【1782】 たどりつける  (らくだ 2006-08-13 03:26:07)


梅雨もあけようかという8月の始め。
お姉さまともすっかり仲直りした祐巳は、毎日が幸せだった。
一度は行き違いをしてしまったが、今思うとそれがあったからより一層姉妹の絆が深まったと思う。もう二度とあんな事はあってほしくないけど。
「な〜に祐巳さん?ニコニコして」
昼休み、薔薇の館でのランチへ向かう途中、隣を歩く由乃さんがおちょくるように聞いてきた。分かってるくせに。
「別に。私はいつもどおりだよ?」
「あっそう。まぁ私も人の事言えないかしら」
「え?なんで?」
「こっちの話」
「ふ〜ん。まぁいいや」
由乃さんもきっと令様と何かいいことがあったのだろう。気になったけど突っ込まないでおいた。
「祐、祐巳様!由乃様!ご、ごきげんよう」
一年生の廊下を歩く時、突然一年生三人組がお弁当片手に話しかけてきた。
「えぇ、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
祐巳と由乃は、薔薇様の妹らしく華麗に微笑んで挨拶し返した。はずだ。
するとあからさまに三人とも嬉しそうにするものだから、思わずまじまじ見入ってしまった。あぁ、可愛いなぁ。
「あらいけない」
さっと祐巳は話しかけて来た子のタイに手を伸ばした。少し緩みかけていたのだ。
一年生は「ふぇ」と奇声を発したが、顔を真っ赤にするだけで何も抵抗はしてこなかった。
今日は機嫌がいいせいだろうか、祥子様ほどじゃなくともそれなりの笑みにそれなりの薔薇様の妹としての振る舞いが出来てると思う。
「身だしなみはいつもきちんとね!」
「はい、ありがとうございます」
そういうと一年生達は一礼し、キャアキャア言いながら立ち去っていった。
「あら祐巳さん?何時からそんな事をするようになられたのかしら?」
「あらイヤだ由乃さん。私はいつでもこうですわよ?」
「ぷはっ!」
「あはは!」
思わず二人で大笑いしてしまった。
外は今日も快晴。何もかもが爽やかに感じた。

「ごきげんよう」
薔薇の館の会議室もといお茶会部屋の扉をあけ、二人で一礼。
「ごきげんよう」
中からは二つの声が返ってきた。令様と乃梨子ちゃんだ。
嬉しそうに手を振り合う由乃さんと令様を横目に、鞄を置きとりあえずコーヒーを入れることにした。
「ごきげんよう」
コーヒー片手に席に着こうかというときに、ちょっと息を切らして志摩子さんがやってきた。
「ごきげんよう」
皆声を合わせてお返事。
志摩子さんはそれを聞くや微笑み、乃梨子ちゃんに軽く手を振る。それに気づき乃梨子ちゃんもお返しに手を振り返す。この二人も相変わらず仲良しだなぁと、意味も無く少しうらやましくなったりして。
ところで、祐巳の手を振る相手はいつになったら来るのだろう。
来たら満面の笑みでお出迎えしたいな。
「ごきげんよう・・・遅くなったわ」
来たお姉さま!祐巳は満面の笑みで振り返った。
が、当の祥子様は曇り顔だった。祐巳の笑みには全く気づかず下を向いてのっそりと席についた。
「どうしたの祥子?なんか暗いよ?」
心配する令様。
「別になんでもないわ・・・ただ」
「ただ、なんでしょう?」
今度は心配してる面持ちをしながらも、内心興味本意な由乃さん。
「こうも毎日続くといやになるのよ・・・」
そういうとちらっと祐巳を見た祥子様。
まさか、こうして祐巳と毎日ランチを共にして、放課後ここでお茶会して一緒に帰宅という生活に嫌気がさしてしまったのだろうか。
あの事件以来二人の絆がより深まったと思っていたのは実は祐巳だけで、例え仲直りしてもあれ依頼祥子様の心はどんどん放れていっていたのだろうか。
そんな事を考えてるうちに、祐巳はどんどん悲しくなり、なんだか逃げ出したくなった。
「あっ、違うの!違うのよ祐巳!貴方は全く関係のないことなのよ!」
祐巳の異変に気づいた祥子様が、少し取り乱して訂正した。
「・・・これよ」
少し鞄の中身を切なそうに見た祥子様は、おもむろに中から何かを取り出した。
「菓子・・・パン?」
「ええ。菓子パンで間違いなくてよ」
「それがどうしたんです?」
「今日の昼食よ」
落胆して答える祥子様。それは見れば分かります。
たしかに祥子様がランチに菓子パンを食べるなんていがいだが、別に同じクラスにも多々いるし特別可笑しい事でもない。
「お嫌いなんですか?」
祥子様は好き嫌いの多いお方だから、これが一番の有力候補だと考えた。
「そうでもないわ。いえ、そうね、今となっては嫌いになったのかもしれないわね。」
なんとも歯切れの悪い返事をした祥子様は、はぁ〜と深いため息をついた。
「ま、まさか・・・」
それじゃあとばかりに、由乃さんが口にしたが即座に令様に口止めされた。
誰もが思った事。それは祥子様の実家が破産したんじゃないかという心配。
でも当たり前だがそれも違った。
もう一つ祥子様がバックから取り出したタッパーには、一流シェフが作ったようなエレガントなサラダがつめられていたからだ。身形にも変りは無いし、そもそもそんな事になったら学校に通ってる場合ではない。
「4日目なのよ・・・これ」
「四日も続けて菓子パンを食べてるってことですか?」
乃梨子ちゃんの問いに、口を少し膨らませて力なくこくっと頷く祥子様。なんか今の凄く可愛い。
「お母様が暴走したのよ」
そういうと事の事情を話してくれた。
話によると、以前冷凍うどんにはまったおば様は、コンビニ漁りがどんどんエスカレートし、ついにはコンビニの商品を全て買い占めてしまったのだという。それが先週の金曜日。そして今日は月曜日だ。
しかし商品には賞味期限という物があり、早く食べないと腐ってしまう。それはいくらお金持ちでも食べたくないから捨てるっていう風には道徳的に許されないようで、使用人を交え皆で食べてしまおうという結論に行き着いたようだ。それで朝昼晩コンビニメニューなんだとか。
勿論、トラックに商品を沢山積み込み家に帰ったおば様は、家族全員と一部の使用人に酷く怒られたそうだ。
「当然お母様からゴールドカードは没収したわ」
おどけて言ってみせる祥子様。話して気が少し楽になったのだろう、少し元気を取り戻してきた。
「コンビニって別に食べ物だけじゃないわよね?雑誌や化粧品なんかもあるんじゃ?」
「そういうのは使用人で全て分けたわ。カップ麺はお母様が泣きながらどうしてもっていうから全部しまってあるけれど」
そう言うと、諦めたのか祥子様はパンの風を空けた。
その時祐巳は気づいてしまった。今祥子様が手にしているのは「モウモウミルクカスタード」ではないか!
甘いもの好きでおなじみの祐巳だが、中でもあのコンビニにしかおいてない「モウモウミルクカスタード」は断トツ祐巳ランキング一位の代物なのだ。
いつもそのコンビニに行くたびに買っていたのだが、最近は随分ご無沙汰だった。
なんだか祐巳は無償にその「モウモウミルクカスタード」が食べたくなった。
「あ、あの。お姉さま?毎日そのような物をお食べになられたら飽きるのは当然です。ですから、今日は私とお弁当を交換しませんか?」
「え?いいの祐巳?」
「えぇ。私は菓子パンなんてご無沙汰ですから、全然平気ですし」
「貴方がそう言うなら助かるわ。お願いするわ」
ほっとした顔をする祥子様。良かった、本意は違えどお姉さまのお役に立てた。
「とか言って祐巳さん。本当はただそのパンが食べたかっただけだったりして?いかにも祐巳さんが好きそうなパンですもの」
鋭いツッコミを入れる由乃さん。
「ち、違うわよ!」
「そうなの祐巳?」
「いえ!断じて違いますお姉さま!私はお姉さまの危機を救おうと!」
「そうじゃなくて、そのパンが好きなの?」
「え?これですか?ま、まぁ好きな部類ではありますけど・・・」
「そう!だったら祐巳さえ良ければ明日も持ってくるわ!どう?」
嬉しそうに言う祥子様。今日一番の笑顔だ。
でも実際祐巳にとっても嬉しい話だった。大好きな甘いものを食べられる+祥子様の危機を救えるチャンス。
「はい、せめて昼食の分だけは私が全部平らげてみせます!」
そう言うと祐巳は「ふんっ」と胸に握りこぶしを掲げてみせた。
「祐巳さんったら」
志摩子さんが吹いて笑った。それに合わせて皆も笑い出した。
笑われてる祐巳もなんだか楽しくなって一緒に笑った。
「なら安心だわ。すぐに完食にたどりつけそうね」
「はい、たどりついちゃいます!任せてください」
「私も、祐巳のお家のお弁当食べれて幸せだわ」
最初は暗かった祥子様も、気づけば満面の笑みに変っていた。
今日は快晴。薔薇の館には暖かな空気と時間が流れていた。



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