もちもちぽんぽんしりーず
【No:1868】―これ
五月を半分も過ぎれば、高等部入学から一ヶ月
外部入学の人も、中学持ち上がりの人も環境に慣れ始めると、何人かでグループを作り休み時間ともなればそこここに集まっておしゃべりをし始める。
女の子の話題といえば、食べ物、美容、噂話。
それは、お嬢様が集うここリリアンでも変わることはなかった。
「あ、祐巳さんごきげんよう。祐巳さん聞いた?志摩子さんのこと。」
私が席に着くや否や、前の席に座る友人の『榎本桂』さんが話しかけてきた。
「ごきげんよう。志摩子さんがどうかしたの?」
『藤堂志摩子』さん、私と同じクラスで私の席から斜め右前。
ちらりと目をやると、机の上に広げた本を呼んでいるようだった。
ウェーブのかかったふわふわの髪、整った目鼻立ちに、自己紹介のときに聞いた柔らかい声。
どこかの国のお嬢様と言われても驚かない気がする。・・・多分。
「彼女ね、どうやら山百合会に出入りしているようなのよ。良いわね。」
桂さんの声には羨ましいという響きはあっても、意外とは思っていないようだった。
(確かに志摩子さんだったら納得って感じだもんね。)
「羨ましいって桂さん、お姉さまがいらっしゃるでしょう。」
そうなのだ、桂さんは入学したその日にお姉さまを捕まえた(?)というツワモノ。
「そうなんだけどね。そういえば聞いてと、昨日お姉さまったらね・・・」
その後、桂さんは続いた。
・・・訂正、女の子の話題に、惚気話を追加しよう。
結局、志摩子さんの噂話は、広まるだけ広まって何が起きるというわけではなかった。
みんな、自分ではないという不満を大なり小なり持っているみたいだったけど、志摩子さんならという納得もあったに違いない。
桂さんから志摩子さんの噂を聞いてから、半月後、6月に入る寸前くらいに私はまた桂さんから志摩子さんの噂を聞いた。
曰く『志摩子さんが白薔薇の蕾からのスールの誘いを断った』というもの。
「えー!」
「祐巳さん。」
桂さんの指摘に慌てて口をふさいだけど、これには私も声を上げてしまう。
『山百合会の方からのスールの誘いを断る。』
そんなの個人の自由じゃない。という人もいるかもしれないけど、リリアンにおいて薔薇さまというのは絶対の存在で、非公認のファンクラブまであるほど人気がある。
「これは一波乱ありそうね。」
後ろから聞こえた声の主を見れば
「蔦子さん。」
「ごきげんよう。」
こちらもまた友人の『武嶋蔦子』さんがいた。
私と桂さんも「ごきげんよう」と返す。
「そうね、多分色々あるでしょうね。」
桂さんはさっきの蔦子さんの言葉に相槌を打った。
私は、イマイチ何のことか解らず首をひねっていた。
それは、三日後の昼休みに起きた。
「ごきげんよう、失礼するわね。」
その声に教室の入り口のほうを見ると、相当長い髪の毛をポニーテールにした人を先頭に10人くらいがぞろぞろと教室内に入ってくる姿が見えた。
「やっぱり来たわね。」
蔦子さんの言葉に桂さんもうなずく。
「えっ、あの人有名なの?」
少なくとも薔薇さまではないことぐらいしか分からなかった。
「あの方は『築山三奈子』さま、2年生、新聞部所属、まあ実質的部長といっても良いかもしれないわね。」
「新聞部ってリリアン瓦版を発行してる?」
桂さんが蔦子さんの補足をするかのように言葉をつないだ。
「祐巳さんはあんまり見ないから知らないだろうけど、蔦子さんの言ったように三奈子さまの代になってから、美談、スキャンダル、校内アンケートまで幅広く扱うようになってずいぶん発行部数を増やしたらしいわよ。」
「へー、すごい人なんだね。」
「「いやいや、そこじゃなくて。」」
「?」
「ねえ、祐巳さん彼女たちは新聞を作るのよね?」
顔を近づけながらの質問に、逃げ腰になりながら首を縦に振った。
「じゃあ、今一番このリリアンで噂になっていることは?」
今度は桂さんが顔を近づけてくる。
「えーと、志摩子さんのこと?」
語尾が尻つぼみになりながらも最近一番耳にする名前を言ってみる。
「そう。ってことは」
「そーゆーことよ。」
何故か二人の息はぴったりだった。
「貴女が藤堂志摩子さんね?」
私たちが話している間に志摩子さんの席を発見して、その周囲を囲んでいた。
志摩子さんは晴れの日なら教室では食べず、雨の日とか曇りの日は教室で食べているようで、今日はたまたま薄曇だったせいか教室で食べていた。
「はい、そうですけど?」
「新聞部なんだけど、今、学園内に広まっている噂を知ってるわよね?それについて是非コメントをいただきたいのだけど。」
「それでしたら以前断ったはずですが?」
「ええ、そうなんだけど、どうしても事の真偽を知りたいという方々の声が多数寄せられてね、考え直してもらえないかしら?」
「私の意志は変わりませんわ。」
「そこをなんとか。」
三奈子さまが何か言うたびに取り巻きの方々がじりじりと前進して志摩子さんにプレッシャーをかけてゆくのに、志摩子さんは何の影響もないかのようにはっきりと断った。
「こちらの方々も知りたがってるし、皆さんも真実を知りたいと思いませんか?」
どうやら矛先を変えるらしく、取り巻きの人や教室内にいる人に呼びかけるように言った。
「やるわね、三奈子さま」
「そうね、このクラス内の全員を味方につける気よ。」
「ほへー、そこまでするんだ。」
三奈子さまのせいか、教室内がざわざわとし始めた。
「ごきげんよう、三奈子さん何をしているのかしら?」
教室内に綺麗なソプラノの声が響いた。
「し、白薔薇さま。ご、ごきげんよう。」
「例の件だったら、もう話はついてるはずよね?」
さすがの三奈子さまもタジタジだろう。
相手が『白薔薇さま』『蟹名静』さまでは。
「え、ええ、ですが、真実が知りたいという要望が多かったものですから。」
後ろの取り巻きに「ねぇ?」と言うと、恐々ながら「えぇ。」と返ってくる。
「では、改めて言うわ。確かに藤堂志摩子さんには一時期山百合会を手伝ってもらったけど、それ以上でもそれ以下でもないわ。」
目の前にいる方々はもちろん、教室内や、教室に面した廊下で教室内を覗いている人達にも聞こえるように高々と、そしてまるで歌うように優雅に宣言をした。
「解っていただけたかしら?築山三奈子さん。」
にっこり笑いながら言う白薔薇さま。
「は、はい、分かりました。」
そう言うと、三奈子さま達は、そそくさと教室を出て行った。
白薔薇さまは「騒々しくしてごめんなさいね。」と、言った後
「志摩子さん迷惑をかけてしまったわね。」
「いえ、そんなことはありません。」
志摩子さんの返事を聞くと、フッと笑って教室を出て行かれた。
「はー、やっぱり役者が違うわ。」
感心する桂さんと
「写真撮れば良かったかな?」
後悔する蔦子さん。
キャーキャーと今の光景に興奮する教室内
その中で志摩子さんは頬杖をついて窓の外の薄曇を見ているようだった。
それから、さらに2週間程たったある日、志摩子さんから昼食を一緒に食べないかと誘われた。
「え?蔦子さんとかも一緒でいい?」
「出来れば、祐巳さんだけが良いんだけど・・・。」
あまりにも困ったように言うものだから、2人に相談してみると
桂さんは、ほかの友達と食べると、蔦子さんは写真部の部室に行くと、言ってくれた。
私が感謝の言葉を言うと、2人とも
「別に良いわよ。その代わり、志摩子さんの話で面白いのがあったら後で聞かせてよね。」
そう言ってくれた。
今日は晴れだった。
「いつも食べているところで良いかしら?」
「うん、構わないけど。」
「じゃあ、行きましょう。」
私と志摩子さんはお弁当の入った手提げ袋を持って廊下へ出た。
しばらく志摩子さんの後を追っていたのだけれど、
「志摩子さん、どこに行くの?」
てっきりミルクホールに向かうと思っていた私は、方向が違うことに気づいて尋ねた。
「いつも私が食べているところよ。」
「へー?どこなの?」
「それは、行ってのお楽しみにしましょう。」
それから2人でたわいもないことを話しながら、目的地に向かった。
今まで、お互いに初等部、中等部がリリアンだったのに同じクラスになったことが無いせいで、話をしたことがなかったのだけど、割と話が合った。
ただ気になることもあった。
通りすがる人のほとんどがこっちを見ているのだ。
志摩子さんは慣れているようで、ほとんど意識していないようだったけど
普通を地で行く私には、気になって仕方が無かった。
なんだかんだでたどり着いたのは講堂。
「こっちよ。」
志摩子さんに連れられて講堂の裏手に回る。
講堂の裏はちょっとした庭のようになっていて、何本かイチョウの木が植えてあった。
私達は、コンクリートで出来た階段にハンカチをひいて、そこに座ってお弁当を食べることにする。
夏は近いけど、今日は雲の多い晴れだったから、暑過ぎるというわけでもない。
パカッという音とともにお弁当のふたを開ければ、そこにはいつものお弁当。
「それにしてもいつもここで食べてるの?」
「そうね、今ぐらいまでと秋の天気のいい日。」
「あれ、夏は?」
「夏は、木に毛虫がわくからちょっといやね。」
(うー、それは確かにいやかも。)
「でも、秋には銀杏が拾えそうだからそれが楽しみ。」
銀杏、イチョウの木になる実で、茶碗蒸しとかに入ってるやつのこと
「もしかして、それを持って帰るの?」
「あたり、私銀杏とか百合根とか大好きなの。」
うれしそうな志摩子さんのお弁当を覗くと、里芋の煮たのや切干大根などいわゆる渋いものが多い。
「両親から言われるわ。女子高生らしくないって。変かしら?」
「変って言うか、変わってるって感じかな。字は一緒なんだけどね。」
「くすっ、それを言ったら祐巳さんだって、変わってるわよ。」
「ええ?そう?」
本人としたら、目立たない一般の生徒だと思うんだけどな。
首を傾げて考える私を見て、志摩子さんはもう一度笑った。
「ねぇ、祐巳さんは聞かないの?」
それは、お弁当を食べ終わり後片づけをしていたときだった。
「ん?何を?」
「・・・本当に白薔薇の蕾の誘いを断ったの?って。」
俯いてこちらを見ずに言う志摩子さんの、ちょっとの隙間から見えた横顔はとても疲れているように映った。
「んー。」
私は空を見上げた。
たくさんの雲が流れていく。
その中で、雲に大部分を隠されながらも太陽はぎらぎらと輝いている。
「以前、新聞部の方が来たじゃない。」
「ええ。」
相変わらず上を向いたまま。
雲の隙間からの見える太陽のように、心の中にちらちらと見えるものをゆっくり引っ張り出そうとする。
「そのときの志摩子さんがおかしかったから。」
「・・・」
風がゆっくりと吹いてゆく。
まるで、時間の流れもゆっくりになったかのような気がする。
「いつもの志摩子さんじゃなかったから。」
「・・・」
「きっと、そこは特別な部分なんだろうなぁって思ったの。
だったら、私はそこに入っちゃいけないよね。」
「・・・」
「・・・」
一言も発しなくなった志摩子さんに、怒らせてしまったかと思い目だけで様子を伺う。
志摩子さんは、話しかけてきたときと同じ姿勢だった。
(勝手なこと言っちゃったかな?)
だんだん不安になり謝ろうか考えていると、志摩子さんは私と同じように空を見た。
「私ね、白薔薇の蕾の誘いを断ったわ。」
「どうして?って、聞いても良い?」
私は、目を志摩子さんから空へと戻した。
お互いに目を合わせないほうが話しやすいこともあるし、ただ傍に居て存在だけ感じられれば良い。
「私と『聖』さまは似ているの。似すぎているといっても良いわ。」
「・・・」
「もしスールになったら、弱いとこからお互い目をそむけ続けるだけ。」
「・・・」
「そんなのいやよ。」
最後のほうは、まるでつぶやきのようだった。
桂さんに噂を聞いたときは声を上げてしまったのに、本人から聞いたというのに驚くという感じがしない。
ただ、志摩子さんの言うことを素直に受け取ろうとしていた。
「・・・後悔してないの?」
「・・・・・・わからないわ。」
「・・・そう。」
「ねえ、祐巳さんって、お姉さまいらっしゃらなかったわよね?」
「?うん、居ないけど?」
突然の質問に訳も分からず答える。
「お姉さまにしたい人は?」
とっさに答えられなかった。
その人の名を言って良いものか。
志摩子さんのような人にだけその名前は挙げて良いような気がする。
いつの間にか目がある建物の方角を見ていることに気付く。
慌てて志摩子さんのほうを見ると、志摩子さんもいつの間にかこちらを見ている。
「い、いないよ。」
びっくりしたせいで、声が裏返ってしまった。
「そう、もう予鈴が鳴りそうね。」
志摩子さんはポケットから時計を取り出してそう言った。
「う、うん。じゃあ、そろそろ行こうか。」
「でも、祐巳さんに素敵なお姉さまが出来れば良いわね。」
「出来るかな?」
私の横を笑いながら歩いていて、たまに腕なんか組んじゃう。
そんな人現れるんだろうか?
「もしかしたら、祐巳さんのことを待っている人がいるかもしれないわ。」
「いないよ、そんな人。」
「きっと居るわ。祐巳さんは素敵だもの。」
志摩子さんは自信ありげに笑った。
「・・・羨ましいくらいにね」
最後の言葉は、あまりに小さく私の耳には届かなかった。
やっと、火曜日編です。前作でコメントしてくださった方、ボタン?を押してくださった20人ほどの方々(今現在)の期待を裏切らないと良いです。(オキ)
書くキャラの口調を把握しきれてません。誤字脱字もあるかも。これからも精進していきたいです。(ハル)