【1618】 闇の奥神の寒さにも慣れた  (クゥ〜 2006-06-17 18:11:54)


【No:1571】の美夕の続きです。
なんだか続き希望者が多かったのですが……基本が美夕ですよ?





 美夕と別れ。祐巳は月夜の空を舞う。
 行き着いたのは小さなビルの屋上。
 「……ここも破れている」
 祐巳は金色の瞳で汚れた屋上の隅に置かれた小さな石を見る。それはただの石でしかない。
 「まったく、たった数年で平和ボケしてしまうなんてね」
 祐巳は自嘲気味に呟いた。
 そこにリリアン高等部の生徒達が知る親しみやすさは一片も存在してはいない。
 祐巳は赤い着物のままビルの屋上の縁に立ち、光に包まれた街を見下ろしていた。
 「本当にこの風景も変わったわよ、メイさま」
 祐巳は再び夜の街に飛び出していった。


 「ふぅ、まったく面倒ね」
 祐巳は、福沢家の自分に与えられた部屋に舞い降りる。姿が赤い着物から、白のシャツとジーンズに変わった。
 祐巳はそのまま壁に付けられた大きな鏡を見る。
 金色の瞳が、黒に近い茶色に変化していく。
 「……ん?」
 何だか下のほうが騒がしい。
 祐巳はいつもの顔で部屋を出る。
 「どうしたの祐麒、そんなに……」
 階段を下りてきた祐巳は、電話の前で青ざめている弟を見つけた。
 「ごめん!祐巳、今、急いでいる」
 そう言うと祐麒はドタドタと部屋に戻ったかと思うとすぐに飛び出してくる。その様子に両親も何事かと顔を出す。
 「だから、どうしたのよ?」
 両親と祐巳を前にして、何も言わずにこんな夜更けに出かけようとした祐麒は俯いてしまう。
 「アリスが……」
 「アリスがどうしたの?」
 「警備の人が学校で倒れているアリスを見つけたらしい」
 「倒れた?貧血か何か?」
 「いや、よく分からない。小林の奴が連絡をくれたんだけど、アイツも混乱していて、変な事を言っているんだ」
 祐麒はソワソワしている。一刻も早くアリスのところに行きたいのだろう。
 「変なこと?」
 だが、祐巳は祐麒の服を掴み放さない。
 「アリスの奴、見つかったときに血が無かったて……もういいだろう!!」
 「待ちなさい、私が送っていこう」
 急いで出て行こうとする弟にお父さんが付いていく、しばらくするとお父さんの車の音が外から聞こえ、祐巳は一人部屋に戻った。
 「ラヴァ、いるのでしょう?」
 祐巳の声に背の高い黒のローブを纏った白い仮面が現れる。
 「やっぱり監視していたのね、美夕の命令?」
 祐巳の言葉に、ラヴァは答えない。
 「まぁ、いいけどね。それより花寺学院で何かあったみたい、でも、男子校だから侵入するなら今夜中に」
 「あら、祐巳は行かないの?」
 美夕の声が、祐巳の部屋に響く。その瞬間、祐巳とラヴァのいた祐巳の部屋はどこまでも続く赤と黒の世界に変わった。
 「美夕」
 祐巳はゆっくりと振り返る。その姿が再び赤い着物に変わった。
 祐巳の前には白い着物を着た美夕がいる。
 「くすくす、貴女の大事な弟さんの友達が餌食になったのかも知れないのに、行かないの?」
 「それは監視者の仕事でしょう?」
 「貴女も監視者よ、祐巳」
 金色の瞳で睨み合う祐巳と美夕。
 先に折れたのは祐巳だった。
 「いいわ、行きましょう」
 「くすくす」
 笑ってもいない笑顔で笑う美夕と共に赤と黒の世界から祐巳は姿を消す。


 ――ふっわ。
 祐巳と美夕は花寺の校舎の中に姿を現す。
 「さて、気配は無いわね」
 「神魔だもの、そうそう間抜けでもないでしょう」
 祐巳と美夕は夜の誰もいない暗い闇が支配する校舎を二人で進んでいく。
 前回、此処に来たのは花寺の学園祭のときだった。あの時は誘拐されたりして大変だったが、祥子さまが祐巳を見つけてくれた。あんな人にもう一度出会うとは思ってもいなかったので、驚きと悲しみを感じた。
 「あら?」
 「誰かいるわね、それも大勢」
 祐巳と美夕は自分達がいる校舎とは違う別の校舎を見る。
 その一角が明るい。教師だろうか、人もいるようだ。
 「今日は無理みたいね、眠いから戻るわ」
 そう言って美夕はすぐに姿を消した。
 「眠いね……」
 祐巳は、真っ暗な校舎を今度は一人で歩いていく。
 恐怖は感じない。
 祐巳にとって其処こそが本来の住処だからだ。
 「……?」
 祐巳は突然足を止める。
 「へぇ、雑魚がいたんだ」
 祐巳はゆっくりと振り返る。
 其処には白い影がいた。
 美夕ではない、ラヴァの仮面でもない。本当にただの白い影。
 祐巳はゆっくりと手を振り炎を作り出す。
 「吸血タイプには見えないけど……」
 祐巳は普通に友達と話すように言いながら炎を飛ばす。
 白い影は音も無く動く。
 祐巳の炎がその横を走る。
 白い影は真っ直ぐに祐巳に向かって飛んだ。
 「弱い」
 祐巳の次の炎が飛んでくる白い影の真下から吹き上げる。
 白い影は人には聞き取れないような声を上げ、窓を破り外に逃げ出した。
 「逃げたらダメだって」
 祐巳も白い影を追って空に舞う。
 白い影は、花寺からリリアンの方に飛ぶ。
 「そちらには逃がさない!!」
 祐巳は目の前の木を蹴り速度を上げ白い影の前に出る。
 「これ以上は人目を引くかもしれないから此処で終わりに「祐巳、後ろ!!」!?」
 祐巳は頭に響いた美夕の声に反応して体を捻る。
 瞬間、祐巳の横を白い糸が走った。
 白い糸は、白い影を一瞬で真っ二つに切り裂いてしまう。
 「そんな!!」
 祐巳は白い影などもう見ていなかった。祐巳が見ていたのは、リリアン女学園。
 白い糸はそこから伸び消えた。
 「くっ?!」
 「やめなさい、祐巳」
 リリアンに飛ぼうとした祐巳の前にラヴァが立ちはだかった。
 「ラヴァ!?」
 「もう、遅いわ。今から行っても神魔は姿を消しているか罠にかかるだけ」
 「……美夕、眠っていたのではないの?」
 「くすくす、そうね。今夜はこれで本当に消えるわ」
 美夕は祐巳の言葉を笑ってかわし、ラヴァと共に姿を消す。残された祐巳はジッとリリアンの方を睨んでいた。


 翌日のリリアンは騒がしかった。
 当然だろう、隣の花寺で事件が起こり。それが朝のトップニュースで流れているのだから……。
 あちらこちらから流れてくる噂。
 祐巳は弟が花寺の生徒会長ということで話を聞かれるが、全て分からないとだけ答えそうそうに薔薇の館に逃げ込む。
 「ふぅ」
 「はい、祐巳さま」
 疲れた表情で薔薇の館に逃げ込んだ祐巳の前に、乃梨子ちゃんがお茶を出してくれる。
 薔薇の館には今、祐巳、乃梨子ちゃん、由乃さんの三人だけだ。薔薇さまである祥子さま、令さま、志摩子さんの三人は学園側とのこれからのことで会議をしている。
 それでなくても朝の登校風景はいつもと違っていた。
 多くの生徒が両親に送ってもらい。警備員の数も増やされている。
 「それにしても、何が起こったのかな」
 「由乃さん」
 ぼそぼそと呟く由乃さんを祐巳は嗜める。
 「はいはい」
 由乃さんは少し不満そうに頷いて黙ってしまう。乃梨子ちゃんも話さないものだから、重い空気が部屋に満ちていく。
 祐巳は窓の外を見ながら昨夜のことを思い出す。
 確かに白い糸はリリアンから飛んできた。
 祐巳は今日一日、騒ぎの中でも出来るだけ校内を探ってみたが神魔の気配は無かった。
 ……高等部にはいない。なら、大学?中等部?初等部?幼稚舎??
 だが、そこにいるなら昼間探ることは出来ない。
 今夜、忍び込んで何か手がかりがつかめるといいが……。
 「そう言えばさぁ、花寺の事件って」
 「由乃さん」
 「いいじゃない、黙っていても不安になるだけなんだし、口に出して不安を紛らわせたいのよ」
 由乃さんはそう言うと話を続けようとする。
 祐巳はもう一度注意しようとするが、それを乃梨子ちゃんが止めた。
 「いいじゃないですか、私も由乃さまに賛成です。不安なんです。変な噂も聞きますし」
 「そうそう、被害者に血がなかったとか、吸血鬼のような傷跡があったとか、そうそう、そう言えば花寺に火の玉が飛んでいたとかいうのもあったわよ」
 「え、そんな話まで?」
 由乃さんの話に乃梨子ちゃんが食いついた。
 普段の乃梨子ちゃんなら噂とか聞かないだろうが、やっぱりそれだけ不安に感じているということなのだろうか?
 二人が噂話で盛り上がって、祐巳は横でその話をただ聞いている。
 目撃者は由乃さんの家の近くの住人だが、どうやら何かの光を見ただけで、祐巳と美夕は見えていなかったようだ。
 祐巳が良かったと安心すると、下の方で扉が開く音がする。階段を上がってくる音が数人分。
 「ごきげんよう」
 挨拶をしながら入ってきたのは、祥子さま、令さま、志摩子さんだった。どうやら学園側との会議が終わったようだ。
 「あ、令ちゃん、会議はどうだった?」
 挨拶も無く、由乃さんはいきなり本題に入る。
 「あ〜、一応、明日のリリアン瓦版と学園長から全校に伝えられるけど、しばらくは父兄の同伴での登下校か集団で帰ること、後は放課後の部活は試合などが無い場合は自粛になった」
 令さまは、挨拶が無かったことは気にしなかった。それよりも会議の内容を由乃さんに話したかったようだ。
 「まぁ、普通のことですね」
 「そうそう違うことは出来ないわよ、乃梨子」
 「そうですけどね」
 「それでは帰りましょうか」
 祥子さまは乃梨子ちゃんが頷いたのを見て、祐巳に促す。
 「はい、お姉さま」
 紅薔薇姉妹を先頭にそのまま皆で薔薇の館を出る。
 空は夕暮れ、いつもだったら部活生の声が響いているのに、今日は風の音くらいしか響いていない。
 「もう、殆どの生徒は帰ったようね」
 「そうですね」
 「なんだか。廃墟みたい」
 生徒の声の聞こえない学校はとても静かで、別の世界のようだった。
 「行きましょうか」
 そのためか、全員の歩く距離がいつもよりも近い。祐巳も祥子さまの側によって歩く。
 そして、いつものようにマリア像に手を合わせ祈る。
 「ごきげんよう、志摩子さん」
 不意に後ろから声をかけられ、皆、いっせいに振り返る。
 「……美夕」
 そこにはリリアンの制服を着た美夕がいた。
 「ごきげんよう、祐巳」


 「なに、あの二人。知り合いなの?」
 由乃さんは少し不満そうに呟く。
 「そのようね」
 「第一、あの美夕さんて誰?」
 「今日来た転校生なの」
 「「転校生?」」
 由乃さんと乃梨子ちゃんの声が重なる。
 「こんな時期に?」
 由乃さんたちの驚きを代弁したのは令さまだった。
 「そうね。事件とは関係ないでしょうけど、時期的に中途半端よね」
 「なんだか怪しいですね」
 「本当、それに何?あの祐巳さんに対する馴れ馴れしさ。呼び捨てなんて私たちでさえないのに」
 祥子さまの言葉を受け、乃梨子ちゃんと由乃さんが皆から離れたところにいる祐巳と美夕を見る。
 「こらこら二人とも止めなさい」
 「そうね、転校は何かの事情があるのかも知れないから」
 「それじゃ、あの二人の関係は気にならないの、志摩子さん?祥子さまも」
 由乃さんは志摩子さんと祥子さまを見る。
 「気にならないかと言っても、私は祐巳の友人関係を全て把握しているわけではなくてよ?」
 「そうですね、それにあの二人知り合いと言っても、仲良しというわけでもなさそうですし」
 「それも変なところよ!!」
 「はいはい、本当にそこまでにしておきなさい」
 少し暴走気味な由乃さんを令さまがなだめ、祥子さまを見る。
 「どうする?祐巳ちゃんは先に帰っていてと言っていたけど?」
 「そうね、何か長い話みたいだから、先に行きましょうか」
 祥子さまがチラッと祐巳を見て歩き出すのと一緒に、祐巳と美夕が校舎の方に走り出す。
 「あ!私、教室に忘れ物!!」
 それを見た由乃さんが走り出す。
 「こら!由乃!!」
 当然、令さまが怒るが既に由乃さんは祐巳たちを追って走っていく。
 「あぁ、ごめん、祥子たちは先に帰っていて」
 令さまはそう言い、由乃さんを追った。
 由乃さんがいくら元気になったとはいえ、鍛えられた令さまには敵わない。
 開いていた距離はすぐに縮まり、並木道を抜けたところで由乃さんは令さまに捕まってしまった。
 「もう、由!!」
 「あぁ、もう少しだ?!」
 由乃さんを捕まえた令さまは動きを止める。
 令さまに捕まった由乃さんは驚愕の表情になる。
 二人の前方を走っていた祐巳と美夕の姿が、空に舞っていた。そして、そのまま二人の姿は校舎の裏に消える。
 「今の……なに?」
 由乃さんの声に令さまは答えることが出来なかった。
 呆然とする二人の後ろから、白い手が伸び。

 令さまと由乃さんの口を塞いだ。






 バッドエンドまっしぐら!!……か?
                                   『クゥ〜』


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