【1670】 薔薇の花冠ゴンドラの行く先  (クゥ〜 2006-07-07 23:59:21)


 ARIAクロス……久々ですみません。
 それでも大きな進展なしなので、てろてろと読んでくだされば幸いです。

【No:1328】―【No:1342】―【No:1446】―【No:1424】―【No:1473】



 夏、忙しい日々が続いていた。
 地球=マンホームではもう海で泳げないらしく、火星=AQUAの海を楽しみに来る観光客が増える季節。
 勿論、ネオ・ヴェネツィアの一大観光業であるゴンドラ業の水先案内人=ウンディーネも大忙し。
 半人前=シングルのウンディーネである祐巳も一人前=プリマのウンディーネである灯里さんやアリシアさんの助手として、プリマだけに許されている白いゴンドラに同乗してお手伝い兼研修の日々を過ごしていた。
 まだまだ、シングルの祐巳は自主練習が必要だが、合同練習をしていたオレンジ・ぷらねっとのアリスさんがプリマに昇格したため。
 会社に、同期のいない祐巳は一人で練習することが増えていた。
 「よし!!久々の自主練習がんばろー!!」
 「ぷいにゅー!!」
 祐巳は練習用の黒いゴンドラに、アリア社長を乗せ。
 ゴンドラを運河に漕ぎ出す。
 祐巳は手にしたネオ・ヴェネツィアの地図を見ながら今日の目的地を考える。
 「う〜ん……そうだ!!ネオ・アドリア海の方に出て日本村においなりさんを買いに行きましょうか?」
 ネオ・アドリア海はいくつもの島が浮かんでいる多島海、その中で昔、日本から多くの人が入植した島々のことを日本村と称して言う。
 「ぷい!!にゅ!!!!」
 祐巳の提案にアリア社長はコレ以上ないくらい乗り気で賛成してくれる。
 ネオ・ヴェネチアというかAQUAには本当に素朴で美味しいものが多い。祐巳も何時しかお気に入りのバール=カフェやジャガバター屋さんなどが出来ていたが、美味しいおいなりさんはやっぱり日本村が一番だ。
 「じゃ、行きますよ!!」
 祐巳はオールを漕ぎ、ゴンドラを海へと進める。
 今日はいい天気。空を泳ぐ風追配達人=シルフの人たちも暑さを気にせず楽しそうだ。
 ――ちり〜ん、ちり〜ん。
 潮風に夜光鈴の結晶が涼しげな音色を響かせる。
 ネオ・ヴェネチアから日本村へは一時間ほど。
 周りは海、誰もいない。
 「よし!!」
 祐巳は気合を入れ舟謳=カンツォーネを口ずさむ。
 一応、ウンディーネの練習であることは忘れていないのだ。


 「ぷいにゅー!!」
 「あぁ、見えてきましたね」
 祐巳の前に小さな島が見えてくる。島の入り口には赤い鳥居と石の台に乗ったお稲荷さん。
 そういえば乃梨子ちゃんは仏像には興味があった様だが、こういったお稲荷さんはどうだったのだろう?
 今はもう聞けないこと。
 祐巳は首を振って、島にゴンドラを着ける。
 森が深いためかセミの声が凄く、祐巳は少し耳を押さえながら鳥居の横の茶店に向かう。
 「ごきげんよう」
 「あら、ごきげんよう」
 「こんにちわ」
 茶店の前には、品のよさそうな二人のおばあさんが座ってお茶を飲んでいた。
 祐巳は挨拶をして、茶店のおばちゃんに声をかける。
 「ごきげんよう、おばちゃん。おいなり十個入りを一つと五個入り一つ出来る?」
 「あいよ〜、少し待っていてくれんかい。今、アゲを煮ているところやから」
 おばちゃんはニコニコと笑って答え、祐巳の鼻腔を甘い揚げの香りがくすぐる。
 「わかりました……あの、ここよろしい……あぁ!!アリア社長!!」
 祐巳は少し待つことにした。長椅子に座るおばあちゃん達の横に座ろうとして、アリア社長がちゃかりとおばあさんの一人の膝の上にいることに気がつく。
 「あぁ、すみません!!」
 「いいのよ、アリア社長とは知り合いだから」
 祐巳が慌ててアリア社長を受け取ろうとするが、そのおばあさんはそっと祐巳の手を押さえる。
 「そうなのですか?」
 「ぷいにゅう!!」
 祐巳の質問に答えたのはアリア社長だった。アリア社長はVサインを出していた……たぶん、大丈夫の意味だろう。
 「それでアリア社長とはどういったお知り合いで」
 「古い友人よ」
 「古い友人?」
 「えぇ、火星猫は長生きだから、ふふふ。それよりも貴女はARIAカンパニーのウンディーネさんなのかしら?」
 「あ、はい……半人前ですが」
 「そう……」
 祐巳の言葉に頷いたのは、もう一人のおばあさん。アリア社長を知っているならARIAカンパニーも知っていて当然だろう。
 「どうかした?」
 「あ、いえ、すみません」
 祐巳はもう一人のおばあさんをジッと見ていた。初めて会う人なのに何故か懐かしさを覚える人だった。
 「ふふふ、いいのよ」
 優しい笑顔で祐巳を見ている。
 「それにしても、おいなりさん十五個は多いわね。ウンディーネさんが全部食べるのかしら?」
 「いえ、それはお土産と……五個はお供え物です」
 「あら、そうなの?」
 「はい、私は体験していないのですが、会社の先輩が此処で狐の嫁入りを見たとかで此処のおいなりを買うときはお供え用に小さいのを買うようにと言われているんですよ」
 「あらあら、それは素敵なことね」
 二人のおばあさんはニコニコと笑っていた。
 祐巳は本当に狐の嫁入りを見たら怖いなぁと思っていた。
 ……狸合戦の方がいいかな。
 この前見た遥か昔のアニメーションを思い出す。
 意外なことに姫屋の藍華さんがそういうのを持っているのだ。
 「お嬢ちゃん、出来たわよ〜」
 「は〜い」
 祐巳は代金を払うと十個入りの方をお店に預け、五個入りを持って鳥居の並ぶ道へと向かう。
 「アリア社長、行きますか?」
 だが、アリア社長はおばあさんの膝の上の方がいいのか動かない。
 「ぱいぱいにゅ〜」
 祐巳に手を振って行ってらっしゃいと言っているようだ。
 「あら、どちらに行くのかしら?」
 「お稲荷さまに挨拶を」
 そう言って祐巳は五個入りのいなりを見せる。
 「あらあら」
 「おやおや」
 「あの、すみませんがアリア社長を少しお願いできますか?」
 「あら、それは困ったわね。もうすぐ迎えの船が来るのだけど」
 「その間で構いませんから」
 祐巳のお願いに二人のおばあちゃんは頷いてくれる。まぁ、アリア社長がアレだけ信頼している人なら問題は無いだろう。
 祐巳は長いスカートをパタパタ乱しながら鳥居に向かう。
 「お嬢さん!!」
 「はい?」
 「スカートは乱さないようにね」
 「あ、すみません」
 祐巳は、おばあさんに注意され素直に従い鳥居をくぐる。
 赤い、赤い道が続いていた。
 何所までも続く赤い世界、左右に茂る青々とした木々の木漏れ日が鳥居の中を照らし出す。
 赤い鳥居の道は一本道なのに何だか迷宮のようだ。
 夏だというのに赤い迷宮を吹きぬける風は冷たい。
 セミの声も聞こえない。
 「あぁ、本当、このまま別の世界に行きそう」
 前も後ろも赤い道。
 赤いトンネル。
 立ち止まって、目を瞑り、一回転してみればどっちから来たかもう分からないだろう。
 まぁ、そんな遊びはしないが……。
 「……あれ?」
 変なことを思ってしまったのがいけなかったのか、鳥居の道がえらく長く感じてしまう。
 少し怖い。
 「あはは」
 笑って怖さを消し、祐巳は少し早歩きで進んでいく。
 赤い道は何所までも続いている。
 ……本気で狐に化かされてる?
 それとも灯里さんの見た、狐の嫁入りでも見れるのだろうか?
 鳥居の間から見える空は晴天。
 これで雨が降れば狐の嫁入りなのだが……雨は降ってこない。
 「大丈夫だよね」
 小さく恐々と呟く。
 ここで動物の鳴き声でも聞こえれば祐巳は飛び上がって走り出すだろう。
 恐々と進んでいく。これまで何回か来たことがあるが、こんなに怖いと思ったのは初めてだ。
 今日は一人でいるからそう思うのだろうか?
 早くお供えして戻ろうと思って、祐巳は走りだす。おばあさんの注意されたことは覚えているが、そんな事を実行している余裕は祐巳に無かった。
 祐巳は駆け出していた。
 「あっ!」
 祐巳はゆっくりと速度を落とし、歩きに変える。
 駆け出すとすぐに、鳥居の向こうから歩いてくる人影を見つけ。祐巳は、少しホッとして走るのを止めたのだ。
 祐巳はそのまま鳥居の道を進んでいくが、今度はその足が止まった。
 「……そ、そんな」
 祐巳は鳥居の向こうから歩いてくる人を見つめていた。
 「……お姉さま?」
 いったいどのくらいそう呼んでいないのだろう?
 「祐巳」
 いったい何時からそう呼ばれていないのだろう?
 「これは夢なのかしら?」
 そこにいたのは祐巳の大事なお姉さまである祥子さま。
 「……そうかも知れませんね」
 もしくは祐巳が狐に化かされているのかだ。それでも、祐巳の声は震えていた。
 「夢……そう、でも、それでも貴女に合えたのならいいわよね、祐巳」
 祥子さまの声も震えている。
 「お、お姉さま!!」
 祥子さまが祐巳にしがみついて来た。
 「……貴女を失って、私は一人だった。貴女との別れはいつか来るとは分かっていたのに、突然いなくなるなんて考えてもいなかったのよ……」
 お姉さまは泣いていた。抱きしめるお姉さまの腕が食い込んで痛い。
 「……ごめんなさい、お姉さま」
 これは現実なのだろうか……?
 「祐巳、貴女は何所にいるの……祐巳」
 祥子さまは本物なのだろうか?
 それとも、本当に化かされているのだろうか?
 祐巳の頬を涙が流れる。
 これが本当の祥子さまなのか、狐が化かしているのか、祐巳には分からない。それがとても悲しく苦しい。
 「お姉さま……」
 暖かい温もり。
 狐さんに化かされているのかも知れないけど、今はそれでもいい。あの懐かしい優しさに触れていたい。
 祥子さまから甘い香りが漂ってくる。
 「祥子さま……信じられないかも知れませんが……」
 香水?
 「私は……」
 甘い、甘い香り。
 「未来の……」
 甘い。
 「AQUAにいます」
 甘い油揚げの香りがした。
 ――ジィワージィワー、ジジジ、ジワージワー!!
 五月蝿いセミの声。
 「あ……う」
 目の前には石で出来たお稲荷さんの顔。
 周囲を見ればお地蔵さんたちがお稲荷さまを囲む。
 しばらくジッと狐さんの顔を見ていた。
 「……化かされた?……やっぱり、化かされたぁ!!!!!」
 心臓がドキドキしている。
 最後の言葉は届いたのだろうか?
 いや、化かされたのだから最後の言葉も何も無いか。
 ショックな気持ちが小さいのは、祐巳がもう戻る事を諦めているからだろう。
 祐巳が、振り返るといつの間にか鳥居を抜けて社の前。
 もしやとは思っていたが、本当に化かされていたなんて信じられない。
 それにしても……。
 「油揚げの匂いで夢から覚めるなんて」
 祐巳はガックとうなだれ照れ笑いを浮かべ、手に持ったおいなりさんを供物台に置く。
 お祈りはしない。
 「狐さんは昔からイタズラが好きと聞くけど、ほどほどにしてくださいね……」
 祐巳は溜め息交じりにお稲荷さんたちを見つめ、来た道を戻っていく。
 「次ぎもこんなイタズラしたら供物なしですよ?」
 祐巳は鳥居の入り口の前で一度振り返り呟くと、何所からか動物の鳴き声が聞こえた。
 ……。
 …………。
 「アリア社長、帰りましょうか……あれ?」
 祐巳が長い鳥居のトンネルを今度は無事に戻ってくると、アリア社長だけがお店屋さんの前の長椅子に座っていた。
 「おばあさん達はどうしたんですか?」
 「ぷいにゅう」
 アリア社長は海の方を指差す。そういえば迎えが来ると言っていた……。
 「それじゃ、帰りますか」
 祐巳はそう言ってお店のおばちゃんからおいなりさんを貰う。
 「はい、お参りは出来たかい」
 「えぇ、ついでに化かされましたが」
 「おやおや、それは災難だったね。狐さまはイタズラが大好きだからね」
 溜め息をつく祐巳を見て、おばちゃんは楽しそうに笑った。
 「それじゃ、おばちゃん」
 「あぁ、またおいで」
 見送るおばちゃんとお稲荷さんに手を振って、ゴンドラを島から離しゆっくりとネオ・ヴェネツィアに戻っていく。
 「お昼は、おいなりさんとソーメンにしましょうか?」
 「ぷいにゅう!!」



 そういうことで、今日のお昼はおいなりさんとソーメンだった。
 「この麺つゆ、美味しいですね」
 「そう?今度、作り方教えてあげるわね」
 「はい」
 祐巳はアリシアさんお手製の麺つゆでソーメンを美味しくいただく。
 「そうそう、祐巳ちゃん」
 「はい、何でしょう?」
 「今年のレデントーレの主催して頂戴ね」
 「はい?……レデントーレですか」――ちゅるちゅる〜もぐもぐ。
 「そう、AQUAの夏の風物詩の一つで毎年しているのよ。それで今年は祐巳ちゃんに主に準備してもらおうと思ってね」――もぐもぐ、ちゅる〜ん「あぁ、勿論、灯里ちゃんや藍華ちゃん、アリスちゃんがサポートするけど」
 「はぁ、そういうことでしたら構いませんが、レデントーレってなにをするんですか?パーティか何か?」
 「うん?そう人を呼んでのパーティよ。ただ、場所は屋形船なの」
 「もぐもぐ……屋形船?……て!!、えぇぇぇぇ!!!!」
 ただのパーティならまだ良かったのだが、祐巳は屋形船と聞いて思わず食べていたものを吹いてしまった。
 「もう、祐巳ちゃんたら」
 「あぁ、す、すみません!!ですが、屋形船って何ですか?!」
 「祐巳ちゃんは屋形船のこと知らない?えぇと、全長が……」
 「いえ、そんなベタな話ではなくって」
 一応、ツッコミを入れておく。
 「あらあら、うふふ。それじゃ、灯里ちゃん説明してあげて」
 アリシアさんは嬉しそうに笑って、話を灯里さんに振った。
 「えっ?わわわ!!!え〜と、レデントーレっていうのは元々はマンホームのジュデッカ島にあったペストの守護教会の名で、ヴェネツィア貴族の夏の習慣がペストが治まったのを記念してお祭りに成ったとされ、このネオ・ヴェネツィアでは屋形船で友人達などと夜通し騒ぐのだけど、お祭りのピークは深夜十二時の花火なんだよ。それで祐巳ちゃんにはそのメインである屋形船を準備して欲しいの」
 祐巳は話しを聞いて少し考えて……つまり、屋形船のパーティで飾り付けや料理の準備を任せるということらしい。
 「そ、そんな大役……」
 「あら、これもお客さまを相手する練習でもあるのよ。大丈夫、いろんな伝統料理とかワインとか、灯里ちゃんたちが教えてくれるから」
 アリシアさんはニコニコと笑っていたが、どうやら断ることは許されないようで……。
 「はい」
 祐巳は承諾するしかなかった。
 昼食を食べ終え、祐巳は灯里さんと借りる屋形船を見に向かう。借りる日数は今日から七日間。
 まず、誰を招待するのか決めないといけない。
 ARIAカンパニーのアリシアさんに灯里さん、これは当然。
 「おーい」
 そして、姫屋の晃さんと藍華さん。
 「ごきげんよう、藍華さん。レデントーレのことを教えてくださいね」
 「OK、任せておいて」
 途中合流したのは姫屋の藍華さん。
 あと、オレンジ・ぷらねっとのアテナさんとアリスさん。
 三人とアリア社長にヒメ社長で屋形船の船着き場に向かうと、アリスさんが待っていた。
 ――ぶいぶい!!!「まぁぁぁ!!!!」
 「ぷいにゅうー!!」
 一瞬で、アリア社長のもちもちポンポンにまぁ社長が齧り付いていた。 
 「祐巳、遅い」
 「ごきげんよう……遅いといわれてもさぁ。お昼に聞いたばっかりだから、仕方がないよ」
 途中、聞いた話だと既にいつものメンバーには話が通してあるらしい。
 屋形船の定員は十人。
 いつものメンバー+祐巳で七人。
 祐巳は灯里さんたちと屋形船に乗り込みながら、残り三人分の席をどうするか考える。
 「グランマ!!」
 「グランマ?」
 「あぁ、そうだね」
 「うん、外せない人だよ。祐巳ちゃん」
 祐巳の相談に最初に反応したのはアリスさんで、即座に灯里さんと藍華さんも賛同する。
 「あの、グランマさんと言うのは?」
 「灯里〜、アンタ説明しておきなさいよ!!」
 「あいたた!!」
 藍華さんは灯里さんのこめかみをグリグリしてジャレ合っている。何だか藍華さんは由乃さんに似ている。
 少し羨ましく、懐かしい。
 「え〜と、アリスさん。グランマさんて誰?」
 「グランマは……」
 「グランマは名前ではないの、グランドマザーと呼ばれる伝説的なウンディーネで、アンタと灯里がお世話に成っているARIAカンパニーの創始者であり。アリシアさんの師匠よ!!」
 「……う、うえぇぇ!!」
 一呼吸置いて祐巳は叫ぶ、そんな人がいるなんて聞いていない!!
 「そんな人がいるんだったら、ぜひ呼ばないといけないじゃないですか!!」
 「そう、当然ね……さて、これで八人だけど。あと二人はどうする?」
 少し考える。
 「そうですね……あ!!アリア社長、ゴロンタ呼べますか?」
 「ゴロンタって、灯里たちが言っていたケット・シー?」
 「はい、そうです」
 猫の王さまであるゴロンタのことは何度か話したが、直接見ていない藍華さんやアリスさんは半信半疑。
 「ダメですか、アリア社長?」
 祐巳はアリア社長を見るが、アリア社長はまぁ社長に噛まれたお腹を擦っているだけだった。
 「アリア社長?」
 「ぷいにゅ?」
 灯里さんの言葉に首を傾げるアリア社長、どうやらダメなようだ。
 少し……いや、かなり残念だ。
 ……だが、そうなると、あと二人の招待客どうしよう?
 祐巳は灯里さんたちと屋形船をARIAカンパニーに漕いでいきながら、いっそのことアイちゃんをマンホームから招待しようかとも考えたりもした。
 結局、二人の招待分を残し、祐巳は翌日から招待状の製作や伝統料理にお酒の選定など灯里さんたちに教えてもらいながら進めていく。
 料理は材料や何を作るのかを決めておけば当日、灯里さんたちが手伝ってくれるとのこと。
 「と、言うことで料理の選定とワインかぁ……あぁ、後二人の招待客も考えないといけないんだけ」
 祐巳は灯里さんから渡されたメモを見ながら、リアルト市場を覗いて回る。
 リアルト市場では、屋形船に飾る装飾品やワインなどを見て回る。
 ……で、ちょっと味見。
 「ぷいにゅう!!」
 アリア社長に怒られながら、他の店もやっぱり覗く。
 「あっ、これ……」
 それはアリア社長が乗るような小型のゴンドラを模した小さなゴンドラ型の器だった。
 「せっかくのレデントーレだから、呼べなくてもお裾分けくらいはしたいよね……」
 祐巳はゴンドラの器を見て、アリア社長を見る。
 「アリア社長、これにお魚とか乗っけて海に流したらゴロンタに届くでしょうか?」
 「……ぷいにゅ」
 祐巳の言葉に、アリア社長が頷いてくれた。祐巳は嬉しくなり、早速購入してしまったが、持って帰るのに苦労することになり。
 どうしてか、頭の中で祥子さまの怒った声が響いていた。
 ゴンドラ型の器は三つ。
 盛り付けるのはやっぱり魚介類だろうと、祐巳は大運河=カナル・グランデを通り魚市場に向かう。
 ネオ・ヴェネツィアは本当に魚介類が豊富で食べ方も色々、基本的にイタリア料理が主だが寿司に刺身などの生魚を食べる習慣もあり。赤身より白身が好まれているようだ。
 祐巳は伝統料理以外の料理として和食を考えていた。
 こうして準備しているときに感じるワクワクは楽しく過ぎていく。
 飾りつけなども、夜遅く眠いというのに楽しさが先に立ってもう少しと思っているうちに、灯里さんに怒られる時間になっていることもあった。
 ……。
 …………。
 「そういえば残り二人の招待状は誰に出したの?」
 いよいよ明日がレデントーレと差し迫った日。祐巳はお手伝い兼指導者の藍華さんと準備を進めていた。
 「うげぇ!!」
 「祐巳ちゃ〜ん、その言い方はないと思うけど」
 何だか呆れている藍華さんを見ながら、祐巳は大事なことを思い出した。
 「うわぁぁ、忘れてました!!」
 「何を?」
 「あと二人、誰を招待するのか!!」
 「あ〜」
 「あ〜って何ですか!!あ〜って!!」
 完全に呆れ顔の藍華さんは『ふっ』と笑い。
 「祐巳ちゃん、アンタやっぱり灯里の後輩だわ。そういった抜けているところはそっくり」
 「……はぁ」
 溜め息をつく藍華さんと一緒に祐巳も溜め息をついた。
 「まぁ、無理に呼ばなくても良いと思うわよ」
 藍華さんの言葉に祐巳は頷いた。
 呼びたいと思う人はそれなりにいるが、残り二つを考えるとなかなか難しい。
 ……やっぱり、ゴロンタ呼びたかったなぁ。
 祐巳は、手元に残っていた残り二枚の招待状を見ていた。


 「はぁ、ドキドキする」
 夕暮れが近づいていた。昼の暑さを涼しい海風が吹き飛ばしていく。
 いよいよレデントーレの本番。
 屋形船は白を基調とした装飾でまとめ、様々な色の薔薇を少しずつ飾る。あまり多くは飾らず、だからと言って少ないほどではないように気を配った。
 灯里さん、藍華さん、アリスさんの三人は一緒に手伝ってくれたので、既に船に乗っている。
 そこにアリシアさんが最初にやって来た。
 「祐巳ちゃん、期待しているわよ」
 「は、はい!!」
 祐巳の緊張は此処に来て少しピークに達していた。
 少ししてアテナさんと晃さんが二人でやってくる。
 「おー、がんばってるようだな」
 「はい!!」
 晃さんが祐巳を見てニッと笑う。
 「……猫は?」
 「ゴロンタはダメでした」
 アテナさんはゴロンタのことを知っているので聞いてくるが、祐巳の答えを聞いて少し残念そうだ。
 アテナさんと晃さんが屋形船に入り、あとはグランマが来られるだけだ。
 「どういう人だろう?」
 祐巳はドキドキしながら待つ。
 そこに一人のおばあさんがやってきた。
 「あっ」
 「おや」
 祐巳は、そのおばあさんを見て驚いていた。そこにいたのは、あの日本村のお稲荷さんに居たおばあさんの一人だったからだ。
 ……なるほど、この人がグランマならアリア社長とは古い付き合いも分かる。
 「ごきげんよう、グランドマザーさま」
 「あらあら、グランマでいいわよ。祐巳さん」
 「そうですか……それにしても貴女がグランマと知っていればあの時のもう一方も呼んだのですが」
 「うふふふ」
 祐巳の言葉にグランマは笑った。
 「あのね、それが呼んできているのよ。アリシアから席が空いているって聞いていたから、ダメかしら?」
 よく見れば、後ろの方であの時あったもう一人のおばあさんがいた。
 料理は多めに作ってある。
 「えぇ、ぜひ」
 祐巳の方からグランマにお願いし、グランマともう一人のおばあさんが屋形船に乗ると船をARIAカンパニーの先の方に出す。
 「あ、お婆さん、これを」
 「これは?」
 「招待状です」
 祐巳はグランマのお連れのおばあさんに招待状を渡すと、急いで食前酒を配り準備を進めていく。
 そんな祐巳の姿をおばあさんは優しく見つめていた。
 「よし!それでは」
 祐巳もジュースを持って前に立つ。
 「今夜は皆さまようこそお越しくださり感謝しています。特に、灯里さん、藍華さん、アリスさんには最後までお手伝いいただいてありがとうございました。代わりと言っては何ですが、レデントーレの夜をお楽しみください……乾杯!!」
 「「「「「「「「かんぱーい!!」」」」」」」」
 乾杯を言ってからが祐巳が本当に忙しくなる時間。
 ゆっくりと楽しい時間が過ぎていく。
 食事。
 お喋り。
 お酒。
 ちょっとした楽しい時間。
 その後に来るのは、静かな時間。
 食事が終わり。
 お喋りが止まり。
 お酒も落ち着き。
 ただ、皆がいるだけの静寂。
 祐巳は、そっとゴンドラの器に招待状を付け運河に流す。
 「それは?」
 「私の古い友人に」
 「そう」
 なんでもない会話。
 それ以上、聞くのも野暮。
 祐巳は暗い闇が流れる運河に静かに消えていく小さなゴンドラを見つめていた。
 ――ヒュルルルルル……ドーン!!
 暗い運河を明るく照らす花火が上がる。
 ――ヒュルルルルル……ドドーン!!
 一時の光を浴びながら、小さなゴンドラは運河を進む。
 「うっわー」
 真下から見上げる花火は本当に丸く、祐巳は声を上げる。
 ――ヒュルルルルル……ドーン!!!
 小さなゴンドラは、花火の光が届かない小さな水路を進んでいく。
 「祐巳ちゃん」
 祐巳を呼ぶ声に振り向く。
 ――ヒュルルルルル……ドドーン!!
 ゴンドラは再び花火の光を浴びることの出来る広い廃墟を流れていく。
 「今日は、素敵な夜をありがとう」
 アリシアさんがワインの入ったグラスを掲げ、灯里さんたち皆もグラスを掲げていた。
 ――ヒュルルルルル……ドーン!!
 小さなゴンドラの前は、コッンと壁に当たり止った。
 「にゃー」
 そこには猫の王様が座っていた。
 小さく指を降って、乗っけられた招待状を受け取る。

 祐巳もワインが入ったグラスを掲げ。
 全員で『乾杯』と叫んだ。


 花火が終わり。
 レデントーレを楽しんだ船たちがゆっくりと動いていく。
 祐巳も成れない屋形船を漕いでいく。
 屋形船の上は、一時のお休み時間。
 「ここ、良いかしら?」
 「はい」
 屋形船を漕ぐ祐巳の横にグランマが座ったので、祐巳も漕ぐのを止めそのまま座る。
 屋形船は、波に揺られてユラユラ進んでいく。
 「素敵な夜ね」
 「そうですね」
 空には満開の星空、祐巳はこちらに来て星を見るようになった。
 向こうにいる頃は星なんてまともに見た記憶は無い。
 彗星の接近とか。
 月食などとTVで騒いでいても見ようという気分には成らなかった。
 ……そういえば七夕も幼稚舎のころ願いは書いても、星を見ようとはしなかったけ。
 今、見ようとしてもAQUAから見る星は分からない。
 「あの。グランマ」
 「何かしら?」
 「七夕ってご存知ですか?」
 「……七夕、ごめんなさい知らないわ」
 「そうですか」
 祐巳は残念そうに呟いた。
 「七夕って何かしら?」
 祐巳は好奇心いっぱいの大先輩を見て小さく笑うと、七夕の御伽噺を語って聞かせる。
 「なんだか切ないお話ね、でも、マンホームで一年に一度ならAQUAでは二年に一度なのかしら」
 「さぁ、でも、それは些細な事のように思えます」
 確かにそうかもしれないが、それは誤魔化しておいた方が素敵に思える。無理にそうだと決めることも無いだろう。
 「そうね、でも、願い事を書くのは素敵だと思うわ。祐巳ちゃんは今願い事はあるのかしら?」
 「そうですね……一人前のウンディーネに早くなりたいとかですか」
 「そうなの?」
 「はい」
 たぶんグランマはアリシアさんから祐巳の話を聞いていて、事情も知っているはずで、聞きたかった答えはきっと違うことのように思える。
 だが、祐巳はその答えを言うことはなかった。
 もう、諦めているから……。
 「祐巳ちゃん」
 「はい?」
 「願い事は、何で叶うか知っているかしら?」
 そんな質問をいきなりされても答えは出ない。
 「さ、さぁ」
 「願い事をいつも願っているからよ」
 グランマはニッコと笑って祐巳を見る。
 「だから、願うのを忘れた願い事は叶わないのよ。別に口に出すことは無いわ……ただ、忘れないこと願っていることそうすれば小さな奇跡くらいは起こるから、例えば彼女のようにね」
 グランマはそう言って連れの、おばあさんを指差す。
 おばあさんは、グランマの声が聞こえたのか祐巳の方を見てニッコと笑った。
 そして、グランマは祐巳の横から船の中に戻っていき、お二人で楽しく笑っていた。
 祐巳は立ち上がり、また屋形船を漕ぎ始めた。
 海の向こうに船の灯が集まっている。
 レデントーレの最後は、リド島に集まって朝日を見ること。
 「奇跡かぁ……」
 願っていれば、小さな奇跡が起こる。
 そう考えれば、あのお稲荷さまでの出来事は化かされたのではなく、小さな奇跡をお稲荷さまが起こしてくれたのかも知れない。
 祐巳はもう一度空を見上げる。
 まだ、日が昇るのには時間があり。空は星が広がっている。
 祐巳は空を見上げ、どれか分からない彦星と織姫に祈りを捧げる。

 かつてマリアさまの星と呼んだAQUAの海から。

 

 言い訳。
 七夕中にアップしたかったので、チェックが大雑把です。
 変なセリフ等がありましたら、ビシバシ言ってください。

 それにしても久々すぎてARIAの感じが掴めていない……とほほ。
                                     『クゥ〜』


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