【1726】 忘れられない出会い  (joker 2006-07-27 03:26:37)


【No:622】の裏側エンドです。


 祐巳さま……。
 私、もうつかれました……。
 家も、学校も、人生にも、そして、貴女にも……。
 想いが届かない貴女……。
 思い通りにならない人生……。
 全てを水に流してしまおう……。

 だけど、祐巳さま。私は貴方の事が大好きでした。

 だから、せめてあの時、私を……

「お前、死ぬのか?」

 気がつくとフードを被った人が一人隣に立っていた。フードは全体的に灰色で、顔は見えないが、そのフード付きマントの下の特徴的なジーンズとブーツが伺えられる。そして、最も奇妙な部分。その手に握られた異形な物。

 なすび

 ……なぜ、なすび?意味が分からない。なんでこんな変な人が町を歩けるのだろうか?見たところマントにもジーンズにもポケットは無い。つまりは、あれを手に持ってここまで来たのか?
「それで、お前は死ぬのか?」
 そんな私の動揺をよそに、変なナスビは淡々と語りかけてくる。
「そんな事、貴方には関係ないでしょう!それより、貴方はなんなんですか!?」
「それこそ、死に行くお前には関係ないだろう」
 そう言うと変人は、クックックと笑い私に近づいて来る。
「俺は邪神だ」
「は?」
「人は俺を、邪神いぬいぬと呼ぶ」
 邪神の癖に人に呼ばれるのか。
 しかも、私は聞いた事もない。
「という事は死神ですわね。仕事熱心ですこと」
「俺は死神でもないさ。」
 精一杯皮肉って言ってやったのに、目の前の自称邪神は全く動じずに、声を殺して笑っている。
「でも、貴方、邪神なんでしょう?」
「邪神だが、正しき神ではない。死神は俺のサイドじゃない。あっち側だ」
 そう言って邪神は持っているなすびを目の前に掲げる。そして静かに私を見据えて言った

「お前の願いを叶えてやる」

「……貴方、邪神なんでしょう?私の願いを叶えてくれるとは思えませんわ」
 しかし邪神は、私の言葉を無視するかの様に、なすびを撫でている。
「大体、神が願いを叶えると言うのは分かるけど、神すら私の願いを叶えなかったのに、邪神が願いを叶えるだなんて、信じられませんわ!」
 私の叫びを聞いて、邪神は、より一層、いかにも冒しそうに声を殺して笑う。
「その通りだ。神はこの終わりを選ばれた。どのみち、道はこちら側にしか無い。さて、死に行く者よ」
 邪神は笑い終えると、私の目の前になすびを差し出す。
「お前は、死にたいか?」
 邪神は、ゆっくり、語りかける。
「死にたい……ですわ」
「本当にか?家族と別れ、親友と別れ、好きな人とも別れ、地獄の業火に焼かれても、か?」
「私は……」
「死にたいか?夢も叶わず、希望も失い、未来を駆逐し、絶望の中で苦しんでも、か?」
「……私は!」
「死にたいか?」
「し、」

「死にたくありませんわ」

 気がつくと頬に涙が伝っていた。
「……それでいい。では、始めるとしよう」
邪神がそう呟くと、なすびが急に輝き出した……。




 気がつくと、そこは薔薇の館の前だった。
 あのナスビが急に光だし、口をおおきく開けたところまでは思い出せるが、そこから記憶はない。ともかく、せっかく助かったこの命。無駄にしてはいけない。祐巳さまに、この想いを!
 薔薇の館の玄関をくぐり、足音消して階段を上っていくと、中から人の声が聞こえてくる。
「瞳子ちゃん……、どうして……!」
「祐巳さん、元気だして……」
 どうやら、私の残したメモを見つけた後らしい。さて、どうしたものか。
「……瞳子が死んで、もう一週間もたつんですね」
 乃梨子さんの悲痛な声も聞こえてくる。
「……って、はぁ!?」
 さらに中から声が聞こえてくる。
「お姉さま、泣かないでください。私じゃあ瞳子の変わりになんてなれませんが……」
「……ありがとう、可南子ちゃん」
「はああ!!?」
 可南子さんのお姉さまが……、祐巳さま?何?これ。
 気付くと、ポケットの中に何か入ってみる。探ってみるとそこにあったのは一つの手紙。開けてみるとそこには何か書いてある。
「『邪神いぬいぬのアフターサービス、一週間後にタイムスリップ。これで気まずさは解消です』っているかぁーー!こんなサービス!!」
 そして、手紙にはまだ続きが書かれている。
「『貴方の変わりにドッペルゲンガーの死体を創って水の中に放置しときました。これで奇跡の再会を演出!』っていりませんわ!こんな演出!」

 それから大慌てで薔薇の館に入り、みんなが驚いたり、可南子さんから祐巳さまの妹の座を奪う為の争いがあったのだが、それはまた、別の話。


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