−Yumi−
カリカリカリカリ・・・と。
ノートにペンを走らせる。
長い時間そうしているように思えて、そうでもないようにも感じる。
別に、宿題が出ているとか、そういうわけではない。
こちらに戻ってきて一ヶ月がすぎ、この時どんな勉強をしていたのか思い出す為の復習。
「それにしても、結構憶えてるなぁ」
そう、教科書を開き、ノートに転写。
その一連の作業をしながら、私の記憶と重ね合わせる。
数学にしても歴史にしても、結構憶えているものだった。
10年以上の時間がたっていても、こういうものは忘れないものなんだろうか?
これならテストもそう悪い点は取らないで済みそうだ。
「ふぅ・・・」
公式を覚え直す為に開いていた数学の教科書を閉じ、ついでノートを眺める。
ノートには1冊まるまる写された、設問が無い以外は教科書と相違無い文字数字の列が並んでいる。
何処を開けても問題にそった公式が頭に浮かんでくることを確認して、満足してそれを閉じる。
色と、音を消して静寂の世界に入って数時間。
どのくらいの時間がたったのかと思っていたら、時刻はまだ9時半をまわった所。
始めたのが7時頃だったから約2時間半といったところか。
思ったより時間はたっていない。
まぁ、この能力使っている時は時間の感覚はかなりあやふやになるのだけど。
ぽふっ、っと。
教科書とノートを投げ出してベッドに倒れこむ。
少し、体が重く感じる。
あの能力は基本的に脳内での処理能力を上げるもの。
だから、基本的に身体能力が上がるわけではない。
それでも普段より速く動けるようになるのは、その遅く感じる体を、せめて速く動かそうと無駄の無い動きを意識するから。
始めは手を動かすにしても歩くにしても物凄く遅く感じたのだ。
今では、訓練の成果か、日常生活レベルの事なら使う前とそう違わない動きが出来るようになった。
走ったりは、まだ遅く感じるんだけど・・・
おかげで勉強なんかはかなり速く進める事ができた。
これで心配していた懸念の一つは解消できた、といえる。
そう、懸念の『一つ』は。
ごそごそと、机の上においてあった財布を拾い上げる。
仰向けに倒れたまま、財布を開き、中に入っている一枚の紙を取り出す。
長方形の紙切れで、右隅に切り取り用の点線が入っている。
私のもう一つの悩み。
紙をひっくり返してみる。
そこには一人の名前。
『紫藤 咲姫』
“前回”では、係わり合いにならなかった人物。
でも、近くにいた人の、大切な人。
もう一度、表を見る。
「・・・はぁ」
ため息が漏れる。
はっきり言って、予想外だった。
会うのはまだ先だと思っていた。
どんな顔して会えばばいいか・・・いや、むこうは私のことなんて知らないんだけど・・・判らない。
それに・・・今あったら私は・・・
「祐巳、風呂入らないのか?」
「え? あぁ、今行く」
祐麒の声で思考の渦から抜け出す。
時間は、もうすぐ10時になろうかという時間だった。
−Sei−
離れる事が怖かった。
「・・・栞」
呟いて見ても、私の近くに彼女は居ない。
私の所為だ。
そうやって、私はずっと、自分に責められる。
やらなくてはいけない事もやらないで、だからこんな事になった、と。
栞がいればいいと思った。
ほかに何もいらない、と。
それでも、二人だけで生きている訳じゃない。
そんな事も失念していた。
馬鹿だ、私は。
私の成績が下がった事で、担任は水を得た魚のように栞を責め始めた。
成績が下がったのが自分の責任と言われたくないのだろう。
今まで見ぬ振りをしてきたにも拘らず、いざなってみればこれ。
呆れて、ムカついて、でも。
一番呆れたのは。
一番ムカついたのは。
そんな事もわからなかった自分。
そんな事になっても何も出来ない自分。
助けて欲しい、とさえ、誰にもいえない自分自身。
・・・誰にもいえないと思っていた。
私自身。
助けてくれる人は。
私を見てくれている人は。
栞だけじゃないのに・・・
栞だけじゃなかったのに。
自分で、何もかも台無しにしていた・・・私自身。
助けてもらうまで、何も出来なかった。
私。
−Siori−
『春の頃から一緒にいた』
『今になって成績が下がってしまったのは、彼女たちどちらの責任でもない』
『山百合会は今一番忙しい時期だから』
『生徒が何をやっているのかも把握できていないのかしら?』
『ご自分の娘さんを、信用してあげる事もできないのですか?』
『先生が言っているような事実は、彼女たちにはありません』
『この学校特有の、スール制は知っておられるでしょう?』
そうやって、突然現れた薔薇様たちは、何も出来なかった、聖を守る事も出来なかった私の前で。
簡単に問題を解決していった。
成績が下がったのは、学園祭の準備があるから、と。
一緒にいるのは、二人とも山百合会の準備をしているから、と。
そもそも、気に入った下級生と一緒にいるのはこの学校では当たり前のことなのだと。
一時期成績が下がったくらいでここまで問題にするのはおかしい、と。
母親を納得させ、担任を言い負かせて、私がここにいる事を了承させた。
「一人でいる訳ではないのよ。
何もかも、一人で背負い込む必要は無いの」
聖を好きなのは、貴女だけじゃないんだから。
最後に、白薔薇様が私に向かって囁いた言葉。
・・・今まで私がしてきた事は間違いだったんだろうか?
でも、今は。
今だけは。
どうしても聖の顔が見たかった。
−Saki−
最悪の事態は、回避できただろう。
おそらく、聖と栞ちゃんだけだとどうにもならなかったと思う。
私だけでも、やっぱり無理だった。
ロサ・キネンシス、ロサ・フェティダ、ロサ・ギガンティア。
そして山百合会。
そのすべての名前、知名度を使っての荒業だったから。
実際には、先生方の言っている事のほうが正しい。
聖は栞ちゃんに対して、そういう感情を持ってるし、栞ちゃんだって・・・
でも、あの二人が傷つくところは見たくなかった。
だから。
「ありがとう。宮子、真雪」
そう、素直に言葉に出来た。
「うわぁ・・・咲姫が素直にお礼言ってる・・・」
「真雪・・・貴女ね」
人が素直にお礼言ってはいけないのか?
「あの捻くれものの咲姫がねぇ・・・」
「その言葉、そっくり貴女に返してあげるわロサ・フェティダ?」
「もう、何してるのよあなたたちは・・・」
真雪がからかって、私が食いついて、宮子が苦笑して。
それだけなのに、なぜか幸せだった。
聖たちのことが上手くいったからかもしれない。
「正直、ね。少しうれしかった」
宮子が少し困ったような笑顔で。
「咲姫は、今回の事で私たちに頼らないような気がしてたから・・・」
「まぁ、黄薔薇、紅薔薇、白薔薇は代々よその家の問題には関わらないようにしてたしね」
真雪が宮子の言葉につなげて、そういう。
そう。
私もその事があったから、始めは自分でどうにかしようと思ったんだ。
「でも、咲姫は私たちの事も忘れてなかったんだなって」
もっと早く相談していれば、ここまで荒れる事もなかったのかな?
そんな思いもよぎる。
でも、いい。
最悪は回避できたんだ。
だから。
「・・・ありがとう」
ここにいないもう一人の恩人にも、同じように呟く。
そして。
「ねぇ、宮子、真雪」
「なに?」
「紹介したい子がいるんだ」
きっと、今私は笑ってる。
名前も覚えてない。
お礼として学園祭のチケットを渡した(これは代々続く伝統)けど、来るとは限らない。
でも、来てほしいと思う。
きっと、来てくれると思う。
だから。
「きっと二人とも気に入ると思うよ」
また、会おうね。
−Yumi−
正直、これでいいのか判らない。
会ってしまえば、どうなるか判らない。
でも、もう逃げたくないから。
私は、ここで生きていくって決めたから。
机の上に置いたチケットを眺める。
『リリアン女学園高等部学園祭』
そう書かれたチケットを財布に戻し、私は布団にもぐった。
会うかも知れない、会わないかもしれない。
懐かしく、知らない人たち。
大切な、知らない人たち。
大丈夫。
私は、私だから。
きっと、大丈夫。
ゆっくりと、夢の中へと沈んでいった。
あとがき
と、言うわけで。
月刊『超能力カウンセラー祐巳』シリーズ最新刊をお届けします。
って、月刊かよ私・・・
と一通り乗り突っ込みした所で。
言い訳はしません(爆
書く(気になる)のが遅いんです(シテルジャナイカ
・・・次は出来るだけ早くお届けしようと思いますorz
それにしてもなんてタイトルだよ・・・orz
いや、まぁいいんですけどね。