【1706】 祐巳は気高く美しく汗の結晶  (若杉奈留美 2006-07-19 23:53:49)


イニGシリーズ第4弾。
くま一号さまが以前コメントしてくださった内容をストーリー化してみます。
【No:1675】→【No:1691】→【No:1700】→今作。

ぽたん、ぽたん。
祐巳は自らの汗がフローリングの床に落ちてゆく音を感じていた。
落ちた水滴は床にじわじわと広がり、一段濃いシミを作ってゆく。

「どういうことなの…」

突然薔薇の館への呼び出しを受け、駆けつけた祐巳。
目の前にいるのは3匹のG。
しかもそれは、祐巳にとって最も影響力の強い3人の仮の姿だという。
つまり、恋人である佐藤聖。
姉である小笠原祥子。
妹である松平瞳子。
この3人が、長い触角と黒光りする体、そして6本の足を持つ生命体に変化してしまったということなのだ。
あまりにも理解を超える現実に言葉を失う祐巳。
真ん中にいた聖が言葉を発した。

「私たちを救えるのは、君だけだ」

そう言い残して、Gたちは去った。

「待って!」

何事もなかったかのような、静寂。


思い当たるふしがないわけではない。
佐伯家でのミッションのときも、祐巳はほとんど何もしていなかった。
主にちあき、志摩子、聖、由乃がよく動いていたような気がする。
もちろん祐巳も自分なりにできることはしていたが、この4人の働きには遠く及ばず、
帰り際にちあきからこんな言葉を浴びせられるほどだった。

「祐巳さま…このままではミッションからはずされますよ」

だとするならば…これはミッション残留のための試練だというのか。
肩に見えない何かがのしかかるのを、祐巳はひしひしと感じていた。
そう、これは、祐巳だけのために課せられたミッションなのだ。


その日から、ありとあらゆる文献を調べる日々が始まった。
しかし、図書館にもネットにも、人間がGに変身してしまうという現象を説明する
ものはない。
無理もない。
現実にはありえないことが、起きてしまったのだから。
かろうじてカフカの「変身」を見つけたが、それはある男が目覚めたらいきなり虫になっていたという内容の小説で、虫は虫でもGではない。
こんなことを、誰かに言ってみたところで、返ってくる返事はだいたい予想がついている。

(どうすればいいの…)

あせる祐巳をあざ笑うかのように、時は過ぎていった。


祐巳はしだいにやつれてきた。

「おい大丈夫か祐巳」

祐麒が心配して声をかけてくる。

「大丈夫だよ、心配かけてごめんね」

目にはクマができ、頬もこけ、顔色もかなり悪い。
それでも自分が倒れるわけにはいかない。
なんとしてでも大切な人を助けたい。
その思いだけが、祐巳を動かしていた。

ちあきからメールが入ったのは、そんなある日。

『祐巳さま、一度2人でお話したいことがあります』

(もしかしたら、ちあきちゃんが何か知っているはず…)

祐巳は佐伯家へと急いだ。


佐伯家の長女は、その黒い瞳に強烈な意志を秘めて祐巳を見据えた。

「祐巳さまのミッションに対する姿勢、自信のなさが原因だと思います」
「だからって何も、祥子さまや聖さままでGに変えなくても…そもそも、いつ誰が何のためにこんなことをしたの?それが私には理解できない」
「なぜ変身したのかは私も分かりません。でも祐巳さまにも責任の一端はあるんですよ」

ちあきが言いたいのはそのことではないようだった。
祐巳の手に載せられたボール。
それは、聖がミッション用に作ったエッセンシャル・ボールだった。
それが3つ。

「これを3つ同時に、お三方に投げつけてください。
ただしこの中のオイル分は濃縮されている上に殺傷力も強いものですから、当たりどころが悪ければ3人は死んでしまいます」
「…でも、3人を人間に戻すことができるのは、このボールだけなのでしょう?」
「おっしゃるとおりです。そして…今このボールを扱えるのは、祐巳さま、
あなただけなのです」

ちあきはさらに続けた。

「祐巳さまはお気づきではないかもしれませんが、うちでのミッションのとき、
志摩子さまが動きの止まったGに熱湯をかけていらしたでしょう?
その直前に、あのGはあなたを見たんです…とてつもないオーラを出している
あなたを」

祐巳は絶句した。
確かにあのとき、志摩子が熱湯を使っているのは見たが、それはあくまでも
「見た」だけである。
オーラがどうとか言われても、正直ピンとこなかった。
ましてや自分を見てGが動きを止めたなどと。

「私は思いました…これほどの力のある方が本気を出せば、Gなど一発で壊滅できると。
それなのにご自身が気づいていないのであれば、強引にでも気づかせるしかないと」
「じゃあ、ちあきちゃんが…」
「私はただ、祐巳さまがこのミッションの意味をきちんと理解し、課せられた役割を果たせるよう、考えていただけです」

そうだった。
他のみんなが戦っている間も、祐巳は右往左往しているだけで、ほとんど戦果らしい戦果はあげていなかった。
ミッション終了後のお菓子の味は覚えている。
でも肝心なミッションの中身は、祐巳の中ではひどくあいまいな記憶でしかない。
そんな自分を、リーダーであるちあきはどう思っていただろう。
それを考えると、底知れぬ戦慄が走る。

「今、あの本棚の裏にお三方がいらっしゃいます…私が合図を致しますから、
出てきたらすぐさまそれを投げてください」

祐巳は逡巡した。
どうしようか。
これを投げれば、3人が死んでしまうかもしれない。
かといって投げなければ、3人は永遠にGの姿のままだ。
生きるか、死ぬか。
これはある意味究極の選択だ。

パチン。

ちあきの指が鳴り、3匹のG…もとい、3人の大切な人が現れた。

「さあ、早く、それを投げて」

聖が促す。

「どうしたの祐巳、何をためらっているの」

祥子がせかす。

「お姉さま、度胸がなさすぎますわ」

瞳子が断罪する。
しかし祐巳の手は凍りついたように動かない。

「このままでいいのですか!?祐巳さま!!」

ちあきが決断を迫って叫ぶ。

ひゅううううー。
夏だというのに、なんとも冷たい空気が佐伯家のリビングを流れていく。

「祐巳ちゃん…私たちは一生懸命生きた。もう悔いはない。
君に殺されるのなら、私たちは本望だ。
愛しているよ、祐巳ちゃん…君と過ごした日々は、本当に幸せだった」

聖の瞳から、涙があふれている。

「祐巳…もう一度、あなたを抱きしめたいの」

祥子が悲しみに満ちた声で言う。

「やっとあなたをお姉さまと、ためらわずに呼べるようになったのに…
でもこれが運命なら仕方ありません。お姉さま、それを早く投げてください!」

瞳子が切り裂くような声で叫んだ。
祐巳は決断した。

「…投げます」

祐巳は静かに息を吸い込むと、心からの祈りを唱えた。

『聖なるハーブの力によりて我願うなり。
我が愛するこの3人が再び真の姿に立ち返らんがために…
導きたまえ、守りたまえ、光と愛を我に!
ハイパー・エッセンシャル・ボール!!』

手からボールが放たれた瞬間、強烈な光が薔薇の館を満たした。
あまりのまぶしさに、祐巳たちは目を強く閉じる。
胸のうちで何かが変化したような気がして目を開けると…

「祐巳」
「祐巳ちゃん」
「お姉さま」

そこにいた3人の、愛する人たち。

「聖さま…お姉さま…瞳子!」

固く抱き合う4人の姿に、ちあきは大きくうなずいた。
その頬に、涙の筋を作りながら。

「祐巳さま、これであなたも、立派なミッション・インポッシブルのメンバーです…」


後日3人の変身の理由が明らかになった。
ちあきは祐巳に対し、もっときちんと働いてほしいと願っていた。
その願いがあまりにも強すぎたため、ちあき自身も気づかぬうちに
願い自体が思わぬ方向へ行ってしまい、
現実世界に影響を及ぼしてしまったのが一番の原因。
祐巳の思いはちあきも知るところだったため、多少なりとも嫉妬の感情が
加わってもいただろう。
この一件で、ちあきは人の思いという『力』の使いどころを間違えれば、
とんでもないことになると身をもって学んだ。

いろいろあったその夜。
祐巳は疲れ果てて、早々と眠り込んでしまった。
その頃、福沢家の食器棚の陰では。

「まったく、岡本家も安西家も佐伯家も、何をやっているのかしら…大げさに戦略がどうのとか言っている割には、ぜんぜん成果を残せていないじゃないの」
「おっしゃるとおりです、女王さま」
「大臣、例の件はどうなったの?」
「A軍団との連合軍結成については、Aの女王から承諾を得ました…多少体は張りましたが」
「…どんな手段を使ったのか、聞いてもいいかしら?」
「女王さま、あなたも意外に命知らずだ…」
「大臣ほどではないわ」
「ふふふ」
「うふふふふ」


それは、最終最後の大決戦の前夜の話だった…。


(あとがきらしきあれこれ)

次で一区切りと致します。
ここまでお読みくださった皆様方、本当にありがとうございます。
ラスト1回、どうぞよろしくお願いいたします。





















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