【1748】 天下とったるイッツ・ショウタイム  (楓野 2006-08-04 23:56:25)


注:)このSSは【No:1745】のその後です。


8人による『聞いてないよ!!』の大合唱。
それをのんきに受け流すのは先代白薔薇・佐藤聖。
「いやー、飲み会の後にカラオケってのは定番じゃん?」
アルコールが入っているため、普段の3割増でヘラヘラしている聖。
「それにさー、この焼肉もその後のカラオケも、山百合会の伝統なんだけど」
「嘘でしょう!!去年も一昨年も焼肉だけで終わったではないですか!!」
「ああ、あの時は途中で何人か抜けたから行かなかったんだよね。だから焼肉だけ」
祥子の問い詰めに、ヘラリと笑って応える聖。
ちなみに、一昨年抜けたのは他でもない祥子、由乃の見舞いに行った令、そしてやさぐれ中の聖である。
「どーせ明日は休みだし、いいじゃない。私達三人が保護者ってことで」
そのうち一人は半分潰れているのだが。
とはいえ、そこまで言われるとよほどの理由でなければ断れまい。
ましてやリリアン女学園は上下関係が強い。
たとえ卒業したとしても上級生の威光は絶大なのであった。
結局、誰一人欠けることなくカラオケ行きが決定した。

その道すがら。
「んー、でも女の子ばっかりだとちょっと寂しいねえ」
唐突に聖がそんなことを言い出した。
「……逆ナンでもするつもりですか?」
近くを歩く由乃が少し眉をしかめる。
「いやいや。流石にそこまでスレちゃいないよ」
笑って聖は否定する。
かといって呼ぶ男などほとんど思い当たらない。
共学ならともかく、女子校ではそうそう男との接点があろうはずもない。
しかし。
血縁関係ならどうだ?
それに思い当たった者達の視線が、二人の人物に集中する。
祐巳と、祥子。
「あー、じゃあ祐麒呼びましょうか」
アルコールのせいで、タヌキ顔にますます締まりのなくなった祐巳が言う。
その言葉に、歩いていた全員が立ち止まった。
「お姉さま、携帯貸していただけますか?」
「少しお待ちなさい、優さんを呼ぶから」
言って、意外に慣れた手つきでメモリを呼び出す祥子。
「もしもし、優さん?」
おそらく、家の電話ではなく携帯にかけたのであろう。
二言三言話した後に、通話を切る。
「快く来てくれるそうよ。祐麒さんを途中で拾ってくるって」
「おー、そりゃ良かった」
祥子の言葉に、聖が嬉しそうな顔をする。
「聖さま、柏木さんのことあまりお好きではなかったのでは?」
「嫌いな奴なら気兼ねせずにコキ使えるじゃん」
令の疑問に、サラリと答える聖。
おそらくドリンクを持ってくるためのパシリに使うつもりであろう。
「じゃ、祐麒も呼びますよー」
祥子から携帯を借りた祐巳が自宅の番号をプッシュする。
酔っ払ってはいるが、自宅の番号はまだ思い出せるようだ。
「でもさー、いくら祐巳さんの頼みでも、来るかな?」
「大丈夫。秘策があるから」
コール音が鳴り響く間、由乃と祐巳の間でそんな会話がなされた。
「あ、もしもし祐麒?ちょうどよかった。
これからカラオケなんだけど、アンタ来る?いや、むしろ来い」
いきなり命令形だった。
「これから柏木さんが迎えに行くから、来なさい。え?やだ?」
交渉は難航しているようだ。
「ふーん……いいよ、別に来なくても。
そのかわり、アンタのベッド下のアレ、皆に公表するから」
秘策=ものすんげえ脅しだった。
電話の向こうから涙ながらに行くと応える祐麒の声が離れていた者にも伝わる。
「え?来てくれる?あ、そう。なんか悪いね」
ホントに悪いよ……と祐巳以外の全員が思う中、祐巳は通話を切った。
「快く承諾してくれたよー」
ニッコリと微笑む祐巳。
その笑顔が妙に恐ろしく、『いや、脅しだろ』とは誰も言えなかった。
「祐巳……」
携帯を受け取りつつ、祥子が口を開く。
「実に素晴らしい交渉術だわ」
「ありがとうございます」
笑顔で褒め称える祥子と、礼を述べる祐巳。
確実に二人とも酔っ払っているようだ。
「よーし、そんじゃ行こうか」
聖の一言を号令に、再び一行は歩き出した。
「……重い〜……」
蓉子を担いだ江利子を最後尾に。


「やあ、久しぶり」
「……どうも……」
カラオケ店の前で、先に到着していた優と祐麒と合流する。
爽やかに挨拶する優と対照的に、祐麒はズドーンと落ち込んでいた。
「うわ、祐麒くん暗い……」
「まあ、あんな脅し方をされれば誰でも落ち込むと思いますが……」
由乃と乃梨子の会話に、祐麒がやっぱりか、と呟いた。
「……ついさっき気づいたんだよなぁ……よくよく考えたらもう公表されたも同然だって……」
言って更に落ち込む祐麒。
そりゃまあ、あの電話をすぐ傍で聞かれたんだから仕方ない。
「ま、まあいいんじゃないですか?」
「そ、そうですよ。むしろ男子高校生ならそういった本の一冊や二冊は嗜みみたいなもんですから」
必死にフォローする可南子と乃梨子。
さすがは共学出身者、そういった方面に多少の理解はある。
しかし。
「ん?祐麒が持ってるの一冊や二冊じゃないよ?十冊くらいと、後DVDもいくつか」
祐巳があっさりバラした事実に、その場の全員が硬直した。
特に祐麒は全身が石と化し、心臓を中心にピシピシとヒビが入る。
「……入ろうか、いつまでも立ってないで」
いたたまれなくなった聖は、すべてを流すことに決定した。
「違うんだ……あれは小林が勝手に持ってきてこっそり置いてくんだよ……」
祐麒の涙ながらの呟きが、妙に悲しく重々しく聞こえていた。

さて、割と深刻な事態にはなったものの、運良く大部屋を確保した一行。
「空いてて良かったわね」
蓉子を手近な椅子に下ろし、肩を揉む江利子。
「二部屋に分かれてもいいけど、面白味がね」
マイクとリモコンの入った籠をテーブルに置く聖。
それを見て、各々自由に席についてゆく。
「前を開けてさ、ステージ代わりにして立って歌うことにしようか。志摩子と乃梨子ちゃん、手伝ってくれる?」
ガタガタと入り口とは反対の椅子を片付けてゆく新旧白薔薇姉妹。
「じゃあ、私は飲み物を」
「手伝うわよ、令」
「私も」
令が立ち上がると、江利子と可南子も立ち上がって注文を聞いて回る。
その一方。
「ユキチ。これ」
「……ウイスキー?」
優が祐麒に手渡したのは、ウイスキーのポケットビンであった。
「なんでこんなもん?」
「ご婦人方は飲んでいるようだからね。僕らも飲んでいたほうがいい」
言いながらもう一つのビンを取り出して蓋を開け、ラッパ飲みし始めた。
ゴクンゴクンと喉がなり、1/3ほどが優の胃へと送られた。
「…………」
「ユキチ」
ビンを手にしたまま迷っているらしい祐麒を、優は真剣な目で見る。
「酔っ払いにシラフの人間が勝てると思わないほうがいい」
「なんかあったのか、アンタ」
ツッコミを入れる祐麒だったが、それで吹っ切れたのか蓋を開けてその中身を飲み始めた。
何口か琥珀色の液体を喉に流し込むと、口を離してしかめっ面をする。
「安いだろ、これ」
「二本で600円くらいかな。途中のコンビニで買ったものだからね」
「ま……酔えそうではあるけど」
しばらく二人が酒瓶を傾けていると、フリードリンクを取りに行った三人が帰ってきた。
その間に、カラオケは初体験という祥子と瞳子、そして志摩子は祐巳と由乃から使い方を聞いていた。


「さーて、トップバッター誰から行く?」
「ちなみに順番はトップバッターから時計回りよ」
聖が言い、それに補足する江利子。
しかし名乗り出るものはいない、やはり一番手は誰しも緊張するものだ。
「そうだなあ……由乃ちゃん、どう?」
「ええ!?いや、私もトップってのはちょっと……」
さすがの暴走列車も緊張したのか、しり込みする。
「あ、じゃあ、私がやるよ」
由乃の代わりに、と令が手を上げる。
「あら、妹や孫に先に歌わせられないわ。私が」
「いやいやいや。江利子が歌うなら私が」
令と由乃に負けまいと江利子が名乗り出、さらに聖が手を上げる。
「お姉さまが歌うなら、私が」
珍しく志摩子が名乗り出る。
「いや、志摩子さん初めてでしょ?私がやるよ」
「いえ、ここは私が」
乃梨子が志摩子の代わりにと手を上げれば、可南子が名乗り出る。
「可南子さんには負けられませんわ。私が参ります!」
その可南子に負けまいと瞳子が手を上げる。
「ここはやっぱり、あんまり巧くない私が」
やや後ろ向きな理由で、祐巳が。
「それなら祐巳、ここは私に任せなさい。私がやるわ」
祥子がここぞとばかりにお姉さまの意地を見せれば、
「いや。さっちゃんがやるなら僕が行こう」
優が堂々と名乗りを上げる。
「アンタが最初だとみんな引くって。俺がやるよ」
祐麒が優を押しのけて手を上げる。
「わかった!!やっぱり私が行くわ!!」
『どーぞどーぞどーぞ』
しかし由乃が手を上げると、息ぴったりで由乃を除く全員が譲る。
「なんでみんなそんなとこばっか息ぴったりなのよ!?」
『いや、なんとなく』
そんなショートコントをはさみつつも、トップバッターは杳として決まらないのであった。


〜続〜


一つ戻る   一つ進む