※原作の「白き花びら」がお好きな方ゴメンナサイ。
原作の美しいイメージを跡形も無くブチ壊すオチが待ち受けています(笑
微かな光りの中、私は目を覚ました。
見覚えの無い部屋。
見覚えの無い天井。
ここは・・・
「 目が覚めた? 」
優しく問いかける声に、私は昨夜の記憶を急激に取り戻す。
「 ・・・・・・・おはようございます、お姉さま 」
そうだ。昨日、栞と離れ離れになった私は、お姉さまの計らいで、お姉さまの家に泊まったのだった。
「 少しは眠れたみたいでなによりよ 」
張り付いた瞼をこすりつつ起き上がると、お姉さまはすでに普段着に着替えていた。
瞼が重い。
私は夢の中でまでも泣いていたのだろうか?
夢は覚えていない。
いや、覚えていなくて良いのだろう。
きっと、夢の中でも鮮明に思い出していたのだろうから。あの子の顔を。
「 貴方の寝顔を見られるなんて、得しちゃったわね 」
まだ朦朧としている私に、お姉さまは微笑みかける。
「貴方の顔が好き」と言うお姉さま。
そう言って、何時も私の顔を見ていたお姉さま。
きっと、見ていたのは顔だけではなく、その顔の奥に隠していた、私の心だったのだろう。
この人は、それを私に悟らせずに、私を見守ってくれていた。
いつも。
昨夜の私は、きっと、わがままを言う子供と同じだったろう。
欲しいものが手に入らず、泣き出してしまった子供と。
それでも、お姉さまは相変わらず微笑みながら、私を見ていた。
「 朝ごはん、食べられそう? 」
ふいに聞かれ、私はそこで初めて自分が空腹なことに気付いた。
疲れて眠る。空腹だから食べる。
そんな当たり前のことすら、昨夜の私はできそうになかったのだと、今更ながら思い出す。
眠れるなんて思っていなかったのに、何時の間にか眠っていた私。
しっかりと空腹を訴える私の体。
心は死にたがっていたはずなのに、体は生きろと言っている。
それはきっと、お姉さまがそばにいてくれたから。
何もせずに、そばにいてくれたから。
「 蓉子ちゃんが、朝ごはんの用意をしてくれているのだけど・・・ 」
薄情な私は、お姉さまに言われて初めて、その存在を思い出す。
雪の中、私を待ち続けた存在。初めて「親友」と呼べるかも知れない存在を。
雪の中で、まるで栞の代わりのように私を待ち続けた彼女は、栞の代わりに、私を何処かへと導いてくれるのだろうか。
「・・・朝ごはん、ご馳走になります 」
私がそういうと、お姉さまは、何時もと変わらない笑顔で「そう」とだけ答えた。
お姉さまに案内され食堂に入ると、大きなテーブルセットに、蓉子がぽつんと座っていた。
「 おはよう聖 」
彼女もまた、変わらず私に微笑みかけてくれる。
「 おはよう 」
私はなんとなく恥ずかしくて、俯きながら返事をした。
蓉子の前には、お茶の入った湯飲みが置かれている。だが、その中味は湯気を上げていなかった。
どれだけ待っていたんだろう?
何時起きるかも解らない私のために、食べるかどうかも解らない朝ごはんのために、この子は一人で、この寒い食堂でまっていたのか。
こんなにも私を思いやってくれる人を、私は今まで疎ましく思っていたのか。そんな現実に打ちのめされていると、彼女は優しく「座って。今用意するから」とだけ言って、キッチンに行ってしまった。
私は、なすすべも無く椅子に腰掛けた。お姉さまも何も言わずに隣へと腰掛ける。
しばらくすると、何かを焼く音と共に、食べ物の美味しそうな匂いが漂ってきた。食堂の空気が、心まで暖めようとしてくれているようだ。
こんな私のために、朝ごはんを用意する蓉子。
こんな私のために、変わらない微笑で隣にいてくれるお姉さま。
私は、こんなにも暖かいものに気付かずに、それら全てを捨てようとしていたのか。そう思うと、私はこんな所に座っている資格など無いような気がしてきた。
「 聖 」
お姉さまが、そっと私の手を握った。
「 今は何も考えないで。ただ、私達に委ねてちょうだい 」
・・・お姉さまは、私の心なんてお見通しなんだな。
そう思うと、恥ずかしさと嬉しさが同時に込み上げてきて、私は動けなくなった。
「 私達は、好きで聖のそばにいるんだから、貴方は貴方のままで居て良いのよ 」
「 ・・・・・・はい 」
そうだ、今はただ、二人に甘えさせてもらおう。そして、きっと何時か、今度は私が二人に・・・
「 おまちどうさま 」
私が密かに決意していると、蓉子がお盆を持ってキッチンから出てきた。
「 何も無かったから、玉子焼きとか簡単なものしか・・・ あ! 」
「 ふふふ、良いのよ、本当に何も無かったんだから 」
「 すいません 」
「 私の両親も出かけてしまっているし、私も何か買って食べようと思っていたから、冷蔵庫の中、ほとんど空だったでしょう?その中で良く作ってくれたわ、蓉子ちゃん 」
そんな二人のやり取りに、私は少しだけ笑う余裕ができた。
実際、出てきたものは、朝ごはんとしては文句のつけようが無いほどだった。玉子焼きと漬物、レタスを使った簡単なサラダ、暖かいご飯。
何よりも、蓉子が私のために用意してくれたということが、本当に嬉しかった。
「 今、お味噌汁持ってくるから、先に食べ始めていてね 」
「 うん、いただきます 」
私は、自分の家でも滅多にしないくせに、自然と手を合わせてそう言っていた。
「 あら、美味しいわね。さすが蓉子ちゃんね 」
お味噌汁を運んできた蓉子に、玉子焼きを一口食べたお姉さまがそう言うと、蓉子は照れて赤くなった。
私は手渡されたお味噌汁をいただく。
「 ・・・・・・あ 」
その味に、私は思わず呟いていた。
『 どうかした? 』
二人に同時に聞かれ、私は言葉を濁したが、料理を失敗したのかと心配そうな顔をする蓉子のために、正直に打ち明けた。
「 えっと・・・ すごく懐かしい味がしたから・・・ 」
そう、それは、私の記憶にある味だった。
両親に反抗していたくせに、私の舌は、所謂「お袋の味」というものを覚えていたようだ。
どこか懐かしく、舌に馴染んだ味。私の体の何処かで、すっと力が抜けていくのを感じる。
「 所謂“お袋の味”ってやつかな? 」
蓉子にそう告げてあげると、彼女は少し赤くなりながら、やっと笑顔になってくれた。
そうだ、私の母も、私のために料理を作ってくれていたのだ。
こんな私のために毎日。文句も言わずに毎日。
毎日繰り返されるうちに、そんな大事なことを当たり前のことだと感じていた自分に気付き、愕然とする。
そうか、私は色々な人に支えられて、ここまで生きてきたんだ。
「 そんな・・・ お袋の味だなんて・・・ そんなたいそうなものじゃ・・・ 」
蓉子は照れているが、私は「ううん、とても美味しいよ」と正直に言った。それを聞いて、蓉子はまた赤くなっている。照れなくても良いのに。
それにしても似ている。たまたま蓉子の家でも同じような味のお味噌汁なのか、それとも私のために、うちの母に作り方を聞いていたのか・・・
色々と気を使う蓉子のことだから、後者でないとも言い切れないかも。
いずれにせよ、蓉子の気持ちが伝わってくるようで、私は嬉しかった。
「 どれどれ、私も一口・・・ 」
お姉さまもお味噌汁に手をつける。
「 あら、美味しいわね。さすが蓉子ちゃん 」
「 そんな、いや、そうですか? そんなに誉められるものでも・・・ 」
蓉子はまだ照れている。そんなに謙遜しなくても良いのに。
貴方の作った優しい味が私に元気をくれ
「 だってホラ、永谷園のインスタントですよ? 」
・・・・・る・・・・・から・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「 ゴフッ!? げっふ!げっふ! 」
・・・・・・・・・・・・・永谷園?
今、永谷園って言った?
「 げっほ! よ、蓉・・・ ちゃ・・・ げっふ! 」
ああ、お姉さまがうろたえている。お味噌汁にむせてるよ、珍しいなぁ。あはははは・・・
インスタントか、うん、そうか、そうかもね。
インスタントがお袋の味か、あははは・・・あは。
愛されてるな、私。
「 げっふ! ・・・・・・・・・聖、あの・・・ 」
「 お姉さま 」
「 え? 」
「 鼻からワカメ出てますよ 」
「 !! 」
うん、白薔薇さまともあろうお方が鼻からワカメはマズいよね。
ああ、お姉さまが鼻から出たワカメの処置に困ってオロオロしてる。初めて見るなぁ、こんなマヌケなお姉さまの姿。
そりゃあそうよね、仮にもリリアンの白薔薇さまが、鼻からワカメ出したり、ましてやそれを引っこ抜いたりするのもアレだしね。
ああ、蓉子。わざわざ見せなくて良いから、永谷園の袋とか。
なんつーか・・・ その・・・
空気読め。
マジで。
人が「お袋の味」とか言い切っちゃったんだから。
・・・・・・うん、なんかね、栞との別れの傷は癒えちゃったかも。
てゆーか、衝撃の事実発覚で、それどころじゃないのかも。
そう。私は色々な人達に支えられて生きている。
それは解ったんだけど・・・
とりあえず、母親に感謝したり、蓉子を親友と呼べるには、もう少し時間がかかりそうかな?