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祐巳と乃梨子が実の姉妹の、通称『祐巳姉ぇシリーズ』第7話。そして、最終回。
「祐巳姉ぇなんかに、私の気持ちは分かんないんだッ!!!!」
そう叫ぶように言って、ノリは私の横を駆けて行った。その目には涙が溜まっていたように見えた。
……まぁ、見えた。というか実際そうなんだけど。
さてどうしたものだろうか。まさかあんなになるとは。おっと、なんでもないなんでもない。
なんだかんだで、けっこう私も傷ついてるんだよね。
ノリから、あんな言葉聞くなんて……バカは言われなれてるけど、気迫が違ってたし……
あー……ちょっと憂鬱だな。
「こーら。何してるんだ」
ふと目の前を見ると、聖さんがいた。
けど、いつもとは違って、けっこう真面目な顔つきだ。
「……はは。ごきげんよう?聖…さま?」
「そんな茶化しはいらないの。なに人の孫を泣かせてんのかな?」
見てたのか……
「見てたのか。って顔はいいからさ」
「勝手に人の表情読み取らないでほしいな〜。
それに、私にとっては実の妹だよ?私のほうがもっと悲し…」
「実の姉だったら、泣かすな」
ごもっとも。
「ほら、さっさと追いなさい」
「……なんだか、聖さんって先輩っぽいね。今度から聖さまって呼んでいい?」
心から思ってそう言ったら、さっきまでの真剣な顔がどこにいったのか、聖さんはニパッと笑って、
「しょうがないな〜祐巳ちゃんは〜。せっかくだからそう呼ばせてだげるよ」
とりあえず、鼻血拭こうよ聖さん。せっかくの雰囲気が台無しだよ。
「……………………………………………………」
ちょっと日が落ちてきただろうか。
何分くらい経ったのか私には分からないけど、すくなくとも10分は経っているはずだ。
で、誰も追いかけてこない、と。
あ、ヤバいヤバい。また涙出てきそうだ……。
なんて。卑しい人間だ、二条乃梨子という人間は。追ってきて欲しいから逃げるなんて、
卑しいにもほどがある。
あぁ、だめだだめだ。何を考えても、それがずべて自虐の方に進んでしまう。
明日から私はどうやって生活していけばいいんだ。というか、今日家に帰ってから、か。
一応、この10分のお陰でまだそれなりに精神的に回復したと思ったのに、これだ。
もういっそ、このまま消えてなくなりたい。
なんて考えていた私の耳に、
「はは、やっぱりここに居た。ノリって案外桜好きだもんね」
祐巳姉ぇのいつも通りの声が聞こえた。
いつも通り。私が突然変なこと言い出したのに、いつも通り。
まぁ、それが祐巳姉ぇらしいって言えばらしいんだけど。
「………」
でも、私は振り返らず、桜の木にもたれかかるようにして顔を隠した。
最悪だ。こんな顔を、祐巳姉ぇに見られたくない。
「どうかしたの?悩み事なら私が聞くよ?」
祐巳姉ぇは親切心から言っているのだろうけど、このことだけはこの人に言いたくない。
言っちゃだめだ。私としては。
ずっと無言でいる私に対して、どう思っているだろうか。
なんて思っていると、祐巳姉ぇがどんどん近づいてくる気配がした。なにをする気なんだこの人は……。
「私はノリのお姉ちゃんだよ?たまには、頼って欲しいんだけどなー」
言いながら、祐巳姉ぇは私の頭を撫でた。子供にするように、優しく。
さて。精神的には落ち着いているつもり。なんてさっき言ったけど。
まだ冷静そうに心の中で語っている感じだけど、私の中の『たが』は、とうに外れたままだった。
それを、今になって感じた。
「…祐巳姉ぇは、なんでもできる」
「え?」
私の呟きに、祐巳姉ぇが反応して撫でる手を止めた。
「唯一、料理はダメだと思ってたけど、瞳子がいう限りじゃ良くなってるから、私にとって祐巳姉ぇは完璧な人なんだ」
祐巳姉ぇからの返事は無い。だから、私は続けた。
「それに、すぐにその手を広げるんだ。瞳子とも、志摩子さんとも、聖さまとも…あの、祥子さまでさえ、
祐巳姉ぇはすぐに仲良くなれるんだ……どんな人でも、祐巳姉ぇは……
それを。それを……不器用で、可愛くない私は、嫉妬してたんだ。と思う」
それは、10分の間に考えた、私の祐巳姉ぇへの評価だった。
前、祐巳姉ぇは言った。『ノリがうらやましい』って。
そんな感情は、私はずっと持っていた。祐巳姉ぇがうらやましい。祐巳姉ぇみたいになりたい。って。
私は、そんな祐巳姉ぇは見たくない。って思った。
嫌だった。完璧でいて、私なんかを目指す祐巳姉ぇは、私の祐巳姉ぇじゃなかったから。
前、瞳子は言った。『どうしてそんなに祐巳さまを悪く言うんですの?』って。
無茶させられた。とか、トラウマが。なんてのは、もちろん嘘じゃない。
けど、その時の私は思っていたんだろう。嫌だったんだ。
可愛げのない私に、見た人は誰でも見とれる、満面の笑みを見せてくる祐巳姉ぇが、嫌だったんだ。
祐巳姉ぇは好きだ。もちろん。
だけど、それだからこそ。私は祐巳姉ぇが嫌いだった。私の理想像すぎたこの人が。
なんてことはない、ただの嫉妬心だ。そのために、瞳子はわざわざ『乃梨子さんと祐巳さまを仲良くしようの会』
なんてものを作ってしまったんだ。お笑いもいいところだ。
「…そんなことないよ。ノリは、むしろその不器用さが可愛いよ」
不器用なのは否定しないのか。なんて思いつつも、私は涙の溜まった目で、祐巳姉ぇを見た。
「でも! っぐ…でも、そのせいで大事な友達のはずの瞳子には愛想尽かされて……うっぐ……
大切なはずの、志摩子さんにも……ひっ……バカだ。私って…もう、ほんとに……」
なにからなにまで、いやになる。
ゴスッ!
……一瞬、本当に何が起こったのかわからなかった。
数秒の後、私は祐巳姉ぇから特大のチョップをおみまいされていることに気付いた。
「な、なにして……」
「バカ!ほんっとに、バカ!!」
そして、祐巳姉ぇは怒っていた。
祐巳姉ぇに怒られるなんて何時以来だろうな。なんて考えてしまった私を、祐巳姉ぇは睨んだ。
「そりゃあ愛想もつきるってものだよ。ノリなにも分かってないじゃない。
不器用で可愛くない。なんて、いったいどんな教育受けたの?」
まぁ、4割は祐巳姉ぇだと思うけど。
「そんな4割は私。みたいな顔するな!だったら、昔の私を殴りに行くよ私は。
ノリが不器用なはずないじゃん。だったらなんであの気難しい瞳子ちゃんとうまく付き合えてるの?
だったらなんであの聖さんにべったりだった志摩子ちゃんの妹になれてるの?
だったら、なんで祥子さんと喧嘩できるような態度がとれるの?」
この人は、どこで見ていたのかわからないけれど、今までの私を見ていたようだった。
瞳子と友達なったのなんか……成り行きにすぎない。そう、成り行きなんだ。
志摩子さんだって……
「可愛くない?だったらなんなの。ノリの周りは、みんな笑ってるでしょ。
山百合会の人達も、菫子さんだって、それに、私だって」
………なんとなく沈黙が流れる。
そんなのは、祐巳姉ぇが思ってるだけのことであって、正しいなんて限らない。
「……じゃあ、完璧なお姉さんから言わせて貰うわ、乃梨子」
私は、名前を呼ばれて、一瞬だけ体をビクリと振るわせた。
そして、ジッと私をみつめる祐巳姉ぇを、チラリとだけ、上目で見た。
「あなたは、私の妹だよ?それがみんなが嫌うような、不器用で可愛くない子なわけないじゃない……ね?乃梨子」
祐巳姉ぇは、今まで見たことない、太陽みたいな笑顔だった。
…………私は、祐巳姉ぇのこういう所が嫌いなんだ。
なんでも知ってるように、なんでも自分が思ってる通りだと思って、自分に絶対の自信がある。そんな祐巳姉ぇが。
だったら、私はどうだろうか。
私は、祐巳姉ぇと自分を比べているだけの、それこそ本当に卑屈な人間なんじゃないのか。
私は、自分に絶対の自信が持てるだろうか。それがどんなことであれ。だ。
……私は、完璧で、可愛くて、かっこいい祐巳姉ぇが嫌いだけど……
小さいときから私の面倒を見てくれて、ちっちゃいドジは日常茶飯事で、表情に考えがすぐに出て、
どんなことででも笑いあえて、私の親友に優しくて、私のお姉さまと仲良しで、私のいる山百合会のみんなとも仲が良くて、
それで、私を本気に怒ってくれる、祐巳姉ぇが好きだ。それだけは、自信がある。
だから私は、なぜだか涙を流しながら、笑ったんだ。
「……うん、そうだよね……お姉ちゃん」
お姉ちゃんは、黙って、笑顔で、私を抱擁してくれた。
数分くらい経っただろうか。私は急に恥ずかしくなって、祐巳姉ぇを弾くように離れた。
祐巳姉ぇは、一瞬キョトンとしたけどすぐにしたり顔で笑った。くそぅ。
「と、瞳子と志摩子さんに謝ってくる」
とっさに、私はこの10数分間思っていた事を言った。すると、祐巳姉ぇは優しい顔になり、
「…そうだね。行った来たほうがいいよ」
と、言ってくれた。だけど、なんとなくその言葉が拍子になって走り出しそうな私の後ろで、祐巳姉ぇは言った。
「まぁ、すぐそこに居るけどね」
「へ?」
祐巳姉ぇの指すほうには、草陰から出てきた瞳子と志摩子さんがいた。
2人とも、どこかばつの悪そうな顔だった。
「ごめんね、乃梨子……」
「お〜ほっほっほっほ!やっぱり瞳子ってば天才女優なんじゃないかしら〜」
ど、どういう事だ!?
祐巳姉ぇの説明によると、私に嫌われてると思った――まぁ、実際嫌っていたけど――祐巳姉ぇは、私がどう思ってるかを
知りたくて、一計を案じたという。そのために、協力者として瞳子と志摩子さんを呼んだらしい。
「……つまり、日曜日の遊びっていうのは」
「そう。計画をね。まぁ、本当に遊んでたんだけどさ」
「薔薇の館で言ったことは本当ですのよ?」
そんな事はどうでもいいんだよ松平。
「でも、志摩子さんはずっと私といたし…」
「志摩子さんは追い討ち係を任命してたからね。ありがとね、志摩子さん」
「ごめんなさいね、乃梨子。不愉快な気持ちにさせちゃったわね?」
いえ、ホントどうでもいいですよ志摩子さん。私はその笑顔が見れれば。
その後、ひたすら謝る志摩子さんや、後日私に奢るって(一方的に)約束させた瞳子と別れ、私と祐巳姉ぇはマリアさまの像の前にいた。
「……祐巳姉ぇ、やっぱり嫌いだ」
「あぁん!ごめんってばノリ〜!冗談、ほんの冗談!ね?」
私にすがるように、猫なで声を出す祐巳姉ぇを無視して、私はマリア様の像に祈りをささげた。
祐巳姉ぇも、急に離れたと思うとどうやら同じように祈りだしたらしい。
「……ノリといつまでも一緒にいられますように」
「そういうのは祈らないでよ…というか、祐巳姉ぇってばもしかして結婚しない気なの?」
なんで今私思ったこと分かってるの!?みたいな顔をするんじゃない。口に出してたからさ。
「結婚しても、ノリの家で暮らすつもりだしね」
「すっごい迷惑だから、やめて」
本気で止めてほしい。切実な願いだ。
「もう…私ちゃんと祈ってくから、祐巳姉ぇ先行っててよ。気が散るから」
「ひっどーいノリ!!」
言いながら、祐巳姉ぇは歩いていく。どっちなんだ。
さて、というわけで、私は1つ祈ることにした。
好きで嫌いな祐巳姉ぇだけど。どっちかというと好きの割合の方が大きいお姉ちゃんだけど。
あの人が私の理想なら、目指してやろうじゃないか。祐巳姉ぇみたいな女に、なってあげようじゃない。ってね。
で、お祈りも終えて歩いていくと、校門で瞳子の取り巻きだった同じクラスの子達をナンパしている祐巳姉ぇが見えるわけで。
しかたなく。本当に仕方なく。私はもしかしたら学園中に聞こえるんじゃないか。って大声で、叫んだ。
「祐巳姉ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!人のクラスメイトになにやってんだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」
あぁもう。とにかく。私がいえるのは1つ。
ノリに怒られちゃった。でも、これもノリから嫉妬心を引き出すための愛情表現だよ?って言ったら、
どんな顔をするだろうか。驚くといいな。
……ノリがどれだけ私を嫌いでも、それ以上に好きでいてくれたら、私はそれでいい。私が望むのは1つだけ。
「「貴女が幸せでありますように」」
きっと、祐巳姉ぇも/ノリも、同じことを願っていると思う。なんていうのは、姉妹バカってやつなのかな?