【1974】 これじゃ評論だよ神隠し苦手だ  (砂森 月 2006-11-02 22:24:07)


※未使用キー限定タイトル一発決めキャンペーン第7弾
 今回はARIAです



「……だから怖いんじゃないですか」
「「「……ぎゃぴぃ〜」」」
 夏の青空に少女達の悲鳴が響き渡る。それもそのはず、今まさに灯里のサン・ミケーレ島神隠し未遂事件(?)について話していたところなのだ。
 ということでここはネオ・ヴェネツィア。真夏の日差しの下、サン・マルコ広場の岸辺に舟を寄せて休憩がてら話しているのはいつもの面々である。
「そこでですね」
「ん、あによ?」
 心霊話で心なし涼しくなったところでふとアリスが提案する。
「その噂の君の正体、確かめてみたいとは思いませんか?」
「えぇ〜、やだよぉ、すっごく怖かったんだからね」
「そっそそそそそそうよ。灯里みたいに連れ去られそうになったら大変じゃない。却下よ却下」
「ぷぷぷいにゅ、ぷいにゅ〜」
 その提案を全力で拒否する2人と1匹。
「心配しなくても学校の心霊研究会の子からお守りを借りてきますので、でっかい大丈夫です」
「でっでもそれが効かなかったらどうするのよ」
「大丈夫と言ったら大丈夫なんです。ひょっとして藍華先輩、怖いのですか?」
「なっなに言っているのよ、怖いわけないじゃない。そうよ、危険が危ないのよ危険が」
「言葉遣いがでっかい間違ってますよ」
「ぐっ。わ、わかったわよ。やればいいんでしょやれば」

 というわけでその日の夜、サン・マルコ広場にそれとなくゴンドラを寄せる3人。
「いないね……」
「そうですね」
 しかし広場には噂の君どころか人っ子一人見あたらない。
「あれなんじゃない? 灯里の一件で懲りて出てこなくなったとか」
「えっ、じゃあひょっとして私幽霊さん退治しちゃったの?」
「いえ、単純に灯里先輩を恐れているだけかもしれないですね。ということで」
 そういってアリスはまぁ社長を灯里のゴンドラに乗せる。
「灯里先輩は社長達を乗せて少し離れていて下さい」
「ほへ?」
「灯里先輩の話ですと猫を怖がっている可能性もありますから。私達だけになれば出てくるかもしれません」
「うん、わかった。でも気を付けてね」
「分かってます。何かあったらランプで合図しますから」
「じゃ、私も……」
「藍華先輩は残って下さいね」
「うっ。わ、わかったわよ」

 結果から言えば、アリスの予想は当たっていた。灯里が猫社長達を連れて離れると、ほどなく漆黒のドレスに身を包んだ女性が現れアリスのゴンドラに乗り込んできてこう告げたのだ。
「お願いします、水先案内人さん」
(で、出た……)
 藍華は噂の君の登場に早くもびびっていた。しかし今はそれを表に出すわけにはいかない。
「すみません。私はまだ両手袋なのでお客様を乗せることができないのです」
(見た感じおかしなところはないですね……)
 逆にアリスは冷静に受け答えをしながら女性を観察する。
「そう、じゃあそちらのお嬢さんは?」
「わ、私もまだ半人前なので指導者の方がいないとお客様は乗せられないです」
 緊張からかいつもと多少口調が違う藍華。アリスが怪しげな視線を送るが当の本人はそれどころじゃないので全然気付かない。
「あら、そうだったの。ごめんなさい」
「いえ、こちらこそ」
「でも困ったわね。他の舟はみんな終わってしまったみたいだし」
(ちょっと、何で後輩ちゃんは普通に話していられるのよー)
 もう内心ドッキドキでできるものなら今すぐ逃げ出したい藍華。一方のアリスは少し考えた後、おもむろにこう切り出した。
「そうですね……寮の門限に間に合う範囲なら、練習に付き合ってもらうということでお乗せできないこともないですけど」
「あら、いいの?」
(ちょ、ちょっと後輩ちゃんー?)
「場所にもよりますけれど。それで、どちらまで行かれるのですか?」
「サン・ミケーレ島までなんだけれど、お願いできるかしら」
「わかりました」

 一方その頃灯里はというと……
「ぷいにゅ〜」
「あわわわわわ、アリア社長、大丈夫ですかぁ〜」
アリア社長のもちもちぽんぽんにかみついたまぁ社長を必死に引きはがしていた。まぁ社長はアリア社長のもちもちぽんぽんが大好きなのだ。
「あのー」
「はひっ」
「水無灯里さんですか?」
 と、その灯里に声がかけられる。灯里が振り返ると岸辺に2人の少女の姿があった。なんでも2人はアリスの学校のミステリー研究会と心霊研究会の子で、アリスが噂の君の正体を確かめるという話を聞いてこっそり様子を見に来たらしい。
「で、もしよければ舟に乗せてほしいのですけど……」
「あ、うん。そういうことなら大丈夫だよ」
「ありがとうございます……あ、向こうは動き出したみたいですよ」
「あっ、本当だ。急がなきゃ」
 ふと広場の方を見れば、ランプの灯りが揺れながら遠ざかっていっている。灯里と2人を乗せたゴンドラはつかず離れずの距離を保ちながら前の2人を追いかけていった。

(灯里もちゃんとついてきているわね……)
 アリスのゴンドラの隣で自分のゴンドラを漕ぎながら時々後ろを確認する藍華。一方のアリスは何気ない会話を装いながら噂の君に探りを入れていた。
「ところで、こんな時間にどうしてサン・ミケーレ島へ?」
「それが、身内が急に亡くなってしまったもので……」
「そうなんですか」
「ええ。それでお墓の場所はどこがいいか下見に来ておきたくて」
「ああ、それで……でも昼間ではだめだったのですか?」
「そうしたかったのだけれど、時間が取れなかったのよ」
(いまいちよく分かりませんね……)
 しかしなかなか正体がつかめない。そうこうしているうちにゴンドラはサン・ミケーレ島に着いてしまった。
「着きました」
「ありがとう」
「では、私は門限がありますのでこれで……」
 噂の君を降ろし、再び船をこぎ出そうとするアリス。しかしその腕を噂の君はしっかりと握りしめていた。
「あなた、いい娘ね。ここでお別れなんて寂しいわ」
「えっ、えっ?」
「こっ、後輩ちゃん」
 そしてアリスの腕を掴んだまま、噂の君は音もなく走り出した。

「確かに噂通りの姿ね。そっちはどう?」
「こっちには何も」
「ということはやっぱり幽霊なのかしら?」
「えっと……何をしているの?」
 アリスの知り合い2人を乗せた灯里のゴンドラでは2人の少女が何やら機材を取り出してアリスの舟を観察していた。
「私は暗視ゴーグルで観察を」
「私は赤外線カメラです」
「そ、そう……」
 そんなやりとりをしている間にアリス達のゴンドラが島に到着した。そして程なく噂の君が行動を起こした。
「あっ、大変」
「えっ?」
「アリスさんが連れ去られてます」
「ええーっ」
 大急ぎでゴンドラを島に着ける灯里。
「あっ、灯里」
「藍華ちゃん、急いで追いかけて」
「わ、わかったわ」
 戸惑っていた藍華に声をかけて、猫社長達と一緒に灯里も駆け足でアリスの後を追いかけていった。

「はぁっ、はぁっ」
 何かに足を取られてつまずいたアリス。その場所は昨日灯里がつまづいた場所と全く同じだった。
「早く立って」
(何? 私はどうなってしまうの?)
「大丈夫よ、あなたいい娘だもの。上手くやっていけるわ」
 呼吸を整えながら噂の君を見上げたアリス。
「……っ!」
 その噂の君には、顔がなかった。
(……はっ、そうだ。お守りどこだっけ?)
 心霊研究会の人によれば「悪霊退散! 喝ーっ!」と唱えれば大丈夫らしいというお守り。借りてきていたことを思い出してポケットを探そうとしたのだが。
「きゃっ」
「ふふ、何をしているの? 早く行きましょう」
(こ、これはひょっとしてでっかいピンチですか?)
 感づいているのか噂の君はアリスの腕を引っ張って探す余裕を与えてくれない。そのまま噂の君に連れ去られそうになったまさにその時。
「まあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ〜」
「ひっ……!」
 いつぞやの病院で聴いた、肌に振動が伝わるほどの大きな鳴き声が響き渡る。その声に噂の君はあっさりとアリスの手を放してどこかへ走り去ってしまった。
(え、あれ?)
 あまりの急展開にあっけにとられるアリス。
「まぁ〜」
「あっ、まぁくん」
「まぁ」
 制服の裾を引っ張られて振り返ってみれば、いつの間にかまぁ社長がアリスの裾に捕まっていた。
「アリスちゃーん、大丈夫〜?」
 そして遅れて走ってきた残り一同。
「あっ、はい。まぁくんの鳴き声を聴いたらあっさりと逃げていきました」
「よかった〜。本当に連れ去られたらどうしようかと思っちゃったよ」
「こりゃ灯里、のんきに話してないでさっさと逃げ……じゃなかった、帰るわよ」
「藍華先輩、やっぱり怖かったんですね」
「ぬなっ、あ、あんたあんな体験しておいてよく冷静でいられるわね」
「助かりましたから」
「可愛げないわねー」
「まあまあ二人とも、時間遅いしもう帰ろうよ」
「そうね。さっさと帰るわよ」
「そうですね、そろそろ門限ですから。ところで藍華先輩、肩に手が……」
「へっ……ぎゃーすっ!!」
「アリスちゃん……」
「やっぱり怖かったんですね」
 悲鳴を上げて走り去る藍華を見つめる2人。アリスの手にはいつの間にやら先端に指のついた指示棒が握られていた。


「……んで、結局どうだったのよ?」
 翌日、すこぶる機嫌の悪そうな藍華がアリスに尋ねた。
「そうですね。そちら方面の同好会の人によれば、暗視カメラでは見えたけれど赤外線カメラには写らなかったそうなんです」
「あー、そんなこと言ってたね」
「なので、やはり幽霊の可能性も捨てきれないのではないかという結論に」
「なによー、結局正体分からずじまいじゃないのー」
「まあまあ藍華ちゃん、噂の君が実在してるのをこの目で見られただけでもよしとしようよ」
「あんたはお気楽すぎなのよ」
 さんざん怖い思いしてこんな結果だったので思わずがっくりした藍華。
「あーもー、練習するわよ練習」
「うん」
「わかりました」
 そういってそれぞれのゴンドラに乗る3人。
「あーでも、ちょっと残念だなー」
「何がよ?」
「ひょっとしたらまたケット・シーに逢えるかもって思ってたんだよねー」
「そんな都合良くひょいひょい出てくるわけないでしょ」
「えー」
「えー、じゃないの」
「次は藍華先輩の番かもですね」
「そこ、脅かすセリフ禁止」
 いつもの調子でゴンドラを漕いでいく3人。その様子を、サン・マルコ広場の柱からそっと見つめる視線があったそうな……。


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