大沢温泉ホテルの送迎マイクロバスは、伊豆急下田駅には来なくて一つ東京よりの蓮台寺駅までしか来ていないんだそうだ。
愛染明王堂から2人とも無口になっている。 事務的な言葉は出てくるのに会話が続かない。
今更ながら思い出させられたと言う事……たぶん祐麒君も意識してるはず……今夜は2人きりで同じ部屋に泊まる………2人は付き合っている…学園祭の劇の時のお詫びとしてデートした時以来……今まで不思議とそんなこと意識してこなかったけど……こわいの? 不安?
あ〜〜〜〜もう!! 私らしくも無いこといつまでグチグチ考えてる! しっかりしろ由乃!! ぐるぐるぐるぐる、堂々巡りしている頭の中に喝を入れた頃、本日の宿泊先大沢温泉ホテルに到着した。
「………あ、そうか。 そういうことなんだ」
「? ど、どうしたの? 由乃さん」
マイクロバスを降りてから古い日本家屋の連なっているようなホテルを見たとき、私の中で歯車か何かが”コトッ”っとはまって、大げさだけどすべてが分かった気がした。
300年前の建物を改修したというホテルは、重厚な趣があって私好み。 『はなれ』と言う建物の中にある部屋に案内された、夕食は6時半だそうでそれまではくつろぐことにした。
「で〜、さっきのはどうしたの?」
「どうもしないわ。 簡単なことが改めて分かっただけ。 こわがることも、不安がることも無いんだな〜って。 それに、祐巳さんたちがうらやむような思い出を作らなきゃ」
「簡単なこと?」
「うん。 わたしは、祐麒君が好きなんだ、ってこと。 それさえ忘れなければ、私は大丈夫。 あとは覚悟かな? それは……まぁ、もうちょっと」
「俺って、責任重大ですか?」
「気負わなくても良いでしょ、夜はこれからだし。 さてと、浴衣に着替えましょうか………見る? あ・な・た」
「あなたって、そりゃ夫婦ってことで宿帳には書いたけど。 う〜〜ん。 いいや、俺先にトイレ行って来る」
「は〜〜い」
その後、海の幸山の幸いっぱいの夕食に舌鼓を打ち、露天風呂へと行って(水着着てました)、それから内風呂があったのでそこにも入りました(別々によ、変な期待するのは早いわ)。 そんなことをしている内に、仲居さんが布団を敷いてくれていた訳だけど、夫婦な訳だから当然、ダブルサイズの布団に枕は二つ。
「……なんか、分かっててもドキドキするね」
「俺も……緊張してる」
「と、とりあえず。 よろしくお願いします」
「え? あ〜、その……よろしくお願いします」
「っぷ、ふふふふ、な、なんか変」
「変だよな〜やっぱり……?………由乃さん?」
「……あ、あれ? なんか、涙が……」
悲しいわけでもないのに、頬を涙が伝う、祐麒君が指先でそれを拭ってくれたあと、頬にキスしてくれた、私はその胸に顔をうずめる。 少しの間肩を震わせたあと、想い人の顔を見上げる、ゆっくりとまぶたを閉じて、触れる唇の温もりを思う。
「んん、んぅぅん」
2度、3度。 キスの時間は長くなっていく。
「……ん、っんぁ」
やがて祐麒君の唇は、私の首筋へと伝って行く。 布団の上へとゆっくりダイブする。
しかし、祐麒君、躊躇しているように首筋から下には降りていかない。
どうしよう、ここで終わるなんて嫌だ。 かといって、殿方に恥をかかせるというのも………あ、そうだ。 でも……やっぱ自分から動くのは恥ずかしいよ。 などと思っていても、もう自分の手はゆっくり動き出していた。 襟元に両手の指先を入れて、ゆっくりと降ろしていく。
「……まだ……見えると思うけど…これ………わかる?」
「? あ、例の手術の痕……」
「そう……私の…勲章なの……祐巳さんたちと…山百合会の……ことで…走り回ったり………体育祭…に出て…飛び回ったり……青信号で…突っ…走ったり……竹刀を振るったり……そして、祐麒君と…つきあえて……こうして…愛し合えるのも……この…痕のおかげ……だから勲章なの」
「…………そっか。 感謝しないといけないね」
「んあ、ぁ〜ぁふぅ」
そう言うと祐麒君は、傷痕にキスをしてくれた。 やさしく、ほんとうにやさしく。
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