【1885】 動き出した普通少女  (篠原 2006-09-30 23:50:36)


 皇紀26XX年、世界は悪魔の跳梁跋扈する異界と化した。
 今更だけどリリアンでメガテンネタは神をも怖れぬ暴挙だと思ってみたりみなかったり。


  『真・マリア転生 リリアン黙示録』 【No:1137】からの続きです。


 祐巳はラクダの後について歩いていた。正確に言うとラクダに乗った女性の後に、なのだけれど。ラクダって間近で見ると大きいんだなあ、という意識がとりあえず先に立っていたりする。
 しかし、誰かの使いで来たというわりに自分だけラクダに乗って祐巳は徒歩だったりするのはどうなんだろう。別にラクダに乗りたいわけではないけれども。というかよく見ればラクダの上の女性はリリアンの制服を着ているし。
「あの、その格好って……」
「この姿は借り物です」
「借り物?」
「無個性で目立たない存在の方が都合が良いので一時的にこの者の体を借りています。あまり目立ちたく無かったこともありますし……」
 ラクダに乗ってる時点で目立ちまくりじゃないだろうか。
「知り合いの姿の方があなたも少しは安心できるかと思ったのですが」
「知り合い………」
 そう言われてみればその横顔にはどことなく覚えがあるようなないような……………っ!
 いや、決して忘れていたわけではなくて。ただ状況の異常さの方に意識がいってしまって単なるお使いのヒトの顔にまで気が回らなかったというかラクダのインパクトが強かったというかなんというか。
「どうやらあまり意味は無かったようですね」
「ソ、ソンナコトナイデスヨ?」
 露骨に動揺して視線を逸らす祐巳。ついで強引に話題転換を図る。
「そ、それよりも、さっきの話だけど」
 先程、由乃さんと志摩子さんが突然祐巳の前に現れて言いあいを始めたり、いきなりバトルったり、菜々ちゃんと乃梨子ちゃんがフォローに入ったり、わけのわからないことを一方的に言ってさっさと帰ってしまったり、しかもその間このお使いの人(人?)は我関せずとばかりに傍観しまくってたりと、いろいろ大変だったのだ。
 そしてその二人、由乃さんはアスタロトから、志摩子さんは大天使からお迎えを受けているという。ちなみにアスタロトというのは魔王と呼ばれるものの1体らしい。さすがは由乃さんだ。
 であるならば、お使いをよこして祐巳を呼び出したのはいったい何者なのか? 気にするなというのが無理な話だ。
 だがそれについて聞いても「お会いになればわかります」の一点張りで、祐巳は仕方なく質問を変えた。
「それでどこまで行くの?」
「すぐそこです」
 そう言って指さした先には、古い温室があった。
「え、温室!? ここなの?」
「はい」
 うながされるままに扉をくぐると、そこは和室だった。
「ええーー!!」
「空間の歪みによって別の空間に繋がっているだけです。私達はターミナルと呼んでいますが」
「先に言ってよ。土足で上がっちゃったじゃない」
「そっちですか」
 なぜかため息をつくと、中に向かって声をかける。
「福沢祐巳さんをお連れしました」
 そうだった。大魔王だか大天使だかに呼ばれてきたのだった。あわてて振り向き、祐巳は部屋の奥に視線を向けた。
 中では、しゅたっと手を上げて無駄に爽やかな笑顔で出迎える人物の姿。
「やあ、祐巳ちゃん。無事に着いたようだね」
「って、柏木さんかよっ!!!」
 思わず全力でツッコミを入れる祐巳だった。
「あいかわらずいい反応だね」
 うんうんと嬉しそうに頷く柏木さん。
 救いを求めるように案内役の某なんとかに目を向ける祐巳だったが。
「それでは、私はこれで失礼します」
「ああっ!! 待ってよ。由乃さんは魔王で志摩子さんは大天使から使いがきたんでしょ! なんで私は柏木さんなの!?」
 祐巳の問いかけに答えることもなくあっさりと姿を消す使いのヒト。
 代わりに、というわけでもないのだろうが、柏木さんが言った。
「そこまでわかっているなら、実は僕がそれくらいスゴイヒトなんだとか思ったりしない?」
「冗談は顔だけにしてください!」
「あっはっは。キツイなあ。これでも顔だけは良いつもりなんだけど」
「………」
 さてこの場合、自分で顔が良いという部分と、自分で顔だけという部分と、どちらを突っ込むべきだろうか。考えた末、祐巳は無視することにした。
「それで柏木さんが私に何の用なんですか?」
 ちょっと寂しそうな表情を浮かべたのは、ひょっとして突っ込んで欲しかったのだろうか。まあ、祐巳が柏木さんの心情を斟酌してあげる義理はないが。
「状況説明が必要かと思ってね」
 誰にだ。
「君の二人の友達に比べて、祐巳ちゃんはずいぶん出遅れてるからね」
 祐巳はハッとしたように柏木さんの目を見た。
「それって、由乃さんと志摩子さんのことですか?」
「そう。その二人のこと。そして今この世界に起こっていること」
 両手を広げて芝居じみた仕草で語る柏木さん。そしてウィンク。
「聞いておいて損はないだろう?」
 あいかわらずキザな人だ。と、祐巳は思った。

 「歪み」だかなんだかのせいで、本来この世界には存在しないはずのモノが実体化しているという。祐巳自身も目にしているからそれ自体は確かなことなのだろう。
 その原因については多くの人達が調べているものの、これという理由が特定しきれていないのが現状だそうだ。
 神話や伝説の中の存在。御伽噺の妖精やモンスター、天使や神々と呼ばれるもの達。それらを総称して『アクマ』と呼ぶらしい。
『悪魔』。本来この世界に(実体として)は存在しないはずのモノの総称。だからその中には天使や堕天使、妖精や魔獣なんていう種族がちゃんとわかれているのだそうだ。
 祐巳には全て含めて悪魔と呼称することはさすがに抵抗があった。単に呼び方、言葉の定義に問題だと言われてしまえばそれまでなのだが。

 そして人間はそれら悪魔を引き入れて、『ロウ』と『カオス』という2つの陣営にわかれて覇権を争っているという。なんだってそんなことをと、祐巳は思わずにはいられない。
 それぞれ『メシア教』と『ガイア教』という教団が主勢力として活動しているらしい。
 ロウとは即ち法と秩序を重んじる勢力で、神を信じ選ばれたもののみの理想世界を創ることを目的としている。
 カオスとは即ち混沌を旨とし、悪魔とも共存しつつ体制も何も無い自由な、力こそ全てという世界を目指している。
 そして、藤堂志摩子は大天使の誘いを受け、ロウの旗頭としてメシア教を導き、島津由乃は魔王アスタロトの誘いを受け、カオスの旗頭としてガイア教を率いているのだという。

「状況は大体わかったかな?」
「なんとなくは。でも……」
「でも、なんだい?」
「どうして由乃さんと志摩子さんは、そんなことを引き受けたのかな?」
「さあ、それは本人にしかわからないことじゃないかな」
「………」
 確かにその通りだろう。直接聞いてみるしかないのかもしれない。
「さて、君の二人の友人の状況がわかったところで、君はこれからどうするんだい?」
「私、ですか?」
「どちらに属するのか、逆に言えばどちらと敵対するのか」
「敵対!?」
 確かに、どちらかに味方するということはどちらかと敵対するということだ。
「まあ、すぐに答えをだすのは難しいだろうし、まずは知って、そして考えて決めればいいよ」
 そう言いながら柏木さんはなにやら怪しげなものを取り出した。
「これはプレゼント」
「いりません」
「即答だね」
 何故か嬉しそうな顔をする柏木さん。
「じゃあ、プレゼントは冗談だ。必要なアイテムだから持っていってくれないと、たぶん皆が困る」
 皆って誰のことだろうと思いながら祐巳はそれに目をやった。
「なんですかこのWILLC○MのW−ZER○シリーズみたいな───」
「あー祐巳ちゃん祐巳ちゃん」
 何故か柏木さんは慌てたように祐巳の言葉を遮った。
「これは通信機能付きハンドヘルドコンピューターだよ。悪魔召喚プログラムをインストールしてあるから有効に使ってくれると嬉しいかな」
「あくましょうかんぷろぐらむ?」
「そう。悪魔は交渉しだいで仲魔にすることができるんだ。会話だけで成立することもあればお金や品物を要求されることもある。それは相手しだい、交渉しだいだね」
「悪魔を仲間に、ですか?」
 仲間の悪魔で、仲魔というらしい。
 悪魔召喚プログラムとは仲魔にした悪魔をデジタル情報化してストックしておくシステムなのだそうだ。
「?????」
「祐巳ちゃんは悪魔召還の儀式っていうとどんなものを想像する?」
「さあ、なんか魔方陣? みたいなのをかいて呪文を唱えるとかですか?」
 そんなようなシーン、だか絵だかを見たことがあるような気がする。
「まあ、そんな感じだろうね。そういったことをプログラムがかわりにやってくれるものだと思っておけばいいよ」
「はあ」
 携帯で呼び出すようなものだろうか。

「さて、まだこの世界のことがよくわかっていないようだからお供を付けよう」
「お供ですか?」
「仲魔にできれば、だけどね。入っておいで」
 最後は襖の向こうにかけた言葉だった。
「失礼します」
「あ、瞳子ちゃん」
 入ってきたのは、まぎれもなく祐巳の良く知った顔、松平瞳子だった。
 異常な事態の中で知った顔を見るとホッとする。柏木さんも知った顔ではあるけれど、ホッとする以前の問題だったし。
「瞳子ちゃんが一緒に来てくれるの?」
「それは祐巳さましだいですわ」
「私しだい?」
「悪魔を殺して平気なの?」
「へ?」
「………」
 ふう、とため息をつく瞳子。
「それでは、ロザリオをくれたら仲魔になってさしあげますわ」
「じゃあ、はい」
「……………」
「どうしたの?」
「な、何を考えてるんですか!!!」
「ええっ!? なんで怒るの?」
「そんなに簡単にロザリオ渡してどうするんですかっ!」
「瞳子ちゃんにならいいかなって」
「…………………………」
「瞳子ちゃん?」
 ゆでだこのように真っ赤になる瞳子に、祐巳は不思議そうに首を傾げた。
「ああ、もう本当に祐巳さまときたらっ!」
 なぜだか怒られた。
「……………私がついていないと本当にもう、どうなることやらわかったものではありませんわね。この世界のバランスというものありますし、仕方ありません。しばらくは私がついていってさしあげます」
「わ、本当? 一人で心細かったんだ。瞳子ちゃんが一緒に来てくれるなら嬉しいな」
「わ、私は魔人トウコ。コンゴトモヨロシク」
「うん。こちらこそ。これからもよろしくね。………まじん?」
「お気になさらず」
 こうして、祐巳は最初の仲魔をゲットした。
「あ、でもこれからどうすればいいんだろ? どこかに行けばいいの?」
「まずは、この世界を見てまわって、そして知ってください。祐巳さまが進むべき道は、祐巳さま自身が決めるしかないのですから」

 こうして、祐巳は二人の友人にかなり遅れて、なおかつ無所属のままこの世界に対してその一歩を踏み出したのだった。


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