【No:180】 『セクハラ祐巳戦争百花繚乱』 から続いています。
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「ごきげんよう。 紅薔薇さま。」 取り敢えずは、リリアン娘のたしなみを。
「……………にゅふふ」 うーん。これは凄い。 目は潤んで、茫洋と彷徨っているし。 頬は上気してしっとりと濡れているし。 そこに、まとめ損ねた髪がひと筋張り付いているし。 緩んだ口元は艶めかしく紅いし。 時々舌先がチロチロと出入りして、唇を舐めてるし。 タイが歪んでて胸元から、鎖骨がちらりと見えてるし。 足元がおぼつかなくて、普段のトテトテ歩きが 『トッテテ、トテ、トタ』 歩きになってるし。
「なるほど、普段でさえ一年生から 【護って上げたいお姉さま】 No1の称号を得ている紅薔薇さまが、そのふらふらした足取りで庇護欲を200%増し (当社比) に。 さらに、ついぞ見せた事の無いほど淫らがましい容貌で 吸引力を350%増し (同) にしていれば、 悩殺度は? かれこれ通常の10倍をも超えようと言う所、か。」 いやはや、紅薔薇さまの背後に点々と転がる屍もむべなるかな。
並薔薇さまあたりでは、なるほど名前を呼ばれただけで昇天するよなあ。 そうすると、なでられるまで頑張ったロサ・ギガンティックはむしろ驚異的な耐久力があったということか。
あ、ころんだ。
「ロ、紅薔薇さま。 危ない。」 きゅ。 「ふにゅにゅ?」 さわさわさわ。 …ハタリ。
(解説しよう!! 菜々が悠々と分析している間に、足取りが覚束無い祐巳が、ついに自分自身の足に引っ掛って転ぼうとしたのだ。 その瞬間、名も無き一年生がすばやく駆け寄りその身を支えた。 が、しかし!! 祐巳はその少女を愛しげに抱擁し、あまつさえ、ホッペとか、首筋とか、その他色々触ったのだ。 純真無垢なリリアン娘が、この攻撃に抗す術は無く。 かくして、また一つ、屍が横たわったのであった。 解説終わり!!)
あ、視線が会った。
ぱたり。
(再び解説しよう!! 校舎の影からのぞいていた娘は、祐巳と視線が会った瞬間に脳みそが融け始め、3秒を待たずして地に伏したのである。 おや、この娘、タイじゃなくてリボンだよ。 フライングはいけないな。 お嬢さん。 では解説終わり!!)
「騒ぎは学園中に広まりつつある、か。 どうやら猶予は無いですね。」 マサイとも張り合える強烈な視力で、崩れ落ちる娘の胸元を確認した菜々は覚悟を決めた。
すらり。 胸ポケットから取り出すは1本の鉛筆 (ト○ボのマークつき)
「紅薔薇さま。 世に格闘技の流派は多々有れど、分けても剣術が何故地上最強なのか。 教えて差し上げます。 …たとえ20cmの棒きれでも。 得物を持った剣士にとって、百人だろうと凡人を潰すに何ら障りはないのです。
いざ!、まいる。」
ふうっ、と。 静かに息を吐きながら、菜々はすり足で祐巳の正面からせまった。
相対する祐巳は、菜々を認識したのか なにやら嬉しそうに両手を広げ抱きつこうとする。
予想通りの反応でも、緩慢に見えて予想以上のスピードの祐巳の両腕に驚きつつ、菜々の無意識は冷静に間合いを修正していた。
触れられれば悶絶させられる。 ならば触れられなければいいのだ。
左手に持ったト○ボ印の得物で、祐巳の両腕の内側をそっと押し広げる。
決して叩いてはいけない。 そんな事をしたら2、3日とはいえ痣が出来てしまう。
そうなれば全校生徒、中等部、教師陣、はては大学部にまで敵を作ってしまう。
まして、小笠原家私設常備軍にまで出てこられた日には、いかな菜々とは言え荷が重い。
「なにより、お姉さまが悲しむし。」
完全に体勢が崩れ、万歳状態になった祐巳の内懐へ飛び込む。
「獲ったっっ。」
気合代わりの一声を上げつつ、菜々の素の右手が祐巳のわき腹に吸い込まれる……。
「消えた?」
疑問が脳内で形になる前に、その生存本能が菜々の体を前転させる。
転がり離れ振り返れば、さっきまでの自分の後背に祐巳の微笑がある。
「どうやって背後に。」 菜々の背筋を旋律が駆け上がった。 由乃との関係は愛しさに溢れている。 その他の面々とも友誼に満ちたものだ。 お姉さまの起こす騒動も、日常に彩りを加えるスパイスのようなもの。 穏やかに満ち足りた日常、そう思っていた。 ある意味、菜々にとって祐巳さえも 『幸せな風景の中のその他大勢』 でしかなかった。 今までは。
菜々は自分の口元が歪んでいるのに気が付いた。 歓喜か。 それとも戦慄なのか。
大きく大きく息を吸い、細く細く長く長く吐く、一息。
菜々の顔から、感情が抜け落ちた。 ただただ静謐な面(おもて)からは、最早殺気も稚気も感じられない。
再び息を細く吐きながら、祐巳の正面へせまる菜々。 祐巳もまた抱擁しようと両手を広げる。
その両腕を得物で押し広げ、わき腹を右手で狙う。 瞬間掻き消える、祐巳。
全く同じ展開だが、 「ちぇぇぇぇぇぃぃぃぃ」 菜々が今までに無い気合を放つと。
ぶん。 菜々の体がぶれた。 背後からの祐巳の抱擁が、菜々の体に届きそのままもぐりこんでいく。
同時に、菜々の体が祐巳の右側に現れた。 左手の得物で、祐巳の右手を押さえる。
同時に、菜々の体が祐巳の左側に現れた。 左手の得物で、祐巳の左手を押さえる。
同時に、菜々の体が祐巳の右後に現れた。 左手の得物で、祐巳の右肩を押さえる。
同時に、菜々の体が祐巳の左後に現れた。 左手の得物で、祐巳の左肩を押さえる。
同時に、菜々の体が祐巳の右下に現れた。 膝を着きながら左手の得物で、祐巳の右膝を押さえる。
同時に、菜々の体が祐巳の左下に現れた。 膝を着きながら左手の得物で、祐巳の左膝を押さえる。
そして、祐巳が腕の中の菜々を押しつぶしてその姿が消えたとき、7人目の菜々が祐巳の背後に現れた。
右の手刀を祐巳の首筋に打ち落とし、、、せ無かった。
達人6人掛かりの拘束をものともせず、祐巳の体はするりと抜け出していた。 白き狼の抱擁攻撃を半年以上受けつづけた祐巳にとって、6人掛かりとは言え、棒切れ越しの腰の引けた拘束など物の数ではなかったのだ。
「絶承の1。 『残影剣』まで破りますか。 これでも皆伝允許まで受けた身なのですが。 」 静かな表情の裏側で、轟々たる歓喜の炎に妬かれながら、菜々は覚悟を決めた。 これは長くなりそうだ、と。
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話を聞きつけた多くの少女たちが、遠巻きに取り囲む中を。 1匹の淫獣と、1匹の野獣が風を巻き上げて戦っている。
紅薔薇さまは、額にわずかに汗しているものの、相変わらず楽しげだが。 黄薔薇のつぼみは流石に体力が限界か、肩で息をしている。
誰も割ってはいる事の出来ないその激闘に、ふと、3人目の影が生まれた。
「ごめんなさい。おそくなって。 頑張ったわね菜々ちゃん。」 激しくあえぐ両肩に手を添え、背後の白薔薇さまがささやいた。
「あとは、任せて。 お休みなさい。」
……まったく、山百合会というところは。 戦闘中に背後を取られるなぞついぞ無かったはずなのに。 今日だけでも2人?
そう内心慨嘆しつつ、薄れていく意識の最後に心の中に思ったのは。
………、まあ、こんな人たちと親友してる、うちのお姉さまが一番、格好いいよね………
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【No:187】 『燃え尽きる娘。目撃談』 へ続きます。