『マリア様もお断り!?』シリーズ
これは『思春期未満お断り・完結編』とのクロスオーバーです。元ネタを知らなくても読めます。
多分に女の子同士の恋愛要素を含みますので、苦手だという方は回避して下さい。
【No:1923】→【No:1935】→これ
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志摩子がM駅の改札口に着いた時ちょうど入れ違いになるように改札を通っていった親子が、何やら楽しそうに話している。
「――ママ、約束だよ。絶対…絶対だからねっ!」
「はいはい。明日の晩ご飯はグラタンね――」
微笑ましい会話に志摩子の顔も自然と優しくなる。
(約束…ね。祐巳は覚えているかしら?)
『志摩子!これからもずっと一緒にいようね。一緒に暮らして一緒にお婆ちゃんになって…ずっと、ずーっと!約束だよ?』
『ええ、約束。私たちはずっと一緒よ…』
「何ぼーっとしてるの?」
「きゃっ」
「志摩子?」
どうやら思い出に浸っているうちに祐巳が来ていたようだ。急に顔を覗き込まれて思わず悲鳴を上げてしまった。
「な、何でもないわ」
「?」
まだ心臓がドキドキ言ってる。
「変なの…まぁいいや。じゃあ行こう?」
「ええ」
差し出されたその手に志摩子は自分の手を重ねた。
夕日に照らされた祐巳の笑顔に、先ほどとは違う種類のドキドキが胸を駆け抜けていった。
***
「お邪魔します」
「はい、おいでやすぅ」
「あはっ」
祐巳の言葉と口調に志摩子は堪らず吹き出していた。つられて祐巳も吹き出す。そのまま二人、顔を見合わせて笑い続けた。
「…祐巳ったらおかしなこと言うんだから」
「だってさ。志摩子の可愛い笑顔が見たかったんだもん」
「…っ……もう…祐巳なんて知らないわ」
憎まれ口を言うその顔はほんの少し笑っていた。
玄関に靴を揃えて上がると祐巳は先に行っていたらしくキッチンの方から物音がする。
「ご家族の方はいらっしゃらないのよね?」
「うん。皆出掛けてるよ」
「そう…あ、手伝うわ」
「いいよ、もう終わるし。先に部屋行ってて?すぐ行くから」
「わかった」
勝手知ったる他人の家…とはよく言ったもので、もう何度も福沢家にお邪魔している志摩子は祐巳の案内なしでも部屋に行ける。
扉を開けて中に入るとなぜかベッドが目についた。
(………)
志摩子はじっとベッドを見つめる。だが祐巳が階段を上がってくる音に気付いて慌てて目を逸らした。
「お待たせ…ってあれ?何してるの?座ってればいいのに」
「あ…勝手に部屋に上がって勝手に座るのは、何だか祐巳に申し訳ない気がして」
簡単に意識が捕われてしまいそうになるベッドから無理矢理に視線を外す。
(こんなにベッドばかり見たりして…はしたないわね)
「申し訳ないって…今更じゃない」
あはは、と笑う祐巳に志摩子も不自然にならないよう笑い返した。
「はい。ミルクティーね」
「ありがとう」
カップを受け取って一口飲んでみる。そんな志摩子を見て祐巳も自分のカップに口を付けた。
「とってもおいしいわ」
「…それは良かった」
「「でも…いい加減座らない?」」
志摩子と祐巳。同じ言葉が同じ間で…正に異口同音、以心伝心だ。
「「………ぷっ」」
「あははっ…志摩子ってば」
「ふふっ…祐巳ったら」
そして、また…二人はぴったり重なった。
***
「――それにしても…何か久しぶりだね。こうやって二人で過ごすのって」
暫くの間妹たちの話や由乃のこと…そんな他愛もない雑談をしていたが、祐巳は唐突にそう言って改めて志摩子を見る。
「そうね。でもそれはお互いに忙しかったんだから仕方ないわ」
「…うん」
祐巳は何か感慨深げに目を細めた。
「私も色々とあったけれど…祐巳は特によね」
「うーごめんなさい…」
「ふふ……でも。やっと受験も終わったんだし、これからは二人で過ごせる時間なんてたくさんあるわ」
「…そっ…か。うん…そうだよね!」
一瞬、祐巳の顔が曇ったような気がした。しかし今は屈託ない笑顔を浮かべている。
(気のせい…かしら?)
「志摩子は大好きな銀杏並木とさよならせずに済んで嬉しいでしょう?」
「え?ええ」
祐巳は相変わらず笑顔を見せている。その笑顔を眺めているうちに、志摩子もさっきの曇り顔は気のせいだったのだと思い始めた。
「でも…祐巳ったら…今日も休みかと思っていたら急に来るんだもの。しかも私服で。びっくりしちゃったわ」
「………」
「それに会った途端に『うちに来ない?』って…私たちのこと、知っている人も知らない人も皆驚いていたわね」
「…決まっているでしょう?」
「え?」
ぼそっと呟いた祐巳が立ち上がったのを見て志摩子は首を傾げた。
「志摩子とこうしたかったからだよ」
「きゃあっ!」
――ドサッ
ベッドを意識しないよう努めていたはずなのに、無意識のうちに意識していたのか志摩子はベッドに腰を下ろしていた。それが仇となったようで祐巳が覆いかぶさってきて、そのままベッドに押し倒された。
「ゆ、祐巳!」
「んー志摩子ってふわふわだね」
祐巳にそっと抱きしめられる。まるで壊れ物に触れるかのように。
「志摩子…好きだよ」
「……っ」
耳元で囁かれて志摩子は大きく肩を震わせた。
「好き」
「ゆ…み…」
もう一度、今度は真っ直ぐに目を見て言われ…優しく口付けられた。
祐巳の柔らかい唇が志摩子を甘い世界へと誘(いざな)う。
その誘(さそ)いに乗ってふわふわと漂うように、口付けに酔っていると祐巳がタイに手をかけた。
「………っ!?」
唇を離すと絡み付くような熱っぽい瞳に見つめられる。
「ちょっ…ちょっと祐巳……ねぇ…待って!」
「…ダメ。待てない…」
その間にもタイはしゅるっと音を立てて解かれ胸元が露になる。
「で、でもっ!まだ心の準備が…っ」
「だいたい止まれって方が無理だよ…18歳の健康な女の子が一ヶ月もお預けだったんだし?」
「……本当に?」
志摩子のその言葉に祐巳の動きが止まった。
「あー何それ?まさか会えない間に私が浮気してたって?」
「そう…じゃないけれど。でもほら…祐巳ってモテるでしょう?例えば…」
そこでなぜか鮮明なビジョンが志摩子の脳裏に浮かんできた。
「…そう。あんな風に金髪で…胸も私より大きくて…抜けるように白くて綺麗な肌をしている……」
「私みたいナ?」
「「!?」」
突然、降って湧いてきた声と目の前にいる人物の姿に二人は文字通り跳び起きた。
「あ、あなたはっ…昨日のっ!」
志摩子たちの目の前に立っていた人物――それは昨日薔薇の館に来た、あの外国人女性だった。
慌てて服の乱れを直した志摩子は、珍しく動揺して声を荒げていた。
「…シンディ!」
(えっ!?)
「え、え?…な、何でここに…」
「迎えに来たノヨ。ユミを」
「か、鍵はどうしたの!?」
「…それは途中でユーキと会ったし?」
「祐麒っ!?」
「……は、はい」
祐巳に呼ばれておずおずと扉の陰から祐麒が出てくる。
「…シンディ!今は私に干渉しないでって…」
「祐巳っ!」
志摩子が叫ぶような形で祐巳の名前を呼んだ。
祐巳と女性――シンディが何やら話し出してから今の今まで、志摩子はただ呆然とやり取りを見ていることしかできなかった。祐麒が登場したことでやっと我に返ったのだ。
そしてシンディの存在が知らず志摩子に大声を出させていた。
「へ?…あ……し、志摩子?」
「…こちらはどなた?」
「こ、この人はっ!お父さんの…えーっと…建築の先生のお子さんなのっ!今はカナダから日本に来てて、うちの…そう!お客様ってやつかなっ」
「シンディ・ライアン…アナタより一つ上のナインティーンよ」
(…カナダ!)
「サ、ユミ!行きマショ。パパたちが話の続きがしたいってホテルで待ってるワ」
「ちょっとシンディ!離して…っ」
またもや志摩子を置き去りにして祐巳とシンディが言い合いを始める。
「No!パパには貴重なプライベートタイムなのヨ。アナタもわかってるデショ!」
「…っ!……わかった……志摩子…ごめん…また明日、いつもの時間にね…」
祐巳がとても苦しそうな顔で言う。そんな顔をされれば志摩子には強く引き止めることはできない。
「一ヶ月ブリのお楽しみのトコロ、残念ダッタワネ……シマコさん!」
(なっ…)
――バタン
「………」
二人がいなくなった部屋はとても静かだった。その中で祐麒が志摩子に躊躇いがちに声をかける。
「あの…バス停まで送ります」
「志摩子さん」
バス停までの道すがら、ずっと沈黙を守っていた祐麒が突然話しかけてきた。
「はい?」
「祐巳から何か聞いてます?」
「……いえ」
志摩子が答えると祐麒から溜息が漏れた。
「シンディ…ライアン家とは昔からの付き合いなんです」
志摩子は祐麒の言葉を邪魔せずじっと聴き入る。
「シンディの小父さん…ジョン・ライアンさんは父に建築の道を教えた人で…父にとっては師匠で兄貴で…そんな人らしいです。父が学生の頃から日本にいて家族同然の付き合いで、ジョンがカナダに戻った後もずっと」
祐麒は静かに話す。
「シンディと初めて会ったのは俺たちが小学生の時で…その時から俺たちには姉貴みたいな存在なんです」
ただ前を向いて。
「あいつもジョンも昔から強引な人だったけど、いい人でした。ただ…最近は…ジョンは少し人柄が変わってしまったみたいで…」
そこまで祐麒が言ったところで、大通り沿いのバス停に着いた。肝心のバスはあと2、3分で来るらしい。
「そう…だったんですか」
「…嫌な思いさせちゃってごめんね」
「祐麒さんが謝ることじゃないですから」
自分の非でもないのに頭を下げる祐麒に志摩子は微笑んで首を振る。
「シンディは…さっきはあんな感じだったけど、本当はいいやつなんです」
真剣な顔でそう言った祐麒に志摩子は小さく頷いた。
いつの間にか時間は経ったのか、角を曲がってバスが近付いて…そして二人の前に停車した。
「送って下さってありがとうございます」
「いえ…それじゃ、気をつけて」
「ええ。ごきげんよう」
バスが静かに発車する。
志摩子はM駅に着くまでの間ずっと窓の外を見ていた。
***
一台のタクシーが大通りを走っている。その中で言葉を交わすのは二人の少女――祐巳とシンディ。
「…一体どういうつもりなの?何で志摩子に…」
「興味あったノヨ。アナタの恋人がドンナ子か」
「………」
「アラ違った…恋人ダッタ子、ヨネ?」
シンディはクスクス笑いながら足を組み替える。
祐巳はその笑い声を辛そうな表情で聞いていたが、徐に鞄から小さな箱を取り出した。
蓋を開けて中の物に視線を落とす。
「シンディ」
パコッと音がして小箱の蓋は閉じられた。
「…今は私の好きにさせてほしいの…お願い。これは……これは私と志摩子の問題だから」
それ以上、祐巳は何も喋らずただ窓の外を見ていた。
街のネオンが次から次へと後ろに流れていく。きらきらと…まるで流れ星のように。
To be continued...