jokerさまよりリクエスト頂いた、ヤモリ&蛇各100匹&K軍団対山百合会のエピソードです。
「地獄の黙示録〜」同様、とんでもなく長くて重い上にギリギリの言葉も出てきますので、苦手な方はスルーの方向で。
(1)
その日、一組の姉妹が誕生した。
姉のほうはごく普通の生徒であったが、妹は家柄も成績も申し分なく、おまけに美人。
誰もが妹にしたいと望んでいた生徒だ。
彼女のもとにはたくさんの姉妹申込がきたが、彼女はそれをすべて断り、
目立つことのない地味な先輩からのロザリオを受け取った。
この姉妹関係は物議をかもした。
彼女たちをねたんだ一部の生徒たちの心無い誹謗中傷によって、
姉妹は引き離されてしまった。
『私は100匹の毒蛇にわが身をゆだねる。
愛しき蛇たちよ、わが無念を晴らしてほしい』
爬虫類の研究者を父親に持った姉は、研究室から実験用の毒蛇100匹を盗み出し、リリアン内の空き教室に持ち込んだ。
そしてそのうちの1匹に自分の腕をかませて果てた。
それから3日後、新しく姉となった生徒が蛇にかまれて亡くなった。
その1週間後には、姉妹を中傷した生徒が飛び降り自殺。
その後も原因不明の死者や自殺者が増え続け、事態を重くみた学校側は姉妹の名誉を回復し、姉の霊を慰めるためにミサを行った。
それと同時に姉が自殺した教室を『開かずの教室』とすることで、事件は一応の収束をみた。
今でも『開かずの教室』はリリアンに存在しているが、その事実を話すことはタブーとなっている。
(2)
「あの…学園長、今なんとおっしゃいました?」
現在の紅薔薇さまこと、佐伯ちあきはわが耳を疑った。
「あの『開かずの教室』にいる蛇100匹を処分してほしいのです」
聞けばあそこにいる蛇たちは姉の無念の思いを受け継いだのか、飲まず食わずのまま生き続けているのだという。
しかもその蛇たちを、ヤモリ100匹が守っているという。
「でも蛇はヤモリを餌にしているんでは?」
隣にいる白薔薇さまこと、岡本真里菜が聞き返す。
「それが不思議なことに…あそこの蛇たちはヤモリを食べないのです。
どうも共存しているようで…」
そこまで言うと学園長は眉間にしわを寄せ、うつむいてしまった。
あたりに流れる、重苦しい沈黙。
冷房設備のないこのリリアン。
学園長室とて例外ではない。
3人の薔薇さまと学園長の背中に、なんともいえない汗の感触。
やがて沈黙を破ったのは、黄薔薇さまこと有馬菜々だった。
「…分かりました」
驚いたのはちあき。
「ちょっと菜々さん、何安請け合いしてるのよ」
「いずれ誰かがやらないといけないことでしょ?だったら私たちでさっさと
片付けちゃえば?ねえ真里菜さん」
真里菜はうなずいた。
「確かにね。先輩の死に方がすごい上に、今も蛇がうようよいたりするんでしょ?
そんな部屋がリリアンに残ってるってのはあんまりよくないよ」
「でも…」
菜々の表情に苛立ちが見えてきた。
「もしかして、ちあきさん怖いの?今まであれほど害虫相手に戦ってきたのに」
「な…バカ!怖いわけないでしょ!?」
実は怖くてしかたないちあきだが、言えばからかわれるのが見え見えなため、あえて
平気な顔をしていた。
「聞けばあなた方、『ミッション・インポッシブル』としていろんな方面で活躍なさっているそうね。
その活躍を見込んでお願いしたのだけど…無理かしら?」
まるで探るような、それでいて有無をいわせない学園長の目。
これにはさすがのちあきも勝てなかった。
「…分かりました。ベストは尽くします」
学園長は微笑みを浮かべてうなずくと、3人に退出するよう促した。
(3)
その日の放課後。
祐巳を除く新旧山百合会の全メンバーが薔薇の館に集結していた。
先日の佐伯家でのミッションで大きなショックを受けた祐巳は、その後倒れて寝込んでしまい、ここ数日絶対安静状態が続いている。
「今回は祐巳さま抜きでのミッションになります。
非常に厳しい上に、危険の伴う戦いになるかもしれません。
一歩間違えば命にかかわる事態です。
全員気を抜かずに取り組んでください」
ちあきの言葉に緊張した表情を見せるメンバーたち。
「このミッションが成功すれば、祐巳さまへの何よりのお見舞いとなります」
その瞬間、メンバーたちの心は1つとなった。
やはり祐巳あってのミッション・インポッシブルだ。
そして恒例、ミッション・コール。
『本日のミッションは、リリアン校内開かずの教室にいる蛇、ヤモリ軍団撲滅!
祐巳さまのため、全員個々の役割を完璧に果たせ!』
『ラジャー!』
(4)
開かずの教室は、リリアン高等部東校舎の一番奥にあった。
穏やかで重厚な雰囲気をかもし出すリリアンにあって、ここだけは異質な空気が流れている。
「うわあ…こりゃすごいわ。人を寄せ付けない空気ってこのことだね」
聖はわざと明るく言ったが、その表情からいまだに硬さが消えない。
「まったく、そんなに未練があるんならちゃんと戦ってから結論出せってんだ」
涼子が悲しげにつぶやく。
この先輩と同じ立場におかれたら、涼子は間違いなく戦うほうを選ぶだろう。
名前こそクールだが、心のうちは誰よりも熱い。
「行きますよ」
自分に言い聞かせるようなちあきの言葉。
全員が力強くうなずく。
そして、扉は開かれた。
(5)
そこに足を踏み入れたメンバーたちに向かって、何十匹もの蛇たちがからみついてくる。
「きゃ〜っっ!」
悲鳴を上げながら蛇たちを追い払おうとする理沙だが、蛇たちは今にもかみつかんばかりだ。
「来んなよ、オラァ!」
手にした長い棒で必死に応戦する涼子。
そうしている間にも、ヤモリ軍団は統制のとれた動きでメンバーたちに襲い掛かる。
『リリアンに恨みあり!リリアンに恨みあり!』
ヤモリたちは3隊に分かれていた。
1隊は最前線にあって、メンバーたちと直接対決。
前の部隊が疲れたら、後ろに控える2隊と交代。
さらに2隊が疲れたら、その後ろの3隊と交代という態勢で、効率よく攻めてゆく。
「スーパー・パチンコショット!」
時速200kmに達する銀の弾丸が、ヤモリや蛇たちを次々倒してゆくが、
倒すそばから別の蛇たちが襲い掛かり、由乃の顔に苛立ちが浮かぶ。
「もう、これじゃあキリがないわ!令ちゃん、なんとかならないの!?」
令は首を振った。
「エッセンシャルボール・アドバンスも、ホーリー・インセンス・トルネードも、
昆虫にしか効かないんだ…おまけにここの軍団は死んだ先輩の霊が放つエネルギーで
生きているから、物質的なものは何一つ作用しない…」
「じゃあ…私たちはそのまま死ぬのっ!?」
返事の代わりに令の瞳に宿ったのは、絶望の色。
「嫌…そんなの嫌だ!」
由乃は狂ったように銀の弾丸を飛ばし続けた。
(6)
戦況はさらに混迷の度を深めていた。
昼の1時から始まった決戦は、すでに12時間にも及び、行き着く先が見えない。
ミッションメンバーも蛇・ヤモリ連合軍も疲労がピークに達している。
GやAたちとは比べ物にならない強さに、双方ともに限界が近づいていた。
「ちあきちゃん…もう、終わりにしよう」
面白いことや刺激が大好きで、ミッションに呼ばれれば喜び勇んで飛んでくる江利子が、珍しく弱音を吐いた。
「何をおっしゃるんですか江利子さま!ここをこのまま放っておけば、先輩の霊も浮かばれません!」
江利子は眉間にしわを寄せた。
「じゃあ…私たちに死ねっていうの!?」
「そんなことは言っていません!最後まで戦うのが、我々ミッション・インポッシブルの使命ではないですか!」
「江利子、ちあきちゃん、今は内輪もめしてる場合じゃないよ」
2人を止めたのは聖だった。
「だいぶ蛇たちも疲れてきてるし、連合軍はそのうち片付く…」
聖の腕に無数にある、赤い跡。
それは夏の名物、K軍団との戦いの跡だった。
「今はこっちの方が危ない」
今までどうして気づかなかったのだろう。
両腕両足ともに、K軍団にやられ放題ではないか。
江利子たちは改めて全身のかゆみを意識してしまった。
「…まいったわね、これじゃあかゆくて戦えないわ」
蓉子が手の甲をボリボリかきながら嘆いた。
蛇・ヤモリ連合軍は力が衰えたとはいえ、団結力と攻撃性はまだ残っている。
すでに出すべき力は出し尽くした。
この爬虫類の群れを操るのは、無念の死を遂げた先輩の霊。
「志摩子、あんたお寺の娘でしょ!?霊体に話しかけるぐらいはできるわよね!?」
祥子が叫ぶが、志摩子は否定した。
「話すことはできますが、私では話にならないとずっと言い続けているのです…
祐巳さんを呼べと言って聞きません」
「なぜなの!?祐巳は渡さないわ!」
どこか勘違いしている祥子だが、今それをどうこう言っている場合ではない。
『そうだ祥子…お前の妹を呼べ。祐巳を呼べ』
「嫌よ!誰が呼ぶものですか!祐巳は今寝込んでいるのよ!」
次の瞬間、教室のドアを開ける音がした。
(7)
「祐巳…」
「祐巳ちゃん(さん、さま)!」
なんとドアの向こうに、寝込んでいたはずの祐巳が立っているではないか。
祥子は思わず駆け寄った。
「祐巳、あなた寝ていなくて大丈夫なの!?」
「ご心配なくお姉さま、もうだいぶ回復しましたから」
まだ足元はふらついているが、顔色はだいぶよくなっている。
「それよりも…」
祐巳の表情が変わった。
「私に話をしたいっていうのはどの先輩ですか?」
ぎらりとした光を瞳に宿しながら、祐巳はあたりを見回した。
やがて部屋の右隅、天井の近くに気配を感じた祐巳はそちらに向かって話しかける。
「そちらにいらっしゃるんですね…ごきげんよう、上級生のお姉さま」
蛇・ヤモリ連合軍が発する殺気にもおびえることなく、祐巳はまるで通りがかった先輩にあいさつするように、そこにいるであろう先輩の霊に話しかけた。
「お名前を存じあげないので、よろしければ教えてくださいませんか?」
そういえば、聖書の授業でも悪魔を祓うときはまず名前を呼ぶのだと言っていたような気がする。
一口に悪魔といってもその性格や行動はさまざまであり、名前を呼ぶことで大雑把な特性が把握できるからだという話だが…
この場合、どうなるのだろう。
ちあきはそんなことを考えつつ、目の前にいる「史上最強の紅薔薇」と呼ばれた人の姿を見守っていた。
『…美和子。山科美和子』
「美和子さま、ですね」
『祐巳さんとやら…この人たちを何とかしてちょうだい』
祐巳は穏やかに、しかしきっぱりと告げた。
「いいえ、何もしません」
その瞬間、美和子の霊が叫んだ。
『もうこれ以上私を苦しめないで!あんたも…あんたたちも、私と香奈枝の邪魔を
するつもりなんでしょ!?』
美和子を守っていた蛇たちが、不気味な音をたてながら祐巳に近づく。
ものすごい殺気を放つ蛇に対しても、祐巳は動じることはない。
「妹さんの名前は香奈枝さまですね」
『そう、支倉香奈枝よ』
いきなり元黄薔薇さまの名前が出てきた。
「待て!どういうことだ!」
令が叫んだ。
無理もないだろう。
自分とはまったく関係のない場所から、いきなり自分の名前が出てきたのだから。
『あら、そこにいる男装の麗人みたいなあなた、おばあさまから何も聞いていないのかしら?』
「知るかそんなの!」
声を荒げる令を、祐巳は制した。
「令さま、今は黙っていてください」
祐巳はなおも続ける。
「先ほど、支倉という名前が出てきましたね。
今ここには確かに支倉という人物がいますが、香奈枝さまとこの方とは、どういった
ご関係なのですか?なぜ令さまのおばあさまの事を、あなたがご存知なのですか?」
美和子から返ってきた答えは、令と由乃を打ちのめすに充分だった。
『そこにいる令さんのおばあさまが、私の妹だったからよ』
「令ちゃん、気をしっかり持って」
由乃は今にも崩れ落ちそうな令を必死に支えるが、自分も足が震えてくるのを感じていた。
由乃だけではない。
江利子をはじめとする黄薔薇一族全員、驚きのあまり声も出ず身動きもとれない。
『香奈枝は本当に素敵な子だったわ…運動をやらせても、勉強をさせても、どんなことでも完璧にこなす、明るくて優しい子だった…
私によくお弁当を作ってくれた…肉じゃがとほうれんそうのおひたしが最高においしくてね…死んだ今でもその味は忘れられない』
妹の思い出を話す美和子は、まるでそこに香奈枝がいるかのように優しい表情をしている。
しかしそれもつかの間、美和子は再び怒りの表情を作った。
『だから香奈枝がロザリオを返してきたとき、これは悪い夢だと、きっと何かの間違いだと、そう信じていたかった…私にロザリオを返さなければ殺してやると脅されて、
香奈枝は泣く泣く私と別れるはめになったのよ…
しかも私たちを引き離した張本人のと関係の深い人が、今そこにいるわ…』
美和子は江利子の方をじっと見つめた。
『鳥居江利子、あなたよ』
「やっぱりそうだったんですか江利子さま…さすが鳥居家。家族そろってトラブルが大好きなんですね…人を自殺に追い込んだりするのが!」
由乃は江利子につかみかかった。
「ちょっと待ちなさい由乃ちゃん、そんなこと私のおばあちゃんがするはずないでしょう!」
『それなら家に帰ったら、調べてみるといいわ。あなたのおばあさまが残した遺書が、家の中の北向きの部屋にあるはずだから…
まあそれはともかく、本当に悔しかった…何にもとりえのない私にはもったいないくらいの妹だった…だからこの上なく大切に慈しんできたのに…香奈枝のそばに新しい姉がいたのも許せなかったけれど…その新しい姉が死んだあと…あの女が姉の座におさまったのよ!…だから私はあの女を自殺に追い込んだ…夜毎夢の中に現れてやったわ。
あの女、おびえながら許しを請うたけれど、誰がそんなことするもんですか。
1週間さんざん苦しめた上で、地獄に落としてやったわ』
祐巳は首を横に振った。
「それであなたの心は満たされたんですか?本当に…あなたの心はそれで癒されたんですか…?」
『そのときはね。でもすぐにまた不満だらけになった…それで令さんと由乃さんを引き離してみたけれど…』
「美和子さま!」
ついに祐巳が怒りをあらわにした。
今まで見たことのない激しい怒りだ。
「あなたはご自分の辛い経験から、何1つ学ばなかったんですか!?
互いに思いあう2人が引き離されるのがどれほど辛いか、あなた自身がよくご存知のはずでしょう!?
あなた方を引き離した人にはもう復讐を果たしたし、学校側も名誉を回復するためにミサまであげてくれた…それで充分じゃないですか!
一部の生徒がいろいろとやったとか言っていましたけど、味方になってくれた人だっていたでしょう?」
こぼれる涙を止めることもなく、祐巳はさらに続けた。
「あなたがしてきたことは、味方になってくれた人たち、香奈枝さま、そして誰よりあなた自身への裏切り行為なんですよ…
香奈枝さまが選んだのは、怒り悲しむあなたではない。
平凡かもしれないけれど、きちんと笑顔で生きているあなただからこそ、香奈枝さまは…あなたを姉に選んでくれたんじゃないですか?」
「祐巳ちゃんの言うとおりよ、美和子さん」
ここまでショックのあまり何も話せなかった江利子が、ようやく口を開いた。
「正直まだ信じられないけれど、とにかくうちの誰かが何かよからぬことをしてしまったのね…その人に代わって謝るわ。本当に申し訳ありません。
でも、令と由乃ちゃんを引き離そうとしたのは間違いよ。あの子たちは何もしていないし、私は私なりに2人を愛しているのよ」
江利子は自分の妹と孫に優しい視線を向けた。
祐巳は再び言葉を続けた。
「美和子さま…もう、あなたの修行は終わりました。
本来あるべき場所に、帰りましょう。
香奈枝さまがきっと待っていらっしゃいますよ」
『本当かしら…香奈枝は…私を許してくれるかしら…』
「きっと許してくださいます。だから…ね。
天国という場所は、光のあふれる素敵な場所だそうです。
その素敵な場所で、香奈枝さまとずっと一緒に暮らすことができるんですよ」
美和子の瞳からみるみるうちに殺気が消え、涙が零れ落ちる。
『ありがとう…ごめんなさい…ああ、香奈枝…会いたかった…香奈枝が迎えにきてくれた…』
何年も蛇とヤモリ、そして悲しみに満ちた霊が住み着いていたこの教室。
そこにまぶしい光が差し込んで、天の癒しが訪れた。
蛇とヤモリの群れは、その瞬間、跡形もなく消えた。
(8)
その後江利子が調べたところによると、確かに父方に自殺した人がいて、江利子の父親を生んだのは、その人の妹だということが分かった。
その遺書には『私は姉妹を引き裂いたため、蛇の呪いに罰せられた』と書かれており、
遺書の場所も美和子の指摘どおり、北向きの部屋にあるタンスの陰だった。
学校側ではあらためてミサを行い、美和子と香奈枝に見立てた薔薇にロザリオをかける儀式が行われた。
その後あの開かずの教室は第二図書室として利用されることになった。
「祐巳、体はもう大丈夫なの?」
「はいお姉さま、おかげさまでもうすっかり大丈夫です」
祐巳はかたわらの祥子に明るい笑顔を見せた。
「今度、みんなで一緒に香奈枝さまと美和子さまのお墓参りに出かけませんか?」
「それがいいわね。みんな、どうかしら?」
全員が声をそろえた。
「賛成!」
8月の日差しはどこまでも明るく、そして暑かった。