【1638】 抱き枕になるのは私なんでかな?  (タイヨーカ 2006-06-25 22:51:51)


 薔薇の館の会議室に入った瞬間。志摩子はどこか奇妙な光景を見た。
「う〜ん…」
「どうしたの祐巳さん。そんな顔で唸って」
 そんな顔。というのは何かを考え込んでいるのか、首を90度に近いくらいに曲げながら
苦悶の表情をしている顔のことである。
「あれ、志摩子さんいたの?」
「少し前にね。でも祐巳さんから何も反応無かったからどうしたのかしらと思って」
「え!?あ、ごめんね志摩子さん。ごきげんよ〜」
 今更挨拶したところでどうなるわけでもないが、そんな事まで頭が回らないほど、祐巳さんは
考え込んでいるようだった。
「どうかしたの?私でよかったら相談にのるわよ?」
「え…うーん……志摩子さん…志摩子さんか……」
 祐巳さんはさらに考え込むように頭をひねると、意を決したように志摩子をジッと見た。
「ごめん、ちょっと相談にのってもらえないかな?」
「いいわよ」
 ここまで悩むほどの事を相談される。というのは祐巳さんが志摩子に心を許している表れであり、
それが志摩子には嬉しかった。

「この前の土曜日にね、由乃さんが泊まっていったんだけどね」
「……まぁ、そうだったの」
 が、その嬉しさも祐巳さんの言葉で少しだけダウンした。
これが祐巳さんなら、え、私誘われてないよ?みたいな顔になっていただろう。と志摩子は思った。
「うん。それでねそれでね」
 この後は、祐巳さんによる由乃さんの珍行動や、祐麒さんがいろいろしゃしゃりでてきた事などを事細かに
伝えてきた。
 志摩子としては、微妙に寂しい気分になってというか、場違い的な感覚を感じた。
え、その話は必要なの?などとは、口が裂けても言えなかった。
「あ、ごめん関係ない話ばっかりで。それで本題なんだけどね」
 やっと本題か。とホッとした志摩子だったが、その後の話も、どこか居心地の悪いものだった。

「夜になったからもう寝よう。って事になったんだけどさ、由乃さんと私がどこでどう寝るのか。って話になったの。
私は由乃さんはお客さんだからベットを使って、私は床に布団でも敷けばいいやって思ってたんだけど、由乃さんは
逆の考えだったの」
 それはそうだ。祐巳さんの考えの方が妥当だろう。だけど、由乃さんのことだから一回そう決めるとなかなか撤回しない
だろう。と考えた志摩子だったが、どうやらその通りだったらしく。
「で、結局なんとか由乃さんを説得して私が布団で寝ることになったの。後は寝るまでいろいろ喋ってたんだけど…」
 そこで、一瞬祐巳さんの顔が曇った。
「……どうかなっていたの?」
「えーっと…なんというか、朝起きたら、由乃さんが私の布団に入ってたんだー」
 なるほど。それは困るはずだ。と納得した志摩子だったが、祐巳さんの顔は晴れない。
「……それでですね。なぜか、私は由乃さんの抱き枕にされていたんですよ」
 なんで敬語?という疑問の前に、志摩子には1つの考えが頭の中に浮かんだ。
「(え、由乃さんなんてうらやましい事をッ!)まぁ…そうなの」
 が、そんな事は顔にも出さずに、適当に相槌をうっておく。
「その後、母さんが起こしに来てくれた10分後まで、私は由乃さんに拘束されたままだったんだけどさ。
由乃さんて、いつのまにあんなに腕力ついたんだろうね」
 聞き終わってみれば、いわゆるこれは惚気の一種なのではないか。とちょっとげんなりした。
 というか、由乃さんうらやましいな。くらいの嫉妬さえしていた志摩子だった。

「……それで、祐巳さんは何を悩んでいたの?」
「えー?いや、なんであんなに寝相悪いのかなーって」
 どうやら、祐巳さんはそれを『由乃さんは寝相が悪い』で済ませていたようだ。
 だが、志摩子は感じ取った。それは、明らかな故意だと。
「そうね…由乃さんは剣道部でがんばっているから、きっと疲れていたのよ」
「あー。そうかもしれないなー」
 適当に言った志摩子の言葉ですら肯定する祐巳に、楽観的で素敵だわ……みたいな感情を抱く志摩子。
 おや。いつのまにか志摩子の様子がおかしくなってきているような気がしないでもない。
でもあえてそこには触れない。地の分を志摩子の心情に基づいたものに見せかけて、まったくの第三者が書いている
というトラップだったりするのだ。


「でも……もしかすると祐巳さんの抱き心地がよかったからかもしれないわね」
「えー?そんな志摩子さんってば聖さまみたいな事言ってー」
 あははと笑う祐巳を、志摩子さんはそっを抱いた。
「あははは…ってえっ!?し、志摩子さん!?」
「あら…そうね。由乃さんが思わず抱き枕にしてしまうのも分かる気がするわ」
 あろう事か、志摩子さんは唐突に黒志摩子さんへと変貌すると、お姉さまである聖さまに負けず劣らずなテクニックを披露した。
 さすがは白薔薇ッ!
「ちょ、し、し、志摩子さ…こんな所で…」
「あ、そうね。だったら次の土曜日、祐巳さんの家にお邪魔しようかしら。うふふ」
 うふふ。が全然いつものうふふに聞こえなくなってきた祐巳は、これが白薔薇の血筋なのかと戦慄した。
「わ、わかったから…わかったから!」
「うふふ。決まりね。今から楽しみだわ〜」
 祐巳が観念して大声を出すと、志摩子さんは嬉しそうな顔で祐巳から離れた。
 と、同時に部屋に乃梨子ちゃんや祥子さまが入ってきたので、祐巳はなんとか事なきを得た。
しかし、もちろん真の危険は次の土曜日であることは、言うまでもなかった…………



 ちなみに、志摩子さんが祐巳を抱き枕にした(それ以上のことは無かったとは祐巳談)話を次は乃梨子ちゃん、
そして乃梨子ちゃんが〜を瞳子ちゃん、そして瞳子ちゃんが〜を祥子さま。そして祥子さまが〜を由乃さん。
というように廻り廻っていき、結果。山百合会では令さま以外が祐巳を抱き枕として経験済みになったという。

「う〜ん…別に変な事はされてないけど、そんなにいいものなのかな〜?」
 最後まで、祐巳はそれが疑問だったとか。


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