まつのめさまに触発され久々にARIAを書きました!!←クゥ〜に問題あり!!
自分で書き出さないのは困ったもの……ごめんなさい。
『クゥ〜』
【No:1328】―【No:1342】―【No:1346】―【No:1373】―【No:1424】―【No:1473】―【No:1670】―今回
『まつのめさま』【No:1912】―【No:1959】―【No:1980】―【No:1990】
空が高く感じられる今日この頃のこと。
「……ふぅ」
祐巳はゴンドラに揺られながら、手にした一枚の薄っぺらな紙をかかげてみる。
これはただの紙切れだが、祐巳にとって大事なモノ。祐巳がこの地で暮らしていくために、何よりも必要だったモノ。
――住民票。
祐巳がこの未来の火星=AQUAに辿り着いて、ARIAカンパニーという場所でお世話に成ってもう二つの季節が流れようとしているのに、祐巳は住民票などという本来は大事なもののことなど。まったく頭に無かった。
「だって、住民票なんて取りに行ったことないし」
それが祐巳の言い訳、修学旅行のときに提出した住民票などはお母さんにとって来てもらったのだから馴染みなどまったく無かったのだ。
だが、本格的に暮らしていくには必要なもの。ARIAカンパニーの大先輩であるアリシアさんに言われてようやく気がついた祐巳だったのだが、困ったことに住民票などあるはずも無く途方にくれた。
このままではAQUAと呼ばれるこの星で、祐巳はただの不当労働者に成りかねない。
そのことに遅まきながら気がついた祐巳は、当然慌てた。
このままではARIAカンパニーに居られなくばかりか、多大な恩があるARIAカンパニーに迷惑をかけてしまいかねない。
慌ててどうにか成るようなことではなかったが、そのことに一緒に気がついたARIAカンパニーの先輩たる灯里さんと騒いでいると、ポンとアリシアさんがこの住民票のコピーの入った書類を祐巳に手渡してきた。
アリシアさんは笑っていた。
灯里さんは、アリシアさんの手際に嬉しそうに喜んでいた。
祐巳は驚いていた。祐巳の住民票などどうやってそろえたのか?
アリシアさんは言っていた。
祐巳の住民登録は用意されていたと。
実際には、地球=マンホームのデータバンクに残っていたらしく。それをアリシアさんがAQUAに移してくれたらしい。
何故、祐巳の住民登録が残っていたのか、その疑問は簡単に分かった。アリシアさんが渡してくれた住民票のコピーの名前やAQUAでの住所の下にそれは書かれていた。
――上記の者、コールドスリープ医療にて休眠により、住民登録を凍結とする――
コールドスリープなどと言う聞きなれない言葉をアリシアさんに聞いてみたところ、何でも人間を氷付けにして冬眠状態にする技術らしい。
祐巳が居た時代でも、一部のお金持ちな人が使っていたらしく。何故か、祐巳の住民登録を凍結する理由にされていた。
ただ住民登録の凍結解除には祐巳の書類やDNAなどの証拠が必要だったらしいが、そういえば夏の始まりの時期にアリシアさんに書類を書かされ血液サンプルを必要だと言って取られたのを思い出した。
それがまさか住民登録の凍結解除のために必要だとは思ってもいなかったが、細かい書類などはアリシアさんが責任者に成ってやってくれたため。おかげでこうして晴れて祐巳はAQUAの住人となった。
祐巳は、保護者にまで成ってくれたアリシアさんに感謝したが、誰がこんな手の込んだことをしたのか気に成っていた。
考えられるのは、やはり祥子さまだろうか?
祥子さまは祐巳が未来に居ると知って、住民登録を凍結したのか?それとも違う理由からか?は分からない。
いや、そもそも住民登録を凍結したのが祥子さまとも断言は出来ない。
ただ、住民票を忘れるような祐巳だって気がついたことがある。
こんなものが用意されている以上、祐巳は祥子さまたちの元に戻ってはいないということだ。
祐巳が再びあの時代に戻っていたのなら、こんな住民登録データなんてものがある必要はないはずだから……。
記録によれば、住民登録が凍結されたのは祐巳が居たはずの時から一年後。
――本当に誰が住民登録を凍結したのか……。
「まぁ……おかげで助かったけど……」
――ぽった。
「あっひゃぁぁ!!」
うなじに冷たい水滴が落ち、祐巳は悲鳴を上げる。
「な、なにするんですか!!アリスさん!!」
祐巳は首筋を押さえて振り向く。そこには祐巳がお世話に成っている水先案内業のARIAカンパニーとは違う、オレンジ・ぷらねっとの制服を着たアリスさんが少し怒った顔で立っていた。
「何をって、せっかく練習に付き合ってあげているのに、練習しないといけない祐巳が全然練習もせず。その紙ばかり見ているからイタズラでありんす」
「イタズラって……」
「それではお仕置き、でありんす」
「……イタズラでいいです」
お仕置きってなんだ?
突っ込んで聞くと怖いので、やめておくことにする。
ただ、一つ気に成ることがあるので聞いておこうと祐巳は思った。
「それで、その、ありんすって何?」
「今日の自分ルールでありんすので、でっかい心配はいらないでありんす」
「あっ、そう」
アリスさんは自分ルールというのをたまにする。
この前は確か、お耳感謝ディとか言って大きな音や声を聞かないようにしていたことを思い出した。
でも、ありんすって変なTVでも見たのだろうか?
「それで、練習はしないのでありんすか?」
「えっ、あぁ、代わるね」
祐巳は気分を切り替えるつもりで、アリスさんからオールを受け取る。
祐巳はまだまだ半人前=シングルの水先案内人=ウンディーネ。一日一日の練習はとても大事なことだ。
「祐巳のウンディーネ姿もかなり様に成ってきたでありんす」
「そ、そうかな?」
「でっかい、はいでありんす」
その語尾で褒められて、何だか嬉しいような、そうでないような複雑な気分だった。だが、褒められたことはやはり嬉しいといえる。
まぁ、水の三大妖精と呼ばれている。アリシアさん、姫屋の晃さん、オレンジ・ぷらねっとのアテナさんに加え、期待の新人と評される灯里さん、姫屋の藍華さんにアリスさんたちから指導を受けているこの状態で進歩がなければ逆にいたたまれない。
「祐巳、そこの角を右でありんす」
「あ、うん」
「うんではないでありんす。はいでありんす」
「はい!!」
奇妙な語尾をつけて注意されるのは、なんだかな〜な気分に成ってしまう。
「あっ、もしかして、今日のアリスさんって機嫌が悪い?」
祐巳は思いついたことを呟いた。
今日は、何時もアリスさんと一緒に居る。オレンジ・ぷらねっとのまぁ社長が一緒ではない。どうやら朝から見当たらないらしいから、心配しているのだろう。ちなみにアリア社長も今朝から見ない。
時々、猫たちが居なくなるときがある。火星猫、地球猫関係なく。
こんな日は、灯里さん曰く。猫の集会が行われているらしい。だから、心配しなくても夕方には戻ってくるといっていた。アリスさんもこの話は聞いているらしいが、やはり心配なものは心配なのだ。しかも、祐巳がさっきまで自分のことでボケ〜としていたから、更に不機嫌にしてしまったかもしれない。
「ん?」
祐巳はフッと運河=カナレッジョの先に、まぁ社長を見つける。
「あれ?アリスさん、あれって、まぁ社長?」
「まぁくん?」
少し距離があるが、まぁ社長に間違いはないだろう。まぁ社長はこちらに気がつくことなく、カナレッジョの先で曲がって行った。
「何だろう?こんな所に……灯里さんが言っていた猫の集会場にいくのかなぁ?」
祐巳の言葉に、アリスさんが祐巳を見つめ。
「追う?」
「でっかい、あたりまえでありんす」
「了解」
祐巳が操るゴンドラは、まぁ社長を追って進んでいくことに成った。
「うっ、大丈夫かな」
まぁ社長が向かったと思われる方向に続く、カナレッジョはかなり狭い。ゴンドラ一隻分くらいの幅しかなく、オールを動かすのもかなり難しい。
「祐巳、ゴンドラをぶつけないようにでありんす」
「……まだ、ぶつけていないよ」
「この前、ゴリゴリとぶつけたのは誰でありんす?」
「アレは擦っただけ!!今日は大丈夫!!」
祐巳は、アリスさんの言葉に反論する。どうにかギリギリで祐巳の操るゴンドラは狭いカナレッジョを進んで行く。
「……あっ」
「出たみたいでありんす」
不意に、開けた場所に出た。
「ここは……」
そこは朽ち果てた体育館のような建物の中だった。
天井は無い。
建物は半分近く浸水していて、水の底に壊れて落ちたらしい屋根の残骸などが見える。
「何だか、静かな場所ですね」
祐巳の言葉にアリスさんは何も応えない。
「ねぇ、アリスさん」
「祐巳、あれ……でありんす!!」
一瞬、アリスさんは今日の自分ルールを忘れたのか、慌てて語尾を追加した。
「その自分ルール、失敗ぽいからやめたら……」
そう言い返しながら、祐巳はアリスさんが見た方に視線を向ける。
「なんだろう?」
視線の先には小さな花の山が水面に浮いていた。
祐巳はゆっくりと、その謎の花の山にゴンドラを近づけてみる。
「あっ、これって……」
そこにあったのはあのレデントーレの夜にケット・シーと呼ばれている祐巳の古い友人に送った小さなゴンドラだった。
小さなゴンドラの上には山ほどの花束。
「ゴロンタったら……」
「でっかい綺麗でありんす」
「そうですね。綺麗な花束ですね」
しばらく眺め、小さなゴンドラと祐巳のゴンドラを紐で繋ぎ。祐巳はお花のゴンドラを貰っていくことにした。
「ゴロンタ、ありがとうね」
祐巳は古い友人に小さな言葉で感謝をして、ゆっくりとゴンドラを漕ぎ出す。
「祐巳、あっちから帰れそうでありんす」
帰り道は、あの狭いカナレッジョではなく。別ルートを探そうということになり、一先ず体育館らしい建物を出ることにした。
「別のルートがあればいいんですけど」
「そうだ、でありんす」
返事の途中で振り返ったアリスさんの言葉が止まる。
「アリスさん?」
祐巳が呼びかけても、アリスさんは何だか呆然と祐巳の後ろを見つめている。
「何かあるんですか?」
祐巳も振り返ってみるがこれといったものは見えない。
「何もありませんでありんす……が」
……?
アリスさんを見ると祐巳を見て微笑んでいた。
「……祐巳は、でっかい幸せ者です」
「はい?」
????
アリスさんの言葉の意味は分からなかったが……。
「アリスさん、自分ルールを破っています」
「!!!!!!!……でありんす!!!」
「?」
結局、アリスさんが何を言いたかったのかは祐巳には良く分からなかった。
……。
…………。
その後、あのゴンドラの花束はARIAカンパニーに飾られ。祐巳や灯里さん、アリシアさんだけでなく。やってくるお客さんたちにも好評だったので、ARIAカンパニーの二本の彩色パリーナの間にぷかぷかと今も浮いている。
夏が終われば、秋が来る。
それはAQUAでも同じらしい。ただ、今年は人々の気持ちはそのまま秋に変わるのではなく。
夏の終わりを締めくくる『舟の火送り』なる夏祭りが終わってようやく、秋へと移り変わっていくらしい。
祐巳は、小さなゴンドラのお花を整えながら、その話を聞いた。
「舟の火送りですか?」
「そう!!私も二回しか経験がないんだけどね。数年に一度の割合で行われるお祭りで、廃船になるゴンドラをサン・マルコ広場に積み上げて火をかけて空に送るの」
「へぇー」
「夏祭りは毎年あるけど、舟の火送りはなかなか見れないし、これが勇壮で……凄いんだよ」
灯里さんは感慨深げに話すから、祐巳も見てみたいと思ってしまう。
「それは見てみたいですね」
「でしょう!!祐巳ちゃんも行くよね!!」
「勿論です!!灯里さん!!」
「「おー」」
灯里さんと祐巳で盛り上がる。
本当に楽しみだ。
「それじゃぁ、この勢いで西の無人島までゴンドラの練習だぁ!!おー!!」
「おー!!……って!!西の無人島ですか!?」
西の無人島付近は潮の流れが複雑でゴンドラの練習場として使われている場所なのだが、これがなかなかにいくまでが遠い。
最近思うのだが、灯里さんの訓練は何気にスパルタだと感じている。
「灯里に騙されるなんて、祐巳くらいだよね」
藍華さんのツッコミが痛く、西の無人島までいくことを考えると少し気分がめげるが、それでも夏祭りはやはり楽しみだった。
……。
…………。
「灯里さん、これって……」
夏祭り当日。
一日の仕事が終わって、祭りに繰り出そうと思っているところに灯里さんが呼び止めてきた。
祐巳は早く出かけたい気持ちを抑えながら、灯里さんに呼ばれて寝室に上がり。そこで灯里さんが用意していた紙袋を手渡してきた。
紙袋の中身は……。
「浴衣だよ」
そう、浴衣だった。
浴衣の柄は、薄紅色の地に白い小さな花柄模様。
祐巳はこんな浴衣や晴れ着は持っていなかったと思うが、何処か親しみを感じ。一目で気に入ってしまった。
「それじゃ、急いで着付けてしまおう」
「えっ!!」
「どうしたの祐巳ちゃん?」
灯里さんはそう言って既に服を脱ぎ始めている。
「もしかして……着付けできない?」
「はい、すみません」
日本人だからって、昔から来た人間だからって、自分で帯を結べるなんて思わないで欲しい。
「それじゃ、手伝ってあげるね」
「どうも、すみません」
祐巳は手にした浴衣で顔を半分隠しながら、灯里さんにお願いするしかなかった。
灯里さんはさっさと浴衣に着替え、祐巳の着付けを手伝ってくれた。
「それじゃ、浴衣の端を押さえていてね」
「はい」
祐巳は言われた通りに浴衣の端を指で押さえておく。
「ロザリオは今のうちに浴衣の下に」
灯里さんに言われた通りに、ロザリオを胸元にしまう。
「よし!!」
「うっく!!」
帯が締められ、少しお腹がキツイ。
せっかくだからと髪もアップにして纏めた。
「灯里ちゃ〜ん、祐巳ちゃ〜ん」
灯里さんに手伝ってもらって浴衣の着付けが終わった頃、アリシアさんが呼ぶ声がした。
「はーい!」
返事をして、急いで部屋を出る。
「わぁ〜」
部屋を出て下の降りるとアリシアさんだけでなく、何時もの面々が揃っていた。
しかも皆、浴衣姿。
「皆さん、お綺麗です!!」
「祐巳ちゃんも似合っているぞ」
「あぁ、ありがとうございます」
「祐巳!」
「あか、アリスさんも素敵な浴衣ですね」
アリスさんは黒の地に大きな花模様の浴衣で髪は下ろしている。
「ほらほら……こうすると……『いっぺん死んでみる』……」
「……」
アリスさんは、何だか浴衣の右袖を上げたポーズをとっている。
「……地獄少女……」
「?」
「でっかい、外しました」
「フッ、愚か者。キャラにないことするから」
「でっかい、余計なお世話です!!」
アリスさんが何故か落ち込んで、藍華さんが笑いながら突っ込みを入れていた。
本当にアリスさんは何をしたかったのか……。
「ところで皆さんは、ご自分で着付けを?」
「あぁ、そうだが」
「えぇ」
――こっくん。
「灯里に習ったからね」
「でっかい、簡単です」
全員に頷かれてしまった。
「それじゃ、いくぞ!!」
晃さんの一声でゾロゾロとお祭りへと繰り出す。
祐巳は、今度は自分で着付けることを心に決め、灯里さんの横に並んで祭り会場を目指す。
「何だか凄いですね」
お祭りは火送りが行われるサン・マルコ広場まで屋台が並び、中にはメリーゴーランドとかジェットコースターなども作られていた。
屋台の中には、輪投げとか、金魚すくいなどもあって祐巳は懐かしい雰囲気にはしゃいでしまう。
祐巳は、りんご飴。アリスさんは綿菓子を食べながらメイン会場に向かう。が、何だか先ほどから見られている感じがする。
「ねぇ、アリスさん……何だか目立っていませんか?」
「何言っているのよ、水の三大妖精が揃ってしかも浴衣姿なのよ?注目されるに決まっているでしょう」
「あー」
確かに、その通りだ。
だが、注目されているのは祐巳から見ればアリシアさんたちばかりではなく。灯里さんやアリスさんたちも注目されているよに見える。
「祐巳、どうしました?何だか、でっかい嬉しそうです」
「ううん、何でもないよ。皆、自分のことには疎いんだなぁと思ってさ」
祐巳の言葉に、灯里さんたちはお互いの顔を見合わせていた。
祐巳は、灯里さんたちと屋台を覗き込みながら騒がしく、メイン会場へと向かっていく。
お祭りといったら、一年のときに聖さまに騙され(?)て行った初詣の屋台や学園祭での『フジマツ縁日村』を思い出す。
そういえば、あの時、祐巳と由乃さんはハッピだったが、志摩子さんは浴衣でお店も任されていて少し羨ましかった。
騒がしいのや、楽しいのは祐巳は好きだ。
だからこそ思ってしまう。祥子さまや由乃さん、志摩子さんとお祭りだけでなくもっといろんなことをして楽しみたかったなと……。
「祐巳ちゃん、どうかした?」
たこ焼きを頬張りながら、藍華さんが祐巳を覗き込んでくる。
「あっ、いえ……何でもないですよ」
祐巳はヒョイと藍華さんのたこ焼きを一つ拝借した。
「あー!!私のマスタードタコ!!」
「ぼっぶ!!」
「何するのよ!!」
「それはこちらのセリフです!!何ですかコレは、不味!!」
不味いと言いながら、不意打ちでなければ美味しかったかもなどと思った。
祐巳は口直しに、屋台でおじさんが飴を使って動物や魚などを形作っていた飴を買った。ちなみに買った飴は、火星猫型。
「ほら、アリア社長」
「ぷいにゅ〜」
「あはは、本当にそっくり!!」
藍華さんの笑い声を聞きながら、飴を嘗め。
暗い考えを振り払うように、お喋りをして笑い。はしゃぐ。
日々の忙しい中であれば忘れていられる不安。
楽しいからこそ考えてしまうことを、さらに楽しく、はしゃいで忘れるようにする。
投げ輪に射的。
灯里さんやアリシアさんたちと競争して、笑い、はしゃいで、誤魔化していく。
「祐巳ちゃん、ほら、アレがメインの火送りの廃船になるゴンドラだよ」
晃さんが指差した方を見る。
何艘ものゴンドラやボートが綺麗に積み重なっている。
火送りの時間なのか周囲には多くの見物人が集まってきた。
この祭りを目当てに来る観光客は少ないらしく、殆どの見物人はこのネオ・ヴェネチアの住人だという話だ。多くの人が楽しみにしているのか、見物人の数が少しの間にどんどん増えてくる。
「皆、はぐれないようにな!!」
まとめ役の晃さんの声が響くが、時既に祐巳は人の流れに押されてはぐれてしまった。
「わ、わわわわ」
慌てて灯里さんたちを探すが、人の壁が立ちはだかり。先に進めない。
『――わぁぁっぁぁぁ!!!!!』
そして、人々の歓声が周囲を包み。
祐巳後ろの方が明るい光に包まれる。
祐巳は突然明るくなった後ろを振り返った。
さっきまで積み上げられていただけの廃船に火が点けられ、燃え上がっていた。
中等部の時に見たキャンプファイヤーを遥かに凌駕する規模の炎。
それだけで圧巻だった。
「凄い……」
巨大な炎を眺めながら、祐巳は浴衣の下の大事なロザリオを触り。
ロザリオを握り締める。
……あっ。
「……私……今、何を考えていた?!」
灯里さんたちからもはぐれ、祥子さまたちも居ないこの世界で、祐巳は巨大な炎を見つめながら、祐巳の顔は青ざめていた。
「な、何で……私……」
祐巳は慌ててロザリオから手を離す。
「何をしようとしていたの?」
祐巳は、自分に問いかける。
一瞬、頭の中を過ぎった思い。
祐巳は、震えていた。
巨大な炎を見つめながら……そして、炎が消え黒炭に成った廃船の後を見ながら。
脅えていた。
「すわっ!!何をしとるか!!」
「わっ!!わわわ」
「あわわ、晃さん!!……大丈夫、祐巳ちゃん?」
「もう、晃さんが脅かすから」
「でっかい、脅かしすぎです!」
――コック、コック。
「あらあら、晃ちゃんは声が大きいだけよね」
「アリシア……それフォローに成っていない」
「あらあら」
「あらあら禁止!!」
アッという間に周囲が騒がしくなる。
「これ、美味しい」
普段は無口なアテナさんが焼き鳥のようなクシ焼きを祐巳に渡す。
「あっ、美味しい」
串焼きのお肉はまだ温かく、ジューシーだった。
「何のお肉です?」
「カエル」
「ぶっぼ!!」
本日二度目の噴出し。
「うそぴょん」
……アテナさんのキャラで冗談は止めて欲しい、だが、その心配りが嬉しかった。
「美味しい?」
「はい」
「何を感傷に浸っているんだか」
「いえ、大きな炎を見ていると夏が終わるんだなぁと思って……」
実際は違うことを考えていたがそれは言うべきことではないだろう。
「なに、夏終わっても秋が来る。秋は秋で楽しい事が山済みよ」
「そうそう、秋になればヴォガ・ロンガもあるし」
灯里さんたちは多分祐巳が何を考えていたのか、誤魔化しているのは分かっている。だから、話を変えてくれる。
「ヴォガ・ロンガ?」
だから、祐巳も話を変える。
本当に、この人たちに出会えてよかったと思う。
「そう、秋の中ごろに開催されるイベントで、ゴンドラを使ったマラソン大会」
「へぇ、そんなのがあるんですか」
「なに言っているのよ。ヴォガ・ロンガは、ウンディーネにとって一人前つまりプリマの昇格試験でもあるのよ!!」
「あ、藍華ちゃん、それ……もごもご!!」
灯里さんが何故か晃さんに口を塞がれているが、祐巳はそれを気にかけている余裕はなかった。
藍華さんの言葉に、慌てていたからだ。
「しょ、昇格試験!?」
「そうよ〜、まぁ、これだけで昇格はないけど、大事なゴンドラの操作技術を見るのよね〜。灯里の後輩ちゃんはどのくらい出来るのかなぁ〜?」
藍華さんが意地悪な笑みを祐巳に向けている。
見れば、皆もニコニコと笑っている。
そんな大事なイベントがあることなど聞かされていなかったから、祐巳はいつの間にか落ち込んでいたのも忘れ。
「ど、どどど、どうしよ〜!!!!」
悲鳴を上げていた。
ごきげんよう。クゥ〜です。
本当はヴォガ・ロンガまで書きたかったのですが、長くなり過ぎなので今回はココまでと言うことで、ネタはありますので次は早いかな?
さて、知っての通り、まつのめさまがARIAしかもこのシリーズを書いてくださってます。
由乃さんと乃梨子ちゃんが来て、どう活躍するのか?どう祐巳と出会うのか?本当に楽しみにしてます。
おかげでこちらは無理に祥子さまたちを出さなくて良くなったので、書きやすくなっちゃいました……マリみての要素が減ったりしますが、ゆるゆると読んでくだされば幸いです。
『クゥ〜』