【1694】 西園寺ゆかり、放課後の焼肉パーティ  (朝生行幸 2006-07-16 01:27:21)


「あ」
「あ」
 M駅前に集まった面々の中に、福沢祐巳がいた。
 リリアンの学園祭の後、山百合会関係者一同が、打ち上げのため集まっていたのだが、彼女たちの前に突然現れたのは、祐巳にとってある意味敵である(あった?)西園寺ゆかりだった。
「あら、ゆかりちゃんじゃない。お久しぶりね」
「こ、こんばんわ、祥子さま」
 以前とは違い、まるっきり逆の立場であるせいか、ゆかりの表情には若干の動揺が見え隠れしていた。
 さもありなん、初めて会った時は少なくとも二人の味方がいたが、今では一人としておらず、しかも周り全員が敵に等しい状態なのだから。
 だが、暢気な我等が紅薔薇のつぼみは、過去の諍いなど大して気にしないタイプ。
 せっかくだから、赤い……じゃない、ご一緒しません? と半ば強引に誘い、祥子共々両手を取って、無理矢理引っ張って行った。

 建物の前で、口を開けたままポカンと見上げるゆかり。
 その目には、『焼肉牛太郎』と書かれた看板が光っていた。
「えーと、その、まさか……」
「そのまさかよ。ひょっとしてゆかりちゃんも初めてかしら? 私も初めてなのよ。楽しみだわ」
 珍しく感情を隠そうともしない祥子、嬉々として入り口をくぐり抜けた。
 予約していた十人掛けの個室に、小笠原祥子と支倉令、藤堂志摩子に島津由乃、二条乃梨子と松平瞳子、細川可南子と福沢祐巳、そして飛び入りゲスト西園寺ゆかりが納まった。
 ゆかりは、祥子と祐巳の間に座っている。
 扉に一番近い席には令が座り、注文を一手に引き受け、焼肉ルールを教えるって寸法だ。
「ちなみに、初めての人手を上げて」
 令の問いに、祥子、志摩子、そしておずおずとゆかりが手を上げた。
「瞳子ちゃんは来たことあるんだ」
「ええ、意外と思われるかもしれませんが、演劇部の皆でたまに食べに行きますのよ」
 瞳子の言葉に、祥子とゆかりは眉を顰めた。
「じゃぁ、最初はドリンクから頼もうか。とりあえずはビール……はマズイから、全員ウーロン茶で良いかな。あとは自由にジュースでも頼めばいいから」
 とりあえず、メニューを開く一同。
 慣れた令は、由乃や自分が好きな皿を頼むし、志摩子は乃梨子に、祥子は瞳子に、ゆかりは祐巳に教えられながら、めいめい好きな肉を注文していく。
 次々にやってくる肉を、ジュージュー音を立てながら焼きまくる。
「そろそろ頃合だね。焼肉初心者に行っておくけど……」
「なんなの?」
 初心者を代表して祥子が問えば、
「焼肉は……、戦いだから」
『!?』
「気を抜いてると、酷い目に会うよ」
 ニヤリと嫌な笑みを浮かべた令に、祥子たちの表情が強張った。

 初めは和気藹々と、穏やかな雰囲気で始まったが、由乃が志摩子の肉を奪ってから、急に雰囲気が一変した。
 お返しとばかりに志摩子と乃梨子が、由乃から肉を奪ったからさぁ大変。
 それからはもう、全員を巻き込んで、凄まじい肉の奪い合いになった。
 オタオタしているうちに、あっさりと横から掻っ攫われて行く。
 じっくり育ててきた肉も、いつの間にかなくなっている。
 リリアンの乙女らしからぬこの狂態は、ハッキリ言って、他人に見せられたものではない。
 一人、片隅の肉や野菜をちまちまと食べていたゆかりは、ホンマにこれが真性お嬢様製造機であるリリアンに通う生徒なのかと、始終首を傾げっぱなし。
 たまに当たる大きなロースやカルビの味も碌に分からないまま、存在感が薄いのをいいことに、人の皿から肉をこっそり取ってゆく、結構要領の良いゆかりだった。

「あー、美味しかったなぁ。ねぇ祥子」
「ええ、ちょっと我を忘れてしまったけど、なかなか興味深い体験だったわ」
「志摩子さん、燃えすぎ」
「焼肉だけに?」
「瞳子、結構食べてたよね」
「育ち盛りですから」
「その割には全然育ってない……、ゴホン」
「ゆかりさんはどうだった?」
 急に祐巳から話を振られ、きょとんとするゆかり。
「え? ええ、美味しかったですわ。あんなに騒々しいものとは知りませんでしたけど」
「あはは、普通はあんなに騒がないけどね」
 この店、幸いにも令の両親が親しいので、追い出されるようなことは無かったが、そうでなければとうにお開きになっていたぐらい騒がしかったのだ。
「これでスタミナもついたことだし、明日は休みだし、明後日からはまた頑張って行こう」
 令の締めの言葉で、解散することに。
「それじゃ、ゆかりちゃんは私たちが送って行くから」
 ゆかりを祥子と瞳子の二人に任せ、それぞれ帰宅していった。

「ふぅ……」
 自分でも分かるぐらい大蒜臭い溜息を吐きながら、もそもそと制服を脱ぎだしたゆかり。
 想像を絶する体験ではあったが、確かに焼肉は美味かった……かな?
 それ以上に、かつてあんな仕打ちをしたと言うのに、そんなこと億尾にも出さなかった祐巳に対し、評価が180度変わりつつあった。
 大騒ぎしていたにも関らず、親身になって相手をしてくれた彼女のことを思い出すと、今までの自分がバカらしく思えて仕方がない。
「……」
 考えるのも嫌になり、さっさと風呂に入って、ゆかりはベッドに身を横たえた。

 朝、着替えようと制服を纏った途端、強烈な匂いがゆかりの鼻を突いた。
 そうそれは、おそらく多くの人が体験するはずの、衣服に染み込んだ焼肉の煙の匂い。
「やっぱりあのアマ嫌いだ〜」
 叫びながら、慌てて予備の制服を取り出すゆかりだったが、お陰でもう少しで遅刻するところだった。


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