性懲りもなくイニGシリーズ。
今回は超攻撃的なアノ昆虫とのコラボです。
「Vespa軍団、Vespa軍団、こちらG軍団、応答願います、どうぞ」
「G軍団、G軍団、こちらVespa軍団、どうぞ」
「Vespa軍団、そちらの状況はいかがかしら?どうぞ」
「こちら異状なしです、どうぞ」
「了解しました。ひきつづき警戒してください、どうぞ」
「了解しました。どうぞ」
昆虫たちという生物は、ときに人間の想像を超えた力を宿していることがある。
明治以来の伝統を誇るこのリリアン女学園の校舎内にも、そんな昆虫たちがひそかな営みを続けていた。
そう、ひとりの不用意な生徒の振る舞いが、Vespa軍団を刺激した、あの日までは…。
「あれ?」
いつものように校舎の中に入ろうとした白薔薇のつぼみ、野上純子。
本来ならそのまま2年菊組の教室に入っていくところなのだが、なぜか校舎の軒下付近で立ち止まったのは、そこに見慣れぬものを発見したからであった。
それは直径20cmほどの、茶色いボールのようなもの。
そのボールの表面に、大きな穴が1つだけあいている。
「何だろう、あれ…杉玉じゃないよね?」
「まさか、造り酒屋じゃあるまいし」
同じブゥトン仲間にして遠縁である紅薔薇のつぼみ、瀬戸山智子とそんなやりとりを交わす。
「そんなことより純ちゃん、早く行かないと遅刻だよ」
智子が促すが、どうしても純子はそこから足が離れない。
その茶色いボールが気になって仕方ないのだ。
なぜといわれても純子自身にも分からない。
自分の行動にいつでも理由があるわけではない。
むしろ理由を聞かれてもうまく説明できないときのほうが、人間には多いのではないか。
今の純子はまぎれもなく後者であった。
そしてたちの悪いことに、彼女はまったくそれを意識していないのであった。
足元にあった石を、その茶色いボールに向かって投げ、純子は智子とともに
その場を足早に去った。
背後から聞こえた女子高生たちの悲鳴に耳をふさぎながら。
昼休みの薔薇の館は、取調室と化していた。
ちあきが力まかせにテーブルをたたく。
「純子、あなた自分のしたこと分かってるの!?
智子もどうして止めなかったの!」
「…お姉さま、私は止めました…なのに彼女が…」
「言い訳は結構よ!!」
あのあと登校してきた生徒たちに、スズメバチたちは全力で攻撃をしかけてきた。
朝拝が始まるまでに10人の生徒が体を刺され、そのうち3人は症状が重く、救急車で病院に向かったが、現在は快方に向かっているとか。
「とにかく、スズメバチの巣は駆除します。
その上で、あなたがた2人は全校生徒に謝罪しなさい。
これ以上ことが大きくなれば、2人ともリリアンにいられなくなるわよ」
「「…わかりました」」
その後の調査で、校舎の軒下だけではなく、なんと調理実習室の天井裏にまでスズメバチが巣を作っていることが判明した。
ここはリリアン内におけるG軍団の最大基地でもある。
いくら建物が古いからとはいえ、恐ろしく虫が多くないか。
「…私たちは駆除業者じゃないんだから…」
嘆きつつも、ちあきはミッション発動の決断を下した。
『今回のミッションは校内のスズメバチの巣の駆除と、調理実習室のG軍団撲滅!
全員個々の役割を完璧に果たせ!』
『ラジャー!』
その頃、調理実習室では。
『…人間ども、動き出したわね』
『そのようですわ』
『Vespa軍団の皆さんには感謝しなくてはね…私たちだけでは限界があるから。
私たちは空も飛べるけど、人を刺す能力はないもの』
『あら、私どもこそG軍団の皆さんにお礼を申し上げねばなりませんわ。
私たちは地を這うことはできないし…利害一致、といったところです』
『こうして私たちの生活は今までどおり安泰、というわけね』
『うふふ』
『ふふふふふ』
しかし、その安泰は、調理実習室のドアが開かれた瞬間に消えた。
「本当にそうかな?」
目の前にいるのは、ツインテールの戦女神。
背後に史上最強の世話薔薇総統と、彼女が率いる精鋭たちを引き連れている。
『お前は…あのときの!!』
「そう、佐伯家のミッションであんたたちの同志を片付けちゃった人だけど?」
『おのれ、よくも我々の同志を…全軍出撃!』
『われらVespa軍団の毒針を受けなさい!』
Vespa軍団は執拗にまとわりつくが、この日のためにあつらえた特殊な白一色の防護服の前に、その毒針はなんらの役にも立たなかった。
「みんな!天井裏に穴開けるよ!気をつけて!」
工具を手にした乃梨子と聖が、ものすごいスピードで天井の一角を壊すと、
中から直径2mはあろうかという巨大なVespa軍団の巣が出てきた。
「あいててて!」
最前線にいたハチに腕をやられ、菜々が悲鳴をあげる。
「衛生兵!すぐ応急処置を!」
「了解!」
真里菜が菜々を安全な場所に移した。
その間にも、まとわりつくVespa軍団を蹴散らしながら、プロの駆除業者が使う
専用の殺虫剤を巣に噴霧した。
『な…なんと!』
Vespa軍団の女王が悲鳴にも似た声をあげる。
「大丈夫ですわ女王さま…今すぐ皆さんのところへお連れしますから」
今やミッション内でも確実に力をつけてきている瞳子が、あくまで優雅さを崩さずに
女王やその護衛の者たちと対峙した。
『う、うわ〜っっ!!』
殺虫剤の噴霧攻撃をまともに受け、Vespa軍団天井裏大隊は壊滅した。
「智子ちゃん、軒下大隊はどんな感じ?」
今回はミッションの場所が2箇所あることから、祐巳をリーダーとする本隊と、
智子をリーダーとする別働隊の2つに別れてのミッションである。
祐巳は手にしたトランシーバーで別働隊に連絡をとった。
『かなり執拗に攻撃してきましたが、今殺虫剤を噴霧したのでだいぶ楽になりました』
「そう、それならよかった。被害状況は?」
『今のところこちら側は被害0です』
「分かりました。くれぐれも刺されないように気をつけてね」
『了解しました』
なぜ今回のミッションの発端となった人間がリーダーとなっているのか。
ちあきの説明はこうだ。
「確かに純子も智子もいけないけれど、智子は何度も止めようとしていたし、
自分からハチの巣に攻撃しかけたわけじゃないからね」
ちなみに純子は今回のミッションへの参加を禁じられ、校舎内の一室に隔離されていた。
その後軒下大隊と天井裏大隊の両方の巣が、グラウンドで焼却処分となった。
さて、残るはG軍団である。
「別働隊、全員こっちに来て」
『G軍団ですね?了解しました』
ほどなくして別働隊が調理実習室に集結。
リリアン史上最大の決戦が、今始まった。
『今こそ決戦の時ぞ!
我らはすでに何百匹の同志を失い、今同盟を組んだVespa軍団をも失った…
これ以上人間の横暴を許してはならぬ!
全軍命がけで戦え!』
「調理実習室の、いいえリリアンの平和は、私たちが守ります!」
「エッセンシャル・ボール・アドバンス!」
いったいいつそのボールの使い方を覚えたのか、志摩子が空を飛ぶGにボールを投げた。
濃度95%というこれまでにない濃さのオイル分と、強烈なシソ科ハーブの匂いに、
Gどころか人間もむせている。
「スパイダーズ・ストリングス!」
祐巳が放ったのは、蜘蛛が巣を作るときに出す糸を特殊な技術によって合成して
作られた、粘り気のある糸。
これをGに放つことでGの動きを封じる効果がある。
しかも糸の表面は殺虫剤でコーティングされており、やがて表面からじわじわと
殺虫剤がしみこんで息絶えるというしくみ。
『…負けてたまるか…!』
蜘蛛の糸を根性で断ち切ったGは、再び攻撃してきた。
「…そんな、スパイダーズ・ストリングスが効かないなんて…」
ひるむ祐巳の背後から、突然飛んできた銀の玉。
「由乃さん!」
「祐巳さん、情けないわよ!こいつは糸なんかじゃ死なない、直接いかなくちゃ!」
そういうと、由乃はY字型の道具に銀の玉をセットして、目一杯ゴムを引き伸ばした。
「しつこいわねあんたも…くらえ!パチンコ・ショット!」
時速に換算すると180kmはあろうかというスピードで、玉はGを直撃。
あっという間にGは息絶えた。
それがG軍団の実質的な大将であったことから、G軍団は戦意を喪失する者が出始めた。
『ええい、逃げるな!まだ決着はついていないぞ!』
「いや、もうそのうちつくよ」
佐伯家での最終ミッション以来封印してきた『それ』を、祐巳はついに取り出した。
火をつける。
火を吹き消す。
あたりに漂う煙。
それはタイムとラベンダーの香り。
『今やこの戦いの勝利は我らにあり…
願わくばこの煙がこの場所と我らすべてを清め、我らに害なすものどもへの
裁きの炎とならんことを…
ホーリー・インセンス・トルネード(神聖薫香竜巻)!』
これまでで最強を誇ったG軍団の、最期であった。
後日開かれた全校集会で、純子と智子は自らの行いを謝罪した。
その後Vespa軍団が巣を作ることも、調理実習室にG軍団が現れることもなくなり、
再びリリアンは平和を取り戻した…かに見えたが。
「ねえ、祐巳さま」
「どうしたの、純子ちゃん」
「なんでスズメバチだったんでしょうね…」
「へ?」
あぜんとする祐巳に、純子は真顔で言った。
「ミツバチだったら、あとでおいしいハチミツがとれたのに…
とれたてのハチミツっておいしいんですよ。巣がくっついてるやつは特に」
「そうだよね〜、スズメバチは蜜作らないから…」
この時点で誰もツッコミを入れなかったのが間違いだった。
「じゃあさ、純子ちゃん」
祐巳は目を輝かせて言った。
「知り合いに養蜂業者がいるからさ、その人に頼んでミツバチ少し分けてもらおうよ」
「それいいですね!」
ここで初めて全員が声をそろえてツッコんだ。
「よくないわい!なんでミツバチやねん!」
*作中に出てくる「Vespa」は、スズメバチの学名からとったものです。