【1910】 大笑い眼鏡をかけた祐巳たちの世界  (朝生行幸 2006-10-09 13:43:06)


「ありゃ?」
 福沢祐巳が、マリア像の前でいつものようにお祈りを済ませ、振り返って歩き出そうとしたその時だ。
 何かがコンと、つま先に当たる感触。
 足元を見れば、そこにはメガネが落ちていた。
「誰かの落し物かな?」
 拾い上げてみれば、何の変哲もないただのメガネのように見える。
 今日は早めに登校して来たため、辺りを見回してみても誰もいない。
「ま、落とした人は困るだろうからね。届けてあげなきゃ」
 祐巳は、そのメガネをポケットに入れた。

「ふむ」
 教室で、何か手かがかりでも無いものかと、メガネを調べる祐巳。
 形は、クラスメイトの武嶋蔦子がかけているメガネと良く似ているが、同じような形のフレームなぞザラにあるだろうから、決め手にはならない。
 幸いレンズには傷もなく、多少汚れが付いているだけで、拭けばすぐに落ちるだろう。
 チリ紙でそっと拭き取れば、当たり前のように綺麗になった。
 祐巳は、ちょっとした好奇心で、そのメガネをかけてみた。
 度はほとんど無いようで、以前蔦子のメガネをかけた時の身体のグラつきは皆無だ。
「ごきげんよう祐巳さん」
「うわぁ。ご、ごきげんよう蔦子さん」
「何驚いてるのよ」
「イキナリ肩を叩かれたら、私でなくても驚くと思うけど」
「そりゃそーだ。ま、私も驚かすつもりで声をかけたんだけどね。で、なんなのそのメガネ?」
 似合ってるような、似合っていないような、どっちつかずの微妙な雰囲気の祐巳の顔を指差しながら、問い掛ける蔦子。
「うん、今朝マリア像の前で拾ったんだ。蔦子さんのじゃないよね?」
「ええ、私はこの通りかけてるし、落すようなヘマは、多分しないわ」
「そうだよね……え?」
 レンズを通して蔦子を見ていると、視界の片隅に、『計測中』と書かれた緑色の文字が点滅していた。
「……?」
 メガネを外すと見えなくなるということは、やはりレンズ面になんらかの形で投影されているということか。
 再びメガネをかけ、不思議そうな顔の蔦子はとりあえずそのままにして、待つこと数秒。
 『計測終了』の赤い文字に変わり、その下に、新たに何かが表示された。

『対象物の主要特性測定結果は、以下の通り。 盗撮能力:S 弁論能力:A+』

「へぇ〜……」
「ちょっと祐巳さん、一人で何納得してるのよ」
「え、あ、いや、このメガネなんだけど……」
「ごきげんよー、お二人さん」
 そこに現れたのは、二人のクラスメイト、山口真美。
 当然ながら彼女に目を向ける祐巳だが、案の定、再び『計測中』の文字が点滅していた。
「なんなの祐巳さん。メガネなんかかけちゃって」
「今朝、マリア像の前で拾ったんだって」
「ふーん、『紅薔薇のつぼみ新境地!』ってワケじゃないんだ、残念」
 蔦子と真美が話をしている間に、計測が終了した。
 そこには、

『対象物の主要特性測定結果は、以下の通り。 ゴシップ収拾能力:A 編集能力:B+』

「なんと言うか……、真美さんらしいね」
「は? 何のこと?」
 怪訝そうな顔で、聞き返す真美。
 そりゃそうだろう、祐巳以外にはサッパリわけが分からん話だ。
「蔦子さん、かけてみて」
「?」
 言われるままに、自分のメガネを外し、祐巳から渡されたメガネにかけ換える。
「これがどう……んん? んーんー、なるほどねぇ」
 流石は頭の回転が早い蔦子、それだけで大方の理由は察したようだ。
「私はどう表示されたの?」
「うん、蔦子さんの場合、盗撮能力がSで、弁論能力がA+だって」
「盗撮って表現が気に入らないけど、概ね合ってるわね。真美さんの評価も、ね」
「だから、何の話よ!?」
 知りたがりぃの真美、我慢できなくなって、二人に詰め寄った。
「だから真美さんの場合、ゴシップ収拾能力がAで、編集能力がB+ってことなのよ」
「さっぱり分からないわよ!」
「まぁまぁ。ほら、これかけてみ?」
 真美に、例のメガネを渡す蔦子。
「これの一体何が……?」
 真美の視線の先には、祐巳が一人。
 『計測中』の文字に疑問を浮かべつつも、しばらく待っていると。
 計測終了と同時に、以下の表示が現れた。

『対象物の主要特性測定結果は、以下の通り。 天然:B タヌキ:S』

「はぁ?」
 思わず、変な声をあげる真美。
 蔦子は、呆然としている真美からメガネを奪い取り、再び自分にかけてみた。
「はぁ。これが祐巳さんの主要特性ねぇ……?」
 なんなんだ、『タヌキ』って。
「見せてよ蔦子さん」
「いいけど、見ない方がいいかもよ?」
 僅かに哀れみのようなものを含んだ視線の蔦子からメガネを受け取り、表示を確認してみれば。
「なんじゃこりゃ!?」
 表示の内容に、往年の、今は亡き名優の名セリフを口にした祐巳。
 しかし、恐らく彼女はそんなこと知らないだろう。
 メガネを外して、蔦子と真美を見る祐巳だが、二人は露骨に視線を避けていた。
「えーと、まぁその……。つまり、そういうことね」
「大丈夫よ多分。私たちの未来は無限に広がっているのだから」
「何が言いたいのかわからないけれど、とにかくコレは、そういうシロモノってことなのね」
 どんな構造なのかは分からないが、大した技術力ではある。
「ええ。一言で言うと、『観察対象の主要特性を測定・表示する機能を持った眼鏡』となるのかな」
「長いわよ。計測メガネでいいじゃない」
「それもどうかと思うけど」
「ごきげんよう」
『ハイごきげんよう』
 唐突な、聞き覚えのありすぎる挨拶の声に、反射的に応じた三人。
 そこには、クラスメイトの島津由乃がいた。
「何してるの?」
「ほら、祐巳さんが今朝メガネを拾ったって言うから、誰の物なのか手がかりを調べてたってわけ」
 由乃の問いに、真美ともども祐巳を肘で突っ突きながら、説明する蔦子。
 流石に弁論A+、よどみないなぁと思いながら、由乃から視線を外さず、計測終了を待つ祐巳。
「ふ〜ん。でも、メガネに名前書いたりしないだろうし、どこにでもありそうな形だから、手がかりなんて無いんじゃないかな」
 気分がいろんな意味で高揚さえしていなければ、由乃は結構理論的で合理的な考えの持ち主。
 彼女の意見は、至極もっともだ。
「かわら版上で、持ち主を探す……ダメだわ、時間がかかり過ぎる。聞いて回るのも非合理的だし。こうなったら、放送委員に頼んでみる?」
「そこまでしなくてもいいかもね。私、大方持ち主の見当がついているから」
「あ……」
 ようやく計測が済んだのか、小さく呟いた祐巳の目に映る表示とは。

『対象物の主要特性測定結果は、以下の通り。 青信号:S 令ちゃんのバカ:S』

 祐巳の頬が、ピクピクと引き攣っていた。
 慌てて計測メガネをかけ、表示を見た蔦子も、同じように顔が引き攣る。
 同じく真美も、頬がピクピク。
「なによ、三人揃って変な顔して」
『うえ!? いや、何でもない、何でもないですよ!?』
 そりゃ誤魔化したがるのも当然だ。
 『タヌキ』ってのも相当ヒドイが、なんだ『令ちゃんのバカ』って。
 主要特性なのか?
「……ゴホン。まぁ何にしろ、次の休み時間にでも、返しに行きましょうか」
「そう言えば、見当ついているって言ってたね。誰なの?」
 祐巳の問いに蔦子は、かなりの自信を持ってこう言った。

「つまり、発明部員じゃないかな?」


 後に返却された計測メガネは、原型を止めていなかったと言う。
 何故かって? そりゃ青信号だからねぇ………?


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