【1720】 ずっと見守っているよ半熟祐巳  (六月 2006-07-26 01:14:42)


忘れたころにやって来た【No:1560】の続きです。


今日は朝から二人の顔を見ていない、朝の集まりも欠席して、お昼ご飯もどこか他の所でとっていたらしい。
会いたい、でも会うのが怖い。
そういう訳で、今日一日の授業はまったく耳に入りませんでしたとも。次期紅薔薇さまがこれでいいのだろうか?と自分にツッコミを入れて、落ち込むのを後回しにする。
そしてやってきた放課後の薔薇の館。自由登校の令さまが引き継ぎと手伝いと称して、由乃さんの顔を見にやって来ている。志摩子さんと乃梨子は相変わらずいちゃいちゃしてる。
私、福沢祐巳は嫌な予感に襲われながらも、大学部への優先入学を決めて暇を持て余している祥子さまと、バレンタインデートでようやくロザリオを渡せた瞳子が来るのを待っている。
手持ち無沙汰に年度末決算の書類を眺めつつお茶を飲んでいると、階下の扉が開閉される音がして、階段をきしませながら昇って来る二つの足音が聞こえて来た。
「ごきげんよう、祐巳」
「ごきげんよう、お姉さま」
うわぁ・・・二人ともものすごく不快ですって顔してるよ。
「ご、ごきげんよう、お姉さま、瞳子。あ、お茶いれますね」
普段ならここで瞳子が『それは新入りである私の役目です』って流しにやって来るんだけど、今日は明らかに私に向けてプレッシャーをかけながら無言で席に着いた。
「どうしたの?祥子も瞳子ちゃんも不機嫌そうな顔してさ」
「えぇ、昨日ちょっとしたことがあって」
上機嫌な令さまが訝しげに声をかけてくださった。
「昨日は祥子さまのお家でパーティだったのでは?」
「その後です。優お兄様が私の家にお見えになって色々と・・・」

乃梨子ちゃんも気になったのか、瞳子に声をかけている。
「ふーん、また無理難題でも吹っ掛けられたの?」
「えぇ、昨日は無理やりにお父様お母様、柏木の小父様小母様、祥子さまを揃えられまして、私と優お兄様の婚約を・・・」
乃梨子ちゃんと由乃さんがテーブルに両手を突いて身を乗り出して来る。
「と、瞳子!?まさか結婚!?」
「解消することに決まりました。えぇ、言って差し上げましたわ。私の夢は演劇の道を歩むこと!政略結婚などお断りですわ!と」
「おぉー」
胸を張ってこぶしを握る瞳子にぱちぱちと拍手が起こる。
けれど、私が祥子さまと瞳子の紅茶をテーブルに置いても何の反応も無いところをみると、すごーく嫌な予感がひしひしと迫って来る。

「小笠原本家は血の繋がりだけで後継者を選ぶことはない。優秀な人材ならいくらでも居る、柏木や松平の家が犠牲になることなどない。と、お祖父様もおっしゃっていたというのが決め手だったわね」
「えぇ、優お兄様も『自分の力で勝ち取ったものでない地位に興味は無い』と言い切ったのも効きましたわね」
うわっ、柏木さんそんな格好いいこと言ってるの?如何にもな台詞が似合う人だなぁ。

「それなら嬉しそうな顔しなさいよ。何が不満なの?」
令さま、そこは突っ込まないで欲しいんですが・・・。
「それは私達二人ともが袖にされた、揃いも揃ってフラレたということよ。優さんは私達と結婚する意志は最初から無かった、私達に嫌われるために同性愛者だと嘘を吐いていたの」
「へぇ、柏木さんが同性愛者って嘘だったんだ・・・優×祐麒ネタはだめか」
「令ちゃん、何考えているのよ。コスモス文庫みたいなことは現実には起きないの。やおい趣味もほどほどにしなさいよ」
令さま、文芸部の会誌にあった男子校の生徒会長とその後輩の恋って、もしかして令さまが書いてたんじゃないでしょうね?
「由乃さん、やおい趣味って何?」
志摩子さん、今はそれ突っ込むところじゃ無いから。
「お、お姉さま!それは後で説明しますから」
「お願いね乃梨子」

「ところで、わざと嫌われるようにしたって、何故なんですか?」
乃梨子ちゃん、立ち直り早いね。
「・・・まぁ、私達が情けないからなんですが」
「そうね、私は家の決めたことと諦めていたし、瞳子ちゃんも素直に自分を表現できない奥手だったし」
「それに優お兄様は私や祥子さまを実の妹にしか見れない、恋愛感情は持てないから、と」
それだけなら良かったんだけどね。さっきから瞳子がちらちらとこっちを睨んでいる。
「あぁ、それじゃ瞳子が自分の意見を言えるようになったから種明かししたんだ」
「いいえ、優お兄様は『好きな人が出来たから。真実を明かして過去を清算しようと思って』と、のたまいやがった・・・こほん、おっしゃったのですわ」
「何よそれは!瞳子ちゃんはともかく、祥子さまよりいい女が出来たってわけ?どこのどいつよその女は!?そんなのがどこに居るって言うのよ?ねぇ祐巳さん・・・・・・祐巳さん?」
私はその場で俯いて顔を上げることが出来ない。だから由乃さん、お願いだからこっちに話を振らないでください。

瞳子が席を立ち、私に近づき私の肩に手を置いてこう言った。
「由乃さま、私達よりも優れた女というのは、皆さんもよーーーーくご存じの方ですわ。そうですわね?お姉さま」
「・・・・・・はい。ごめんなさい」


「「「「えぇぇーーーー???」」」」
「ちょ、ちょっと祐巳さん、どういう事なの?」
志摩子さんはいつも通りのふわふわで、乃梨子ちゃんは無表情、令さまと由乃さんは期待に満ちた瞳で見つめるのはやめて下さい。
祥子さまと瞳子の冷たい視線が痛いんです。
「えーっと、昨日、お姉さまの家でのパーティが終わって、柏木さんに家まで送ってもらったの。その時に・・・その・・・告白されて・・・あ、でもね、私はまだどうするか決めて無いの!柏木さんは嫌いじゃ無いけど好きでも無くて。というか、柏木さん行動早すぎるよ」
目茶苦茶恥ずかしいことをみんなの前で告白しなきゃいけないなんて!自分でも顔が真っ赤になってるのが分かる。
「祐巳」「お姉さま」
お姉さまは昔柏木さんのことが好きだったし、瞳子ももしかして柏木さんのことを?ヤキモチで姉妹解消なんて嫌だ!!
「ふぇ?や、やだよ、ロザリオ返すとか返せとか言わないで!!」

「ぷっ」「くすくすくす」
え?なんで二人とも笑ってるの?
「もう、いやね祐巳ったら」
「ちょっと悪戯が過ぎましたか?ご安心くださいませ、お姉さまにロザリオを返したりしませんわ」
祥子さまは口元に手を当てて笑いを堪えてるし、瞳子はペロリと舌を出して笑いを堪えようともしていない。
でも、瞳子はともかく、祥子さまにとって柏木さんは憧れだった人、簡単に諦められるの?
「でも、本当に?」
「あら?私の言うことが信じられないのかしら?」
「い、いえ!そんなことはあああありません」
そうか、祥子さまは過去の想いを振り切ることが出来たんだ。
瞳子は・・・・・・バレンタインにようやくすべてを教えてくれて、バレンタインデートで柏木さんとのことは卒業まで保留ということで決着したんだったっけ。
選挙で負けることを選んだ瞳子はそのままどこかに消えて居なくなるんじゃないかと心配したけれど、祥子さまの身代わりにされる”かもしれない”という不安に押し潰されそうになって居ただけでホッとした。
去年の春には志摩子さんの、梅雨には祥子さまの心配したけれど、理由を聞けば意外となんだと思うような理由だったな。と言うか、皆深刻に考え過ぎるくらい真面目なのかな?

「本当のことですもの。祐巳は私達よりもすばらしい子よ」
私が考え込んでいると、祥子さまが私の両肩に手を置き、優しく微笑んでいた。
「私は祐巳と姉妹になるまでは自分の感情と向き合える余裕の無い生き方をしていたの。それを変えてくれたのは貴方よ。そして、いつだって私を支えてくれた。あの雨の頃を、花寺との事も、夏休みのあの夜、あるがままに生きる貴さを教えてもくれたわ」
「いつもいつも素直になれない私の手を引いてくださったのはお姉さまです。私の心が分かってもらえないと捻くれたこともありましたけど、それでも最後まで私を信じてくださったのはお姉さまです」
瞳子も私の手を取って微笑んでくれる。
でも、ちょっとくすぐったい感じだな。あまり褒めてもらったことの無い人に褒められるのも。
「優さんも祐巳の魅力に負けたのだと思うと、不思議と腹も立たなかったわ。いえ、それが当然のような気もしたの。祐巳の魅力は私が一番分かっているつもりですもの」
「だいたい、悪いのは自分勝手な優お兄様です。恋愛対象にならないとか、成長を促すために嘘を吐くとか、そんなの勝手に決めないで欲しいですわ」
瞳子ったら、縦ロールを振り回してまで怒らなくてもいいじゃない。
「そう言うわけで、私達が祐巳のことを悪く思うなんてことはありえないのよ」
「まぁ、優お兄様には簡単にお姉さまを渡すつもりはありません。あのような身勝手な方にはお姉さまは勿体なすぎます」
柏木さんを焚き付けたような事を言ってしまったから、二人に嫌われるんじゃないかと心配してたけど。良かった、二人とも怒ってないんだね。
ううん、それどころか私の心配すらしてくれるなんて、とても嬉しい。
「お姉さま、瞳子・・・二人とも大好き!」
祥子さまと瞳子の肩にすがりつくように、二人を抱き締めた。とても温かな絆を持った二人を。

って、そこ!由乃さん、どろどろの愛憎劇が始まらないのかって残念そうな顔しない!
乃梨子ちゃんも恥ずかしいもの見たって顔で首とか背中かかないの。
令さまだけは冷静に。
「でも、祥子。私達に話して良かったの?三人の問題に立ち入ってしまったような気がするんだけど」
その言葉を聞いた祥子さまは大きく頷き、薔薇の館のメンバーの顔を見渡してこうおっしゃられた。
「令、それはね。由乃ちゃんや志摩子、乃梨子ちゃんに手を貸して欲しいからよ」
「私達がですか?」
志摩子さんは唇に指を当てて、小首を傾げる。こういう時にまでホワホワして可愛らしい雰囲気を纏ってるのは計算?
「そんな事ないわよ祐巳さん」って人の心を読まないでください。
そんなやり取りを無視して瞳子はテーブルに両手を着いて力説する。
「いいですか?優お兄様のことです、今頃はリリアンの正門前でお姉さまを待ち伏せしているかも知れませんわ。そうなると新聞部も騒ぎだすでしょう。状況に流されるまま、お姉さまにお付き合いを承諾させてしまうかも知れません」
「えーっと、私ってそんなに情けないかな?」
自分でもしっかりしてるとは言い難いけど、そこまで情けなくは無いはずだ。
「祐巳、夜討ち朝駆けで来る優さんに毅然とした態度をとり続ける自信はあって?」
「・・・ありません」
そこまでされたら流されるなと言われても無理かも。
自慢じゃ無いけど、可南子ちゃんのストーカー攻撃に負けて流されてた実績はある。とほほほ。
「新聞部を圧えたり、祐巳を極力一人にしないように、皆に協力して欲しいの。期限は・・・そうね、祐巳の気持ちが決まるまで、かしら」
すみません、お姉さま。不肖の妹です。自分の恋愛問題で皆の手を煩わせるなんて、情けないですね。
「えぇ、困っている祐巳さんを放ってはおけませんわ」
「親友の危機ね。新聞部の暴走くらいぶっ飛ばしてでも止めてあげるわよ」
それでもそう言ってくれる由乃さん、志摩子さんは私の親友だよ。
でも、昨日の今日でそこまで心配しなくても・・・たぶん・・・大丈夫・・・じゃないかな。
「ま、まぁ、いくら柏木さんでもそんな軽率な行動に出るとは思えませんから、大丈夫ですよ」

お姉さまや瞳子、由乃さんから甘いだのなんだの言われていると、薔薇の館の入口の扉が開き、階段をドタドタと駆け登ってくる足音が響いた。
「大変大変!祐巳さん!祐巳さん居る!?」
「どうしたの、蔦子さんに真美さんまで」
ビスケット扉が開いて、転がり込むように二人が飛び込んできた。
随分と慌てて走ってきたようで、息も絶え絶えだ。
「王子様!あの王子様が正門前に来てるのよ。それで何をして居るのか訊ねてみたら、祐巳さんを待ってるって言うじゃない!」
「もしかして祐巳さん、あの王子様とお付き合いしてるとか?どうなんでしょうか?インタビューお願いします!」

・・・あははは、柏木さんやってくれるぜ。祐巳ちゃん泣けてくるよ。
「・・・ということですわ。それでは皆さん、優お兄様を撃退に参りましょう」「おぉーーー!!」
がっくりと机に突っ伏す私を置いて、皆は瞳子の鬨の声に鼻息荒く飛び出して行ったのだった。


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