【1630】 心に刺さる棘罪と罰  (ケテル・ウィスパー 2006-06-21 09:03:02)


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 楽屋落ちは無しのつもりだったんですが、結局つけることにしました。
 ラストなんで、長いのは勘弁してください。




『キ ギ キィキ ギギィ ギ ギィィィ〜〜』
「きゃぁぁ〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!」

 妙な鳴き声が志摩子の胸の切り口から聞こえたので恐々と視線を移した由乃は悲鳴を上げた。

 切り口からは粘度の高いどす黒い血が『ドロ ドロドロ』っと流れ落ち、黄白色の骨が見える。 骨が内側から押されてボトボトと血の塊が落ちる、さらに内側から押されありえないほどに盛り上がる。
 切り口はさらに開きウネウネと別の生物のように不気味な動きをしている心臓が露出する。
 内側から切り口を押し開いているのは心臓だった。
 目は無い、しかし、大きく裂けた口にはギザギザしたサメのような歯が並んでいて、今にも由乃に食い付こうと『 ガチガチッガチ 』と歯をかみ合わせている。

 ユラユラと立ち尽くしていた志摩子は、下手な操り人形のように腕を由乃に誘うように差し出す。 志摩子の手をよけながら地面に突き刺さった剣を必死に抜きに掛かる由乃、しかし、深く刺さった切っ先はなかなか抜けない。

「くっ! この‥‥‥抜けない!」
「由乃さま、早く!」

 輪の落ちてくる速度は予想以上に速い、押しても引いてもガッチリと地面に咬み込んでいる切っ先はビクともしない。 ガクッガクッっと緩慢な動きながら志摩子は由乃を捉えようとしている。

「え〜〜〜いっ! 剣の形が変わるんだから、先っぽくらい霧みたいになって抜け易くなりなさいよ! きゃっ!?」

 由乃の言葉どおりに切っ先はいきなり霧の様な金色の粒子になる、力一杯引っ張っていた由乃は勢いあまって尻餅をつく。

「由乃さん急いで!」
「由乃さま!」

 後1m。 輪は地面に落てくる、痛みが引くのを待ってなどいられない。 由乃は輪の外に向けて走る。

 後50cm。 剣が粒子状になっている切っ先の再生に力を使っているからか由乃の走る速度は先ほどよりも遅い。

 後40cm。 もう少し、由乃はスライディングをして抜けようとするが目測を誤って頭が抜け切らない輪はすぐ目の前にあった、とっさに動けずに思わず目をつぶってしまう。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥。

 ゆっくりと目を開くと乃梨子と祐巳が、由乃の足を持って引っ張り出してくれていた。


 金色の輪は地面に落ちた、中と外とを隔絶するきらきら光る壁が輪の通った所に出来上がっている。

「で? これどうするの? 志摩子さんは朽ち果てるまで晒し者なの?」

 ジーンズに付いたほこりを軽く払いながら立ち上がった由乃が顎で円柱を指す。

「……祐巳さま‥‥‥‥‥志摩子さんを……生き返らせる事は…できない…ん‥ですか?」

 円柱の中をフラフラと揺れながら動いている志摩子を見ているうちに、乃梨子は無駄だと分かっていても聞かずにはいられないことを聞いた。
 祐巳は視線を乃梨子の方に向けて口を開いたがすぐには言葉は出てこなかった。 やがて乃梨子から視線をはずし俯いて首を横に振る。 そして自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎだす。

「‥‥‥言ったはずよ……あの中に入ったら…二度と出る事はできない‥‥‥‥死んだ者を生き返らせるのは‥‥自然の摂理に反すること…」

 小剣を持ち直して、ゆっくりと円柱に対峙する。

「神様じゃあない私には…どうすることも‥‥‥出来ない‥‥‥‥‥ごめん」

 そして祐巳は、仕上げに取り掛かる。
 

『 アマカムナ アマカムヒビキ
             ア アヤ アカ 』
 

 円柱の中と外の空間を隔てている壁がゆっくりと回り始める。 回転は徐々に速くなっていく。


『 ア ア アナ カシコ
            アオニヤシ 』

 回転が速かった上の方は浮かんでいた光の球程まで細くなり、光の粒子が集まりだしたからか光が強くなる。 下の方もかなり回転が速くなってきた。


『 アマヒ アキツネ ミナカヌシ
         タカ カム ムスビ アマハヤミ 』


 細長い回転する青い円錐に変化したそれは、祐巳が呪文を唱え終わると、音のような振動のようなものを発して空間ごと志摩子を凝固させた。

「次で最後‥‥‥‥次の呪文で……終わる……」

 独り言のように呟いて一つ間をおく祐巳。 何かを言いかけた乃梨子は震えながら口をゆっくりと閉じた。 志摩子を睨み付けている由乃、だがその瞳は何かで揺れている。


『 カムナガラ タカマカシキネ
            トヨカブシ チカラムスクラ 』


 上空の光の球が上下に揺れて強く光りだす。 揺れは大きくなりやがて弾かれた様に上へ飛んでゆく。 横から見ても飛んでゆく球は見えない、異なる世界へ向けて道を開いたのだ。 残っている輪の中は漆黒。


『 アラカミチ ‥‥‥メグル‥‥アマタマ‥‥‥‥‥‥カム…ナ‥‥ミチ! 』


 滴が落ちる。

 円錐の頂上が崩壊し始める。 破片は吸い寄せられるように漆黒の闇に向かいさらに細かく砕かれ青い光を放つ霧になって吸い込まれていく。
 
”ガシィィッッツ ” ひと際大きな音を立てて基底部まで大きく亀裂が入る、崩壊は進み2/3が闇に吸い込まれていった。 また大きな音が響きついに志摩子の体にも亀裂が走る。

 砕かれる。 砕かれていく。 

 志摩子の体が。 志摩子を含んだ空間が。 ガラスのように砕けていく。

 粉々になり、キラキラと光る青い粒子になって闇の穴に吸い込まれていく。

 それは素粒子を形作るアマ始元量にまで分解される。

 やがて新しい物質を作るため。 新しい宇宙を作るため 


 闇の穴が閉じる、すべてを飲み込んで闇の穴が閉じる。
 もう少しで穴が閉じるという時、何か白い物がヒラリと舞い落ちる、フワフワと風に揺られながら。 それがセーラーカラーだとわかった時、乃梨子はそっと両手を伸ばす、ゆっくりと踊りながら、佇む乃梨子の元へ降りて来たセーラーカラーはスローモーションの様にやわらかく掌に乗った。
 涙がとめどなくあふれ、視界がさらに滲む。 セーラーカラーを胸に掻き抱いて乃梨子は崩れるように膝を地面に付いた。




  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *


「カ〜〜ット! お疲れ様でした〜〜!」
「は〜〜、やっと終わったわね〜〜〜」
「祐巳さま、呪文間違えなくて良かったですわね」
「近くで聞いてると危なっかしい所があったけどね。 で〜‥‥志摩子さん、何読んでるのよ?」
「これ? ふふふふ、由乃さんも読む?」
「え〜〜と、なになに‥‥‥‥ありゃま〜」
「と言う訳で、乃梨子」
「? なに? 志摩子さん」
「ばんざ〜〜い (は〜と)」
「え? ば、ばんざ〜〜いぃぃぃぃ?! いや〜! な、な、なんで制服脱がされて?! あ〜〜〜、ちょ、ちょっとブ、ブラ取らないで!!」
「ふふふふふふふふふふ、ごめんね乃梨子ちゃん。 エピローグ取り直しなんだって、ほら、瞳子ちゃんも菜々ちゃんも準備はOK、時間が無いからここでお着替えってことで」
「そんなこと言ってくれれば自分で出来ます!」
「あきらめてくださいませ、やっぱり乃梨子さんは ”いじられてナンボ”ですわ。 さあ、嘘っ子胸3枚重ねブラですわ」
「枚数までばらすな! ってか、前の時は2枚だったじゃない、なんで増えてんのよ」
「お約束ですよ乃梨子さま」
「お約束言うな!」
「さあ、乃梨子急いで。 時間押しているのよ、付けてあげるから手を下ろして」
「志摩子さま、やはりヒップの辺りはペチコートで広げるのでよろしいのでしょうか?」
「この前瞳子ちゃんが持って来てくれた物が具合が良かったわね、それでいいわ」
「‥‥‥台本貸して瞳子。 っとにも〜、人の知らない所でこんなこと決めるのやめて欲しいわ」
「は〜〜い、乃梨子ちゃん、シークレット厚底ローファー型ハイヒールだよ〜」
「言い方をもっと考えた方がいいんじゃありませんか祐巳さま」
「乃梨子ちゃん、制服こっちね。 ちょっと菜々こっちきなさい、髪整えてあげる」
「ありがとうございます。 じゃあ、アフロで」
「ほ〜〜、本当にいいのねアフロで」
「しょうがありませんねぇ〜、じゃあカチューシャで我慢します」
「……そこへ直れ菜々!」
「もぉ〜、遊びは後になさってくださいませ! 乃梨子さんヅラですわ」
「‥‥‥なんかさ、その言い方だとコントで使われるハゲヅラを思い出すのって私だけ? 瞳子、祐巳さまとセンス似てきた?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
「赤くなって固まらないでよ」
「さあ、後はリボンを付けて終わりね。 ‥‥‥‥いいわね。 じゃあ乃梨子、がんばってね」




  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

  エピローグ


 長く伸びた髪を暖かく柔らかな春の風が撫でていく。

 卒業式の後。 クラスメート達が別れを惜しんだり、これから出発する卒業旅行の話題で盛り上がっている教室からそっと抜け出して、乃梨子は一人校舎の隅に用意しておいた花束を携えて、あの思い出の桜の木に最後のお別れをしに行く。


 志摩子と出会った場所

 ロザリオの授受をした場所

 いろいろなことを語らった場所

 不器用だったけれど甘えてみた場所

 そして、不慮の事とは言え、その最期を看取った場所


 祐巳と由乃は、志摩子の話題を振ってこなかった。 何度か魔物退治はしたようだが乃梨子には関係のないことだった、それ以外の変化と言えば、山百合会の仕事量が増えた。 まるで何かをしていなければ居られないと言う様に、間断なく仕事をしていた。
 二人が卒業する時『後の事はよろしく』と言われながらした握手。 握った手が二人とも少し震えていたことが乃梨子にはすべてを物語っているように感じられた。


 桜の季節にはまだ少し早い、膨らみ始めた蕾を付けた枝が春風にそよいでいる。 サイドの髪を後ろで白いリボンで結んでいる乃梨子は暫くの間桜の木を見上げてから、静かにその根元に花束を置いた。


 学校に行きたくない、転校すら考えていた乃梨子を無理やり学校に引っ張ってきたのは瞳子だった。 
 無断欠席5日目の朝、いきなり瞳子が押し掛けてきて、抵抗する気力すら失っていた乃梨子は強引に車に押し込まれた。

『‥‥‥放っておいてよ‥‥』
『それは無理な相談ですわ。 乃梨子さんが自主的に学校に出てくるようになるまで、校門まで車で送り迎えいたしますわ、その先は私が手を引いてでも教室までお連れいたしますわ。 白薔薇の蕾がそんな情けない姿をいつまでも晒したくないなら、さっさと復活してくださいませ』
『‥‥‥だから、放っておいてよ‥‥それに薔薇の館に行くつもりなんてないわ‥‥‥蕾だって、もう続ける気なんか……』
『それは‥‥‥私がとやかく言うことではありませんわ。 ただ私は‥‥‥‥‥』
『‥‥‥瞳子?』
『 !? あ、相方がいなくならなければそれでいいんですわ!』
『‥‥あ〜。 相方ね』
『‥‥‥‥‥‥負けないでくださいませ‥‥‥』
『‥‥‥‥』

 瞳子は、この時点で何があったのか知らなかったらしい。
 瞳子にすべてを話し、自分自身で決断を下して薔薇の館に復帰したのは2週間たってからだった。



「乃梨子さま」

 桜を前にリリアンでの思い出をたどっていると、ここ2ヶ月で一番よく聞いた2年生の声がして、ゆっくりと振り返る

 山内弥生。
 選挙で選ばれた次期白薔薇さまである。 乃梨子は最後まで妹を持たなかったのだ。 

「ちらっとお姿が見えたものですから。 ご卒業おめでとうございます。 ……まだ…少し不安なんですけれど、私なりにがんばってみます」
「そんなに肩に力を入れなくていいのよ。 山百合会なんて御大層な名前がついているけれど所詮は高校の生徒会なんだから。 変えられるところは変えてしまってもかまわないのよ、伝統だけがすべてじゃないわ」

 そう言いながら乃梨子は弥生の肩をポンッとたたく。

「その時その時にあわせて臨機応変に。 前例が無いからやらないなんてことは言わないようにね」
「‥‥‥‥はい!」

 どこまでもやさしい春風がそよぐなか弥生はにっこりと微笑む。

「では、片付けがまだ残っていますし……お邪魔しても‥‥わるぃので…これ…で………」

 お辞儀をしようと体の前で手を組んだ弥生だったが動きが止まってしまう、息が詰まるような嗚咽とともに両目から涙の雫が流れて落ちる。

「‥‥うっく……やだ………泣か‥ないって………泣かない…って…‥決めてたのに……」 
「‥‥‥大丈夫よ、あなたは一人じゃない」

 弥生の肩に手を置いたままポケットから出したハンカチで涙を拭ってやる。

 長かったのかもしれない、短かったのかもしれない。 肩を震わせている弥生が落ち着きを取り戻し始めた頃から、乃梨子は背後に春風とは違う暖かな気配を感じていた。

「すいません。 もう大丈夫です」
「…そう……」
「それでは………乃梨子さま。 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ごきげんよう…」

 弥生は丁寧に頭を下げる。 無理やり作った笑顔を残して小走りに体育館へ駆けて行くのを見送った。 去っていく弥生の背中を見た時、乃梨子は自分が黙ったままだったことに気がついた。

 不意に背後にあった暖かな気配が、後押ししたような感じがして、乃梨子は振り返ってみる。

 そこには、蕾を膨らませてこれから咲こうとしている思い出の桜の木が静かにたたずんでいた。 

 もう一度、心を押すような感じ……。

「待って、弥生ちゃん…」

 呟きに近いような小さな声だった。
 普通なら届かないはずのその声が届いたらしい、小走りに体育館に向かっていた弥生は立ち止まり、乃梨子の方に振り返る。

「なんでしょう? 乃梨子さま」

 桜の梢に何かを問うていた乃梨子は振り返ると、弥生の立っている所へゆっくりと近づいて行く。

「‥‥‥‥弥生ちゃんに、渡し忘れた物があるの‥‥」

 そう言いながら乃梨子は、左手に絡めてあるロザリオをゆっくりと外した。



〜〜〜〜〜 END 〜〜〜


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