【1765】 地獄の黙示録歴史さえ超えて地平線のかなたに  (若杉奈留美 2006-08-08 23:04:55)


イニGシリーズです。
今回はかなりギリギリの単語も出てきている上に、とんでもなく重くて長い話になっています。苦手な方はスルーの方向で。


『わが同志たち…悔しい…!』

真っ暗な空間で、全身黒光りする体を持つ昆虫が虚空を仰いで嘆いている。

『この敵は必ず討ち果たす…これ以上、あなたたちの死、無駄にはしない…!』

彼女の後ろから、居丈高に声をかける者がいた。

『交霊(ミディアムシップ)を行っていたのね』
『……』
『まさか人間がこれほど強いなんて…私も予想外だったわ』
『女王さま…』

女王さま、と呼ばれたもう1匹は、先ほどの傲慢さとは打って変わってしおらしい様子を見せた。

『同盟を組んだAやVまでも滅ぼしてしまうとは…こうなれば私たちも本気を出すしか
ないのかもね』

相変わらずしおらしい感じの女王だったが、その瞳に暗い光が宿ったのを、霊媒師は見逃さなかった。

『女王さま…いったい何をお考えなのですか』
『何を、ですって?それならあなたは何故ミディアムシップなどやっていたのかしら』

凍りついた全身から、なぜか冷や汗が吹き出す。

『死者に戦わせるのは我らの掟では禁じられているではありませんか!』

女王は霊媒師の腕をいきなり引くと、そのまま地面にたたきつけた。
おびえるような目で女王を見上げる霊媒師と、冷たく見下ろす女王。

『…つぅ』
『死んでいようが生きていようがかまわない。同志たちの霊を今すぐ呼び出しなさい。この期に及んで手段など選んでいる暇はないわ!』

女王が本気であることを見てとった霊媒師は、その顔色を土気色に変えた。
永遠にも思える一瞬の沈黙。

『それをやれば、あなたも命の保証はありませんよ…』
『もとより保証などない世界で3億年も生きてきたのが私たちではないの。
そんなことも忘れるほど、あなたは愚かだったのかしら?』

霊媒師はその瞬間、すべてを悟った。
逆らえば自分どころか、同志たちの命も危ない。
すべての命を守るため、霊媒師は決断した。

『…かしこまりました』

女王は満足げに笑みを浮かべると、その場を去っていった。

『…あの女王、いつか殺してやる』

霊媒師のつぶやきは、何もない無の空間に溶けていった。




「また、夜がくる…」

このところ佐伯ちあきは悪夢に悩まされていた。
自分たちが殺した昆虫たちが、巨大化した姿で夢に出てきて、自分の首を絞めるという夢だ。
しかも同じ内容の夢を、ここ2週間毎晩見ている。
ちあきはすでに食欲も衰え、2kgも体重が減っていた。

「ちあき、もういいの?」

母が心配そうに聞いてくるが、ちあきはうなずくのが精一杯。

「ねーたん、どうちたの?」

はるかも顔をのぞきこむが、今は妹の相手をしていられる余裕はなかった。

「ごめんね…お姉ちゃん、ちょっと疲れているの」
「ふ〜ん」
「ほらはるか、お母さんと遊ぼうか。今日は何する?」
「えほんー」

はるかをうまく連れ出してくれた母に、ちあきは心の中で感謝した。

気づいたときちあきは、自分の「おばあちゃん」にあたる人の電話番号を押していた。

「祐巳さま…助けてください」


その翌日。
佐伯家にはミッション・インポッシブルのメンバーが集まっていた。

「ミッション、解散、ですって…?」

ちあき同様、普段は少々のことには動じない蓉子もさすがに青ざめている。

「ええ。これ以上虫たちと戦うことに、疲れてきてしまって…」
「でもなぜ今?今までそんなこと一度もなかったのに」

智子がいぶかしそうに尋ねる。

「とにかく疲れてしまったのよ…」

ちあきはついに泣き出した。
皆一様に重苦しい表情を浮かべる。
しかし、1人だけ別の気配を感じている人間がいた。

「ねえ…これきっと何かの罠だよ」
「祐巳!」

祥子が叫ぶ。

「すみません、突然の発言で…実はこの部屋に入ったときから、妙な気配を感じていたんです」
「何ですって!?祐巳、どうしてもっと早く言わないの!」
「申し訳ありませんお姉さま」

今にもハンカチをちぎりそうな祥子を制したのは、意外にも令だった。

「落ち着いて祥子。祐巳ちゃん、詳しく話してくれる?」

祐巳が話した内容。
それは、あまりにも衝撃的なものだった。

昨夜、祐巳の夢の中に黒い服を着た女が現れた。

『あなたは誰?』
『私はお前たちに滅ぼされたG軍団の一兵士。心配するな、お前たちに恨みがあって
現れたわけではない』
『じゃあ、何のために…?』
『今お前たちが戦おうとしている相手のことで、話しておくべきことがあるからだ。
お前たちが相手に選んだ軍団…あれは勝利のためなら手段を選ばぬ。
ここ最近立て続けに起こった火事を、お前も知っているだろう』
『まさか、あなたたち…』
『もちろん自分で放火するわけではない。電子レンジや冷蔵庫などの中に、同志の中で勇敢なものを送り込む。そうすれば電気回線と反応してショートし、火事になるということだ』
『それ…自爆テロじゃない!』
『そうだ。まさに自爆テロ。そんな手段を使ってくるやつらに、まともな手段で勝てると思っているか…?』
『…今度の戦いはあきらめろと?』
『さすが戦女神だけはある。理解が早い』
『お断りします。虫に悩む人がいる限り、私たちは戦い続けなくてはならないから。
ちあきちゃんの夢に毎回出てきているのもあなたね…?』
『いかにも』
『もうちあきちゃんを苦しめないで!あなたたちのせいで、どれほどの人間が眠れない夜を過ごしているか分かっているの!?
自爆でもなんでもすればいい。私たちは負けない!』
『…そうか。ならば我々も全力で戦うまでだ。我々の使う手段はまだ他にもあるからな。たとえば…』
『たとえば?』
『一度死んだ兵士をよみがえらせて戦う…とか』

祐巳があまりの驚きに声も出せないでいる間に、その女は消えた。
これがすべての真相だった。

「…だからちあきちゃん、辛いだろうけど今は戦わないといけないの…」

祐巳はちあきの手をそっととった。
そして高らかに宣言した。

『今回のミッションは、かつて滅ぼした佐伯家のG軍団の復活阻止!
全員個々の役割を完璧に果たせ!』
『ラジャー!』


PM10:00。

『今こそ我らの復活の時!我々が死をも恐れぬ勇敢な兵士であることを、
人間どもに見せ付けてやれ!』

最初に現れたG軍団の兵士たちに、祥子は手にしたマシンガンの引き金を引いた。

「殺虫マシンガン!」

あっという間に倒れてゆくGたちを見て、祥子はつぶやく。

「カ・イ・カ・ン…」

その後も激しい戦いは続いている。

「パチンコ・ショット!」

空を飛ぶGに向かって放たれた由乃の一撃は、あと少しのところで交わされた。

「くそっ!」
『くらえ、体当たり攻撃!』

由乃の顔にピタリと着地を決めた兵士。
思わず由乃は悲鳴をあげた。

「ぎゃ〜っっ!」

顔にとまったGを振り落とすと、急いで洗面所へ向かった。

「エッセンシャルボール・アドバンス!」

濃度95%のオイルで、あっという間に3匹をしとめる志摩子。

「スパイダーズ・ストリングス!」

以前はまったく効かなかったが、今度は成功。
Gたちの動きは鈍り、やがて息絶えた。
ほっと息をつく祐巳。
そんな祐巳の足元を、何やら刺激してくる1匹。

『祐巳、私だ』
「あなたは…昨夜の夢の…!」
『あれを見ろ』

祐巳の目線の先では、2匹のGが言い争っている。

『あれはわが軍団の女王様と霊媒師…死んだ仲間をよみがえらせて戦うと女王様が言い出して、それに霊媒師が反対している。
あの2匹をおびき出して殺せば、たちどころに我々も消滅する。
我々のパワーはあの2匹に仕えるためにあるものだからだ』

もちろん本気では聞いていない。

『わが軍団はもはや敗色濃厚…もし勝ったとしても、霊媒師はいずれあの女王を殺す…
自分が女王の座を狙っているからだ』
「あなた…本気で言っているの?」
『本気だ…私はもうあのような軍団に属しているのが嫌になった。
早く戦いをやめ、我らが本来あるべき場所へ帰りたいのだ。
そのためならお前たちの軍への寝返りも辞さぬ』

兵士は祐巳の目をまっすぐに見つめた。
そこには何らの偽りの色も感じられない。

祐巳はたじろいだ。
今目の前にいる相手は、自分たち人間よりはるか昔から地上にいて、本来なら大先輩と呼ぶべき存在である。
彼らにとって生きるための活動にすぎない様々な行いが人間には害をなすものだったゆえに害虫と呼ばれるようになったが。
この勇敢にして聡明な女戦士がどれほどの修羅場をくぐりぬけてきたか、祐巳にも容易に想像がついた。
それでもなお、彼女はその瞳をにごらせることなく、勇敢なる戦士であり続けている。
今まで戦ってきたGとは、彼女はあらゆる点で違っていた。

『さあ、やれ!』
「兵士さん…」
『祐巳、お前たちの軍団は非常に強く、勇敢だ…お前に会えて、よかった…
さあ、この不毛な戦いを終わらせるのだ!』

祐巳の決断の時が迫っていた。
向こう側では女王と霊媒師がまだ言い争っている。

『たじろぐな!もう今しかないのだぞ!』
「でもそうなれば、あなたも死んでしまう!」

兵士はふっと表情を緩めて言った。

『言っただろう…我々にとって死とは終わりではない。
本来の故郷へ帰る旅なのだ。
この憂き世を去って新たなる生命の場所へ帰るのだ。
なぜ悲しまなければならぬのか…祐巳、お前とお前の仲間たちのことは…忘れない…
さあ、早く!』

祐巳はついに決断した。

『今やこの戦いの勝利は我らにあり…
我らに害なすものどもに裁きを、そして、真に勇敢なる戦士に喝采を!』

タイムとラベンダーの香りの煙が、あたりを満たす。

そして…

女神は、絶叫した。

『ホーリー・インセンス・トルネード!』

白い煙が瞬く間に竜巻となって、Gたちを女王や霊媒師もろとも飲み込んでゆく。
その姿を涙ながらに見守る祐巳の耳に、あの女戦士の最期の言葉が聞こえた。

『ありがとう…栄光の戦女神よ』



戦いが終わり、夜明けが近づいた。

「祐巳さま…」

床にへたり込んだ祐巳を、ちあきがそっと助け起こす。

「あのまま行けば私たちはGの亡霊と戦うはめになりました…
祐巳さまは本当に勇敢な戦士です」

ちあきの言葉も、今の祐巳にはどこか遠い。

朝食の支度を始めるメンバーたちの姿を見守りながら、祐巳は次のミッションには
参加しないことを決めていた。









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