【No:1669】の続き?のようなものです。
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クリスマス・イブの朝、ビスケット扉を開けると凸が居た。
「なんだ、江利子だけか」
「随分なご挨拶ね。ご・き・げ・ん・よ・う、白薔薇さま」
「はいはい、ごきげんよー」
「心が込もってないわ」
なんだと?よし、みてろよ。
「おお、麗しの黄薔薇さま。そのご尊顔を拝謁できるとは恐悦至極に「誰がそんな薄っぺらな挨拶をしろと言ったのよ」
どうやら江利子はご機嫌ナナメのようだ。
お茶でも淹れてやろう。
「まあまあ、落ち着いて。紅茶でいいよね?」
「茶葉から淹れてよ」
(…この凸)
ティーパックを出しかけていた手をピタリと止め、紅茶の缶を探す。
棚に見覚えの無い物があったので取り出してみると。
『福沢専用』とシールが貼ってある、コンデンスミルクのチューブ(徳用250グラム)だった。
…祐巳ちゃん、お姉さんは君の血糖値が心配だよ。
そういえば、江利子の機嫌が悪いのは疲れているせいかもしれない。
疲れている時には甘い物がいいって言うよね。
祐巳ちゃんは、これを機に甘い物断ちするのもいいかも。
祐巳ちゃんと江利子、二人の体調を考えると、このコンデンスミルクを使わざるをえないだろう。
江利子の紅茶にコンデンスミルクを全部入れると、得体の知れない物が出来上がった。
「はいよ」
江利子にティーカップを渡し、マグカップを持って自分の席に着く。
「…何よ、これ」
「佐藤聖特製紅茶“祐巳ちゃんスペシャル”」
恐る恐る、かつては紅茶だった液体に口を近づける江利子。
相変わらずのチャレンジャーだ。
骨は拾ってやるから、一気に飲め。
「……!!」
江利子は元・紅茶を一口飲むとテーブルに突っ伏した。
やっぱり疲れているようだ。好きなだけ眠らせてやろう。
コーヒーを半分くらい飲むと、江利子が復活した。
「おはよう、江利子」
「…何が、おはようよ」
「じゃあ、ごきげんよう?」
「挨拶の種類を問題にしてるんじゃないわよ!!」
おかしいな、甘い物を補給したのに、まだ機嫌が悪いようだ(棒読み)
「…聖は何を飲んでるのよ」
「これ?インスタントコーヒーのお湯割り」
「口直しに一口飲ませなさい」
「嫌。江利子と間接キスだなんてゴメンだね」
一度は断っても江利子のことだ、しつこくコーヒーを狙うだろう。
飲まれる前に全部飲んでしまえ。
残りのコーヒーを急いで口に含んだ瞬間。
「蓉子とならキスするんでしょ」
…危うく水芸を披露するところだった。
唐突に何を言い出すんだ、この凸は。急激な糖分の摂取で脳味噌がとけたか?
「…なんで蓉子が出てくるのよ」
「いつ告白するの?」
「人の話を聞け」
「三猿(さんえん)って知ってるでしょ」
なんで、こう話題がポンポンとぶんだ。
まあ、江利子だから仕方ないか。
「“見ざる聞かざる言わざる”でしょ。それが何」
「本当の意味とは違うけど、私達も三猿だと思うのよ」
江利子はそう言うと、一本ずつ指を折りながら話す。
「私は“人の話を聞かない、聞かざる”、蓉子は“一つの事に囚われると周囲を見ない、見ざる”、聖は“本当の気持ちを言わない、言わざる”よ」
確かに江利子は人の話を聞かない。自覚してるんなら直せ。
それより私の話だ。
「私の本当の気持ち、って何よ」
「蓉子が好きなんでしょう。どうして告白しないのよ」
「告白なんてしない」
「蓉子を好きなのは否定しないのね」
っ…しまった。
「ああ、好きだよ。親友だからね」
「ほら、“言わざる”」
思わず、むっとして江利子を睨むと、溜め息を吐かれた。
「あんな瞳で見つめていたらバレるに決まっているでしょう。貴女達二人が想い合ってるのに気付いてないのは、祐巳ちゃんと由乃ちゃんと当人どうしよ」
私が蓉子を好きだ、って山百合会の皆にバレてた!?
いや、待て、他に江利子は何て言った!?
「想い合ってる…?」
「そうよ。蓉子も貴女が好きなの」
…信じられない。
「蓉子は私みたいに“こっち側の人間”じゃないのに」
「あのね。蓉子は貴女を好きなだけで、同性を恋愛の対象としているわけじゃないの」
だから、と江利子は続ける。
「このまま何もしないで卒業したら、男に攫われるわよ?」
外部の大学、ましてや法学部に進めば周りは男だらけだろう。
あの魅力的な蓉子の事だから、すぐに彼氏ができて、いずれは結婚して子供を産んで…。
「…聖。聖!」
顔を上げると江利子がぼやけて見えた。
「貴女が私の前で泣くなんてね」
泣く?私が?
頬に触ると確かに濡れていて。
慌ててゴシゴシと擦りかけると、江利子に手を掴まれた。
「そんな風に擦ると、目の下が腫れるわよ」
せっかくの顔が台無しになるわ、と呟きながらハンカチで涙をそっと拭いてくれる。
「泣くくらい好きなんだから、告白すればいいのに」
目を閉じているせいかもしれない。
江利子の問いに素直に答えられる。
「告白して、どうするのよ?」
例え私達が両想いだとしても、おままごとのような恋愛ごっこなどリリアンという箱庭の中でしか通用しない。
進学しても、いずれは実社会にでなければいけない。
同性愛者だと公言しようものなら、世間の好奇と侮蔑の視線に曝されるだろう。
好きなだけでは生活していかれない。
蓉子を幸せにする自信がないんだ。
そう言うと、江利子は呆れたようだった。
「幸せにするなんて傲慢な考えよ」
男女のカップルにだって障害はあるわ。
でも、お互い好きだから、一緒に居たいから、頑張るんじゃないの。
貴女と蓉子が幸せになる努力をするのよ。
「ねえ、聖」
涙の止まらない私に、子供に諭すようにゆっくりと。
一年前の事が無かったら、貴女こんなに悩んだ?
あの頃の貴女は栞さん以外を拒絶していた。
でも今は周囲を見る余裕がある。
『栞さんに会って良かったのよ』
(!?)
『会って良かったって思える未来にすれば、それでいいのよ』
(お姉さま!!)
去年のクリスマス・イブ、お姉さまに言われた言葉。
何故、江利子が知っていたのか、そんなのはどうでもいい。
お姉さまの声が聞こえた、それが大事。
「江利子、ありがとう」
「心は決まった?」
「うん」
「早く言ってあげてね。ずっと蓉子は待ってたんだから」
『待っているからね』
蓉子の声も聞こえた。
ああ、そうだ。
去年の山百合会のクリスマス・パーティーに誘ってくれたのに、行かなかったんだ…。
「江利子」
「何」
「クリスマス・パーティーは派手にやろう」
「面白そうね」
顔を見合わせてニヤリと笑う。
(楽しくやろう、蓉子。去年の分まで)
「泣き虫さん、喉が渇いたでしょ?次は私が淹れてあげるわ」
「お願いしようかな」
涙を見られた私は恥ずかしくて、江利子の顔を見れなかった。
だから見逃したのだ。
悪企みしている凸の顔を。
「おまたせ」
「ありが…?」
目の前に置かれた物体に私は言葉を失った。
「江利子、これ何…?」
「インスタントコーヒーのコンデンスミルク割り」
「こんなもの飲めるかーっ!!」