【今回も、プチ注意が必要です。ご注意を】
狂った世界の、狂った空間。
閉ざされた学園に、五人の少女がいた。
彼女達の目的は、ただひとつ。
『──ここから、出たい──』
◆するすると、幕が上がる。◆
見慣れた空間も、立場が変われば恐怖の象徴になる。
自由に出入りできる場所が、それが不可能になっただけでどれだけ恐ろしいか。松平瞳子は、それを身を持って感じていた。
自分の席に座り、天井を仰いだ。割れた蛍光灯が真上にある。
広い教室は、異空間になっている。
何度も試したが、二つの引き戸は動かない。窓も全く開かず、一時間以上が経過した。
非常事態だ、と自分に言い聞かせて、とあるクラスメイトの椅子を持って窓に投げつけたりもした。
結果は、ただ重い音を立てて椅子が床に転がっただけだった。窓には傷一つつかないでいた。
──夢。
この世界は自分の夢の中の世界だと思うことにした。そうでなければあまりに理不尽な内容であり、創作と考えなければやっていられない。
夢だったらなんでもできる。何をやっても許される。
瞳子は再び、椅子を手にした。悪いとは思っていながらも、敢えて細川可南子の椅子を選んだ。
「行きますわよっ……!」
誰にともなく呟いて、瞳子は椅子を投げつけた。
◆鈍い音が、響いた。◆
その音を聞いて、支倉令は目覚めた。
「よ……し、のぉ?」
直前まで一緒にいたはずの最愛の人の名前を呼ぶ。
だだっ広い空間。微塵も暖かくない空気。ここは剣道場だ。
令は制服姿で、床に寝ていたようだ。が、何故ここにいるかがわからない。
意識が遠のく寸前、令は自宅にいた。リビングで島津由乃と一緒にお喋りを楽しんでいたはずだ。
眠気に襲われ、恥ずかしがりつつも由乃の膝枕で少し眠りにつこうとした……はずだ。
──夢。
そうとしか考えられない。瞬間移動でもしない限り、剣道場にいるわけが──と思った時、別の考えが浮かんだ。
眠っている間に、誰かがここまで運んできたとすれば?
そうなれば、一応は合点がいく。もし睡眠薬かなにかで眠らされていたとすれば、多少の振動では起きないかもしれない。
しかし、そうすればその犯人は絞られる。あの時家にいたのは自分と由乃であり、口にした紅茶を用意したのは愛する妹だ。
何故、由乃が、私を、ここに?
令は考え込んだ。
◆どんなに考えても、答えはわからなかった。◆
山口真美は、考えるのを止めた。このままでは埒が明かない。
この薄い壁をどうにかして破壊してみようか、とも考えた。写真部の部室に行けば、何か打開策が見つかるかもしれない。
……新聞部のドアが破壊できないのに、壁が破壊できるとは思えないが。
しかし諦める気は毛頭ない。この状況があまりに現実離れしていて、逆に面白いのだ。テンションは上がっていく。
「ここにお姉さまがいないのが、残念でならないわ!」
真美は独り言を口に出し、微笑を浮かべていた。
──夢?
いや、これは現実だ。何を基準として夢とするのかわからないが、真美は自分を基準にした。これは、「現実」だ。
恐怖のあまり、思考がおかしくなっているのかもしれない。
それでも構わない。
もう、怖くないのだから。
◆微笑みは、笑いに変わる。◆
意外に自分は脆かった。
藤堂志摩子はそれを自覚していなかった。が、今自分が笑っている姿を客観的に見れば、随分と脆かったのだと気づく。
薔薇の館にひとりきり。手元にあるのは、物置で見つけた壊れた椅子の脚。元の椅子は、物置のドアと共に破壊された。
「乃梨子、いないの?」
「お姉さま、どこですか?」
「祐巳さん、由乃さん、みんなどこに行ってしまったの?」
大声で笑いながら、叫ぶように問いかける。
あまりの異常事態に、志摩子の精神は崩壊していた。
──夢。
とても素敵な、ファンタジックな夢!
志摩子は、微笑みながらステンドグラスの前にいた。
三色の薔薇が、志摩子を見ている。
志摩子は笑顔で、そう、満面の笑みを顔面に貼り付けて、ステンドグラスを叩き壊した。
◆綺麗な破壊音が響く。◆
不安にかられて敷地内を彷徨った桂は、轟音のした方を向いた。
色とりどりのガラスが降り注ぐ。その向こうに見えた、笑顔の持ち主は──。
──悪夢。
◆暗転◆