【1937】 敦子と美幸が力ある言葉魔法少女  (朝生行幸 2006-10-16 23:58:06)


「いざ我ら下り、かしこにて彼等の言葉を乱し、互いに言葉を通ずることを得ざらしめん。かくして主、彼の人々を此処より全地に散らすが故、彼の人々、町を造るを止む。故にその名、バベルと呼ばる……」
 パタンと聖書を閉じて、しばしの瞑目。
「では、今日はここまでにしましょう。主のご加護あらんことを。アーメン」
『アーメン』
 聖書朗読クラブの、今日のお勉めはこれで終わり。
 あとは、本来なら適当な休憩時間を過ごし、解散となる。
 しかし。
「あ、休憩の前に、ちょっと皆さんの耳に入れておきたいことがあるの」
 部長の言葉に、だらけかけていた部員が、居住まいを正した。
「皆さんも、最近良く耳にしてると思うのだけれど……」
 穏やかな笑みの部長だったが、
「『魔法少女志摩子』のことよ」
 その名を口にした途端、壮絶な笑みに変わった。
 目の当たりにした部員たち、一様に背筋に冷たいものが走る。
「これまでも魔法を駆使して、多くの人たちを助けているって話を聞くけど、魔法を使うと言う事は、彼女は紛れも無い『魔女』。きっと人助けも、何かをやらかすための下準備、人気取りをしているに決まっている。このまま放っておけば、彼女……いえ、ヤツの思いのままに操られてしまうのも時間の問題。そんな事態、神の子たる私たちが看過すべきではないわよね……」
 半数はまさかって表情をしているが、残り半数は、その通りと言わんばかりだった。
「今後私たち聖書朗読クラブの全部員は、『魔法少女志摩子』を捕らえ、神の名のもとに様々な方法で散々に玩んだ挙句、処刑するための行動に移ります。いいわね?」
 有無を言わせない迫力を持った部長の視線に、思わず全員が頷いていた。


「それにしても……」
 放課後、聖書朗読クラブの部員、敦子と美幸は、未だ部長の言葉に半信半疑ながらも、『魔法少女志摩子』を探して校内を徘徊していた。
「助けてもらった人に話を聞いたけど、とても魔女なんてイメージはないですわね」
「そうね、部長がおっしゃった通り人気取りなら、上辺だけなのでしょうけど」
「何にしろ、手がかりが名前だけと言うのが難点ですわ。『魔法少女志摩子』……」
「ああ、個人を特定するための、何かヒントでもあればいいのだけれど……」
 頭を抱える二人。
「こうなったら、乃梨子さんにお願いして、山百合会主導で探していただくのはどうかしら?」
「乃梨子さんはともかく、薔薇さま方が動いてくれるかどうかは疑問だけれど」
「行き詰まっている以上、わずかな可能性にでもいいから、賭けてみません?」
「そうですね。では早速、白薔薇のつぼみにお願いしてみましょう」
『そんなワケで乃梨子さん』
「どんなワケよ」
 振り向いた敦子と美幸は、真後にいた乃梨子に話しかけた。
 何のことはない、二人は、乃梨子の席の前で会話していたのだった。
 思わずジト目で二人を見やる乃梨子。
「つまり、『魔法少女志摩子』の手がかりを得るため、山百合会の皆さんの協力が得られるように、乃梨子さんに尽力していただきたいのです」
「どうして、『魔法少女志摩子』の手がかりが欲しいの?」
「口が堅い乃梨子さんにはお教えしますけど……」
 部長からの指令を、こっそり耳打ちする敦子。
「本気なの?」
「ええ、部長命令ですから。一年生の私たちには、逆らえませんし」
「いやでも、流石に処刑なんて言われたら、知ってても教えられないんだけど」
「もちろん私たち自身は、処刑とまでは考えていませんわ。でも、手ぶらで帰るわけにも行きません。どんな些細なことでも良いですから、手がかりが必要なのです」
 まぁ確かに、二人は狂信者ではないので、間違っても処刑まではしないだろうが。
「知ってたら教えてあげなくもなかったんだけど、残念ながら山百合会でも、全くと言っていいほど手がかりを掴んでいないのよ。新聞部や写真部の協力も得てるのに、助けられた人の体験談だけしか無くって。例えば……」

・先輩Y・Fの場合。
「うん、確かお姉さまお気に入りの花瓶を割ってしまった時に現れて、花瓶をくっ付けて直してくれたんだ。でも、テーブルまで一緒にくっ付いちゃって、大した助けにはならなかったんだけどね、ははは」

・先輩R・Hの場合。
「うん、由乃に殴られて、窓を突き破って一階に落ちたことがあるんだけど、壊れた窓を直してくれたんだ。でも、窓枠までピッタリくっ付いちゃって、開かなくなってしまったんだはっはっは……」

・先輩Y・Sの場合。
「うん、むしゃくしゃしてて、思わずティーカップを全部壊してしまったんだけど、彼女がカップを直してくれたの。でも、直ったのはいいけど、でっかいカップが一つだけって、ありゃ何だって話だったわ」

「……とまぁ、大して役立っていないのが現状なんだわ」
「そうなのですか……」
「新聞部すらも捕まえられないなんて、なんて恐ろしい……」
「いや、恐ろしくはないと思うんだけど。むしろドンくさい?」
「そのドジっぷりが、かえって底知れない恐怖を呼び覚ましますわ。流石は魔女ですわね」
「まぁ確かに、恐ろしいぐらいに冴え渡ったドンくささだけどね。もっと体験談は集めてるけど、似たり寄ったりだわ。いずれにせよ、山百合会でも『魔法少女志摩子』に関して調査はしてるんだけど、大した手がかりは無し、ってのが現状ね」
 はーやれやれ、と肩をすくめる乃梨子。
「困りましたわね……」
「ええ、困りましたわ……」

「大変、名前も知らない一年生二人が大ピンチ。こんな時には、秘密の呪文で大変身」

 困っている二人の背後で、唐突に声が聞こえた。

「ロサロサギガギガ、ギガンティア〜♪ 魔法少女、志摩子にお任せ♪」

 そこには、いつの間にか『魔法少女志摩子』が立っていた。
「あ、魔法少女志摩子。いつの間に?」
『こ、この方が……?』
 呆然と呟く敦子と美幸だったが。
「チャンスですわ。本人なら、手がかりをいくらでも知っているはず!」
「そうですわ。本人なら『魔法少女志摩子』のことを一番よく知っているはず!」
『そんなワケで、『魔法少女志摩子』の手がかりを教えて下さい』
「本人に手がかりを聞いてどうするの」
 乃梨子の冷静な突っ込みには耳もくれず、魔法少女志摩子に縋る二人。
「安心して二人とも。魔法のロザリオで、『魔法少女志摩子』の手がかりを教えてあげる」
「いやその、本人が手がかりを言ってどうするの」
 乃梨子の冷静な突っ込みには耳もくれず、魔法少女志摩子は、敦子と美幸相手に、なかなかにトンチンカンなやり取りを続けるのだった。


「はぁ、やっと『魔法少女志摩子』の手がかりを掴めましたわ!」
「ええ、やっぱり本人に聞くのが一番の近道でしたわ!」
「で、手がかりは掴めたの?」
 もう諦めたのか乃梨子は、『魔法少女志摩子』が歩いて消えた廊下の方を見ながら、要らん事は言わずに、結果だけを聞いた。
「もちろんですわ」
「やっと実のある報告を、部長に出すことが出来ます」
「そう、良かったね」
『ええ。そんなワケで、ごきげんよう乃梨子さん』
「うん、ごきげんよう……」
 今回だけで、都合三回の「そんなワケで」を残しながら、立ち去る敦子と美幸。
「なんちゅーか、天然ぶりは匹敵してるねあの三人は。でも、本当に『魔法少女志摩子』の正体って誰なんだろう……?」
 目の前にしながらも、結局誰だか判別できなかった乃梨子だった。
「乃梨子」
「あ、志摩子さん。どうしたの?」
「近くに来ていたので、迎えに来たの。何か考え事でも?」
「え? あ、いや、何でもないよ。『魔法少女志摩子』の正体について考えてただけ」
「そう。それで、見当は付いたの?」
「いやぁ、それがなかなか……。志摩子さんは知ってる?」
「残念だけど、私は会ったことがないわ」
 そりゃそうだ、本人が本人に会えるはずがない。
「そっか……」
「さぁ、薔薇の館に行きましょう」
「うん」
 白薔薇姉妹は連れ立って、一年椿組を後にした。
 

『部長!』
「あら、敦子ちゃんに美幸ちゃん。どうしたの?」
 部室に飛び込んだ敦子と美幸を迎える部長。
「『魔法少女志摩子』の手がかりを掴んで参りましたわ!」
「まぁ、それは素晴らしいわね」
「はい! それでですね……」
 外見の特徴、声、しぐさなど、覚えている範囲で部長に報告する二人。
「……ということです」
「ふぅむ。で、その手がかりの信憑性は?」
「100%と言っても過言ではありませんわ。何故なら、本人を目の前にして、本人に教えていただいたのですから。ほら、デジタルカメラで撮影もしてきました」
「なるほど、それじゃぁ問題は無いわね。やっと、『魔法少女志摩子』に関する信頼に足る情報を得られたわ」
 満足そうに頷く部長。
「二人ともお疲れ様。ご苦労だけれど、引き続き手がかりを集めて来て頂戴ね」
『了解しました!』
 誉められたのが嬉しかったのか、嬉々として再び部室を後にした二人。
「ふっふっふ、もう少しで会えるかもね、『魔法少女志摩子』……」
 静かにほくそえむ部長が手にするデジタルカメラのモニタには、純白の衣装に包まれ、白い薔薇を胸と髪に飾り、まるで誰かを彷彿とさせる、ふわふわ巻き毛の美少女が写っていた。
「ねぇ部長?」
「何?」
 夕日が差し込むも薄暗い部室の中、副部長が部長に問い掛けた。
「気付いてる? あなた、『魔法少女志摩子』の話をしているとき、妙に嬉しそうな顔してたわよ」
「え? ほんとに? そりゃ危ないわねぇ」
 手鏡を取り出し、映った自分の顔を撫でながら、ニヤリと笑みを浮かべるのだった……。


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