「瞳子さんは、祐巳さまのことがそんなにお嫌いなの?」
私は彼女が嫌いだ。
私は彼女が羨ましい。
私は彼女に成りたかった。
だから、私は彼女に文句を言った。
それを聞いたのはある程度噂が学園に広まった頃だった。
曰く、松平瞳子という一年生が二年のつぼみたちに対向して選挙に出る。
何の冗談かと思った。
だが、噂は真実だった。それも自分のクラスメイト。
少し驚いた。
少し呆れた。
そして、とても悔しかった。
彼女は中等部の頃から目立っていた。
部活でも演劇部で何度も主役を張り。いつも部活で補欠に甘んじていた私とは違った。
クラスでも彼女は大人しくなりそうなリリアンの校風に反して、牽引役のようにクラスを引っ張っていた。
私はそんな彼女が凄いと思っていた。
彼女は私にないものを多く持っていた。
だから、私は彼女が好きだった。
彼女が親しい友人にいつか薔薇さまに成りたいと言ったのを聞いたときも、彼女なら成れるだろうと思っていた。
そうして高等部に上がって私は一人の先輩に恋をする。
それを恋といっていいのかは分からないが、憧れとも尊敬ともいえないその気持ちは恋としか言えない気がする。
だが、この恋が実を結ぶことはないことを最初から私は知っていた。
彼女は紅薔薇のつぼみ……福沢祐巳さま。
高等部のみならず中等部の生徒達からも憧れる三人の薔薇さま。
その一人、紅薔薇さま……小笠原祥子さまの妹なのだ。
紅薔薇さまのような威厳とか凄さとかは無縁な人だが、ちょっとした雑談や相談にも乗ってくれ。
時には笑顔で。
時には真剣な表情で応えてくれた。
そんな祐巳さまに、彼女、瞳子さんは紅薔薇さまの親戚の力を利用して近づき。挙句の果てに、彼女は紅薔薇さまと祐巳さまの姉妹の仲を切り裂こうとしたのだ。
その噂を聞いたとき、私は彼女がまさかと信じられなかった。
だが、その後、祐巳さまと瞳子さんは急激に親しくなり。
何時しか、一年の間で祐巳さまの妹候補とまで噂されるようになった。
このとき、私は小さな嫉妬を覚えた。
時期薔薇さまながら、その親しみやすさと明るい笑顔で一年の中では薔薇さま以上に人気のある祐巳さま。
その祐巳さまの妹候補。
自分の中で嫉妬するくらい許されるような気がしていた。
そうして、そのとき感じた嫉妬は徐々に薄れていったが、祐巳さまへの想いはそれとは逆に膨れていく。
体育祭のフォークダンス。
まさか祐巳さまが参加されるとは思っていなかったが、祐巳さまが紅薔薇さまとダンスに加わったのを見て急いで誰よりも早く踊れる場所を求めて走った。
おかげで私は一時ながら幸せな時間を過ごせた。
学園祭のとき。
祐巳さまのハッピ姿を見つけ、友人と二人で祐巳さまと出し物を見て回れたらと思い側にいた黄薔薇のつぼみに祐巳さまのシフトを聞いて残念な結果に終わったものの。
その後の山百合会主催の演劇で男装の祐巳さまを見られて嬉しかった。
もしも、新聞部が去年通りに人気投票していたなら私はミスターリリアンに祐巳さまを推薦していただろう。
私が嫉妬を思い出したのは、山百合会主催で茶話会をおこなうと聞いたときだった。
茶話会の趣旨は、姉妹の居ない生徒に出会いを与えるという……まぁ、お見合いパーティのようなことだったけど。最大の関心事は、妹のいない二人のつぼみに妹を見つけ出すことにあることは誰の目にも確かだった。
私は姉がこのときいなかった。
だから、出るチャンスはあったのだが部活の先輩に呼び出されロザリオを受け取ったためにその資格を失った。
どうせ私では祐巳さまの妹には成れないと感じたからだったが、茶話会に瞳子さんが出席すると聞いて嫉妬を思い出したのだ。
そこで祐巳さまと瞳子さんがそろえばそこには紅薔薇のつぼみ姉妹が誕生するだろうことは明白だった。
茶話会自体がそのための演出にさえ思えた、だから、私は参加を募るために置かれた箱の中に一通の紙を入れた。
『松平瞳子さんは、小笠原祥子さまが目当て』
手紙を入れ、少しして自分のしたことが余りにも醜いと気がついたが、もう遅かった。だから、その後はジッとしておこうと思ったのだが不思議なことに瞳子さんは茶話会に出席しなかった。
そして、そのことが私の嫉妬を更に大きくしていった。
瞳子さんは分かっているのだろうかと?
祐巳さまがどれだけ彼女を気遣っているのかを。
体育祭でもそうだ。
祐巳さまは何度も敵チームであった瞳子さんを応援していた。
例えば『玉転がし』のとき。
祐巳さまは瞳子さんの走る姿を見ながら楽しそうに微笑んでいた。
例えば『棒引き』のとき。
会場中が笑いに包まれたあの可南子さんとの衝突のとき、祐巳さまは本当に心配そうに瞳子さんを見つめていた。
学園祭のときもそう。
山百合会主催の劇に出演し、そればかりか祐巳さまと二人で学園祭の出し物を見て回り。更に、祐巳さまは当然のように数ある数珠リオの中から瞳子さんの作った品を取っていった。
それなのに三学期に聞いた最初の噂は祐巳さまが差し出したロザリオを瞳子さんが断ったらしいというものだった。
その上、まるで対向しようとするように瞳子さんは選挙に出るという。
そこまで祐巳さまが嫌いなのだろうか。
だったら最初から近づかないで欲しかった。
祐巳さまを傷つけ、祐巳さまを馬鹿にして何が楽しいのだろう。
そう思い、私はついに瞳子さんに怒りをぶつけた。
「だから、なに?」
私の思いは瞳子さんにとってそれだけだった。
少し人を小ばかにした笑顔。
私は彼女をクラスメイトと思わないことに決めた。
そう決めたはずだった。
選挙の結果が出たとき。
瞳子さんは落選していた。
当然だと思った。
だが、瞳子さんは笑顔だった。
本当に嬉しそうに、楽しそうに。
私には瞳子さんの気持ちが分からない。
多分、永遠に分からないかもしれない。
ただ、私の中にあった嫉妬が冷たく冷えていく感じがしていた。
アクトレスの一シーンから、誰かがやったかもしれない話なのでネタが被っていたらごめんなさい。
『クゥ〜』