【1749】 明日を信じて私に出来ること  (六月 2006-08-05 00:58:38)


ひっそりと【No:1560】【No:1720】の続きを・・・。


んー、今日もお夕飯が美味しい。メインはお母さんお手製のハンバーグ、お父さんのお酒のおつまみをちょっとだけもらったり。放課後のドタバタを忘れて至福の一時ね。
「祐巳、あのさ、変な話を聞いたんだけど、お前、柏木先輩と結婚するなんて嘘だよな?」
「ぶふぅーーーーーーっ!!」
「うわっ!親父汚ぇ!」
祐麒、いきなりそんな質問は止めてよね。お父さんがビールで水芸しちゃったでしょう。
せっかくの家族団欒がめちゃくちゃだよ。
「あら、柏木さんてこの間祐巳ちゃんを車で送ってくださった方でしょう?やっぱり祐巳ちゃんのお婿さん候補だったのね」
って、お母さん全然動じないし。いつもはあたふたしてるのに、こういう時だけしっかりするんだから不思議だ。
でも、祐麒はだれに聞いたんだろ?そんなことを言い触らすような人は・・・一人だけ心当たりがある。
「祐麒、それ誰から聞いたの?」
「え?放課後に柏木先輩が生徒会室に来て、『祐巳ちゃんにプロポーズに行ったのに、さっちゃん達に追い返されてしまったよ』なんて言うもんだから小林達が暴れだしてさ・・・まさか、マジなの?」
やっぱり、柏木さんめ今度は祐麒という外堀から埋めに来たか。
「・・・・・・返事はして無いけど、色々と言われてるのはマジです」
お姉ちゃんはすごーく困ってるんだからね。
「で、でも、柏木は祥子さんと婚約してるとか言ってなかったか?冗談だよな?」
「お姉さまと柏木さんの婚約は解消してるの。瞳子とも、って話もあったけどそれも解消済み。つまり、柏木さんはフリーなの」
「でも、なんで姉ちゃんに??」
本当に不思議だよね。柏木さんは私のどこが良いんだろうね?
「えーっと、よく分からないけど、色々あって気に入られたらしくて、告白されちゃった。えへっ」
「えへっ、じゃねーよ!!あいつモーホじゃなかったのかよ?!祐巳は女だろ?」
「あー・・・あれね、嘘」
あ、さすがに固まった。
「んじゃ、今まで俺を追いかけ回してたのはなんだったんだよ」
「んとね、お姉さまたちを自立させるための嘘をそれらしく見せるためだったの」
お箸を握り締めてがっくりと頭を垂れる祐麒。それだけ柏木さんに振り回されて来た疲れは大きいよね。
でもね、
「あら、祐麒ったら男の人にもモテるのね」
「おいおい、祐麒、そっちの趣味はやめてくれよ」
「俺にその気は無い!!」
うちの親はどこかずれてるんじゃないだろうか?

食後の一時、リビングでコーヒーを飲みながら優雅に・・・なんて無理か。
「で、祐巳はどうするんだ?」
「まだ決めてない。柏木さんのこと嫌いじゃないし。あ、好きってわけでもないんだけどね」
「なんだそりゃ?」
自分でも戸惑ってるんだって。柏木さんが何故私を選んだのかが今一つ謎だから。それに、『知り合い』『ライバル』だった人が簡単に『恋人』になれるわけないよ。
「今のところ、祥子さまや瞳子を見守る仲間、としか考えたことがないのよ。『好きだ』って言われてもピンとこないのよね〜」
「あんないい加減な奴じゃ相手をする気にならない、ってとこ?」
「んー、それは違うなー。柏木さんはいい加減な人じゃないし」
どうも祐麒は柏木さんを誤解してるなぁ。近すぎて気づいて無いのかな?
「いーや、あいつはいい加減な奴だよ。そりゃ、顔は良いし頭も良いし金持ちだ、指導者としての素質はあるしそう言うところは尊敬出来ると思う。でも俺なんかを生徒会長にしようなんて変だろ?無責任としか言えないだろう?」
「祐麒、それじゃああんたは生徒会長が務まってなかったの?この一年なにもして無かったの?」
「そ、そりゃあ、任された以上は自分の出来ることくらいはやったけどさ」
「そうでしょう、ちゃんと祐麒は祐麒らしい生徒会長できてるよ。そして柏木さんはそんな祐麒だから選んだんだよ」
お姉ちゃんはちゃんと知ってるよ。祐麒は立派な生徒会長だよ。
ただ柏木さんを色眼鏡で見ちゃうんだね。あの人は祐麒に対しては妙な指導してたから。
「柏木さんは出来過ぎちゃう人だから、後を任されたらものすごいプレッシャーかかると思う。普通の人だと出来ないことまでやらなくちゃならなくなるの。でもそれじゃダメじゃない、生徒会長は自分のためだけの役職じゃない、生徒全員のことを考えないと。柏木さんというプレッシャーを撥ね除けられる強さを持った跡継ぎは祐麒だけだったんだよ」
「そこまで考えてたのかなぁ・・・あの軽薄が服着て歩いてるようなのが」
祐麒って私よりも大人だと思っていたのに、ホント、人を見る目だけは鍛え足りないみたいね。
「柏木さんの軽薄さは仮面だから。小笠原一族の傍系、柏木家の跡取りって地位は重いんだよ。誰よりも上に居なきゃいけない、誰にも弱みは見せられない、だから軽薄さって仮面を被って強がってるんだよ」
お姉さまや瞳子も同じような重圧を受けてきてたから、でも二人は「女だから」って見逃してもらえるところがあった。けれど、柏木さんは男だから・・・。

「祐巳・・・お前、ずいぶん柏木の肩を持つんだな」
「ちゃんと正面から付き合えば解るよ。悪い人じゃない」
柏木さんは素直じゃなくて不器用だけど、根は良い人だから。
「祐巳ちゃんも強いわ。そうやって正面から受け止めることが出来るなんて」
「お母さん」
台所での洗い物が終わったのか、お母さんがソファー越しに私を後ろから抱きしめてくれる。
しっかり聞かれていましたか。
「だから柏木さんは祐巳ちゃんを選んだのかもしれないわね。どんな姿を見せても逃げない、正面から受け止めてくれる。そういう人に側に居てほしいんじゃないかしら」
「そうなのかなぁ」
「男の人もいろいろ抱え込んでるものよ。だからそばで支えてくれる人が欲しくなるの。お母さんの経験ではね」
それは惚気でしょうか?お父さんとお母さんは本当に仲良しだからなぁ。
「だから、お友達になってあげたら良いのよ。好きとか嫌いとか、そんなの後からどうにでもなるわ。きっと祐巳ちゃんにしか出来ないことをして欲しいのよ。ただ近くに居て受け止めてあげるだけで良いの」
「私に出来るのかな?」
お母さんは優しく私の頭を撫でて、小さな子に諭すようにこう言ってくれた。
「あなたは自分を過小評価し過ぎるの。志摩子ちゃんや由乃ちゃんに聞いてご覧なさい、自分では気付かないあなたの良い所を教えてくれるはずよ」
「うん、分かった。柏木さんの誠意に応えられるように考えてみる」
ありがとう、お母さん。

「・・・しかし、これからは柏木先輩、高等部に来れなくなるかもな」
「へ?なんで?」
「あの推理小説同好会のやつらが『福沢祐巳ファンクラブ』を創ってるんだよ。姉ちゃんと柏木先輩が付き合うなんて知れたら、ファンクラブの連中に命を狙われるかもな」
うわぁ、あの人たちそんなことしてたんだ。私なんかのファンクラブって、何が楽しいんだろ?
「あ、あははははははは・・・それは自分の身は自分で守ってもらうしかないわね」
「いいさ、たまには良い薬だよ。少しはおとなしくなってくれるだろうし」
「ん、そうかもね。さてと、柏木さんに電話しておくか」
「なに?こっちから連絡するわけ?甘やかすと付け上がるぞ」
いやいや、柏木さんが動くのを待ってたら騒動ばかり起こすから、こっちが動いて釘を刺しておかないと。それに・・・。
「私は考え込むと禄なことにならないからね、動ける時に動かないと」
「へいへい、それが姉ちゃんらしいかもな」

電話の子機を持って部屋に戻る。
去年末に瞳子が家出した時にメモをしておいた柏木さんの携帯電話の番号を押していく。
「もしもし、夜分に恐れ入ります。リリアン女学園高等部生徒会の福沢祐巳と申すものですが・・・」
「祐巳ちゃんかい?」
「はい、先日の件でお話しを、と」
電話越しにパタパタとスリッパを引きずるような音が聞こえる。
「そう・・・『優さん?祐巳さんって』お母さんは向こうに行ってて下さい。・・・まったくあの人は、あぁ、ごめんね」
家族団欒の邪魔をしちゃったかな?母親として息子の電話相手が気になるのかも。
「良いんですよ。小母様ですか?」
「あぁ、変わり者でね。軽口は多いし」
くすっ。誰かさんにそっくりじゃないんですか?性格まで似てるとか。
「柏木さんと同じですね、自分を軽く見せて相手の器量を図る。ちょっと怖い方なのかな」
「・・・まったく君って子は、そういうところは鋭いんだね。僕の方が怖いよ。君には嘘を吐けなさそうだ」
あ、当たっちゃった。
「それで、どのようなご用件でしょう、お姫様」
「えぇ、王子様とのお付き合いについて真剣に考えてみたのでお話を・・・」


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