宮ハルヒの憂鬱』とマリみてのクロスオーバーです。

ネタバレ警告!

このSSには原作のネタばれが含まれています。
元ネタはアニメで放映済みの範囲なのでまあいいかなって気もしますが、小説もアニメも未見の方はご注意ください。
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 乃梨子ちゃん他二名がしたトンデモ告白を覚えているだろうか? (No.1545、No.1549参照)
 あの直後、私はまだ、あの三人が結託して私をからかっているんじゃないかとか心のどこかで考えていた。いや、もしかしたら由乃さんが、あるいは前薔薇さまの聖さまや江利子さまあたりの差し金なら十分考えられることだと。
 でもその直後、立て続けに私を襲った出来事は、彼女達の話が寸分違わず真実だということを私に確信させるに足りうるものだったのだ。
 ただ、その話に行く前に、二学年に上がったばかりの頃の由乃さんの話をする必要があるだろう。今回はその話である。


 それは一学期の始業式の後、新しいクラスで最初のホームルームの出来事だった。
 担任の先生が「顔見知りも多いと思うけど、一応自己紹介と、そうね、今年度の抱負を語ってもらおうかしら?」なんてことを言った。
 それを聞いて、ちょっとざわめいた教室だったけど、そこはリリアンの子羊達のこと、それぞれに無難な抱負を述べていった。多かったのは「妹をつくりたい」かな?
 そんな中で、異彩を放っていた、というか空気を読まないというか、由乃さんの自己紹介は、一風変わっていた。
 由乃さんは自分の順番が来ると、トレードマークの二本の三つ編みを揺らして起立し、彼女らしくハキハキとした声で自己紹介を始めた。
「一年菊組出身、島津由乃」
 ここまでは普通だったのだ。私も普通に前を向いて由乃さんの声に耳を傾けながら、自分の自己紹介を真面目に考えていたくらいだし。でも続けて由乃さんはこう言った。
「私はただの人間には興味ありません」
(はい?)
「この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、隠れてないで私の所に来なさい。以上!」
 本気で椅子からずり落ちそうだった。これがギャグ漫画ならクラスの全員で壁を突き破っていただろう。マリア様の見守るリリアンの二年生の自己紹介とは到底思えない。由乃さんがもしかして何か悪いものでも食べたんじゃないかしらと私は本気で心配した。
 これが始まりの合図だった。


「由乃さん、さっきのなあに?」
 私はHRが終わってから由乃さんに聞いた。
「何って何よ?」
 なんだろう、由乃さんちょっとご機嫌ななめみたいで、口調がつっけんどんだ。
「宇宙人がどうのって」
「祐巳、あなた宇宙人なの?」
 いきなり呼び捨てだし。
「まさか。でも」
「でもなに?」
「なんであんな自己紹介」
「祐巳も見つけたら教えなさい」
「え? 何を?」
「宇宙人でも未来人でも超能力者でも、そうね幽霊や妖怪の類でも良いわ」
 なんなんだ。というか幽霊とかは私は苦手なんだけど。
「幽霊はちょっと……。でもなんでまた」
「そういうのがいた方が面白と思わない? わたしは思うわ!」
 由乃さんはそう力説してくれた。どうやら妙な方向にはっちゃけちゃったみたいだ。
 その後、由乃さんは、なのにそういうものが自分の周りに現れなくてつまらない、ということをとうとうと語ってくれて、「祐巳も協力しなさい」と私の選択の権利は無視して山百合会非公認内部組織『世界を面白くする為の島津由乃の委員会』略してSOS委員会なる怪しげな組織の発足に手を貸すように言った。というか由乃さんの頭の中では私は既に引き込まれていたようだ。
 その後の展開に私は由乃さんの異変は一時的なものだろうと高をくくっていた自分のおめでたさを呪う事になったのだけど、そのときは彼女がそんな危険物になってしまったなんて思いもよらず、数日後、私は普通の友達にするように、卒業式後続いている志摩子さんの様子について由乃さんに相談してしまったのだ。


「志摩子の元気が無い?」
「うん、聖さまが卒業されてからずっとなんだけど」
 由乃さんは二学年に上がってから切り替えたように私と志摩子さんの事を呼び捨てにするようになった。それはともかく、志摩子さんの事だけど、聖さまの卒業後、何処と無く魂が抜けたようにボーっとしてることが多く、休み時間とかに講堂の裏の桜のところで一人で佇んでいるのを見かけたり、志摩子さんと同じクラスになった桂さんからは、よくため息をついているという話も伝わってきたりしていた。
 そんな話を由乃さんにしたのだけど、
「判ったわ。私に任せておいて!」
 このとき由乃さんの思い切りな笑顔を見て私は一抹の『嫌な予感』を感じた。でもまさか由乃さんがあんなことをするなんて想像もつかなかった。それは、はっちゃけた由乃さんの最初の暴走であった。


「ごきげんよー!」
 ドアをぶち破る勢いで薔薇の館の会議室に由乃さんが現れたのは、とある良く晴れた日の放課後の事。令さまとお姉さまの祥子さまは本日は早く帰るとかで既に不在。部屋で待っていたのは私一人だった。
「ご、ごきげんよう。どうしたのその荷物?」
 由乃さんは学生鞄のほかに大きな手提げ袋を抱えていた。
「あ、これ? うふふ、志摩子は?」
 私の質問に含み笑いで答えた由乃さんは志摩子さんの所在を聞いてきた。
「あ、今日は来てないけど」
 このところ志摩子さんは仕事があるとき以外は殆ど薔薇の館に来ていなかった。おそらくあの講堂の裏の桜の所にいるのだろう。由乃さんにそう伝えると、
「もう、志摩子をクラスチェンジして元気付けてあげようとしたのに」
「く、クラスチェンジ?」
「そ。行くわよ。祐巳も来て!」
 由乃さんは由乃さんが吐いた謎の単語に困惑する私を引きずるようにして薔薇の館を飛び出し、志摩子さんの居場所である講堂の裏手に向かったのだ。
 志摩子さんは予想通り桜の木の下で佇んでいた。ちょっと予想通りじゃなかったのは隣に黒髪のおかっぱ頭の女の子が居たことだ。顔を見たことが無いから多分一年生。でも由乃さんには些細なことだったらしく、その女の子を無視して志摩子さんに言った。
「志摩子! ボーっとしている場合じゃないのよ。これからの山百合会は私たちにかかっているんだから。それに志摩子はもう薔薇さまなのにそんなことでどうするの?」
「由乃さん……」
 志摩子さんは、令さまや私のお姉さまの立場を蔑ろにするような思い切った主張にちょっと困惑気味に微笑んだ。
 まあ由乃さんの主張の是非はともかく、志摩子さんに元気になって欲しいのは私も同じ。ちょっと強引だけど有り余る元気を分け与える勢いの由乃さんにはむしろ感謝したいくらいだ。私にはこんな元気付け方なんでとても出来ないから。だから些細なことには特に突っ込まなかったのだけど、というか突っ込みが必要になるのはこれからだった。
 由乃さんは続けてこう言ったのだ。
「志摩子さんには萌えキャラとして頑張ってもらわなきゃならないんだからアンニュイになってる暇なんて無いのよ」
「「はい?」」
 間抜けな声が重なった。
 というか今、由乃さん何って言った?
「あの、『もえきゃら』って?」
 志摩子さんがアップルティーとチーズケーキを注文したらラーメン定食が出て来たような顔をして聞きかえした。
「萌えよ。萌え! やっぱり生徒会集団には萌えキャラが必要なの。私、前から志摩子にはその素質あるって思ってたのよね!」
 『もえ』ってあの『萌え』ですか由乃さん。
「ぽわんとしてて、ちょっとドジっ子。優等生の振りしてても私の目は誤魔化されないわよ。これから志摩子は山百合会の萌えキャラとして名を轟かせるのよ!」
 台無しだ。
 イケイケ元気な由乃さんが先輩の卒業でちょっとブルーの入った志摩子さんをちょっと強引に元気付けて私がそこを優しくフォローしてめでたしめでたしってシナリオを想像していたのに。なにこれ?
「さっ、着替えるのよ。心配しないで。私も着替えるから。何もいきなり一人だけコスプレさせたりしないわ」
「ここ、コスプレ!? まま、まって、どうして、ちょっ、由乃さん!?」
 由乃さんが、桜の木の下で、志摩子さんの制服を脱がそうとしている。
 私は呆然とその光景を眺めているしかなかった。
「ここ、ここでなの? や、やめっ」
「往生際が悪いわよ? 大丈夫こんなところ誰も来ないから。それに来たとしても女子校だから女の子しか来ないわよ!」
 こうして見てると由乃さん、いつ鍛えたのか相当腕力ありそうだ。志摩子さんより小柄なのに抵抗する志摩子さんから楽々制服を剥ぎ取ってしまった。
「ゆ、祐巳さん! そんな冷静に観察してないで助けて!」
 ごめん。私には暴走した由乃さんを制御するスキルは持っていないの。
 私が上目遣い気味に「ごめん」と手を合わせると志摩子さんは飼い主に見捨てられた小型犬みたいに瞳に絶望の色を浮かべた。ほんとごめん。
 そのあと、描写するのをためらうようなあられもない姿にされた志摩子さんは、目に涙を浮かべつつ由乃さんの抱えてきた手提げ袋から出て来た衣装に着替えていた。なんというか痛々しいんだけど、こうして見ていると志摩子さんに『萌えキャラ』の素質があると言うのがわかる気もしてきてしまうのは私も由乃さんに感化され始めているということなのだろうか?
 そしてこれっぽっちのためらいも無くスパッと同じ衣装に着替えた由乃さん。
「あの? 聞いていい?」
「なあに?」
 その頭に装着されたカチューシャの細長い二本の装飾がゆらゆらと揺れている。
「それに着替えてどうするの?」
「パフォーマンスよ」
「ぱっ!?」
 恥ずかしげに胸の前に手を置いていた志摩子さんがビクッと身体を硬直させて涙目を見開いた。パフォーマンスと言うと人前でなにか演技やら演奏やらをするあれのことだよね?
「その格好で?」
「そうよ!」
 自信満々に胸を張る由乃さんの格好は、上からウサギの耳をかたどったヘアバンド、首に蝶ネクタイ、腕にはカフス、身体を覆うレオタードには丸っこい尻尾の飾りがついて、ついでに脚は網タイツ。もちろん志摩子さんもおそろいだ。
 まごうかたなきバニーガールが二人、私の前に一人は堂々と胸を張り、一人はこの上も無く恥ずかしそうに身を縮こまらせていた。
「さあ行くわよ!」
「ええっ!?」
 有無を言わさず、由乃さんは志摩子さんの手を引いてあっというまに講堂の建物の角を曲がって行ってしまった。
 そして取り残された私。
「えーっと……」
 銀杏並木の方へ行ったのだろう。建物の向こうに二人が消えた後、私は今までの事が幻だったかのような感覚を覚えた。だって、リリアンに通って十何年、そんな光景見たこと無かったし想像も付かなかったし、というか由乃さんあなた何者ですか?
 桜の木の下に散らばった二人分の制服とか下着とか、それから未だに無言で佇んでいるおかっぱ頭の女の子が、かろうじて今の出来事は現実だったのだと思い出させてくれる。
 というかこの子もあれだけの惨状を目撃して何の反応もしないなんて変な子だ。
 それどころじゃないので新入生らしきこの子は放っておいて、私は慌ててまだ体温の残る二人の服を拾い集めて由乃さんが置いていった手提げ袋に詰め込んだ。
 そして、由乃さんが行った方へ向かったのだけど、目撃できたのは複数のシスターに取り囲まれて校舎のほうへ連行される二人のバニーガールだった。いや、当然の結末でしょ?
 泣いている志摩子さんが子供っぽい仕草で顔に手を当てているのが妙に印象的だった。


「もう、最低」
 下校時刻近くなって、由乃さんと志摩子さんはマリア祭の時にコーラス隊が着てたような白い服を引っ掛けて薔薇の館に帰ってきた。シスターの判断は正しい。マリア様のお庭であるリリアン内にバニーガールをうろつかせる訳には行かないだろうし。
「シスターが集団で凄い顔して来るし、志摩子は泣き出しちゃうし」
 白いマントのような衣装を投げ捨てるように脱いだ由乃さんは、火鉢に放り込まれた銀杏みたいにぷりぷり怒りを発散していた。
 一方、志摩子さんは帰ってくるなりテーブルに突っ伏してそのまま動かなくなっていた。
「あの、私もやりすぎだと思うよ?」
 志摩子さんが気の毒で仕方が無い。元気付けるどころかトドメを刺してどうするのだ。
 明日から学校に来なくなったら由乃さんの責任だ。と言って放っても置けないのでそうなったら私がなんとかフォローしないといけないんだろうけど。
「明日までに反省文書いて来いですって! もう、なんであんなに頭が固いのかしら」
 ていうか、よく停学にならなかったもんだ。
 由乃さんはあろう事かあんな格好でマリア様のお庭の前に立ち、志摩子さんに街頭演説をさせようとしていたらしい。よくよく聞くと今回は一回目だし、今まで生徒会活動の実績もあるからってことでお説教三時間プラス反省文で済んだということだった。
 由乃さんはこの衣装を見たシスター達がどう思うか判っていなかったらしい。ただ「目立つから」というだけの理由でこの衣装を選出したのだ。
「露出が多い衣装はダメね。私もちょっと比較されちゃうからどうかと思ったのよね」
「胸が?」
 一応、突っ込んであげた。でも由乃さんはあまり気にしていない風で続けた。
「そーよ。でも大丈夫、無闇に肌を露出するのは『萌え』としては邪道なのよ」
 なにが大丈夫なのか? 邪道なんならバニースーツなんて選ばなければよかったのに。
「でもね、志摩子さんスタイル良いしインパクトはあれが一番だったのよ。まああれは学校ではもう着ないわ。ちゃんと他の衣装も用意してあるんだから」
 学校以外では着る気らしい。懲りないというか、まだまだやる気十分だった。


 由乃さんは先にとっとと帰ってしまい、机に突っ伏した志摩子さんと私だけが取り残された。
「あの、志摩子さん? もう下校時間だから」
「あ、そうね……」
 私が声をかけてやっと起き上がった志摩子さんはのろのろと制服に着替えた。
 そして、私と一緒に薔薇の館の戸締りをして、下校の途についた。
 志摩子さんは髪も乱れ気味のまま、まるで萎れたキャベツみたいにしょんぼりしてて、かける言葉も思いつかず、
「祐巳さん……ごきげんよう……」
「あの、元気出してね?」
 結局、駅前で別れ際にそう返すのが精一杯だった。


 こんな感じで由乃さんが最初にやらかした暴走事件は一部に大きな傷跡を残して終わったのだ。
 いや、『終わった』なんていえない。
 翌日学校を休んだ志摩子さんをフォローすべく私が片道一時間近くかけて志摩子さんの家へ行ったあたりから、新たな騒動のタネはもう芽吹き始めていたのだから。




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 このシリーズ、配役で乃梨子のツッコミキャラが封印されてしまうので、ノリコスキーなまつのめとしてはちょっと辛かったりします。


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