美夕シリーズ第三弾。
【No:1571】―【No:1618】―今回
白い手が由乃さんと令さまの口を塞ぎ、空に飛ぶ。
直後、二人がいた場所に白い影が走った。
「きゃぁぁぁ!!!!!!!」
由乃さんの悲鳴が上がり、令さまが着地と同時に竹刀を袋に入れたまま横に薙ぐ。
「な、なに?こいつら!!」
令さまがそれを見て恐怖する。
それは白い影と、白い仮面を被った黒マント。
「れ、令ちゃん!!」
「由乃!!」
白い影と白い仮面が由乃さんたちの前で対峙している。
――ヒュン!!
白い仮面が、白い影に迫る。
「ラヴァ!!」
美夕の声が響く。
白い仮面は美夕の僕である、ラヴァ。
ラヴァは美夕の言葉に従い再び二人を抱え空に舞う。余りの速さに剣道の有段者とはいえ人である令さまはラヴァに反応できないまま捕まっていた。
その横を、白い着物姿の美夕と赤い着物姿の祐巳が駆け抜ける。
「えっ?!」
由乃さんの戸惑いの声を聞きながら祐巳は美夕と白い影に迫り、白い影は慌てて逃げようとするがそのまま炎で焼かれ消える。
由乃さんたちに顔を見られたか?
祐巳と美夕はそのまま姿を消し、ラヴァも消える。
後には、突然のことに呆然としている由乃さんと令さまが残され、悲鳴を聞きつけた祥子さまたちが駆け寄っていく。
「あの子達、どうするのかな?」
祐巳の横で、白い着物姿の美夕が呟き、赤い着物の祐巳は校舎の屋根の上でジッと集まっている大事な人たちを見ていた。
徐々に綻びが目立ってくるだろう。
……限界なのかな。
「ねぇ、メイさま」
祐巳は小さく呟いた。
「祐巳さん!!」
正門の前で、祐巳はよく知る声に呼び止められる。
「ごきげんよう、由乃さん、令さま」
「ごきげんよう」
祐巳の挨拶に令さまは挨拶してくるが、由乃さんはジッと祐巳を見ていた。
「ど、どうしたの?由乃さん」
「祐巳さんだよね?」
やっぱり疑っているのか、まぁ、仕方がない。
「うん、そうだよ」
祐巳はいつものように笑顔で答える。
「祐巳さん!!」
ジッと疑わしそうに見ていた由乃さんが笑顔で祐巳に抱きついてくる。
「わ、わわ」
暖かい由乃さんの体温が抱きついた場所から祐巳に伝わってくる。こんな大事な友人を騙していることが心苦しい。
……あっ!!
――ドックン!!
由乃さんの血の匂いが祐巳を襲う。
喉が渇く。
「祐巳さん?」
抱きついた由乃さんが再び不安な表情に変わる。
「祐巳」
「……あっ!」
「あぁ!!」
由乃さんと令さまの驚きの声。
「美夕……ラヴァ!!」
そこには制服姿の美夕と黒マントのラヴァがいた。
ラヴァは白い仮面を外しているものだから、周囲の登校してくる生徒達がキャーキャー言っている。
ラヴァは顔だけで言えば柏木さんに負けず劣らずの美形だ。
「祐巳、行きましょう」
美夕は当たり前のように、祐巳を呼ぶ。
「由乃さん、ごめんね」
祐巳はそっと由乃さんから離れ。
「祐巳さん?」
そのまま美夕の側に向かい、美夕とラヴァを見る。
「こんなに目立ってどうする気?」
「くすくす、さぁ」
美夕は笑い、祐巳はそのまま美夕と校舎に向かう。
後ろの方で、由乃さんを令さまが支えていた。
……。
…………。
お昼の教室は騒がしかった。
朝の出来事が校内の話題になっていたのだ。だが、誰も祐巳に聞いてくる者はいなかった。
そればかりか由乃さんさえ声をかけては来ない。
そのままお昼になり祐巳は教室を出ようとしたところで、蔦子さんと真美さんの報道コンビに捕まる。
「どうしたの?」
「へへーん、コレ」
蔦子さんが嬉しそうに差し出してきたのは一枚の写真。
それはラヴァと美夕、祐巳の朝の正門での様子だった。ついに来たかと思った。
「蔦子さん、いつから女性意外を撮るようになったの?」
「いや〜、私はいい絵が撮りたいだけで、男性でもこれだけの人になると素敵だと思うし、なによりその前にいる祐巳さんと美夕さんがいいわ」
あ、やっぱりそっちにいきますか。
「それよりも!!この男性って誰?」
祐巳の言葉に照れながら答える蔦子さんを押しのけて。真美さんが迫ってくる。
「わ、私も聞きたい!!」
横から由乃さんまで入り込んでくる。
「真美さん、学校以外のことを記事にするのはよくないよ」
「分かってるわよ、でもさぁ……」
真美さんが教室を見渡すと、クラス中の視線が祐巳に向けられてくる。
なんであんな奴のせいで注目されないといけないのか!!
「ラヴァのこと?」
「へぇ、外国の人?」
西洋神魔だしそう言っていいだろう。
「そうだね」
「それで祐巳さん、美夕さんとの関係は?」
「私とは関係ないよ。ラヴァは美夕の下僕それだけ」
祐巳の言葉に三人だけでなく、クラス中が静かになる。
「えっと、下僕?」
「そう、後は本人に聞いて」
祐巳がそう言うと美夕が教室の前にやってくる。
「どうしたの祐巳」
「新聞部がインタビューしたいそうよ」
「なに」
美夕が冷たい目で真美さんを見る。
さの瞳は本当に冷たく、流石の真美さんも少し引く。
「あ、あの、ラヴァさんて美夕さんの何かな?」
「詰まらない事聞くのね、ラヴァは私の僕よ」
「え〜と」
真美さんは言葉を失っている。
「もう、いいかしら?」
「あ!美夕さんと祐巳さんてどういう関係なの!!」
由乃さんが美夕に詰め寄る。
「祐巳との関係?」
「そうよ!!」
「娘かな?」
「は?」
美夕の言葉は由乃さんの予想外だったのか、由乃さんは反応出来ていない。
「それじゃ」
「由乃さん、これ以上は美夕に近づいたらダメだよ」
美夕の後を祐巳は着いていく。
「祐巳さん……」
だが、由乃さんは祐巳の忠告を無視して後を追い。真美さん、蔦子さんが続く。
「おかしいわよ!!おかしいわよ!!あんなの祐巳さんじゃない!!」
由乃さんの声が廊下に響く。
「もう!!何所に行ったのよ!!」
由乃さんは叫んでいた。まるでそうしなければ不安が増すというように。
真美さんと蔦子さんも一緒だ。
「あ!!志摩子さん、乃梨子ちゃん」
由乃さんたちが外に出るとお弁当を持って薔薇の館に向かう二人を見つける。
「あら、どうしたの由乃さん」
「祐巳さんと美夕さん、知らない?」
「祐巳さんと美夕さん?いいえ、見ていないわ」
「どうかしたのですか?」
「祐巳さんの様子がおかしいのよ……それもこれも全部、あの美夕って人が来てからよ!!」
由乃さんの様子に、志摩子さんと乃梨子ちゃんは顔を見合わせる。
「よ、由乃さん」
「二人も祐巳さん探すの手伝って!!」
由乃さんの様子に戸惑う志摩子さんだが、由乃さんは志摩子さんたちまで巻き込んで祐巳探しを続けようとする。
「そういえば昨日の放課後に由乃さまが言っていた黒い服の人の噂を聞きました。何でも今朝、美夕さまと一緒だったとか……」
「うん、令ちゃんも言っていたけど多分同じ人」
「でも、由乃さん、祐巳さんが言いたくないものを無理に調べるのは良いことではないわ。それに祐巳さんだったら、私たちの手が欲しいときには言ってくると思うのよ」
「志摩子さんは!!今朝の祐巳さんの様子やさっきの祐巳さんを見ていないからそういえるのよ!!」
「由乃さん……」
由乃さんの剣幕に志摩子さんは戸惑いを隠せない。
「あ!!」
突然、乃梨子ちゃんが声を上げる。
「どうかしたの、乃梨子?」
「あそこ、祐巳さま」
「あぁぁ!!」
乃梨子ちゃんが指差した先を、祐巳と美夕が歩いていた。
「志摩子さん、行くよ」
由乃さんは戸惑っている志摩子さんを結局巻き込み、祐巳と美夕の後をつける。
「何所に行くのでしょう?」
「知らないわよ!!」
祐巳と美夕は連れ立って銀杏の林の奥に進んでいく。
「なんだか、仲良しって感じとも違うわね」
「本当、会話も無いみたい……え?」
先の方を歩いていた美夕と祐巳は立ち止まり、祐巳の方から美夕に抱きついていった。
「な、なな、何してるのよあの二人!!」
「キスでしょうか?」
「まーまー」
「凄い!!これはスクープ!!」
「……そうかな?」
慌てている四人を尻目にカメラを覗いていた蔦子さんが呟く。
「キスっていうより何だろう?そう、首筋に噛み付いている感じみたい」
そう言って蔦子さんは四人にもカメラを覗かせる。
「なに?」
「まるで吸血鬼みたいですね……」
それは何気ない乃梨子ちゃんの一言だったが、何故か全員の背筋に冷たいものが流れる。
そして、立ち尽くす五人の方を美夕が笑みを浮かべながら見る。
「う、わぁぁ」
それは誰かが発した声……いや、全員の声だったかも知れない。
五人を見る美夕の瞳は金色に輝いているように見え、ゆっくりと美夕から離れ五人の方に視線を向けた祐巳の瞳もまた金色に輝いていた。
五人は走り出した。
その姿が祐巳に見えることも気にせずに……。
「見られたわね」
「見せたの間違いでしょう、美夕」
「そういう祐巳も止めなかったのね、どうして」
「……血、ありがとう。喉の渇き収まったよ」
祐巳は美夕の言葉には答えず、お礼を言う。
お互いの金色の瞳にお互いを映し、見詰め合う。
「くすくす、いいのよ。祐巳は大事な娘だから、親が育てるのは当然のこと……でも、力を使うのならそろそろ自分で食事をしてね」
祐巳は、美夕の言葉に頷く。
力を抑え、人のように振舞っていればただの人の食事で間に合った。でも、神魔との戦いのため力を解放すれば吸血姫の血を求める衝動が甦ってくる。
しかも、ついに耐え切れなく美夕の血を求めた。
もう、血を求める衝動を押さえ込めはしない。衝動を押さえ込むにはそれなりの時間と準備が必要なのだ。
「自分での食事」
祐巳が最後に血を求めたのは、恋人に捨てられただの一時心を痛めた少女だった。きっとあの少女は、祐巳が夢を上げなくてもそのまま元気に成れたはずなのに……祐巳が頑張る機会を奪ったのだ。
「それでも」
祐巳は血の眠りを覚ました。
「食事は必要」
そう祐巳は人ではないから。
「人は糧」
パチンパチンと口の中で血が弾け飛ぶ。
「代わりに覚めない夢を与えてあげる」
祐巳は金色の瞳で空を見上げた。
朝、晴れていた空は何時しか雲が広がっていた。
「土砂降りね」
お昼休みに曇った空は放課後には土砂降りの雨に成っていた。
放課後、花寺の影響で生徒のいなくなった校舎を祐巳は一人で歩いていた。
美夕もいない。
お昼休み以降、由乃さんや蔦子さんたちが祐巳の側にくることはなかった。放課後も早々にいなくなっていた。
昼休みのことで避けられているのだろう。
「祐巳」
「さ、祥子さま」
暗い廊下に信じられない人を見る。
「お昼は薔薇の館に来なかったのね」
「すみません」
「いいのよ、私に貴女を拘束する権利は無いのだから、ただ、由乃ちゃんや志摩子までが貴女のことを心配しているものだから、それに私も心配に成ってきたわ」
そう言って祥子さまはそっと祐巳のタイに手を触れる。
「どうしてこんなに暗く誰もいない校舎にいるの?」
「祥子さま……」
「私には言えない事?」
祐巳は自分から祥子さまから離れる。
「祐巳?貴女は私が知っている祐巳よね?」
寂しそうな祥子さまの瞳。
「はい、私は祥子さまが知っている祐巳ですよ」
「そう、良かった」
ホッと安心した顔で祥子さまは再び祐巳に触れようとするが、祐巳はもう一度距離を置く。
「そして、祥子さまの知らない祐巳でもあります」
「ゆ…み……?」
「そういうこと」
「……貴女」
祐巳と祥子さまの会話の中に割り込んできたのは、白い着物姿の美夕だった。
「その格好は、由乃ちゃんと令が見たと言っていた」
「それは多分、私」
美夕が金色の瞳で祥子さまを見る。
「あぁぁぁぁ!!!!!!」
悲鳴が階段の方から上がる。見れば由乃さんに志摩子さん、令さまに乃梨子ちゃんさらに真美さんに蔦子さんまでいる。
「くすくす」
その様子を見て美夕が笑っている。
そして、その笑い声が呼び寄せるように白い影がいくつも祐巳たちの周囲を取り巻き、その姿は雨で暗い外にまで現れていた。
「な、何!?コレ!!」
「志摩子さん!!」
「信じられない……」
余りの出来事に祥子さまをはじめ、皆、冷静ではいられないようだ。
「これがアリスを襲った者たち」
それは祐巳から出た言葉だった。
「アリスを襲った?」
「どういう意味ですか祐巳さま!!」
由乃さんは呆然と乃梨子ちゃんは怒った顔で祐巳を見ている。
「まぁ、襲ったといってもこいつらはただの操り人形みたいなモノで、襲った張本人はまだ何所にいるのかは分からないの……それでこいつらの目的は美夕と私なんだ」
祐巳はそう言って美夕の横に立つ。
「祐巳」
弱々しい祥子さまの声。
「ラヴァ!!」
祐巳の声に何所からかラヴァが姿を現し、祥子さまを抱えると由乃さん立ちの方に飛ぶ。
「ごめんなさい、お姉さま」
驚いて逃げようとする由乃さん立ちの前に祥子さまを抱えたラヴァがマントを広げる。
「ラヴァ、皆をお願い!!」
祐巳の声と同時にマントに包まれ祥子さまも皆も消えた。
「祐巳、来るわよ!!」
「うん!!」
ラヴァに祥子さまたちを託し、祐巳は美夕と白い影に向かった。
――バッシャ!!!!
――ずっしゃぁぁ!!!
「きゃぁぁ!!」
「わぁ!!!」
土砂降りの雨の中に、ラヴァによって逃がされたはずの祥子さまたちが泥だらけの水溜りに倒れこむ。
「な、なに?」
「どうしてこんなところに!?」
水溜りと雨によってすぐにびしょ濡れに成ってしまった祥子さまたちの前にラヴァが降り立つ。
ラヴァは白い手を構え、土砂降りの雨の中を白い仮面の下から睨んでいる。
土砂降りの雨の奥に人のような影が浮かび、影から白い糸がラヴァだけでなくその場にいる皆に放たれる。
――ヒュン!!
だが、白い糸が皆に届く前にラヴァの一閃が切り刻み、それを見るや影はいくつモノ白い影を作り出す。
その数は、校舎に現れた数よりも多く。ラヴァがいくら切り刻もうが、白い影は白い糸に成ってまた元に戻り皆に迫っていく。
「皆!!伏せて!!」
土砂降りの雨の中、祐巳の声が響く。
瞬間、全ての白い影が燃え上がり、赤い着物姿の祐巳が祥子さまたちの前に舞い降りる。
雨の中の影が揺れる。
まるで動揺しているように、そして、逃げ出す。
「ラヴァ!!」
美夕の声が響き、ラヴァが影を追う。
「ゆ、祐巳なの?」
祥子さまの震える声が聞こえ、祐巳はゆっくりと祥子さまを見た。
祥子さまや皆の前には、金色の瞳を雨の中輝かせる祐巳がいた。
ROM猫さま、大当たり!!白い手はラヴァです。やっぱりラヴァの登場を書くなら仮面か白い手を使いたかったので(笑
それで話はやっぱり暗い……とほほ。
『クゥ〜』