「知ってる?最近幽霊出るらしいよ」
「えー、本当に?」
「うん。なんでも、1年生の時は友達も多くて、お姉さまとも仲が良かったんだけど、
時が進むに連れて誰からも相手にされなくなっちゃって、自殺しちゃった生徒がいたんだって。
それで、その生徒の幽霊が夜な夜なリリアンの中を……」
「キャー!!!!」
「なんて噂話を聞いたんだけど、詳しく知らない?」
その噂話は耳にしたことがある。というか、真美さんから聞いた。リリアンで知らない人はいないらしい。
というか、詳しく知らないもなにも……。祐巳は横にいる志摩子さんと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
「まぁ、知らないだろうから来たんだけどね」
由乃さんの顔は、どこか喜びに満ちていた。まぁ、なにが原因なのかはすぐにわかるのだけれど。
そんな2年生ズが居るのが、夜の学校内。
見回りの警備員を掻い潜り、なんとか侵入に成功したのだ。(なんでも、由乃さんが蔦子さんから侵入経路を
聞き出していたらしい。というか、なんで蔦子さんはそんな事を知っていたのか)
「でも大丈夫かなー。仮にも薔薇の蕾と白薔薇さまが夜の学校に侵入なんて…」
「もぅ、祐巳さん!みんなが不安がっている噂の真実を知るのも、山百合会の一員として当然でしょ!?」
どうやら、今日も由乃さんはブッチギリ青信号のようだ。
由乃さんが怖いもの好きというのは、以前令さまから聞いたことがあったが、まさかこれほどとは……
しかし、志摩子さんは終始笑みを浮かべているだけで特に怖がっている様子も無く。
「(もしかして、怖がってるのって私だけ?)」
「どうしたの祐巳さん。変な顔して」
「体調が悪いのかしら……中止にする?」
そんなちょっとした絶望に落ちている祐巳を心配そうに覗き込む2人を、祐巳はなんとかつくった笑顔で
「なんでもないよ」と返した。実際はなんでもあるんだけど。
「まぁ、祐巳さんが怖がりなのは知ってるけど、そこは私に任せてよ!じゃあ出発!!!」
そんな祐巳の腕を強引に掴むと、由乃は意気揚々と歩き出した。それに続いて、志摩子さんも。
そんなわけで、夏休みも間近なとある日に、『ドッキリドキドキ☆肝試し大会』(由乃さん命名)が開催された。
由乃さん、当初の予定絶対忘れてるでしょ。
「……なんだか、夜の校内って不気味ね…ちょっとだけ怖いかも…」
「志摩子さんってば怖がりだな〜。ね?祐巳さん?」
「え?あ、う、う、うん!!」
分かって聞いているのだろうけど、もはや祐巳はそれ所じゃなかったりする。
由乃さんの腕にしがみ付いて歩くので精一杯で、志摩子さんもなんだかんだで逆の由乃さんの腕を絡ませていて、
結局はダンゴ虫かのようにまとまって歩くしかなかった。
由乃はその状況からか、それともいかにも「いそう」な雰囲気を感じ取っているからか、とてき上機嫌だ。
「あ、祐巳さん。なんだかピアノの音聞こえない?」
「え、ちょ、や、や、止めてよぉ由乃さん」
実際聞こえたわけではないが、それでもびっくりするものはびっくりするものであって。
祐巳は力強く腕にしがみ付きながらなみだ目で哀願する。
というか、よく見れば由乃さんの目はなんだか盛りのついた獣のようになっているように見えた。
うん、気のせい気のせい。なんて思いながらも、実は今の状況で一番怖いのは由乃さんなのでは?なんて思った祐巳だった。
「あら……あの教室、明かりがついていない?」
祐巳が由乃さんから迫ってくる謎のオーラと奮闘中の中、ふと志摩子さんが足を止めて前方を指差した。
確かに、先のほうの教室から光が漏れている。
「あの教室は……何組?」
「えっと……」
「私の教室ね…恐らく」
2年藤組。志摩子さんの教室のようだ。
ここにきて、例の噂話を思い出す。
「ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、ほ、本当に、で、で、出るの?ゆ、ゆ、ゆ、ゆ…」
「落ち着いて祐巳さん。それを確かめにきたんでしょ?」
由乃さんも今思い出したんじゃないのだろうか。などと思いつつも3人はゆっくりとした足取りで歩いていく。
「いい、まずはこっそり中を覗いて、何かいたら慎重に捕まえるのよ」
「え、つ、捕まえ!モガモガ」
「声が大きいわよ、祐巳さん」
志摩子さんの手で祐巳の口をふさがれながら、さらに歩いていく。あぁ、なんだか志摩子さんっていい匂いがするなぁ…
「祐巳さん、今雑念が入ったでしょ」
「!?モガモガモガ!!!」
どうやら、顔に出ていたらしい。おのれ百面相。
そんなこんなで教室前。3人は開けっ放しの扉に隠れて、息を潜める。
「いい、そっとよ。そっと覗くのよ」
コクリ。と首を振る祐巳と志摩子さんを見て、由乃さんがまずゆっくりと少しだけ扉から顔をだした。
それに続いて、2人も顔を出す。
「……ブツブツブツ」
……いた。リリアンの制服を着た、ショートヘアの少女が。これが、噂の幽霊だろうか。
「…あれ?」
「どうしたの、祐巳さん」
「…どこかで見たことがある気がするんだけど……」
顔はあまりちゃんと見えないけど、確かにどこかで見たことのある気がする……。
「まぁ、そりゃあ元はここの生徒だっていうしね。廊下ですれ違ったりしたんじゃない?」
「…そっか。それもそうだね」
「!!よ、由乃さん、祐巳さん。アレ…」
納得した祐巳の耳に、志摩子さんの声が聞こえる。どこか怯えている様子だ。
そして、志摩子さんの指差す先には……
「ッ!!!?き、消えた?」
「や、や、や、やっぱり幽霊!!?」
さきほどまで教室の中心にいた『幽霊』は、忽然と姿を消していた。
1人アタフタする祐巳を残し、由乃さんと志摩子さんは教室へと入っていく。
「この辺りね。さっきまで幽霊が居たのは…」
「うーん、変なところはなにもな……あれ?なにこれ?」
「私の机だけど……これって?」
なんとか2人においついた祐巳は、2人の間から志摩子さんの机を覗き込む。
そこには……
『出番出番出番出番出番出番出番』
と、書かれた紙がいくつも張ってあった。
「…これって?」
「そういえば、最近登校するとテープが張ってあった跡が幾つもあったような気がするわ…」
「うーん…志摩子さんが幽霊からイジメを受けているなんて……」
まぁ、大方志摩子さんより先に登校した人が紙をはがしたんだろうけど、謎は残ってしまった。
「……!まさか…幽霊の正体って…」
「なにか心当たりがあるの?志摩子さん」
「えぇ……『並薔薇』。以前そう呼ばれている生徒が居たの。
でも、出番がもらえず、最近は不登校気味だって……」
『並薔薇』。どこかで聞いたことのある名前だ。
「つまりは、不登校少女の生き霊で、白薔薇である志摩子さんに嫉妬してたって事?」
「わからないわ……でも、仲が良かった友人にも見放された、可哀想な人らしいわ」
友人にも、出番にも見放された1人の少女の生き霊。それが噂の幽霊の正体だった。
その友人にも非があるかもしれないけれど、それを感知できなかった私たちも悪かったのではないか。
そんな反省をしつつ、3人は帰路についていた。
「じゃあ、今度その子の家に行ってみようよ。志摩子さん、名前知ってる?」
「ええと……名前、名前………木の名前だった気がしたんだけど…」
「木かー…欅さんとか」
「そんな名前誰がつけるのよ、祐巳さん。そうだなー……杉さんとか?」
「楠木さんって苗字ありそうじゃないかしら?」
「檜さん!」
「松さん!!」
その後、いつのまにか「誰が一番木の種類を知っているかゲーム」が開催され、不登校気味の少女の
話題が上ることは無かった。
それを生き霊が見ていたのかどうかは知らないが、その後も噂は消えることは無く、テニス部に所属している
1人の生徒がその少女に電話をかけるまで、幽霊の噂が消えることはなかった。
「知ってる?幽霊の噂」
「え、本当に出るの?」
「なんでも、白薔薇さまと紅薔薇の蕾、黄薔薇の蕾が実際に見たらしいわよ」
「へー。じゃあ本当なんだ」
「その後も見た人が一杯でてきてさ、ほら、校内に『桂の木』あるじゃない?その付近で目撃する人が一番多いからその幽霊
『カツラさん』…って名前付けられたらしいよ」
「えー、こわーい」