【1999】 現れた最終兵器祐巳のお宅拝見ちあきちゃんの暴走  (若杉奈留美 2006-11-19 16:30:33)


「あら?ちあきさまは?」

ある日の放課後。
薔薇の館にやってきた美咲は、いつもなら必ずいる世話薔薇総統の姿が
見当たらないことに気がついた。

「今日は用事があるとかで、先に帰られたみたい」

代わりにいたのは黄薔薇のつぼみの妹。
無造作にアップルパイをほおばっている。

「理沙さん、パイのくずこぼしすぎ」

たしなめる美咲に、理沙はニヤリと笑ってみせた。

「今日はいいじゃない。あのお掃除オバ…もとい世話薔薇総統さまがいないんだから」
「そうそう。あの人がいるとうるさくて、おちおちポテトも食べちゃいられないよ」

涼子もどこから持ち込んだのか、コンソメ味のポテトをパリパリ。

(やれやれ…)

どうやらこの2人には注意してもムダらしい。
美咲は溜息をつきながら言った。

「じゃあお菓子食べてからでいいから、仕事に入って」
「「ういーっす」」

どうやら今日は1年生3人で仕事をすることになりそうだった。


その頃。

「そういえば、ちあきちゃんってうちに来たことなかったよね」
「そうですね。祐巳さまのお宅にお邪魔させていただくのはミッション以外では
初めてかもしれませんね」

福沢家のリビングルームでは、ちあきと祐巳がお茶を飲みながらくつろいでいる。

「今日はわざわざごめんね。何しろうちの両親が取引先の人の結婚式で長野に行ってるし、
祐麒も友達の家に泊まるっていうから私1人なんだ。
お姉さまも瞳子も忙しいし、どうしようかと思ってたとこ」
「聖さまはどうなさったのですか?」
「大学の同級生と合コンだって言ってた」

どうやら家に1人になってしまう祐巳が、ちあきを呼び寄せたらしい。
留守番自体は1人でできるのだが、いかんせん家事があまり得意ではない。
心配する母親に家事なら任せてと大見得を切ってしまった以上、
家の中がまともになっていなければあきれられてしまう。
祐巳なりに必死に考えたがどうにもならず、ついに孫にヘルプを頼んだのである。

(なにせ世話薔薇総統だし…)

「祐巳さま、何かおっしゃいましたか?」
「あっ、いやっ、別に…」

どうやら百面相は健在だったようである。

「さて…」

突然ちあきが立ち上がった。

「祐巳さま、家の中をご案内していただけませんか?」

妙に自信たっぷりなその表情。
祐巳は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

「ど、どどどど」

あまりの驚きに思わず道路工事。

「どうしてか、とおたずねですか?それは後で説明します。
とにかく案内してください」
「は、はいっ!」

これ以上逆らえば我が身が危ない。
言われるがまま、ちあきを案内し始めた。

(よくまあ瞳子もこんな強い妹を…)

内心震えながらも、祐巳はちあきを連れていろいろと説明している。

「えっと、ここがリビング。その横に和室。この部屋は来客用の部屋にしてるから、普段は使わないよ。
それからこっちがキッチン」
「お手洗いは?」
「リビングの向側だよ」
「お借りしてもよろしいですか?」
「うん、いいよ」

しばらくしてちあきが戻ってきた。
廊下を抜け、階段を上がるとそこは3階。
福沢家の1階は父親が経営する設計事務所になっている。

「ここが3階用のお手洗いと洗面所、その向側が私の部屋」

部屋のドアが開けられると、そこには一見きれいな女の子の部屋があった。

「なるほど…ここが祐巳さまのお部屋ですね」
「そうだよ」

ひとしきり祐巳の部屋を見回していたちあきだが、やがておもむろに口を開いた。

「祐巳さま…掃除道具が入っている場所はどこですか?」
「えっ?掃除道具?この階段を下りてすぐにある物入れの中だけど…」

どうして、と聞こうとしたときには、すでにちあきは階段を降りはじめていた。

(どういうことなんだろう…)

今日ちあきを呼ぶのにあたって、それまで散らかりまくっていた部屋を必死に掃除したのだ。
普段はやらない窓ガラスや床の水拭きまでしたのに。
祐巳は必死に考えたが、どうしても答えが出ない。

「お待たせいたしました」

なんとちあきはこの家にあるすべての掃除道具を持ち出し、いつ着替えたのか
ミッション用の特殊加工の赤エプロンを身につけている。

「ちあきユーゲント、カモン」

パチン、と指を鳴らすと、山百合会とは明らかに関係なさそうなリリアンの一般生徒が
集団で現れた。
いったいどこに隠れていたのだろうか。

『ハイル・チアキ!』

全員声をそろえて一糸乱れぬ敬礼のポーズ。

(こ、これが噂のちあきちゃん直属秘密部隊、『ちあきユーゲント』…)

ちあきが紅薔薇さまになってしばらくしてから、それまであまりうるさく言われなかったマナーやら礼儀やらたしなみやらが
急にうるさくなったという話を聞いた。
その話が耳に入るのと、ちあきが山百合会とは別に独自の秘密組織を作っているという噂が入ってくるのは、ほぼ同時だった。
どうやらこの組織が、昨今のリリアン生を上品な淑女に仕立て上げているらしい。

「全員聞きなさい。この部屋と隣の祐麒さんの部屋で、掃除が行き届いていないところを全部掃除するのよ!
不要なものはすべて始末すること。いいわね!?」
『了解致しました、総統!』
「あ、あの、ちょっと待っ…」

祐巳がすべて言い終わらないうちに、ちあきは答えた。

「ご心配なく祐巳さま、明日の朝には家中が見違えるほどきれいになっていますから」

あっけにとられる祐巳をよそに、ちあきユーゲントはきびきびと動いている。

(そういえばさっきトイレに入ったときも、なんか出てくるのが遅かったような…)

うっすら真の目的に気づいた祐巳だったが、問いただすことはできなかった。

「総統さま、祐麒さんのお部屋で大量の怪しい雑誌が見つかりました!」
「R指定雑誌ね。すべて処分しなさい!」
「了解です!」
「総統さま、祐巳さまのお部屋にあずき大の卵を発見!G生息の痕跡と思われます!」
「そのあずきには熱湯をかけて廃棄しなさい。そのあとで防虫処理を施します」
「了解です!」

自分の部屋にGが潜んでいたとは…。
あまりのことに祐巳は卒倒しそうになった。
下の方からドタドタと上がってきたユーゲントが叫んでいる。

「これより水周りの掃除に入ります!」
「許可します。特にお手洗いは重点的にね」
「了解しました!」

下でなにやら物音がしているのは気のせいだと、祐巳は必死に自分に言い聞かせていた。

3時間後。

「祐巳さま、こちらへどうぞ」

ユーゲントの1人に連れられて自分の部屋に入ってみれば、
そこはまるで別世界。
家具の位置関係などは変わっていないのだが、部屋を流れる空気が平常比50%増しで
浄化されている。

「こちらをごらん下さい」

ちあきが指差した部屋の一角には、何やら黒い塊がカゴに入ったものがある。

「部屋の空気を浄化するための強力備長炭です」

そういえば備長炭には浄化作用とマイナスイオン放出作用があると聞いたが。

「こちらの本棚をごらん下さい」
「本棚…って、何か変わったことでも?」

するとユーゲントは、天井近くまである重い本棚を、いとも簡単に移動してみせた。

「わっ。これ、何のトリック?」

驚く祐巳とは対照的に、ユーゲントの2人は無表情。

「四隅に家具移動材を取り付けておきました」
「これで家具の裏もいつでもお掃除可能ですよ。
今回はG軍団の痕跡が確認されましたので、防虫処理を施しておきました」

改めて部屋を見回すと、すべての家具に移動材が取り付けられており、
ベッドなどの重い家具も楽に動かせるようになっている。
ためしに祐巳がベッドを押してみると、

「ほんとだ。なんか毒餌がしかけてある」

(智子ちゃんじゃあるまいし、部屋で物食べたり洗濯物溜め込んだりは
しなかったはずなのに…どうしてだろう)

しかも家具の裏に、強いハーブ系の刺激臭。

「タイムとクローブのエッセンシャルオイルをたらした水で、家具の裏を拭きました。
殺菌効果もありますし、Gはこの匂いが嫌いなので、まず寄り付かないはずです」

淡々と説明するユーゲント。

「…ちあきちゃん、今日はありがとう。もう1人で大丈夫だよ」

あまりの恐怖に思わず口をついて出てしまったそのセリフが、
さらなる犠牲者を呼んでしまった。

『そういうわけには参りません』

きれいなユニゾンで返事をして、隊列を組んで祐巳に一歩迫るユーゲントたち。

「若い女性が夜1人で家にいるのはあまりにも不用心です。
よって今夜は終夜警戒させていただきます!」
「い、いいよそんなのー!」
『問答無用!』

真夜中ごろ、庭で何か物音がしたようだが、祐巳は何も気づかずに寝てしまった。

翌朝。
祐巳一家が目撃したものは。
動くギリシャ彫刻みたいな顔の女性と、黒く長い髪が魅力的な美女と、
独特の縦ロールが特徴ある女性の無残な姿。
朝早くに隊列を組んで歩く、背の高い少女を先頭にした黒いセーラー服の一群が、
リリアンの方向に向かって歩いてゆく姿であった…。

〜おまけ〜


祥子「…聖さま、生きてますか?」
聖「…なんとか…ね」
瞳子「…ちあき…やりすぎよ」

朝もやの中、ちあきは笑う。

「この佐伯ちあきに逆らう輩は、たとえお姉さま方といえども
容赦いたしません…あーっはっはっはっは…あーっはっはっはっは…!」


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