「こちら、ピケットポイントアルファ。 ターゲットを目視で確認。」双眼鏡越しにその姿を認めた斥候は、胸元に吊り下げたハンディトーキに囁いた。
『ポイントアルファ。 ターゲットを目視で確認、了解。 陣容を知らせ。オーヴァ』 耳腔にねじ込んだプラグのから声も、僅かに震えているようだ。
戦いへの怖れか。 それとも期待か。
「ターゲット数は1。 繰り返す。 ターゲット数は1。単独侵攻です。 オーヴァ」 続けての報告は、想像どおり本営を混乱させてしまった。
『なにい。 単独だと? 使徒どもはどうした? まさか別働隊が?』 慌てるのも無理ない。 ターゲットも使徒も同時に捕捉するつもりでシフトを引いてあるのだ。 2正面作戦などやれる戦力は残っていない。
『ポイントアルファ、 主力を捕捉するまでは、増援は出せん。 すまないが暫らく単独で支えてもらうぞ、 オーヴァ』
「ロジャー、これよりポイントアルファは拘束作戦をかい、、、」 何だアレは。
今まで正面から吹き付けていた風が、その一瞬だけ横ざまに巻き、ターゲットの着けていたミサ用のベールをはためかせる。
「アルファより本部。 こちらはダミーだ。」 なんと言うことだ。 わざわざ縦ロールの巻きを弛めてまで、祐巳さまに成り済ますか。 瞳子。
「あんたが相手とはね」 乃梨子はイヤーカプラを毟り取ると、足元に放った。
「乃梨子さ〜ん。 あなたも祐巳さまに可愛がっていただきなさいまし〜。」 ほにゃけた声が存外に近い。 くう、いつの間にか十歩の距離まで詰められている。 よく訓練された動きだ。 やはり祐巳さまの仕込みは侮れん。 しかし、吊り眼に湛えていた生来のキツイ眼光は緩みきり、頬を紅色に染めて、口元には隠避な笑みが。 こんなっっ。
「瞳子お! 目を覚ましなさい。 あんたは、ツンデレの王道を極めるんだろうが。 それじゃあ、まるで堕ちた、でれでれアイスクリームだ。」
「それは、とてもとても 気持ちのいいことですのよ。 ふふ」 うを。 正面に居たはずの瞳子の囁きが耳元で聞こえる。 刹那の判断で、ダッキングで逃れようとするが。
「逃しません。 紅薔薇さま直伝の、バックアタックSPですわ。」
「いつのまに、そんな無駄なスキルを。 ええい、これでも白薔薇の近衛の異名をとる、と、と、とととるるる。 わひゃん。 あんた、どどどど、どこ触ってんのお。」
「申し上げましたわ。 SP=セクハラプレイと。」
「うひゃん。 あんた。 なんて所を。 くうん。」
「ふ。守るべきものの傍らにいない騎士など、どうと言う事もありませんわ。 さあ、乃梨子さん。 ともに桃源郷へまいりましょう。」
「し、志摩子さあ〜、ああ、あん、あんあん。」
……白薔薇のつぼみと紅薔薇のつぼみが、くんずほくれつ桃色的えらい事に成っている頃、本部の置かれた薔薇の館もまた嵐の中に有った。
「第2抵抗線持ちません。」
「ロサ・ギガンティック。 一なでで轟沈しました。」
「ロサ・カツーラに至っては、名前を呼ばれただけで、随喜の涙を残して昇天しました。」
「黄薔薇さま、如何しましょう?」
「黄薔薇さま」「黄薔薇さま」「黄薔薇さま」
「やらせはせん。 やらせはせんぞ。 花を散らすは我が定め。 祐巳ごときに手折らせはせぬ。 ……出るぞ!! 竹刀をもてーい。」
すっくと立ち上がる由乃の雄姿に、周囲が一斉にざわめき立つ。 すわ、と、竹刀を捧げるもの。 黄薔薇さまご出陣、と触れてまわるもの。 そして、嗚呼、手折られたいと呟くもの--多数。
と、今にも駆け出さんとする黄薔薇の前に、ちょこんと立ちふさがるそのつぼみ。
「お姉さま?」 くりんと首をかしげて微笑む。
「菜々、だめよ。」 困惑をあらわにする黄薔薇さま。
「お・ね・え・さ・ま ?」 に〜〜こり。
「ううう。そんな顔しても駄目よ。熱に浮かされた祐巳は本当に危ないの。」 に〜〜こり。
「ああ、もう。 あなたが、触られてほしくないのよ。 わかってよ。」 にこにこ。
「……約束しなさい。 絶対に祐巳さんにセクハラされないこと。 あなたは私のなんだから。」 (黄薔薇のヘタレっぷりは、着実に継承された模様である。)
「大将は、本陣に居るものです。 では、お姉さま、 行ってまいります。 るるるん」 まるで緊張感の無い、黄薔薇のつぼみに。。
「後衛なんて、性に合わないのに。」 ハンカチをもみ絞りながら待つしかない由乃だった。
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【No:187】 『燃え尽きる娘。目撃談』
【No:360】 『耳に息を吹きかける白薔薇さまは』 へ続いております。