「マリアさまのこーころーそれーは…」
どうやら、今日の由乃さんはご機嫌らしい。
わざわざ乃梨子ちゃんを押し退けてみんなの紅茶を淹れるくらいに。
瞳子はむしろ怪しい。とか言ってるけど、コレはコレでいいことだと思う。
「それーは……えーっと……それーは、圧倒的勝利ぃ〜」
「ブッ!」
よ、由乃さん語呂が悪すぎるよ!
まてよ……もしかしたらあの歌詞は今の日本代表に対する願望というか希望のようなものを
表しているのだろうか…というか、なんで私以外のみんなは平気なんだろうか。
「………っく」
と、思ったら乃梨子ちゃんは明らかに肩で笑っているし。志摩子さんも可笑しそうに微笑んでるし。
瞳子にいたっては机に突っ伏して震えてるし。あー、可愛いなー。
「あれ?どうしたのみんな」
「…いや、なんでも、ない、よ?」
由乃さんは気付いていない……つまりあれは意識して言ったわけじゃなくて、自然と出てしまった言葉なのか。
というか、それならちゃんとした歌詞を歌えばいいのに。
「マリアさまのこーころー」
また歌いだした!?
あ!みんな明らかに何かを期待している顔だよ!
「マリアさまのこーころーそれーは……それーは……」
だからなんで歌詞が出てこないの!これじゃあ期待しちゃうじゃない。
「それーは……ッ!菜々ぁ〜」
「「「ブッ!」」」
ス、スゴい!志摩子さんですら肩で笑わっているこの現状!
由乃さんってばなんでそんな「いい事思いついた」的な顔でそんなことを言ってるんだろう。
「ん?ホントにどうしたのみんな。ほら仕事仕事」
「う、うん。ごめん」
その集中力を乱すようなことを言ってる本人から言われるとなると、ある意味でしゃくだ。
「今日の由乃さんはご機嫌ね。なにかあったの?」
突然、志摩子さんは嬉しそうな言った。
その後も、やれ「それはぬふぅ!」だとか、「それはうおっまぶし!」だとか訳の分からない事を
言っていてこちらとしても辛かったので丁度よかった。
「あ、わかっちゃう?」
満面の笑みで由乃さんは答えた。わからいでか。
「いやー、昨日サッカー見てて興奮しちゃってさ。その興奮をどうしようかって時に令ちゃんに話しても無駄だろうから
いっそ菜々に言っちゃえって電話してみたら、そりゃあもう盛り上がっちゃってさ。いやー。有意義な時間だったよ」
そんなに早口でまくし立てられれば、由乃さんがどれだけ興奮してたのかが分かる。
私としては、その興奮は後半になるにつれて菜々ちゃんとの会話が盛り上がってることに関してだと思うけど。
「で、今度スポーツカフェで一緒に見ようって事になってね」
やっぱりね。
「でも、サッカーってけっこう遅くにやってるでしょ?大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない?令ちゃんも連れてくし」
巻き込まれる令さまがちょっと可哀想だ。けど、どうせ令さまの事だからそれはそれで満足なんだろうな。
「いやー、このイベントで菜々にどっと近づいた気がするわー」
「だったら、いっそのこと一気にロザリオ渡しちゃいなよ」
と言うと、由乃さんは指を振りながらチッチッなどと言った。
「分かってないなー、祐巳さんは。そういう一大イベントはもっと盛大な所でやるべきなの。
志摩子さんと乃梨子ちゃんとか、祐巳さんと瞳子ちゃんみたいに」
何を張り合ってるのだろうか。なんて思いつつも、納得はできる。
ロザリオを渡すっていうのは大抵は一回だけの一発本番勝負だから。雰囲気なども大事なんだろう。
しかも、今話している相手は一度令さまにロザリオを投げ返しつつ、素敵な感じにもう一度姉妹になった
由乃さんだ。百も承知なんだろう。
「そうだよね、ごめん。やっぱり『私と瞳子みたいな』素敵な授与シーンにしたいよね?」
「あら?『私と乃梨子みたいに』……って言いたいんじゃないのかしら、由乃さんは?」
……とても恐ろしいことになってしまった。
と、乃梨子は1人角の方の席で思った。
祐巳さまと志摩子さんの一言以降、2人はリリアンの生徒らしからぬメンチのきり方でにらみ合っている。
というか、瞳子まで参戦している。
それを1人で返している志摩子さんもすごいんだけど。などと思いつつ、事の発端でもあるにも関わらず、
モクモクと鼻歌交じりに書類を消化していっている由乃さまを乃梨子は見た。
――浮かれるのもいいですけど、少しは周りの雰囲気を察してください!!
なんて、言えるはずもない言葉を心の中で叫びながら、乃梨子は志摩子さんの
「……乃梨子は、どう思うの?」
という言葉で、強制的に参戦させられることとなった。
マリア様。本当はこんなこと願いたくはないのだけれど。
あわよくば、今度の由乃さまと菜々という子のデートは波乱に満ちたものにしてください……
そう。今の白薔薇と紅薔薇の状態のように。
と、乃梨子は志摩子さんに呼ばれて席を立ちながら思ったとさ。