【189】 ドリルが条件反射  (柊雅史 2005-07-10 20:57:24)


一年椿組、演劇部所属、松平瞳子。
そんな瞳子を表す肩書きに、今日から新たな肩書きが付け加わる。
紅薔薇のつぼみの妹。
福沢祐巳さまの――妹。
マリア様に朝のお祈りを終えて、瞳子は口に出して言ってみた。
「ごきげんよう。紅薔薇のつぼみの妹、松平瞳子です」
人目がないのは確認済みだったけれど、念のため小声で自己紹介。
それを聞いたのはマリア様だけだっただろうけど、なんだか恥ずかしくて、くすぐったい。誰彼構わずそう声を掛けたいような、誰にも言わずにそっと心の中だけで呟いていたいような、微妙な気持ち。
これが妹に――大好きな人の妹になる、ということなのだろう。乃梨子さんが志摩子さまの妹になってから、しばらく「お姉さま」と呼べないでいたのも納得だ。多分瞳子も、祐巳さまを「お姉さま」と呼ぶ時は、ひどく照れくささを感じるに違いない。
「――というか、あの人を『お姉さま』と呼べるのでしょうか……?」
ふと、眉根を寄せて瞳子はマリア様に問いかけてみた。
もちろん相も変わらずマリア様は優しい笑みを浮かべているだけだ。それでもなんとなく、心が軽くなった気がするのだから、瞳子も根っからのリリアンっ子である。
「さて」
瞳子はよし、と一つ気合いを入れる。ここでくよくよしていても仕方がない。なるようになれ、である。まずは最初の挨拶、そこが勝負だ。そこを上手く乗り越えれば――
「瞳子、ごきげんよう!」
「ひぃああああぁっ!」
正に後ろを振り返って、祐巳さまの到着を待とうとしたところで、いきなりガバッと背中から抱きすくめられ、瞳子は思い切り悲鳴を上げていた。
「ぅわ、瞳子ってば凄い悲鳴……」
「祐巳さま!? 何をするんですか、いきなりっ!」
姿など見なくとも分かる。瞳子にこんなセクハラ紛いのことをするのは、祐巳さましかあり得ない。
「朝の挨拶?」
「どんな挨拶ですかしかも疑問系っ! ちょ……このっ! 離してくださいっ!」
背中から抱きつかれたまま、瞳子は身を捩って抵抗する。
「あ、こら、暴れないの」
「くぉんのぉ!」
うがー、と気合い一発。瞳子はどうにか祐巳さまを振りほどいた。
「ふざけるのもいい加減にしてくださいましっ!」
瞳子がキッと祐巳さまを睨みつけると、祐巳さまは「ぷしゅ〜」と音が聞こえそうな勢いで、しょんぼりしたような表情になった。
「うぅ……酷い。瞳子、酷い。ちょっとスキンシップしたかっただけなのに……」
「う……」
「そうか。瞳子は私とスキンシップしたくないんだ。そうなんだ……」
「あ、あの、祐巳さま……?」
いきなりその場にしゃがみ込んで、いじいじと地面に『の』の字を書き始める祐巳さまに、瞳子は恐る恐る声をかける。
「どうせ。私は情けなくて頼りなくてお姉さま失格ですよ。くすんくすん」
「あのー……」
嘘臭かった。物凄く嘘臭かった。胡散臭さ120%に増量中だった。
けれど、どんなに嘘臭くとも、姉妹初日から一日中祐巳さまにいじけられるのは勘弁してもらいたい、と瞳子は思う。
「いやその、今のはあれですわ。そう、条件反射ですわ。今まで散々振り払ってきたものですから、つい今回も振り払ってしまっただけですから」
「……そうなの?」
「ええ、そうです。姉妹のスキンシップ、大いに結構ではありませんか。それこそ姉妹の平和、ひいては世界平和への第一歩ですとも。ええ」
こくこく頷きながら、瞳子は「あぁ、混乱していますわ……」と自覚する。
「そっか。条件反射なら仕方ないね」
けれどとりあえず、祐巳さまが納得したようなのでよしとすることにした。



そして翌日からというもの。
マリア様の庭では悲鳴から始まる紅薔薇姉妹のやり取りが繰り返されることとなる。

「瞳子、ごきげんようー!」
「ひぃあああああああっ!」
「酷い、どうして逃げるの! そうか、瞳子は私のことなんて嫌いなんだ……」
「い、今のは条件反射ですわ――――――――!」

条件反射(?)がなくなるのは、いつになるのか分からないけれど。急ぐことなくゆっくりと、対応していこうと瞳子は思う。
二人の姉妹関係は、まだ始まったばかりなのだから。


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