ついに登場次世代新聞部&写真部。
【No:2008】の砂森さまのコメントに触発されました。
某月某日、放課後。
新聞部の部室の一角で、腕組みする少女がいた。
「う〜ん…」
眉間にシワを寄せ、口をへの字に曲げてなにやらうなり声。
「お姉さま、締め切りまであと3日ですよ」
「分かってるわよ」
傍らでもう1人の少女がせかすのに、彼女はうざったそうに返事を返す。
11月も終わりに近づいて、主だったイベントもすべて一段落してしまった今、
ネタ切れはどうしても避けがたいところだったが、かといってリリアンかわら版を
休刊にするわけにもいかない。
新聞部部長、神崎沙織とその妹、緒方貴子は言葉を発することもできないまま、
重い沈黙に身を任せていた。
どれくらいの時間がたっただろうか。
ふいに沙織が立ち上がった。
「写真部に行ってくるわ」
その言葉を聴いた瞬間、貴子の背中に嫌な汗が一筋流れた。
「なぜです」
「環さんなら何か知ってるかもしれないわ。あの人はカメラを手放さないもの」
貴子は自らの脳裏によぎる不吉な予感に、最後の悪あがきを試みた。
「環さまはもう帰られたかもしれませんよ」
しかしその試みはあっさり打ち砕かれた。
「バカね。いなきゃ家に電話するだけよ。連絡先だって知っているんだし」
かの暴走特急、築山三奈子さまと同等か、もしくはそれ以上の暴走系ジャーナリスト、
神崎沙織。
彼女を止めることができるのは、穏健派で知られた前部長、高知日出実ただ1人。
その日出実も卒業してしまった今、沙織を止めることは誰もできなかった。
「…こんな人だと知ってりゃ、最初からロザリオなんて受け取らなかったのに」
貴子は深い溜息をついていた。
写真部の部室には、部長である東野環がただ1人いるだけだった。
「ごきげんよう。環さん」
「…ごきげんよう」
「何なのかしら、その間は」
根っこはそう悪くないのだが、沙織が持ちかけてくる話にはろくなものがない。
部活の性格上協力しなければならないのは分かっているが、ひとたび暴走し始めると
あとの始末が大変なのだ。
一度など憶測だらけの記事を書いた沙織のせいで、自分まで学園長室に呼び出された
ことがある。
環は内心面倒なことになったという気分だった。
「あなたなら山百合会のネタ、何か知ってると思ってね」
振り向きもせずに環は答えた。
「知らないわよ。知っていてもあなたに教える必要なんてないから」
「なるほどね。じゃあ話題変えましょう」
沙織はまったく動じずに話している。
「いつも思うけど、あなたって本当に手先が器用よね」
「そりゃどうも」
相変わらずそっけない環に、沙織はなおも話しかける。
「その器用さを見込んで頼みがあるんだけど」
沙織が見せてきた一枚の紙。
それにはなにやら妙な図が書いてある。
「なんなのこれ」
よくぞ聞いてくれましたと、沙織の誇らしげな表情に書かれていた。
「高機能型超小型盗聴&盗撮機、その名も『Hyper G』よ!」
「はいぱーG?」
沙織によれば、この設計図どおりに作れば見た目はあの黒光りする昆虫となんら変わらず、
遠隔操作で秘密情報の収集が思いのままだというのだが…。
「そんなもの、自分で勝手に作ればいいじゃないの」
馬鹿馬鹿しくてやってられないと、環は作業に再び没頭しようとした。
「あら、それじゃあこれは何かしら?」
沙織が手にした1枚の写真を見たとき、それまで冷淡だった環の表情が変わった。
「きゃー、その写真!どうしてあなたが持っているのよ!」
それは現白薔薇さま、岡本真里菜と紅薔薇のつぼみ、瀬戸山智子が昼休みに
こっそり持ち込んだ飲み物で乾杯しているところだった。
写真の中で真里菜が手にしている瓶は、よく見るとワインの瓶のように見える。
「環さん、いったいこれはいつ撮ったものなのかしら?
私はこんな写真には興味ないけれど、これを公表されたらこのお二方がどうなるのか…
あなた自身もどうなるのか…」
「分かったわよ、協力するから返してちょうだい!」
実はこの写真に写っているのはただのジュースなのだが、黒っぽい瓶にブドウの絵が
描かれているため、遠くから見るとワインに見えるのだ。
おととい写真部に別の用事で訪れたときに、机の上にあった写真にふと目を留めた沙織は、
これを利用しない手はないとこっそりパクっていたのだ。
「しょうがないわね。じゃあ明日の放課後にここへもう一度来て。
材料はそちらで用意してくれるのよね?」
「もちろんよ。材料までそっち持ちなんてさすがの私でも言えないわ」
「OK。交渉成立ね」
「それじゃあ、ごきげんよう。お邪魔して悪かったわね」
足取りも軽く沙織は去っていった。
「…やれやれ」
貴子と同じく環も、嫌な予感が拭い去れなかった。
次の日。
「はい、これが材料。作り方はこの紙に書いてあるわ。
費用がもっとかかったら、あとでその分払うから請求書を書いてちょうだい」
大きな袋の中には、ぎっしりと何かの部品らしきものが詰まっていた。
「…あなたも本当に手段を選ばないのね」
環は疲れた顔で、そう言うしかなかった。
その夜、東野家の一室は夜遅くまで明かりがついていた。
「正直面倒なんだけど、私も自分の命が惜しいのよ…」
結局環がHyper Gを完成させたのは、朝日が昇ってくる頃だった。
Hyper Gが完成した日の放課後。
薔薇の館では、少し前から妙な音がしていた。
「…もしかして」
現黄薔薇さま、有馬菜々が眉間にしわを寄せている。
「確実にGの存在を感じるわ」
現紅薔薇さま、佐伯ちあきが戦闘態勢に入る。
ほどなくして現白薔薇さま、岡本真里菜が叫んだ。
「あそこだ!」
すぐさま殺虫剤を取り出し、Gに容赦なく吹きかける。
が、Gは間一髪逃げ出した。
「すばしっこい奴だな。もう逃げたよ」
やられた、と白薔薇のつぼみの妹が悔しそう。
その横で、紅薔薇のつぼみの妹は何か考え込んでいる。
「美咲、どうしたんだ?」
「…小野ちゃん、あのG、動きが変だったよ」
「なんだと?」
「なんか、普通のGより動きがわずかにぎこちなかった…」
薔薇さま方が一斉にこちらを見た。
「なんていうのか、機械みたいな感じ」
「美咲さん、その『感じ』、たぶん正解かも」
黄薔薇のつぼみの妹が沈黙を破った。
「確かに大きさも外見も本物そっくりよ…でも本物はもっとギラギラしてるはず。
あれはつるっとした感じだった…黒いパソコンとか、携帯とかみたいな、
冷たい感じ」
「ちょっと待って」
白薔薇のつぼみが声をあげた。
「もしあのGが機械だったら、一体誰が何のために仕掛けたっていうの?
智ちん、まさか…」
「やだなあ純ちゃん、何が悲しくてあんな機械のG作んないといけないのよ。
うちらが相手にするのって、あんなおもちゃみたいなGよりもっと強い連中でしょ?」
「…そうだった」
「それに私の部屋には、本物がいる気配があるし」
「気配だけ?」
「だけだと思いたい」
「なんだそれ」
どうも論点がずれている紅白のつぼみと、そのやりとりを傍で聞いていてげんなりしている黄薔薇のつぼみ。
「あのさあ…今は漫才してるときじゃないと思うよ…?」
リリアン最強の世話薔薇総統が締めた。
「とにかく、全員情報収集を怠らないこと。犯人が分かったら、
薔薇の館へ連れてきなさい」
そのころ、新聞部の部室では。
「…まずいわ。感づかれた」
沙織が震えている。
その傍らで環も真っ青。
機械に残された音声を再生してみて初めて、ことの重大さに気がついたらしい。
「だからやめとけって言ったでしょうが」
あくまでも冷ややかに、貴子が返す。
「むしろ1号くらい休刊にしたっていいんですよ。
どうせ山百合会のゴシップ話ばかりなんだから」
「そういうわけにはいかないわ!」
今まで震えていたのが嘘のように、沙織は反論した。
「いいこと貴子、リリアンの歴史長しといえども、これほど強烈なメンバーが集まったのは、
蓉子さま、聖さま、江利子さまが薔薇さまでいらした時以来よ!
リリアンの全員が知りたがる山百合会の姿を、裏の裏まで探りまくるのが
我が新聞部の役目じゃないの!」
「まあ、山百合会にはモデル並の美人も多いし、撮ってて楽しいのよね。
カメラ小僧の気持ち、今なら分かるわ」
環はいい写真が撮れればそれでいいようだ。
そうこうしているうち、部室のドアをノックする音が聞こえた。
「お姉さま、環さま、紅薔薇のつぼみがおいでになりましたよ。
それではどうぞごゆっくり」
それだけ言い残して、貴子はさっさと帰ってしまった。
「ちょっと貴子、なんであんた1人で帰るのよ!」
「沙織さん、もう私たちに勝ち目はなさそうよ」
その後薔薇の館から、この世のものとは思えないほどの悲鳴が聞こえたとか、
2人の女子生徒が病院送りにされたとか、いろいろな噂が飛び交ったが、
真相はマリア様と、Gの形をした小さな機械のみぞ知るところである。