【1866】 淑女の嗜み堪忍してー!  (若杉奈留美 2006-09-18 22:15:20)


注:壊れキャラ警報発令中です。
しかも蓉子、聖、乃梨子がダメキャラになっておりますので、
苦手な方はご注意を…。

某月某日、お昼休み。
さわやかに空は晴れ渡り、開け放たれた窓から入ってくるそよ風が心地よい。
それなのに…


(これはいったい何なのかしら)

佐伯ちあきの気分は重い。

「おねえはま、どうなはったんでふか?」

お姉さま、どうなさったんですかと聞いている智子だが、
口にいっぱい食べ物が入っているせいで微妙に日本語がおかしくなっている。

「智子…あなたねえ」
「なんでふか?」

(分かってないや…)

ちあきは智子の相手をするのをやめ、黙々と箸を動かしていた。

「あ〜っ!こら、さゆみ!人の玉子焼き持ってくな!」
「いいでしょう1つぐらい…おいしそうなんですから」

あまりの大声に振り向けば、黄薔薇姉妹が玉子焼き争奪戦を繰り広げている。
理沙はそれを見てもしらんぷり。

「あっ、ごはんこぼしちゃった」

平気で拾い食いをする純子に。

「お姉さま、汚いですよ」

野菜をがっつきながら突っ込む涼子。

「私もう1回ミルクホール行ってきますね」

立ち上がる美咲に理由を問えば、

「これじゃ足りないんで焼きそばパンとおにぎり買ってきます」

(さっきまでさんざんお弁当食べてたのに…この食欲魔神が。
しかも口の横にお弁当の名残くっつけたままだし!)

その横では真里菜がカップ入りのカフェオレをずるずるる〜と豪快にすすっている。

「あれ、終わっちゃった」

そしてその場にポイ。

「こらっ、真里菜!ちゃんとゴミ箱に捨てなさい!」
「やだ。めんどくさいもん」

真里菜は食事が終わったようで、何事もなかったかのように昼寝を決め込んでいる。

(私以外に食事のマナーをわきまえてる人間はいないわけ…?)

ちあきは溜息をつくしかなかった。


その日の放課後。
帰り道にある小さなオープンカフェで、ちあきは旧世代の薔薇さま方を目撃した。

(あら、蓉子さまに聖さまに江利子さま…こんなところで珍しい)

なにやら楽しそうにしている3人。
この3人ならちゃんとマナーをわきまえているかと思ったのだが。

(このお姉さま方もダメなのね…)

伝説の薔薇さま方は、はたから見ていても分かるほどに品のない食べ方だった。
聖はやたらとベーグルを口に押し込んでいる。
蓉子はひたすらケーキをがっついて。
そして江利子はずるずると音をたててアイスコーヒーをすすっている。

このときちあきは決意した。

(一度テーブルマナーを叩きなおさなきゃダメなようね…)

ちあきが立ち去った直後。

「ぶへっくしゅん!」
「どうしたの、蓉子?」
「いや…なんだかものすごい寒くて…」

聖はおもむろに口を開いた。

「蓉子…あそこにくしゃみの原因が歩いてるよ」

視線の向こうに、全身で怒りを表しながら歩く背の高い少女の姿。

「「「もしかして…」」」

お姉さま方、その予感は正しいです。
世話薔薇総統さまは3人のマナーの悪さに気づいてしまったのですから…。


帰宅したちあきが郵便受けを見ると、そこにはきれいな字で書かれた祥子の名前。

(祥子さま…いったい何かしら?改まって…)

ドキドキしながら封を開けると、中にはこんな文面が。

『今年も契約農家から、たくさんの旬の恵みが届きました。
つきましては、新鮮な野菜や海の幸、最高級のお肉を使った
フレンチディナーをご一緒しませんか?』

なんと小笠原家でディナーパーティーが開かれるというのだ。

(これはチャンス!ありがとうございます、祥子さま!)

ちあきは真っ先に出席の文字に○をつけた。

(きっと祥子さまのことだから、新旧全メンバーに招待状を送っているはず…これを機会にうちのダメ百合会にマナーの何たるかを特訓しなくては!)

無駄にテンションの高い娘に、両親はただ口をあんぐり開けるしかなかった。

翌日の薔薇の館。
つぼみとその妹たちがあれやこれやと雑談している。

「ねえ、祥子さまから届いたこれ、見た?」
「見ましたけど…こういうときってどんな服着ていけばいいんですか?」
「祥子さまの主催なさるパーティーだし…別に誰かが結婚したとか、グループの
創立記念とか…そういうのではなさそうだよね、見たとこ」
「おい美咲、これって瞳子さまや祐巳さまも来るってことだよな」
「蓉子さまもいらっしゃるんでしょうね」
「私たち、これでも一応庶民だからねえ…普通のサラリーマン家庭よりは若干
余裕があるってだけで」
「マナーとかはよく知りませんし…どうしましょうか」

ちあきは自信たっぷりに言った。

「そういうのを実地で学ぶチャンスじゃないの。
だいたいあんたたちは分かってなさすぎるのよ」

説教モードに入り始めたちあきに、すかさず菜々が反撃。

「じゃあ、ちあきさんはどれだけ分かっているのかしら」
「少なくともあんたたちよりマシ」
「それなら見せてもらおうじゃないの。ねえ、真里菜さん?」

真里菜は突然話を振られ、

「えっ、う、うん、そうだね」

まったくわけがわからぬまま返事を返している。

(ほんとにこれで大丈夫なのかしら…)

パーティーは3日後に迫っていた。


さてそのパーティー当日。
意外にも一番初めに礼儀正しくごあいさつしたのは智子だった。

「ごきげんよう祥子さま、本日はお招きいただきまことにありがとうございます」
「いらっしゃい智子ちゃん、今日はゆっくりしていってね」

少し明るみを抑えたサーモンピンクのワンピースに、オーガンジー素材の手袋。
こうした場に出る機会が多いのだろう、フォーマル姿も板についている。

(うんうん、智子もなかなかやるじゃない)

「わお、小野ちゃんかっこいい」
「だろ?俺どうもスカートって苦手だし、パンツスーツで勘弁してくれって感じだな」

涼子は一見ごく普通のパンツスタイルだが、シャツのデザインやヒールはあくまでも女らしい。

「きゃ〜っ、祐巳さんかわいい!」

由乃の声に振り向けば、ほどよい光沢を放つサテン素材のマーメイドラインのワンピースを身にまとった祐巳がいる。
ちなみに今日はツインテールはほどいて、両サイドの髪を横でまとめる形にしている。

(うわっ、鼻血でそう…)

その他のみんなも、服装はどうやら合格点のようだ。

「それでは全員お集まりのようですね。お部屋の方へご案内します」

メイドさんに導かれて、「極楽鳥の間」と呼ばれる大広間へと案内された。


「うわぁ…!」

豪華なシャンデリアが天井からつるされ、純白のクロスがかけられた細長いテーブルの上には蜀台も置かれている。
ふかふかの赤いじゅうたんが敷き詰められ、部屋にある調度品はすべて有名ブランドのアンティークもの。
この部屋だけで、いったいいくらのお金がかかったのか。

(さすがは小笠原家。格が違うわね)

山百合会全員、祥子の家がどういう家なのか、改めて思い知らされた。

「改めまして祥子さま、本日はお招きいただきまことにありがとうございます」

席についたあと、ちあきは美しく頭を下げた。
そのあとについて他のメンバーもお辞儀をする。

「ごきげんよう皆さん、今日はうちの契約農家から、とれたての大地の恵みが届きました。
皆さんにも本物を味わっていただきたくて、うちのシェフが腕によりをかけました。
お口に合えば大変うれしゅう存じますわ」

祥子のあいさつのあと、オードブルが運ばれてきた。
それからほどなくして、ワインが各グラスに注がれる。
「それでは、皆さんの健康を祝して、乾杯」
『乾杯!』

最初に運ばれてきたのは、アミューズグール5品が一口サイズに盛り合わせられた一皿。

「いかがかしら?」
「とてもおいしいです」

なごやかな会話を交わす祥子とちあきだが、ふと智子に目をやると。

「あっ、終わっちゃった」

そう言って、かたわらのパンにいきなりかぶりついている。
この時点で、ちあきの怒りメーターは30。

(…ま、まあ、これは許しましょう…)

しかし。
なんとか理性を保ったちあきの隣で、真里菜はカチャカチャと音をたてながら
オードブルを口に運んでいる。

(真里菜、どうしてそこで音をたてるのっ…!)

怒りメーター、ただいま40。
菜々はくちゃくちゃと音をたてながら食べているし、
純子とさゆみの両ブゥトンはテーブルにひじをついて食べている。
この時点で祥子も表情が変わり始めていた。

(まずい…ほら2人とも、ひじを下ろしなさい!)

ちあきの心の叫びはブゥトンズには届いていない。
内心かなりイライラしていたが、ここで表情に出すわけにはいかない。
怒りメーター45。

「野菜とミニ・アルファベットパスタのマリネサラダでございます」

ウェイターが別の料理を運んできた。
盛り付けもかわいらしく、アルファベットパスタもかわいいサラダであるが。
美咲はなぜかそれをもてあそぶばかりで、口になかなか入れようとしない。
やっと食べたかと思うと、

「これ、なんだか不思議な味だね」
「そんなにまずくはないけどな…」

シェフが聞いたらキレそうな会話を涼子と交わしている。

「あっ、ごめんなさい純子さま、ナイフ間違えてました」
「しょうがないわね。どうりで違和感があると思ったら」

理沙はなんと、隣の純子とナイフを交換してしまった。
ちなみにこうした場合、ウェイターを呼んで新しいものに交換してもらうのが
正式なマナーである。
現時点で祥子の怒りメーター50。
ちあきの怒りメーターも50に到達した。

さらにスープとしてにんじんのポタージュが運ばれたとき。

「ずるずるる〜」

そう、智子がまたやってしまった。
スープ皿を両手で持って、口をつけて。
しかもそれを見た次世代メンバーはとがめるどころか、

「別にスプーンいらないよね」

と、真似しはじめてしまう始末。

「ちあき、今はまだ怒っちゃだめよ」

必死に隣で瞳子がなだめてくれている。
そのかいあってちあきの怒りメーターは55で止まった。

その後、魚料理の「真鯛のポワレ・ジャガイモのムースリーヌ添え」がきたときも。

「あっ、骨があった」

言うなり口の中に入っていた身ごと吐き出したのは、なんと聖。

(そういえば祐巳さま、「聖さまは魚を食べるのが苦手なんだよ」って
おっしゃっていたような…)

祐巳に思わず同情するちあき。
マナー無視の食事会はまだまだ続く。

「お口直しのバジルのシャーベットでございます」

品よく盛り付けられたきれいな緑のシャーベットを、乃梨子はかきこむように
口に入れた。

「乃梨子、みっともないわよ」

たしなめる志摩子に、

「うへへ、ごめんごめん」

ヘラヘラと笑って返事。
祥子の手が、わずかだが震えだした。

(志摩子さま、妹のしつけをもう一度しっかりしてください…!)

ちあきの怒りメーターは75まで一気に上昇。

「こちらが本日の肉料理、松阪牛ホホ肉の赤ワイン煮込みでございます」

出てきた肉料理を、蓉子はついいつものくせで一口ずつ最初に切り分けてしまった。
食べるたびごとに一口ずつ切るのが正解なのだが。

(蓉子さま、あなたもですか…!)

ちあきの怒りメーター、80。

「あらごめんなさい祥子、そんなに怒らないで」

祥子の眉間のシワがかなり深くなっている。

「ほらみんな、ちょっと食べ方に気をつけなさい」

ちあきの背中に冷たい汗が流れ始めた。

「デザート5種類盛り合わせでございます」

見た目も華やかでかわいいデザートが5種類。
これを見た祐巳の目は輝き、隣にいる祥子の感情などまるでおかまいなし。

「おねえはま、これおいひいですよ」

(祐巳さま、今祥子さまに話しかけたら…!)

デザートのあとに出てきたコーヒーを、由乃は遠慮なく音をたてて一気飲み。

「こら、由乃」
「だって熱いんだもん、このコーヒー」
「だったら冷ましておけばいいでしょう」
「令ちゃんは黙ってて」

ここに至って、祥子とちあきは同時にキレた。

「「いいかげんにしなさ〜い!!」」

全員思わず固まった。


ディナーが終わったあと。

「祥子さま、そしてお姉さま方…本日は妹たちがご迷惑をおかけして、
まことに申し訳ありませんでした。
妹たちに代わってお詫び申し上げます」

そのあとのちあきの目の色を、祥子は忘れられない。
なぜなら…そこにはすでに紅薔薇さまではなく、恐怖の世話薔薇総統がいたからである。

「蓉子さま、聖さま、江利子さま」
「「「ひゃ、ひゃいいっ!」」」
「やはりカフェでお見かけしたとおりですわね…これからテーブルマナーを
特訓させていただきます」
「「「……」」」

伝説の薔薇さま方は、世話薔薇総統の迫力に震え上がった。

「由乃さま、祐巳さま、乃梨子さま!」
「「「は、はいっ!!」」」
「お3方もこの方々とご一緒に特訓いたします。逃亡は許しませんよ」
「「「か、かしこまりましたっ!!よろしくお願い致します!!」」」

ちあきは次世代のほうに向き直った。
全員一瞬で凍りつく。

「どうやらみんなを甘やかしすぎたようね…特に智子!あなたはそれでも瀬戸山グループの娘なの!?
それでも私の妹なの!?」

ちあき名物、地底の大声。

「申し訳ありません、お姉さま!」

智子はもう、土下座するしかなかった。

「と、いうわけで祥子さま…ご協力いただけますね?」

ここで嫌だといえば自分の命にかかわる。

「え、ええ…私でよければいくらでも…」

そう答えるのが精一杯の祥子であった。


後日、リリアンではある噂が飛び交っていた。

「テーブルマナーをちゃんと身に着けていないと、ちあきさま直属の秘密部隊に
病院送りにされるって」
「ええ、ほんとなの!?」
「本当よ、だって山百合会の皆様方、ちあきさまを除いて全員入院なさってるもの。
卒業なさったお姉さま方でも、祐巳さまや由乃さま、乃梨子さまが大変な目にあわれたらしいわよ」

この噂が真実かどうかは、マリア様のみぞ知るところである。


(あとがき)

ROM人さま>智子ちゃんだけでなく、次世代全員(ちあき除く)、
あと旧世代の皆さんたちも壊してみました。









































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