※このSSは、祐巳達が3年生、瞳子と菜々が山百合会入り後という設定でお送りします。
4月。うららかな春の陽射しのもと、乙女達のにぎやかな声が響いている。
「 ねえ、次は何に乗る? 」
「 そうですわね・・・ できればふたり一組で乗れるものを・・・ 」
「 これ! 吊り下げ式コースターとかいうやつ 」
「 おもしろそうですね 」
「 いや、私、絶叫系はもう・・・ 」
「 大丈夫?乃梨子 」
ここは、とある遊園地。
新しい年度を迎えた新生山百合会は、新メンバーとなった菜々と親睦を深めるという理由で、全員そろって遊びにきているのであった。
いや、すでに菜々は山百合会にあっさり馴染んでいたが、たまたま由乃が商店街の福引で6人分のチケットを手に入れたので、それに便乗する形で遊園地に全員ご招待と相成ったのである。
「 じゃあ、少し休憩する? 」
やや顔色の悪い乃梨子を見て、祐巳がそう提案する。
そんな祐巳の言葉に、自分のせいでみんなの行動を止めるような気がして、少し申し訳無さそうな顔をする乃梨子。
「 ああ、それも良いわね。ちょっと喉も渇いたし 」
「 私、少しお腹が空きました 」
だが、黄薔薇姉妹のそんな楽しそうな会話を聞き、乃梨子はおとなしく近くのベンチに腰掛けた。志摩子もごく自然にそのとなりへ。
「 そう言えば、もう3時だね。おやつの時間にしようか? ・・・・・・何?瞳子 」
ふと、妹の視線を感じ、祐巳が不思議そうに聞くと、瞳子に「お姉さまは食べ物の話になると、本当に幸せそうな顔になりますわね」などと言われ、思わず赤くなる。
「 では、あの辺りで何か買ってみる? 」
そう言った志摩子の指差すほうには軽食のコーナーがあり、その前にはテーブルと椅子も並んでいる。
『 賛成! 』
こうして6人は、仲良くおやつの時間に突入したのだった。
「 何にする? 」
「 ハンバーガーとか 」
「 それはもはや“食事”ではありませんか? 」
「 原宿ドッグって何かしら? 」
「 私、飲み物だけで・・・ 」
6人がいっせいにワイワイ話し出すと、収拾がつかないものだ。
「 あ、焼きソバとかもあるんだね 」
「 だから祐巳さん、そんなにしっかり食べるわけじゃあ・・・ 」
「 そうですよ。それに、リリアン生として、歯に青海苔つけるなんて事態は避けたいですし 」
「 ・・・まあ、いまさらお姉さまの歯に青海苔が付いているくらいでは、瞳子は驚きませんけどね 」
「 ・・・・・・瞳子は私のことを何だと思ってるのかな? 」
「 あ〜・・・ それは私も瞳子さまに同意できるかも 」
「 菜々! 」
話題がおやつからずれてきているなぁ・・・ と、乃梨子がぼんやり思っていると、志摩子が「あれは何かしら?」と、軽食コーナーの一角を指差した。
『 え ? 』
全員が振り向くと、そこにはクレープの屋台があった。
「 何って・・・ クレープじゃないの? 」
由乃が不思議そうに志摩子に言うと、志摩子は「そう、あれがクレープなの」と呟く。
「 え?志摩子さん、クレープ見たことなかったの?! 」
「 ええ。知ってはいたのだけれども・・・ 実物を見るのは初めてだわ 」
祐巳の言葉に、なんとなく申し訳無さそうに答える志摩子。
「 珍しいんじゃない? クレープ見たことないなんて 」
由乃も志摩子の発言に驚いている。
「 そうかしら? 」
「 瞳子は食べたことある? 」
「 お姉さまこそ私のことを何だと思っているんですか? ・・・あ、でも、食べたことはありますが・・・ ああいった屋台ではなく、ちゃんとしたお店でだけですわね 」
あごに手をやり、そう述懐する瞳子。
「 あ、そう言えば私も買って食べたことはないや 」
「 ええ?! 」
「 何よ菜々、そんなに驚かなくても良いじゃない。令ちゃんに作ってもらって食べたことはあるわよ 」
「 じゃあさ、3人の屋台クレープ初体験ということで、どお? 」
祐巳の提案に5人は素直にうなずき、屋台のほうへと歩き出した。
トラックを改装した屋台の前で、イチゴだキウイだチョコレートだと、さんざん迷ったあげくに、やっとクレープを手にした6人は、テーブルのほうへと戻っていった。
「 ・・・これがクレープ 」
オーソドックスなイチゴと生クリームのクレープを手に、志摩子は少し嬉しそうだ。
クレープ自体が初体験の志摩子の感想が聞きたいのか、残りの5人は志摩子を見つめている。
「 ええと・・・ そんなに見つめられると、食べづらいわ 」
「 ごめんごめん。まあ、食べてみてよ 」
苦笑する志摩子に笑いかえしながら、祐巳は勧めてみた。やっぱり初めてクレープを食べる人というのを見てみたいのだ。
「 それじゃあ、遠慮無く 」
志摩子が一口クレープをかじる。
「 ・・・・・・・・・あら、皮まで甘いのね。でも、美味しいわ 」
どうやら志摩子のお気に召したようだ。志摩子に注目していた5人も、なんだか嬉しそうに笑っている。
「 良かった。勧めたは良いけど、志摩子さんて意外と渋い趣味だから、こういうの口に合わなかったらどうしようかと思った 」
「 うふふふ、意外に心配性なのね、祐巳さん。大丈夫よ、本当に美味しいから 」
「 あははは、良かった 」
祐巳も笑いながら自分のマロンクレープをひとかじり。
その時、乃梨子がふいに何かに気付き、声を出した。
「 あ 」
「 え? 」
「 志摩子さん、クリーム付いてる 」
食べ慣れていないせいか、志摩子の口の横に、生クリームが付いていた。乃梨子は無意識にそれを自分の人差し指でぬぐう。
白薔薇以外の4人が「志摩子さん(さま)が口のまわりを汚すなんて珍しいなぁ」と思いながら見ていると、乃梨子は無造作にそれを口に含んだ。
『 あ 』
乃梨子以外の声が重なった。
微かに「ちゅっ」と音をたてて指を舐める乃梨子の唇を見て、真っ赤になる志摩子。
全員の視線が、乃梨子に集まった。
「 ・・・・・・・・え? ・・・・・・・・・・・あっ! 」
無意識に取った自分の行動に気付き、乃梨子も耳まで赤くなる。
由乃はニヤニヤしている。
菜々はニヤニヤしている。
祐巳は羨ましそうに見ている。
志摩子は真っ赤になってうつむいている。
瞳子はニヤリと笑っている。
「 いや、あの、違・・・ これはその・・・ 」
「 乃梨子さん 」
「 え? 」
「 佐藤聖さまの後を継いで、立派なエロ薔薇さまに・・・ 」
「 な!・・・だ、誰がエロ薔薇さまよ! 」
「 誰がって・・・ お姉さまのお口に付いたクリームを舐め取った乃梨子さんがですわ 」
「 だ、誰が舐め取ったのよ! 」
「 あら、ごめんなさい。指でぬぐったんでしたわね 」
「 そうよ! 」
「 指でぬぐってから舐めたんでしたわね 」
「 ・・・そ、そうよ 」
「 “ちゅっ”とかいやらしい音をたてて 」
「 ぐっ! 」
「 どちらにせよ、たいそうエロいですわ 」
「 うぅっ・・・ 」
瞳子の言葉責めに、二の句が継げない乃梨子だった。
が、天は(あるいはマリア様は)乃梨子に援軍を送ってくれたらしい。乃梨子は恥辱に真っ赤になりながらも、その援軍に気付き、反撃の狼煙を上げる。
「 ・・・そういう瞳子はどうなのよ 」
「 はあ? 私はそんなエロいことを公衆の面前でなんてとてもとても・・・ 」
乃梨子のセリフを「ありえませんわ」という感じで、鼻で笑う瞳子。
「 そう・・・ そんなことはできないって言うのね? 」
「 当然ですわ 」
瞳子は「やれやれ」とでも言うように、ゆっくりと首を振ってみせる。しかし、乃梨子はニヤリと笑うと、こう続けた。
「 でも、後ろの人はそうでもないみたいよ? 」
「 後ろ? 」
瞳子は振り返る。するとそこには、きらきらと期待に満ちた視線の祐巳がいた。
もちろん、口の横には思いっきりクリームが付いている。てゆーか塗りたくられている。
「 な! 」
由乃はまたニヤニヤしている。
菜々は必死で笑いをこらえている。
志摩子はまだうつむいている。
乃梨子はニヤリと笑っている。
祐巳は期待している。
瞳子は混乱している。
「 な・な・な・何をして・・・ 」
今度は瞳子が真っ赤になる番だった。
祐巳は相変わらず期待に満ちた視線で瞳子を見つめている。いまどき、そんなピュアな視線は遊んで欲しい子犬くらいしかできないだろうというほどの、きらきらした瞳で。
「 お、お姉さま。口にクリームが付いていますわ! 」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 」
祐巳が何を求めているのかは判っていたが、とりあえず指摘だけして、ぷいっと横を向く瞳子。しかし、祐巳は無言だった。
瞳子が恐る恐るもう一度祐巳を見ると、またもやきらきらした瞳に真正面から見つめられた。
「 う! 」
瞳子は首筋まで真っ赤になり、動けなくなった。
時間にして5秒ほど見つめ合ったあと、瞳子はポーチからそっとハンカチを取り出そうとした。
が。
「 ううっ! 」
とたんに泣きそうな顔をする祐巳を見てしまい、泣く泣くハンカチをポーチに戻す。すると、祐巳はまた期待に満ちた視線になった。
さらに10秒ほど見つめられたあと、瞳子はとうとう観念して、祐巳の口に指を伸ばす。そして、自らの震える指で、祐巳の口に付いたクリームをぬぐう。
由乃はうんうんと頷いている。
菜々はばんばんとテーブルを叩いて笑いを噛み殺している。
乃梨子は勝ち誇った顔で、今度はハンカチを使って志摩子の口を拭いている。
志摩子はまた赤くなっている。
祐巳はまだ期待に満ちた瞳で見ている。
「 うううっ! 」
瞳子は指を拭くためにハンカチを取り出そうと、再びポーチに手を伸ばそうとするが、またも祐巳の泣きそうな瞳に動きを縫い止められる。
祐巳は期待に満ちた瞳で見ている。
由乃は期待に満ちた瞳で見ている。
菜々は期待に満ちた瞳で見ている。
乃梨子は期待に満ちた瞳で見ている。
志摩子は場の空気が読めず、再びクレープを食べている。
「 うううぅ・・・・・・ 」
4人の視線に追い詰められた瞳子は、ぷるぷると震える指先を口元へと近付け・・・
ぱくっ ちゅっ
祐巳はとても晴れやかな笑顔で笑っている。
瞳子は指をくわえたまま固まっている。
由乃は満足気な顔をしている。
菜々は満足気な顔をしている。
乃梨子は満足気にニヤニヤしながら、瞳子の肩をぽんぽんと叩いている。
志摩子はハーブティーの美味しさに満足している。
「 うぅ・・・ なんで私までこんなことを・・・ 」
「 ふふふふふ。良いじゃない、仲が良くて 」
「 なにをぬけぬけと。元はと言えば、乃梨子さんが・・・ 」
「 そんなににらまないでよ。友達じゃない 」
「 今は“友達”という言葉が“道連れ”に聞こえますわ! 」
「 まあ、そうとも言う 」
そんな微笑ましい(?)会話をしながら、ふたりはイヤな笑みを交わしていた。
いっぽう、そんなふたりの横で、由乃はなんとなく菜々を見ていた。
( ・・・何を期待してるのかしら、私ったら )
紅薔薇や白薔薇ほどベタベタするタチではないが、やはり由乃も妹を持つ身としては、ああいったコミュニケーションも少し良いなと思ったりもするのだ。
「 うふふふふ、良いモノを見させてもらいましたね、お姉さま 」
しかし、紅白の恥ずかしいコミュニケーションを見ても、無邪気に笑うだけの菜々を見て、まあ、私達はこんな感じでも良いか、と、密かに苦笑する由乃。
( ま、私達は私達のペースで良いのよ )
そう考えながら、びわの入ったクレープを食べていると、突然菜々が由乃を見ながら「 あ 」と声をあげる。
「 え? 何? 」
私までそんなクリームを付けるなんてお約束を? 由乃が少し焦りながら身構えるが、菜々の視線は顔でなく、もう少し下を見ていた。
「 お洋服にクリームが・・・ 」
そう。クレープからはみ出たクリームは、由乃の口元を通過して、その服へと落下していた。
「 もう・・・ シミになったらどうするんですか 」
手早くウエストバッグからウェットティッシュを取り出す菜々。
「 あ、ごめん・・・・・・・ ありがとう 」
これじゃあ、姉妹の立場が逆じゃないかと落ち込む由乃。
( 甘い雰囲気になれないのは私のせいか・・・ )
反省している由乃をよそに、菜々は由乃のお腹の辺りを丹念に拭いている。
「 ・・・菜々 」
「 なんでしょう? お姉さま 」
「 その・・・ ごめんね? こんな姉で 」
妹にお世話されている粗忽な自分を詫びる由乃。
思えば、令ちゃんのお見合いに乱入しに行った時から、年上である自分のほうが菜々に導かれているような気がする。そんな思いにとらわれ、自分は果たして姉らしくふるまえているのかと、今更ながら落ち込む由乃。
しかし、菜々はにっこりと笑いながら、ひとことだけ答えた。
「 お役にたてて、嬉しいです 」
それは、混じりけの無い喜びの笑顔。由乃の沈んだ気持ちさえ浮かび上がらせてくれる、そんな笑顔。
やっぱり、姉妹の形というものは、姉妹の数だけ種類があるのだろう。由乃はそう思い、菜々に微笑み返す。
「こんな自分」と蔑むのはやめよう。きっと、パズルのピースのように、「自分だからこそ」菜々という妹ができたのだ。由乃が姉妹になった喜びを噛みしめていると、クリームを拭き終えた菜々が、ぽつりと呟いた。
「 ・・・・・・胸じゃなくて、お腹なんですね 」
「 え? 」
由乃が顔に疑問符を浮かべていると、菜々は自分のセリフを説明し出した。
「 いえ・・・ 普通、クリームがこう口元から垂れると・・・ 」
指で口元から下へと軌道を描く菜々。
「 先に胸に当たるものではありませんか? 」
そう言いながら、自分の胸をちょんちょんと突付く。
そして、にっこりと笑いながら、トドメのひとこと。
「 凹凸が無いにも、ほどがありますよね♪ 」
その笑顔が「お役に立てて、嬉しいです」と言った時より嬉しそうなのは、由乃の気のせいなのだろうか・・・
菜々の笑顔とセリフに、いつのまにか我に返って黄薔薇姉妹を見ていた紅白の4人が凍りつく。
「 ・・・ふ 」
微かな笑い声に、紅白の4人が由乃のほうを見ると、そこには先ほどとは違う意味で、悪魔のように微笑む由乃がいた。
「 ふふふ 」
ゆっくりと立ち上がる由乃。菜々もにっこりと笑ったまま立ち上がる。
「 ふふふふふ 」
由乃は思う。確かに菜々は、望んで自分の妹になったのだろう。
「 うふふふふふふふふふふ 」
それは、アドベンチャー好きな菜々が、「面白そうなモノ」を求めるがゆえに。
「 うふふふふふふふふふふふふふふふふふ 」
だが、その「面白そうなモノ」と言うのは、「由乃と姉妹になると、もれなく付いてきそうなアドベンチャー的なモノ」ではなく、「由乃自身」に他ならないのではないか? と。
「 菜々!! 」
突如響き渡る由乃の大音声に、菜々以外の全員がビクっと身をすくめる。
「 そこになおれ!! 」
「 イヤです 」
さらっと間髪入れずに由乃の要求を拒否すると、菜々は嬉しそうに逃げ出した。
「 まてコラァ!! 」
笑顔で逃げる菜々と、鬼の形相で追いかける由乃。
何も知らず休日の遊園地に遊びにきているチビっ子達に、トラウマを植え付けるにはうってつけのシーンだろう。
そして、そのトラウマには後で「悪い子はいねぇかぁ〜!!」というセリフがアフレコされて、記憶のメモリーに削除不可なファイルとして残り続けるであろう。何時までも。
黄薔薇姉妹を呆然と見送った祐巳は、どうしようかとオロオロしていたが、やがて「アレは、ほっとくしかないだろう」という結論に達し、とりあえず瞳子に自分のクレープを差し出して、「はい、あ〜ん」とか言ってみたりした。
となりでは、それを見ていた志摩子が「ああ、なるほど」と言いそうな顔で、自分のクレープを持ち上げようとしている。
そんな、平和な春の1日であった。