【1877】 昼休みに  (琴吹 邑 2006-09-25 02:11:30)


 
 『がちゃSレイニー 行くべき道』篇




 〜 最初から読まれる方 〜

・ 『筋書きのない人生の変わり目 【No:132】』が第一話です。
 くま一号さまの纏めページ。
 http://homepage1.nifty.com/m-oka/rainyall.html
 確認掲示板をご参照ください。
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 『決意あと少しだけ素直になりなよ 【No:1871】』の続きです。



「………ふぅ」
 最近、いろいろ考えることが多くて、授業がおろそかになっているような気がする。
 今日も、先ほどの白薔薇さまの言葉で心がちりぢりになって、まったく授業に身が入らなかった。

 教室に帰って来たとき、乃梨子さんに白薔薇さまの言葉と伝えたら、乃梨子さんも首をかしげていた。
一体どういう事なんだろうか? 白薔薇さまの言葉は疑問のまま時間が過ぎていく。
 今日ほど時間の流れが遅く感じたことがない。
 2時間目、3時間目、4時間目、ようやく長かった時間が過ぎて、私は乃梨子さんと連れだって、中庭へと向かった。
 
 今日は綺麗に晴れ渡り、そこかしこで外でお昼を食べている人たちがいる。
 中庭でも、そこかしこに、生徒たちがそれぞれに集まり、お弁当を広げていた。
 
 そんな、中庭の一角に、白薔薇さまは芝生に座って待っていた。
 
「ごきげんよう。ふたりとも」
「ごきげんよう。お姉さま」
「ごきげんよう。白薔薇さま」
 そう言いながら、乃梨子さんは白薔薇さまの左隣に、わたしは乃梨子さんの隣に腰をかける。
「祐巳さんには伝えてくれたんでしょ?」
 いつもとまったく変わらない表情で、白薔薇さまはそう私に聞いてきた。
「はい」
「じゃあ、授業が長引いているのかしらね?」
 白薔薇さまがそうつぶやくと、祐巳さまがお弁当を持って早足でこちらにやってきた。
「ごきげんよう。おくれちゃったかな?」
「ごきげんよう。ちょうどいいところだったわ。それじゃあ、お昼にしましょうか」
 祐巳さまが私と白薔薇さまの間に座ると、4人のお弁当の時間が開催された。



 お弁当の時間は緊張感に満ちていた。
 私も祐巳さまも乃梨子さんも、白薔薇さまの方をちらちら見ながらお箸を動かしている。
 ただそれだけだ。女子高生のお昼風景といえば、にぎやかなおしゃべりがつきもののはずなのに、お通夜の席のようにだれも話す人がいなかった。
「ねえ、祐巳さん」
「え、な、なに? 志摩子さん」
 最初に話を切り出したのは当然の事ながら、白薔薇さまだった。
 祐巳さまは、白薔薇さまは何を言ってくるんだろうという、不安げな表情を浮かべながら白薔薇さまを見やる。
「聞いてると思うけど、今日、瞳子が姉妹関係を解消したいってロザリオを返しに来たの」
「うん」
「少なくても、今この段階では瞳子は、私のことを姉と思ってくれている。そう言う事よね?」
「………そう、だとおもう」
 祐巳さまは不承不承といった感じで首を縦に、ふって、ちらりと私の方を見た。
 私は首を縦に振った。リリアンの慣習からから言えば、ロザリオを受け取ったら、姉妹関係を結んだと考えるのが普通だ。
 だから、私は白薔薇さまにロザリオをきちんと返して、祐巳さまの妹になりたかった。私にとって、二人の姉を持つことは考えられなかったから。
「乃梨子」
「なに? お姉さま?」
「瞳子ちゃんもこう言ってるし、祐巳さんもそれをわかっている。だから、一時瞳子ちゃんを妹にしたいの。許してくれる?」
「えっ?」 
 私と祐巳さまはまったく同じタイミングで驚きの声を上げた。白薔薇さまの言ってることがよくわからなかった。
「………うん。わかった」
 乃梨子さんはしばらく考えたあとそう言った。
 乃梨子さんは白薔薇さまの言葉の意味を理解できているのだろうか? 日本人形のようなその表情は今は何も語っていなかった。
 「ねえ、志摩子さんどういう意味?」
 まったく訳がわからないといった表情を浮かべ、祐巳さまは白薔薇さまに問いかける。
 私も思わず、白薔薇さまを見ながらこくこくと首を縦に振った。
「べつに、今乃梨子と話したとおり、乃梨子に一時、瞳子ちゃんを妹にする許可をもらったのよ。祐巳さん忘れちゃった? 乃梨子の持っていたロザリオ。それを瞳子ちゃんが持ったとして、私の妹は誰?」
「あ」
 またも私と祐巳さまは、同じタイミングで声を上げた。
 確かに白薔薇さまは言っていた。あの時の白薔薇さまとのやりとりを思い出す。

『このロザリオをあなたの首にかけたとするわね。そうしたら私の妹はだれ?』
『………乃梨子さん、ですわ』
『正解』


 そして今日のやりとり。


『それに、あなたが乃梨子を通さずに、こんな風にロザリオを返してきたら、やっぱり今は受け取れないわ』
『どうして、乃梨子さんだとよくて私だと駄目なんですか?』
『あなたが直接ロザリオを返しに来ると言うことは、あなたが私の妹だと少しでも思ってくれているってことでしょ。だからこそなの………』

 そして今のやりとり、訳がわからなかった白薔薇さまの言葉がようやくつながって見えた。
「わかってもらえたようね。じゃあ、瞳子。一時間目の続きしましょうか」
 そう言って、白薔薇さまは、私の方に向かって微笑んだ。
「あ、はい」
 急に話を振られて、びっくりしたけれど、そこは見せないようにして返事した。
「姉妹関係を解消したいんだったわよね」
「はい。私が姉と認める方は、お一人だけですから」
 そう言って、ポケットの中からロザリオを取り出す。
「今は私が姉だけど、私以外の人って事よね? どなたかしら?」
 そう言いながら、目は祐巳さまの方を向いている。質問しているがそれはすでに質問ではない。ここにいる誰もが知っていることなのだから。あくまで確認なのであろう。
「紅薔薇のつぼみ。福沢祐巳さまです」
 そう言って、祐巳さまを見る、
 その言葉を聞いたときの祐巳さまは、照れくさそうに、でも嬉しそうに、私に微笑み返してくれた。
 乃梨子さんも、すごくほっとした表情をしてくれていた。
 緊張していた空間がその言葉で一気に弛緩し、穏やかな空間へと変わっていった
「そう。祐巳さんなのね。あなたがそう言うって事は、今の祐巳さんになら、あなたを任せても大丈夫ってことなんでしょうね。わかったわ」
「じゃあ、このロザリオをお返しします」
 手に持ったロザリオをそっと差し出す。
 しかし、白薔薇さまはそのロザリオを受け取ってくれなかった。
 しばらくの間、白薔薇さまはそのロザリオをじっと見つめていた。
「白薔薇さま?」
「ねえ、瞳子。このロザリオを受け取る前に、姉として、最後に質問させてもらえるかしら」
「え? はい」
「先日、あなたカナダに行くって言っていたようだけど、それは、どうするの?」

 白薔薇さまの言葉は、柔らかくなり始めた雰囲気を一変させるのに十分な言葉だった。

 祐巳さまは、半分泣きそうな顔で、乃梨子さんはかなりこわばった表情を浮かべながら、私をじっと見つめた。


2006/9/26 中庭の情景追記


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