【1985】 真剣勝負志摩子さんに物申す  (雪国カノ 2006-11-10 05:51:41)


 
『マリア様もお断り!?』シリーズ

これは『思春期未満お断り・完結編』とのクロスオーバーです。元ネタを知らなくても読めます。

多分に女の子同士の恋愛要素を含みますので、苦手だという方は回避して下さい。

【No:1923】→【No:1935】→【No:1946】→【No:1969】→これ

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週が明けて卒業式まであと二日となった日の放課後。志摩子、祐巳、由乃の三人は久しぶりに薔薇の館の前に立っていた。

祐巳もこの何日かは登校している。休んでいた分を取り戻すかのように毎日毎日、朝から放課後まで生徒たちに囲まれていた。

そして志摩子はあの日からずっと沈んでいた。そんな時だ。祐巳と由乃が誘ってきたのは。さすがに皆も変に思ったのだろう。志摩子も気分転換になればとその誘いに乗ったのだ。

「あと何回ここに来るのかしらねぇ」

由乃が感慨深げに薔薇の館を見上げて言ったため志摩子たちもつられて見上げる。

「…ねぇ。今日は寒いし、そろそろ中に入ろう」
「そうね…三月も終わりなのにね」

三人は可愛い妹たちに何を入れてもらおうかと話しながら薔薇の館の中に入った。

階段を上っていると前にいた祐巳が手摺りを撫でているのが見えた。最後の別れを惜しむように優しい視線が向けられていた。

「「「ごきげんよう」」」

馴染み深い挨拶で、馴染み深いビスケット扉を開く。もうこの儀式を行うのも残り僅かなのだろう。

「「「お姉さまっ!」」」

皆がこちらを向いて訪問者を確認すると、乃梨子、瞳子、菜々が声をユニゾンさせて立ち上がった。

(動きまで同じなんて…皆仲がいいわね)

手にしていた書類を放り出してそれぞれのお姉さまへと駆け寄って行く。

志摩子は体全体で嬉しさを表している乃梨子を見て、今までの嫌な気持ちがどこかへ吹き飛んでしまった。

テーブルにぽつんと取り残された孫たちは、苦笑しながら志摩子たちに挨拶を返した。

「乃梨子…飛鳥ちゃんの前でしょう」
「で、でもっ!」
「ふふ…それ以上は言わなくてもいいわ」

人差し指を乃梨子の唇に当てて言葉を封じる。途端に乃梨子の顔が赤くなるので思わず笑みが零れた。

「あらあら。ラブラブね」

由乃が冷やかしてきたが、そう言う由乃自身、嬉しそうに菜々の頭を撫でている。顔がにやけ気味なのは見なかったことにしようと志摩子は思う。

「由乃も他人のこと言えないんじゃないかしら?」

それでも由乃に冷やかし返すのは忘れないが。そんなやり取りをしていると。

「…………か・ず・さ・ちゃんっ」
「ぎゃああああっ!!」

隣から耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。が、誰も気にしていない。

「あー始まったわね」
「そうね」

祐巳が瞳子の妹、和沙に抱き着いていたのだ。

「ロ、紅薔薇さま!離して下さい!気持ち悪いっ」
「うわっ酷い。和沙ちゃん言うねぇ。でも離してあーげないっ」
「〜〜〜っ!」

どうやら薔薇さまたちにお茶を入れるべく流しに向かっていた際に祐巳に捕まったようだ。

「…はぁ……抱き着きたいなら白薔薇さまにして下さいよ…」
「んーそれは出来ないなぁ」
「どうしてですか?」
「だって…ここで志摩子といちゃついたら乃梨子ちゃんが怒っちゃうじゃない?」
「乃梨子さまが怒るくらい別にいいじゃありませんか」

背中に張り付いたままの祐巳をキッと睨みつける和沙。

和沙は上級生だろうと薔薇さまだろうと物怖じせずに言いたいことは言う。幼稚舎からリリアンだが、そんなところは乃梨子に似ていた。

だから瞳子は和沙を妹にしたのだろうと志摩子は常々思っている。

「祐巳って妹が出来てから急に聖さま化したわよね。今だって凄く生き生きしてるわ」
「ええ…そう言えば、前はいつも瞳子ちゃんに抱き着いていたわね」

志摩子と由乃は飛鳥と菜々が入れてくれたお茶を飲みながら、のほほんと語っている。紅薔薇家のお祖母ちゃんと孫の戦いを微笑ましく眺めているだけだった。

「全く…瞳子はいい迷惑でしたわ」
「その割には肩が淋しそうだけど?」
「そうですね。紅薔薇さまが和沙さんと戯れ始めると、いつも哀愁漂ってる感じですよね」
「乃梨子さん、菜々ちゃん…何か言いました?」
「別に?」
「空耳ですよ、瞳子さま」

乃梨子たちも書類を端に追いやって会話に混ざってきた。既に山百合会は休憩モードだ。

「乃梨子ちゃんが怒っちゃうと飛鳥ちゃんも不機嫌になるんだよ?」
「………」

(飛鳥ちゃんは凄くヤキモチ妬きだものね)

だが飛鳥にとって『ヤキモチを妬く』範疇には志摩子は入っていないらしい。

「飛鳥ちゃんが不機嫌になっちゃうと、実の妹の和沙ちゃんが家で大変なことになるよね?」
「………うっ…」

飛鳥と和沙。二人は実の姉妹だ。双子ではなく、福沢姉弟のように同学年の年子なのだ。

「と、そういう訳で私が抱き着くのは志摩子じゃなくて和沙ちゃんなの。アンダースタン?」

祐巳がニシシッと笑いお祖母ちゃんと孫の戦いは、見事お祖母ちゃんが勝利を納めた。

「お、お姉ちゃんが…お姉ちゃんが乃梨子さま病なのが悪いんだぁぁっ!」

和沙の心からの叫びが薔薇の館に響く。

志摩子はこんな風にいつも騒々しくて、でもどこかほっとする…そんな今の山百合会が大好きだった。


***


それは唐突に訪れた。

「――飛鳥ちゃん、お茶入れるの上手くなったわね。とてもおいしいわ」
「ほ、本当ですか、白薔薇さま!?えへへ〜飛鳥嬉しいですっ!」
「ええ、本当よ。あら?乃梨子。何をそんなに…」



――バタムッ

「Hi! Yumi! I have come to meet you who love!(愛するあなたを迎えに来たわ!)」



ビスケット扉が、壊れるんじゃないかというくらい大きな音を立てて開いた。

扉の向こうに立っていたのは…誰あろうシンディだった。

「……シシシ、シンデ…」
「泥棒ネコぉぉ!!」

祐巳の叫びを由乃が更に上回る大声で掻き消す。

「What? "ドロボーネコ"? ...... Oh, Yumi! It's also very charming today!(何?「ドロボーネコ」?……ああ、祐巳!今日もとってもチャーミングよ!)」

早口の英語で何か話しながらシンディは祐巳の元へと向かう。

「あーーっ!飛鳥、あいつあいつっ!!」
「ぐ…ぐる゙じっ…ぎぶ……ぎ…」
「ちょっと乃梨子さん!お下品で…ってきゃー!飛鳥ちゃん!?しっかりなさって!」
「瞳子さまお姉ちゃんを宜しくお願いします!…あの、すみません!部外者が勝手に……」

――ドンッ

「わぁ〜本当にセクシーダイナマイツですね。すみませーん!何食べたらそんな体になれるんですか?」
「菜々?何でそんなこと聞いてるの?」
「決まってるじゃないですか〜お姉さまのその貧相な体をもう少しマシに改造するんですよ」
「……………死なす」

シンディが現れたことで薔薇の館は大騒ぎになっていた。





一方。

「シンディ!あれほど…」

部屋の片隅で騒いでいる他のメンバーには見向きもしないで、祐巳が近付いてきたシンディに話しかけた。

「ホテルで待っててって言ったじゃ…」
「……………ホテル?」

志摩子は小さく呟いた。抑揚のない声で。その瞬間祐巳の顔が引き攣ったのが志摩子にもわかった。だがそのままの声と無表情で続けた。

「……そう。ホテル…ホテルなの…」
「イェース!私たち、今、同じホテルで寝てるノ!」

『寝てる』の部分を強調しながら更に祐巳の首に腕を回して志摩子を煽り立てるシンディに、祐巳の顔色は真っ青を通り越して真っ白になっている。

(事実じゃないのなら…そんなに慌てること…ないじゃない…)

「シ、シンディさん!?だだ、だからそういう誤解を招くような発言は…」
「ユミ」










――ぶちゅーーーっ!!

「「「 !? 」」」










部屋の空気が凍り付いた。

1秒、2秒、3秒……

「……ぷはっ!」
「あ、モー!ユミったら」

長く強引な口付けから開放された祐巳は恐る恐る志摩子を見る。

「あ…あの…志摩子…」

志摩子は祐巳の視線を避けて俯いた。表情は髪に隠されていて祐巳には伺い知れないはず。

「しま…」
「そう……わかったわ…」

(ずっと一緒にいたいって…一ヶ月も……そう…言ってた……でも…)

顔を上げる。祐巳の目を見ようとして…どうしても出来ず、また俯いてしまう。そんな自分が情けない。

「…祐巳にはこの一ヶ月シンディさんがいたのね…」
「え?」

(笑わなくちゃ…)

「シンディさんと…お幸せに…ね」

今度こそ志摩子は祐巳の目を見て言った。祐巳の目が驚きに大きく見開かれる。











「……ホント…たいしたコトないコ」










誰も何も言えない中、シンディの低い声が部屋に響く。

彼女に視線を向けると冷ややかな目で見据えられた。

「…この一ヶ月ナカナカ会えなかったダケで、目の前でちょっとキスされたカラって…」
「シンディやめて!」
「アナタは黙ってテ!!」

シンディは止めようとする祐巳に怒鳴り返して、また志摩子を見る。

「ソーヤッテ簡単に恋人疑エルンだモノ…たいした絆ジャなかったノネ」
「…………」
「自己ギセイが美徳ダトでも思ってるのカシラ?…バカじゃないノッ!」

一際大きな声で吐き捨てるように言葉が叩きつけられた。

「………っ…!」

志摩子は容赦ないその言葉に堪らず部屋を飛び出した。

「志摩子!!」

祐巳の呼び止める声が聞こえたが構わず階段を駆け降りる。

志摩子は走りながらあの時のことを思い出していた。

乃梨子と姉妹になる前の、あの梅雨の時期を。

(私は…あの時から何も変わっていないのね…)

自嘲気味に笑う。

頬に何か冷たいものが落ちてきたが、それでも志摩子は走り続けた。










雨が降り出していた。冷たくて悲しい雨が…

To be continued...


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