注:この物語はオリジナルです
注2:この物語は一応フィクションであり、物語上存在する人物、団体はいないという勝手な判断によります。
「おはようございます。テレーゼ様」
「太守様。おはようございます」
「おはよう、みんな」
凛々しい笑顔を振り撒いて、朝の空間に薔薇を咲かすは一人の気高き女性。
優雅な足取りは蝶を思わせ、その笑顔は太陽よりも眩しい輝きを放つ。
行く人行く人に挨拶を交わす姿は、まさに聖母のごとき御姿。
しかし、その凛々しさは決して損なわず、まさに「紅の剣聖」にふさわしい。
帝国ランドリート太守、テレーゼ?テレジア。
若くして一国の王となった彼女だが、既に王の資質が開花してまばゆいばかりである。
ブロンドの金髪をなびかせて歩く姿は、男女とはず見るものを圧倒し、魅了する。
「テレーゼ様、今期の予算案です」
「それは、内政官庁に回して」
「太守殿、物資のレートが前期より上がっています」
「じゃあ、国単位での買い付けをやめて、武将単位で買い付けしていきなさい」
今日の朝も、食堂へ向かう道すがら、部下達が持ってくる、ありとあらゆる懸案事項を歩きながら片付けてゆく。
『あぁ、テレーゼ様……』
そんな凛々しく麗しい姿に女中達もみとれていく。
「あ、鯨ちゃん。襟が曲がってるわよ。副主なんだから、身だしなみはきちんとね?」
「あ、ありがとうございます〜////」
その極上の優しい笑みの前では、たとえ国のNo.2である副主であろうとも、いとも簡単に籠絡させられてしまう。
「テレーゼ様、お食事の用意が出来ました」
「うん、ありがとう」
優雅な仕草で席につき、身だしなみを整える様子は、まさに淑女の鏡。このようにありとあらゆる面で完璧である彼女、テレーゼは。
「じゃあ、今日の朝はプリンアラモード50個ね」
大のプリン好きである。
「う〜ん、困ったなぁ……」
ある日の昼下がり、帝国中央にそびえたつ城の東棟の三階にある内政執務室でとある女性が一人、頭を抱えて唸っていた。
「どうかなさいましたか?魔女さん」
「あ、ヴェイさん。うーん、ちょっとね……」
物音なく部屋に入ってきた男、副主ヴェイに呼ばれた彼女こと魔女は、困った顔して振り返った。
「この、今期の予算なんだけど、ちょっと見てみてよ……」
「どれどれ……、これはこれは」
魔女に渡された予算書を見たヴェイは思わず驚愕の声をあげてしまう。それもそのはず。
「まさか、テレーゼ様のプリン代に国家予算の1/3が使われているとは……」
「そうなのよ。テレーゼ様が一人で毎日毎日毎日、300個ものプリンを食べるからさすがに費用が重んで。特に最近は高いプリンばかり食べるからもう予算が……。うにゅー」
「はは、まさにプリンセスだな」
「笑い事じゃなーい!!」
少し涙目になって菷を振り回す魔女に、ヴェイも慌ててなだめる。
「すいません、余りに非常識な事態なものだったので」
「むぅー」
ヴェイの言葉に、なんとか収まった魔女は、少しむくれたまま、机に突っ伏してしまう。
「だけど、本当にどうしよう、今期の予算……」
「テレーゼ様には進言なさったのですか?」
「一応、何回もしたけどさ、予算は任せるって言われたっきりで……」
「……逃げておられるな……」
他の業務にはきちんとこなしている点からテレーゼが故意に避けているのが、まる分かりである。
「……ヴェイさんも副主なんだから、なんとかしてよー」
「なんとかと言われましても、多分、俺でも無理です」
「そんなぁ……」
ヴェイの頼りない一言に、魔女は思わず泣きだしそうになる。
「ああ、ちょっと待って下さい!方法が無いとは言ってませんよ。確かに俺一人では無理ですが……」
「何か方法があるの!!?」
「ちょっ!! 抱きつかないでくださいよ!」
いきなりの抱擁に、少しドギマギしながらも、ヴェイはその策略を話し始めた。
「な、何よ!これーー!!」
いつも通りの穏やかであったはずの朝の食堂で、叫び声が響き渡る。
「な、なんで朝のプリンが2個だけなのよ!」
その叫び声の原因が帝国ランドリートの全国民から絶大な人気をほこり、カードゲーム『俺とお前と罪と罰』(秀英社より発売中)の「紅の十剣」シリーズパックでは究極のレアカードとして(市場では数十万単位で取引されるぐらい)扱われている人物、帝国ランドリート太守テレーゼ様のものであると、誰が思えようか。
しかし、この状況を予め予測していた副主二人(一人はガタガタ震えているが、あえて言うまい)は、周りで驚いているコックやメイドと違って取り乱してはいない。
「ちょっと! これどういう事!」
さすがに頭脳明晰な彼女、テレーゼは取り乱していない二人の副主が元凶だと一瞬で見抜いて睨みつける。(この時、一人は小さく悲鳴をあげて、もう一人の後ろに隠れたのはあえて以下略)
「こういう事であります」
テレーゼに睨みつけながらも、平然としているヴェイは、無表情で一枚の書類を突きつける。
「この通り、予算の1/3が貴女のプリン代に消えてしまい、ここ最近の戦闘や内政にも影響が出ています。ですので、これから一食につきプリンは2個ずつとします」
その、一見なんでもないようなヴェイの一言にテレーゼは顔を真っ青にしてヴェイに掴みかかる。
「それどういう事よ! 誰が決めたの!」
「議会の結果、全武将一致で決まりました」
そう言って、もう一枚の書類をテレーゼに見せる。そこには、策略が使えない、斧が買えない、キャバクラへ行けない等といった様々な苦情がびっしり書き込まれている。
「へぇー、鯨ちゃんは『いい加減にして欲しい』とか思ってたのねぇ」
全く怯まないヴェイから、テレーゼは攻撃対象を変えて、その後ろで震えているもう一人の副主、鯨に向かって冷たい視線を放つ
「そ、それは、その、あの、えっと……」
もはや鯨はいっぱいいっぱいだ。
「テレーゼ様、無駄ですよ。もう既に決まった事です」
鯨が何かを言う前に、すかさずヴェイが入り込み、テレーゼに釘をさす。さすがのテレーゼも言葉に詰まる。
「わ、私は太守なんだぞ! 偉いんだぞ!」
「駄目です」
「せ、せめて10個だ!」
「2個です」
「8個が妥当じゃないかなぁ?」
「2個です」
「5個! もう譲れないよ!」
「2個です」
「4個とかどうかな?」
「2個です」
「もう! ヴェイの給料カットするからね!」
「1個です」
「えぇ!? ご、ごめなんさい、すいませんでした」
「一個です」
「何でも言う事聞きますから!」
「本当に?」
「嘘ですごめんなさい」
「…………」
「…………」
こうして、テレーゼの過酷(?)な日々が始まる事となった。
『オゥケェ〜〜イ! 今日はFendёяと一緒に、濃い〜ミルクのかかったプリンを作りま』
ブツ
現在午後三時。いつもなら、『FendёяでShoW!』の、「今日のプリンコーナー」を見ながら楽しく大量のプリンを食しているはずのテレーゼは、空っぽになった容器を秒速映像展開錬器(通称テレビ)に投げつけて無理矢理スイッチを切った。
「はぁ〜、プリンもっと食べたいよぉ」
禁プリン生活(と言っても食後に一個、おやつと夜食に一個ずつで一日5個だが) を始めて一ヶ月でもなく、三日でもなく、実はまだ初日。しかし既にテレーゼはグロッキー状態であった。
「プーリーン゛ーー、プーリーン゛ーー」
プリンを求めてはいずりまわるその姿は、まるでゾンビのようである。
「テ、テレーゼ様……、さすがにそれはどうかと……」
書類を届けに来たヴェイもさすがに引いてしまう。
「だってプリンが足りないんだもん」
彼女はすぐに姿勢を正すも、頬を膨らませてそっぽを向く。
「しかし、テレーゼ様。仕事が全然進んで無いじゃないですか」
「じゃあプリン頂戴」
「駄目です」
「むぅー」
無下なく却下されたテレーゼは、さらに機嫌を悪くする。
「それで、ここに来たという事は、何かようがあるのかな? ヴェイ君」
しかし、用件を聞いている分、仕事への誠意は一応あるらしい。さすがに、腐っても鯛と言うべきか。
「はい。今日の午後五時から道化師が謁見……、というか遊びに来ます」
「お客さんが来るのね!?」
用件の内容を言うや否や、たちまち、テレーゼの顔に生気が戻ってゆく。
「じゃあ、おもてなしにプリンを30個用意しなくちゃ!」
しかし、喜んだのもつかの間。
「一個です」
ヴェイの希望を打ち砕く一言に、遂にテレーゼは限界を超えた。
「なんでなのよ! 大事な友達をもてなす時ぐらいいいじゃない!」
「大丈夫です。すでに道化師殿には了承を得ています」
「こぉの、バカヴェイが……」
余りに澄ました顔で淡々と告げるヴェイに、遂にぶちギレたテレーゼは、全力で左手の蒼い焔の指輪に力を込め始める。
「ちょ、ちょっと! テレーゼ様! 城の中で遺産の力を使うのはやめて下さい!」
慌ててヴェイがなだめるも時既に遅く、左手に名剣ライオネルクロウ、右手に召喚された召剣スカーレットローズを構えて同時にふりかぶる。
「本当に、待って! 死」
「問答無用! ツインウイングエッジ!!」
テレーゼの必殺の一撃が決まり、いっそ天晴れな如く、ヴェイは斬り刻まれていった。
城の一部が崩壊してから約三週間。あれからも、ヴェイへの八当たりで軍事執務室が壊れたり、夜中にテレーゼがこっそりプリンを盗みだそうとして大騒ぎになったりと色々あったものの、何とか禁プリン計画が一ヶ月過ぎようとしていた。
「それで、魔女さん。内政費用の方はなんとかなりましたか?」
ここは内政執務室。もはや魔女の専用室(本当は一人部下がいるのだが最近は大道芸で忙しい、らしい)となりつつある部屋の中で、ほぼ全身を包帯やギブスで固められた男が、椅子に座っている魔女に話しかける。
「……ヴェイさん、後で報告しに行くから、来なくてもいいよ」
大怪我をしても、いつもと変わらず仕事をするヴェイに、さすがに魔女も呆れてしまう。
「……気にしないでください。それより、費用は大丈夫になりましたか? 騒ぎによる出費を除いて」
「あの騒ぎで、一時、国家予算が底を尽いちゃたからね……」
「臨時徴税は、本当に大変でした……」
過去の大参事よる出来事を思い出し、どんどん暗くなる二人。そんな空気をふっきるかのように、魔女が口を開く。
「テレーゼ様のプリン出費が無くなってから、ここ一ヶ月で国家予算は1.5倍になる計算になるね。だけど……」
「だけど?」
何故か続きを言いにくそうにする魔女に、ヴェイは首を(実際にはギブスで固められているので、上半身を僅かに)傾げる。
「プリン業者関係がいくつか倒産して、その辺りから徐々に税収が減っていってるの。プリンに使う材料関係も経営が苦しくなってるみたいだし、テレーゼ様ブランドを競って作っていた各所も、テレーゼ様が食べれなくなったから、一気に客足が遠のいて、このままだと、半年で前より悪くなる計算になったの……」
「…………」
その、あまりの結果に、ヴェイは言葉が出ない。
(お、俺がこの一ヶ月味わった苦難は一体……?)
「ヴ、ヴェイさーん?」
呆然とする、ヴェイを目の前に、魔女は、ただ見ている事しか出来なかった。
それから、禁プリン計画は廃止となったが、テレーゼのプリン暴食を防ぐ為に、一年に一回、プリン品評会祭を開く事にした。その効果かどうかは分からないが、テレーゼの食べるプリンは半分となり、前より財政は良くなったという。
end.