【1680】 誰か助けてください  (タイヨーカ 2006-07-14 00:49:01)


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 祐巳と乃梨子が実の姉妹の、通称『祐巳姉ぇシリーズ』第6話。





「ふんふふんふふ〜ん」

 夏休みも終わって、なぜか祐巳姉ぇまで巻き込んだ、波乱の花寺での学園祭を終え、お次は体育祭。
なんて雰囲気を見ていると、やっぱりリリアンも普通の高校だな〜。なんて感じてしまう。
 などと思いながら、昼っぱらから日課の仏像とかのサイト巡りをしていると、やけに上機嫌な祐巳姉ぇが
何故か台所に立っていた。祐巳姉ぇの手料理か……食べる人は、さぞかし後悔するだろうな。

 ここで関係ない話を1つ。
 大昔。まだ私と祐巳姉ぇが一緒に暮らしていたとき。まぁ、小学生くらい?だったっけ。
とにかく、そのときのバレンタイン。祐巳姉ぇがクラスの子にチョコレートをあげる。という事で
わざわざ手作りのものを作った。その名も、『びっくりチョコレート』。なにがどう『びっくり』なのかは、
私と食べたその子しか知らないだろう。ちなみに、祐巳姉ぇは食べてない。
 そして、何を隠そうその『チョコレート』の部分を作ったのが私で、祐巳姉ぇは『びっくり』の部分を作った
に過ぎないのだ。まぁ、つまりはそういう意味の『びっくり』である。
 そんなわけだから、どうも私は祐巳姉ぇの『手料理』に臆病になってしまうのだ。
まぁ、祐巳姉ぇが上達した。って可能性もありえなくもないけどさ。

 と、凝視されていることに気付いたのか、祐巳姉ぇは私の方を見た。
「どうしたのノリ?変な顔して」
「変な顔ってのは失礼じゃないかな…まぁいいや。どうしてそんなに機嫌良いのかな〜ってね」
 祐巳姉ぇは、待ってました。といわんばかりの顔をして私を見る。
あぁ、どうせしょうもない事だろうな。
「それはヒ・ミ・ツ。ノリには教えないよ」
「……そう。なら、別に気にしない」
 え〜。なんて声をあげてる祐巳姉ぇを見て、知って欲しいのか欲しくないのか。なんてテンプレートなつっこみを
心の中でいれつつ、私はパソコンに顔を戻した。


 まぁ。ここでもっと食いついてたら、あんなことにはならなかったのかもしれないんだけど。
当然、私はそんなことは露知らず。今日も明日も休みだ〜。なんて、土曜日特有の嬉しさをかみしめていた。

 日曜日は、とくにコレといって何もなくて。志摩子さんの家に行って遊んでいたくらいかな?
 で、帰ってくるとこれまた上機嫌な祐巳姉ぇがいて、あぁ。デートでもしてきたのかな。
なんて、そんな事を思っていて。
そして月曜日。の、放課後。



「乃梨子さん乃梨子さん」
「ん?どうしたの瞳子」
 今日も今日とて白薔薇の蕾として仕事をまっとうしている私に、瞳子が話しかけてきた。
よく見ると、他のみんなもわりと喋りながら仕事をしていて、どうやら今日はそういう日のようだった。
 よく見ると、瞳子はどこか嬉しそうな顔だった。女優ならもっと表情を隠せば良いのにね。
「今はプライベートですから」
「その線の引き方がよくわかんない……」
「もぅ、そんな事どうでもいいじゃないですか!」
 そんなに怒らなくてもいいのに。
「ごめんごめん。で、なんなの?」
「祐巳さまって、料理お得意なんですのね」
 は?祐巳姉ぇが料理得意?
「そんなハズないよ。だってあの『びっくりチョコレート』を作り上げた祐巳姉ぇが……」
「びっくりチョコレート?」
「っと、なんでもない。忘れて」
 いや、まぁそりゃあ祐巳姉ぇだって料理の腕くらいは上達するしね。うん……って、
「なんで瞳子が祐巳姉ぇの料理知ってるの?」
「え?聞いてないんですの?昨日、祐巳さまと一緒にお出かけしたの」
「――――ううん、聞いてない」

 どしっ。って。なんだか重いものが私の中に落ちてきた。

「あら、そうでしたの?てっきり言ってるものかと思って……祐巳さまも、『ノリに教えたいなぁ、この楽しさ』とか
言ってましたのに……あ、行ったって言ってもちょっとした買い物と映画だけですよ?」
「ふーん」
 自分でも驚くくらいに、あきらかにどうでもいい。って感じの生返事だった。
瞳子も、様子がおかしいな。くらいは思っているかもしれない。
「……それでですね、祐巳さまの作った玉子焼きの絶妙なさじ加減といったら……」
「へー」
 かきかきかき。
「見た映画も、とってもおもしろくって」
「ふーん」
 かきかきかきかき。
「見た後に喫茶店で祐巳さまといろいろ話してて、それはもうおもしろくておもしろくて」
「ふ〜〜ん」
 かきかきかきかきかき。
「……ちょっと、乃梨子さん?さっきから生返事ばっかりじゃないですの。もっとなにかいう事はないんですか?」
 そんなことより、瞳子も仕事仕事。
「もぅ!はぐらかさないでください!」
「……楽しそうで、よかったね」
 まぁ、実際それくらいしか感想ないしね。人のデートの話なんて嬉々として聞くものじゃないでしょ。
「も〜。そんなに怒らないくても。いくら祐巳さまが大事だからって…」
「そんな事言ってないでしょうが」
 ちょっと言葉が強い調子だっただろうか。瞳子は体をピクッと振るわせた。
 ……なんとなく、重い沈黙が流れた。

「……なんで、そんなに怒ってるのかしら?」
「だから、怒ってないから」
 うん。怒ってるわけじゃない。じゃあなんなのか。って言われるとちょっと考えないといけないけど。
別に、親友である瞳子が実の姉である祐巳姉ぇとデートしたからって……そんな。
「……そんなに、自分が知らなかった事がご不満?」
「―――なに、それ」
 さすがに、瞳子のその言葉にはカチンときてしまった。
 自分だけ知らなかったのが不満?なにを言ってるんだ瞳子のやつは。
「そのままの意味ですわ。乃梨子さんが、さきほどから寂しそうな顔をしてましたので」
「考えすぎだよ、瞳子。ちゃんと話も聞いてたし、楽しそうで。ってのも本心だよ」
 だけど、私はカチンときていてもその後の一歩は踏み出すまいとがんばった。
 喧嘩無くして友情無し。とか祐巳姉ぇが言っていた気がするけど、そんなの必要なしに友情があったほうが
いいに決まってる。
「……そうですか。では、今度からはちゃんと、乃梨子さんに一言言ってから祐巳さまと出かける事にしますわ」
 なのに。瞳子はその一歩をあっさりと踏み出した。
 なにがそんなに瞳子は不満なのか。私には理解不能だった。
「だから、そんなこと言ってないって言ってるでしょ?」
「どうかしら。乃梨子さんってば、表情じゃ分かりづらいんですもの。祐巳さまと違って」
 祐巳さまと違って……ね。
「そんな、祐巳姉ぇと比べられてもね。私は祐巳姉ぇほど百面相してないって自覚もあるし」
 まぁ、誰かさんに言われたような気がするけどね。
「……そんな、私はなんでも祐巳さまのことは知ってます。みたいな顔して…」
 やけに食いついてくるね。なんて、言えなかった。
 瞳子の目は、いつも私を見ている目じゃなかった。言うならば……そう、『あの』可南子さんを見ているような目……
……あからさまな、敵意だ。
「乃梨子さんがどれだけ祐巳さまを好きでも、意思は祐巳さまにあるんですのよ!」
 そして、瞳子の叫びが、会議室にこだました。
 みんなは何事かと、私達を見ている。
無理も無い。明らかに激情している瞳子と、それをなぜか冷ややかな目で見て―――いや、見れている私がいるんだ。
 大体、そんなことは分かっている。分かりきっている。人類にとって当然のことじゃない。
「…ねぇ、瞳子。私なにか貴方にした?したなら謝るから、そんな顔……」
「乃梨子さんなんて!……なにが大事とか言わずに、ヘラヘラヘラヘラして……祐巳さまとか、その他にも……迷惑かけすぎです!」

 バタン。

 と、そのまま瞳子は部屋を出て行った。
 去り際に感じた水滴は、多分、瞳子の目から出ていたのだろう。

「…どうかしたの、乃梨子?喧嘩かしら?」
「し…お姉さま」
 少しの間の沈黙の後、瞳子が出て行った時に思わず立ち上がっていた私の肩に志摩子さんの手があった。
「……なにも。私としては、普通にしていた……ん、ですけど」
 半分は嘘だった。
 明らかに、私は祐巳姉ぇと瞳子の話を聞いているとき、上の空どころか聞く気すらなかったのだから。
「そう……でも、瞳子ちゃんはそうでもないって感じだったわね…それに」
 それに。その言葉に、私はなぜかゾクリとして。思わずバッと志摩子さんの顔を見た。
「……瞳子ちゃんの最後の言葉。あれは正しいって思うの。私」

 …後になって考えれば、それは当然の言葉だったのかもしれない。
だけど、その時の私には。その言葉が、瞳子の言葉と同じく『私の拒絶』。それを感じてしまったのだ。
 一番大事な親友と。一番大切な、お姉さまから。

 志摩子さんが何か言っているけど、私はほとんど聞こえなかった。
 そして、気付くと、私は扉に向かって歩き出していた。
「乃梨子?」
 志摩子さんの、心配そうな声が聞こえた。だけど、
「……そうですね……私、頭。冷やしてきます」
 それだけを残して、私は薔薇の館から逃げるように歩き出した。
 これも、後で思った…というか、後で由乃さまから聞いた話だけど。
この時の私は、今にも死にそうな顔をしていたらしい。なんとなく、わかる。



 なんで瞳子は怒っているのか。
 なんで私は志摩子さんに拒絶されたのか。
 ……なんで、私は今。こんなに罪悪感を感じているのか。

 そんなことを考えながら歩いていると、視線の先に特徴的な2つの突起をつけた親友が歩いているのが見えた。
そして思わず
「瞳子ッ!」
 と、叫んでしまう。が、勿論反応はあるはずもなく。
「瞳子ッ!!」
 少し強めに言っても、無反応。私が足を速めるけど、瞳子も足を速める。
「瞳子ッ!ごめんってば!!謝るからさ!だから……」
 私の言葉の途中で、瞳子はリリアンの敷地を出て、曲がっていった。瞳子の姿は私に見えない。
 ―――それは明らかに。完全な、拒絶だった。


 私は、このまま薔薇の館に戻る気はなかった。
 ただただ脱力感を感じていて、いつのまにかその辺りにあたベンチに腰掛けていた。
なんとなく、遠くの方にマリアさまの像が見えた。
 ―――マリアさま。私は、なにかおかしな事を言ったでしょうか?
なんて、心のなかで問いかけるけど、当然返事は返ってこなかった。
だけど今の私にはそれがあまりにも癪で、なぜだか右手を所謂拳銃の形にして、マリアさまに向かって、『発砲』していた。
「あー、ノリいけないなー。リリアンの生徒がそんな事して」
 背後から、声が聞こえた。
 なんとなく、今一番会いたくない人の声だった。
「……祐巳姉ぇ」
「っと、どうしたのそんな顔して。なんかあった?」
 ……瞳子の嘘つきめ。やっぱり、私は祐巳姉ぇと一緒じゃないか。
「ほら、元気出して。ね?」
 祐巳姉ぇの声が、なぜか私の心の重しを後押しする。
「そうだ。今度さ、誰かと一緒に遊ぼうよ、ね?ほら、例えば祥子さんとか、由乃さんとか、令さんとか
あ、花寺の人でもいいんじゃない?あとは……」
 私の中の重しが、さらに押される。
 だめだ。祐巳姉ぇ。次に出てくるであろう名前を言ってしまったら、私は……

「瞳子ちゃんとか、志摩子さんとかとさ!」

 ……本当に、こんな自分が嫌になってくる。
 祐巳姉ぇは何も悪くない。悪いのは、全部私なんだ。瞳子が怒ってるのも、志摩子さんに怒られたのも。
でも、この時の私は、精神状態が悪い。としか言い様が無くて。
 思わず、祐巳姉ぇを睨みつけて、言ってしまった。


「……バカ!!!」
「え?ちょ、ノリ…」
「祐巳姉ぇなんかに、私の気持ちは分かんないんだッ!!!!」

 そして、私はそのまま。走り出していた。
 後ろから祐巳姉ぇの声は聞こえない。あっけにとられているんだろう。
突然、妹がこんな事を言い出すんだ。そりゃあ当然だよね。

 でも、今の私には追ってこない祐巳姉ぇにすら、志摩子さんたちと同じなんだ。という思いにさせてしまっていた。
 本当に、自己嫌悪と共に悲しさがこみ上げてきていて。
 私が1人で騒ぎまくってこのざまだ。なんて自分を皮肉しながら。


 私は、泣きながら志摩子さんと出会った桜へと、走っていた。



 マリアさま……いえ、この際、誰でもかまいません。
 私を―――



《続く》


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