【2025】 こっそり見つめないで祐巳ふぇすてぃぼー  (杏鴉 2006-11-30 12:53:03)


『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ

これは『ひぐらしのなく頃に』とのクロスオーバーとなっております。惨劇は起こらない予定ですが、どうぞご注意を。

【No:2006】→これ。






――日常という名の幸せ――



「ごきげんよう!」

薔薇の館二階のビスケット扉を開けながら、私はこれでもかというほどの笑顔で挨拶した。
部屋にいた皆が口々に「ごきげんよう」と返してくれる。
ティーカップを口元に運んでいたお姉さまは、その手を止めて「ごきげんよう。祐巳」と言ってくれた。微笑みつきで。
はうぅ…。今日もお姉さまは綺麗だなぁ。

ちなみに館にはすでに私以外の全員が集まっていたが、時間的にはギリギリセーフだったのでお咎めはなかった。
危ない、危ない。次からは気を付けよう。

いつもは山百合会の仕事というのは放課後にするのだが、今日は特別急いで仕上げないといけない仕事があるそうな。
放課後にすぐ取り掛かれるように、朝のうちに各人の割り振り説明を済ませておきたいと昨日お姉さまから言われていた。

故に朝ご飯も食べずにこの場にいるわけですが……
何だろう……この感じ……?
デジャビュ?
いや、いや。そんなロマンチックな言葉では言い表せないし、確実に過去に経験済みなこの感じは……

――ヤツだ。

どうしよう……またあの恥辱にまみれるのはご免だが、打ち合わせの途中で逃げたりしたらお姉さまに怒られてしまう……。
はっ! そうだ。お手洗いに行きたいと言えばモウマンタイじゃないか! やるじゃない! 私!
私は心の中で自分自身に惜しみない賛辞を贈った。

「あ、あのお姉さま? 私ちょっとお手――」

しかし、私の口から出た言葉はそこまでだった。
何故なら私の声とは違う音が私の言葉をさえぎったからだ。

『ぎょろぎょろぎょろ〜〜〜〜〜ぎゅるぎゅぃぅ……』

凍りつく時。強張る表情。今、この薔薇の館という名の閉鎖空間で身動きできる者は誰もいない。
静寂を破ったのは、またしてもヤツだった。

『……………………きゅるぅ……』

「――っ!? ぶふぅ!!」

堪えきれず乃梨子ちゃんが噴き出した。それをきっかけとしてその場にいた全員が笑いの世界の民となった。
……いやいやいや。現実から目をそむけるのはやめよう祐巳。
狒完瓩犬磴覆い茵帖弔燭辰唇貎諭△海瓩みに手をあてて眉間にシワをよせている美人さんがいらっしゃるじゃないディスか……。

お姉さま、頭が痛いですか? 私は胃が痛いです。

「あっはっはっ! す、すみません…祐巳さま……ぶっ……くっく……」

あぁ、乃梨子ちゃん。我慢は身体に良くないから。どうぞこの間抜けな先輩を思う存分笑うが良いさ……。
自分で発言して注目を集めてアレだもんね……しかも追い討ちをかけるような時間差攻撃までされたんじゃ、そりゃ笑うよね……アハハ。
お腹に右手をあてた状態で遠い目(本日二度目)になる私。

お姉さま、あなたの瞳に私はどう映っていますか? 今はただ、それだけが気がかりです。

その後、祥子さまの雷が落ち。若干笑いの余韻を残しながらも、薔薇の館は仕事モードに戻った。
ただ私は祥子さまに言われた「少しは成長したらどうなのっ!?」という言葉がザックリと胸に突き刺さって、現在着々とHPを消費していっている状態ですけどね……。

ふと気付くと、すぐそばに志摩子さんが来ていた。
私が爐覆法瓩般椶世韻婆笋Δ函∋嵋犹劼気鵑脇輿鎧笋瞭をなでなでしだした。

「叱られてかわいそ、かわいそなのです」

……いや、志摩子さん? そんな天使のような笑顔で言われましても……ワタクシどうしたら良いのやら……。
えぇと、志摩子さん? あなたの妹さんが私の事を羨望の眼差しで見つめているのですが……どうすれば……?
それから志摩子さん?……私の隣でハンカチを引き絞るような……そんな妙な音が聞こえてくるんだけど……気のせいかな? いや、気のせいって言ってほしいんだけどね。

「気のせいではないわ。祐巳さん」

あぁ、やっぱり。というか心を読まないで志摩子さん。

始業時間が迫っていたのでお開きという事になったのだが、部屋を出ようとしたところで、お姉さまに呼び止められた。
たぶんそうなるだろうなぁ、と思っていたので別に驚かなかったが……やっぱり怒られるのは怖いわけで……。

志摩子さんが去り際に「ふぁいと、おー」と励ましてくれた。時々、志摩子さんが遠い人に感じるのは何故だろう?

「祐巳」
「は、はい!」

あさっての方向に思考が飛んでいた私は、お姉さまの凛とした声で我にかえる。
ビクビクしながら次のお言葉を待っていると、お姉さまの口から発せられたのは叱責ではなく盛大な溜め息。
お姉さま。そっちの方がダメージ大きいです……。

「もう。本当にしょうのない子ね……手をお出しなさい」
「へっ?」

私はヘタレた顔で間抜けな声を出しながらも、反射的に両手を前に出した。
とたんに掌に訪れる、コロンとした感覚。

――あ。これは……

「授業が始まる前に、早く食べてしまいなさい」

お姉さまから貰った飴は去年貰ったのど飴とは違い、あまりお姉さまが食べそうにない甘ったるそうな、私が好きそうな、そんな飴だった。私はお礼を言い、パクリと口に放り込んだ。
その飴はとても甘く。私は幸せな気持ちになった。

「その飴、そんなに美味しいの?」

どうやらまた表情に出ていたらしい。お姉さまがクスクス笑いながら聞いてくる。
自分で持ってたくせに美味しいの? なんて聞かないで下さいよ。自惚れちゃいますよ?……私の為に持っててくれたんだって。
ご機嫌が良くなったお姉さまは私のタイを直し、さもついでであるかのように私の頭をなでた。
これは、あれだ。志摩子さんが私の頭をなでたからだろうな……お姉さま負けず嫌いだからなぁ。でも、嬉しい。グッジョブ! 志摩子さん!





お昼休みになってお弁当片手に(お腹はペコペコだったけどさすがに早弁はできなかった)薔薇の館へと向かっていると、前方を行く乃梨子ちゃんを発見した。どうやらこちらには気付いていないようだ。

『チャンスよ! 祐巳!』

謎の人物が私に囁いた気がした。というわけでターゲット・ロックオン!
私は足音を潜め、かつ風のような素早さでターゲット(乃梨子ちゃん)の背後に接近した。

『ターゲット、捕捉範囲内に入りました!』

謎のオペレーターが情報を与えてくれたので、私は『OK! あとは私に任せて!』とノリノリで返しておいた。心の中で。

――ガバっ!!

「うわぁっ!?」
「あははっ! ビックリした? 乃梨子ちゃん?」
「――ゆ、祐巳さまっ!? いきなり何をされるんですかっ!?」
「え? 薔薇の館に行こうとしてたら乃梨子ちゃんを見かけたので、イタズラしてみただけだけど?」
「……何なんですか、その小学生みたいな理由は」
「――むぅ」

溜め息混じりに言われてしまった。ちょっと面白くない。もう少し付き合ってくれても良いのにさ。
腹いせにギュウっと抱きしめて放してあげない。

「……祐巳さま。そろそろ放していただけませんか?」
「やだ」
「はぁ〜……」

乃梨子ちゃんは抵抗もせず、ただ困ったように、呆れたように溜め息を漏らすだけだ。
……つまんない。こうなったら意地でも放してあげないんだからね。

「――祐巳さま。お腹空いてませんか? 薔薇の館に行って早くお弁当食べましょうよ」

頭の良い乃梨子ちゃんはアプローチの方法を変えてきた。さすがだ。

「薔薇の館に着いたらすぐにお茶を入れて差し上げますから。ね?」

私が黙っていると、揺れている事を察した乃梨子ちゃんが優しい口調で追い討ちをかける。これじゃあどっちが年上だか分からない……。
正直、早くお弁当を食べたい。しかしこのまま素直に引いてもいいのだろうか……? もともと少ない年上の威厳というモノが木っ端微塵に砕け散りはしないだろうか……?

私がどうしたものかと「う〜」とか「むぅ」とか唸り続けている間も、乃梨子ちゃんはじっと大人しく待っていた。……あなた本当に年下さんですか?

そんな膠着状態を破ったのは、やたらと通りが良く、張りもある声だった。

「お、お二人共いったい何をなさっていますのっ!?」
「げっ!? 瞳子っ!?」

乃梨子ちゃん。お嬢さま学校に通う者として爐欧叩?瓩呂匹Δ世蹐Α

「ゆ、祐巳さまっ!? これはいったいどういう事ですの!? 乃梨子さんも乃梨子さんです! 白薔薇さまというものがありながら!」

瞳子ちゃんは何だか素敵な誤解をしているようだった。これは訂正しておかないとマズイなって思ったけど、さっきまであんなに大人しくしていた乃梨子ちゃんが必死で私の腕から逃れようとしているので、ついイタズラ心がムクムクと湧いてしまった。

「瞳子! 誤解だって! これは祐巳さまがふざけてるだけで――」
「隠さなくてもいいじゃない乃梨子ちゃん。私たち愛しあってるんだから」
「「――なっ!?」」

うわぁ、二人共同じリアクションだ。仲良いね。

「何たわけた事を言っているんですかっ!? 祐巳さまっ!」

乃梨子ちゃんが真っ赤になって、さっきよりもっとジタバタしだした。なんか可愛いなぁ。去年の聖さまもこんな風に感じてたのかなぁ?
調子に乗った私は、つい余計な事まで言ってしまった。

「どうしてそんな事言うの……乃梨子ちゃん? 今朝だって私の事……あんなに辱めたくせに」
「「――っ!?」」

言うまでもないが、これはカエルの独唱を真っ先に笑われた事である。からかい半分、仕返し半分でわざと紛らわしい言い方をしたわけだが……
乃梨子ちゃんは固まってしまい。瞳子ちゃんは何故かうつむき、心なしかプルプルと震えているように見える。
ちょっとやりすぎちゃったかな、と思った私はつとめて明るい声で種明かしをしようとしたが――

「なーんてね。冗だ「不潔ですわーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」

普段から発声法で鍛えているのだろう瞳子ちゃんの声にあっさりかき消されてしまった。
そして言い終わるか終わらないかのタイミングで、瞳子ちゃんの姿がブレた。
そう思った次の瞬間、私の視界にきらめく光が広がった――

――気付いた時には目の前に青空しかなかった。

あぁ、仰向けに倒れているのだなと悟った時、隣で同じように倒れている乃梨子ちゃんに気付いた。
瞳子ちゃんはもうどこかに行ってしまったらしく姿が見えない。
乃梨子ちゃんも意識があるようだが、まだ立ち上がれるほどには回復していないらしい。しばらく二人で仲良く青空を見上げる。
……太陽が眩しいなぁ。

「ねぇ、乃梨子ちゃん?」
「……何でしょう? 祐巳さま」
「さっきの瞳子ちゃんの攻撃ってさ……頭突きかなぁ? それともドリルかなぁ?」
「私はドリルじゃないかと思ってますが……」
「……瞳子ちゃんって女優より格闘家目指した方がいいんじゃないかな?」
「それを瞳子に言う時は、私のいない時にして下さいね。祐巳さま」
「乃梨子ちゃん。冷たい……」

非難の眼差しを乃梨子ちゃんに向けようと視線を空から地上に移したら、こんな目にあってるのにしっかりと握りしめられた自分のお弁当の袋が見えた。
中味寄っちゃったかなぁ……。


どちらかがよろけたら片方が支えて、という事をくり返しながら私と乃梨子ちゃんは薔薇の館にたどり着いた。気分は戦友だ。

「「ごきげんよう」」

乃梨子ちゃんと二人、ハモリながらビスケット扉をくぐると、そこには志摩子さんしかいなかった。
別にお昼は必ず薔薇の館で、と決まっているわけではないのでこういう事もあるにはあるのだが……
なんだか志摩子さんの様子がおかしいような……?

「あら、二人共。もう逢引は終わったのかしら?」
「「………………え?」」

えぇと……志摩子さん? 逢引って……?

「……チクリやがったな瞳子」

隣で乃梨子ちゃんがボソリと呟いた。
あー……さっきのアレかぁ。瞳子ちゃん、どこかに行っちゃったと思ったら志摩子さんのところに来てたんだ。……ん? ちょっと待って!? じゃあ今頃はお姉さまのところにっ!?

「大丈夫よ、祐巳さん。瞳子ちゃんは私に祥子さまには言わないで下さいってお願いしていったくらいだから、告げ口なんてしないわ」
「へ? そうなの? ……でもなんで瞳子ちゃん、志摩子さんにそんな事お願いしたんだろ?」
「さぁ? 祥子さまの耳に入れると、いろいろ問題が起こりそうだからじゃないかしら?」

あぁ、そっか。私が怒られるだけじゃ済まないよね……たぶん。
というか今朝もそうだけど、心を読まないでってば。

「なんにせよ助かったよ。志摩子さんなら冷静に話を聞いてくれるもんね?」
「えぇ、もちろんよ。祐巳さん。……それで、二人はどこまでいっているのかしら?」
「………………はい?」
「だから、二人は、どこまで、いっているの、か、し、ら?」

し、志摩子さん? 最後の爐、し、ら?瓩里箸海蹇△垢辰瓦可愛く言ってるけど……目がまったく笑ってない気がするのは私だけでしょうか……?

「あの……志摩子さん? 瞳子ちゃんの言ってたのは誤解で、本当は私が乃梨子ちゃんにイタズラしてただけなんだよ?」
「あら? そうだったの?」
「うん。そうなんだよ」

良かった。分かってもらえたみたいだ。さすがは志摩子さん。冷静だなぁ。

「哀しいわ……親友が犯罪者だったなんて」

うぉおいぃっ!? 分かってねぇよ! このふわふわっ!

「志摩子さん! そうじゃなくて! イタズラっていうのは聖さまみたいな感じの――」
「――っ!? 祐巳さん……あなた乃梨子になんてことを……」

聖さまよ。あんたいったいこの娘に何をしたんだい……?

「もう……乃梨子ちゃんからもなんとか言ってよ〜」

たまらなくなって隣にいる乃梨子ちゃんに助けを求めるも返事がない。どうしたんだろう?
うつむき加減のために髪で隠れてしまっている乃梨子ちゃんの顔を覗き込んでみた。

……乃梨子ちゃん? 瞳に光が無くなってるよ……?
あと、そのぶつぶつ呟いている言葉は何語? こんなに近くにいるのにまったく聞きとれないんですけど……?

その時、今まで座っていた志摩子さんが立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。

「――乃梨子」

びくっと乃梨子ちゃんの身体が震える。名前を呼ぶだけでこんな反応をさせるとは……恐るべし、志摩子さん。
私が妙な事に感心していると、乃梨子ちゃんが急にその場で正座をしだした。
……えぇと、何をしているのかな? 乃梨子ちゃん……?

「――祐巳さん」
「は、はいぃぃ!」

私は思わず直立不動で力いっぱい返事をしていた。そして乃梨子ちゃんと同じようにその場で正座した。
どうして? なんていう疑問をもってはいけない。
こうしなければこの薔薇の館から無事に出る事ができないのだと、私は理性ではなく、本能で感じ取ってしまったのだ。

私と乃梨子ちゃんが解放されたのは、お昼休みが終わるほんの少し前だった。もうお弁当を食べるどころか、この痺れまくった足で五時間目に間に合うのかどうかも怪しい時間だ。まだ立つこともできずに床に転がっている状態なのだから……。
こんな事なら早弁すれば良かったよぅ……お腹へったぁ〜……。

「かわいそ、かわいそなのです」

志摩子さんは右手で私、左手で乃梨子ちゃんの頭をなでなでしながら至福の表情をしていた。
そこには疑惑や不信、なんて感情はカケラも見えない。
ひょっとして志摩子さんは最初から瞳子ちゃんの誤解だと分かっていたんじゃなかろうか……?
それなのに私たちの頭をなでなでしたいが為にこんな仕打ちをしたのでは……?
まさか……ねぇ? 志摩子さんに限ってそんな事…………この人ならありえるなぁ……。

「あら、祐巳さん。何か言いたい事がありそうね?」
「ひぃっ!」

結局お弁当は五時間目が終わってから食べた。今までで一番美味しいお弁当だった。
……ちょっと寄ってたけど。





放課後になり、またまた薔薇の館へと向かう私。志摩子さんと二人きりになりませんように、と願いながら……。

「……ごきげんよぅ」

びくびくしながらビスケット扉を開くと、そこには志摩子さん……だけではなくお姉さまもいらっしゃった。
……タスカッタ。

「ごきげんよう。祐巳。どうかして?」
「い、いいえ。なんでもありません。あ、お茶のおかわり入れますね」

私がお茶の用意をしていると、乃梨子ちゃんが「ごきげんよう」と部屋に入ってきた。
荷物を置くとすぐに私の手伝いをしに隣に来てくれた。あいかわらずよく気がきく子だ。

「あの……乃梨子ちゃん。その……お昼はゴメンね」

私は昼の事を詫びた。もともと私が妙なイタズラ心を出さなければ、乃梨子ちゃんは瞳子ちゃんのドリルアタック(五秒前に命名)を喰らう事もなかっただろうし、志摩子さんにお仕置きをされる事もなかっただろうから。

「え? なんの事ですか? 祐巳さま?」

……すべてを無かった事にする気かよ、この娘。なんてぇ荒技を使うんだい、乃梨子ちゃんよぉ。
もう、深く考えない事にしよう……それが白薔薇さん家と上手く付き合ってく最良の方法に違いないから……。

その後は急ぎの仕事がある事もあり、皆黙々と作業を進めた。
それにしてもあれだなぁ、私も最近はずいぶんと仕事に慣れてき――

「祐巳。あなたここ間違ってるわよ」

――ぎゃふん。

「す、すいませんお姉さま……」

あぁ……怒られちゃうよぅ。
私はうつむいて、来るべき叱責に耐えようと身を強張らせた。しかしいつまで経ってもお姉さまは何も言ってこなかった。
不思議に思って恐る恐るお顔をうかがうと、そこには何かを思案するようなお姉さまのお美しい顔が……。
どうしたんだろう……?

「あ、あのぅ……お姉さま?」
「――祐巳。」
「は、はいぃ!」
「妙な返事しないの。……私考えたのだけれど、これからは何かミスをする度にペナルティをかそうと思うの」
「……へ?……ペナルティ?……それはつまり罰ゲーム……って事でしょうか?」
「そうね。ひらたく言えば罰ゲームね」

お姉さま? 何故そんな江利子さまみたいな発想を……?
私がそう疑問に思っている間に、お姉さまは私以外の人の意見を聴き、さっさと可決してしまった。

「……私の意見は無視ですか?」
「あら、祐巳は嫌なの? でも多数決で決まった事だから仕方がないわよね?」

絶対確信犯だよ……。
でも、得意げにそんな事を言うお姉さまは、なんだか子供みたいで可愛かった。だから良しとしよう。
……我ながら単純だなぁ。

お姉さまの、じゃあ今からスタートね、という言葉でまた仕事を再開した私たち。
ミスさえしなければ、普通に仕事をするだけなのだから別に気にする必要ないだろう。

「………………………………。」

「……………………………………。」

「…………………………………………。」

罰って、いったい何をさせられるんだろう……? しっぺとかじゃないよね……? うぅ……痛いのはヤダなぁ……でも罰って言うくらいだから嫌な事なんだろうなぁ……あぁ、でもでもお姉さまがそんなに酷い事したりするはずないだろう……いやいや、お姉さまは何でもそつなくこなす方だし、意外とこういう方面も完璧主義かも……はあぁぁ……怖いよぅ……。

「祐巳。あなたそこの計算間違ってるわよ」
「えぇっ!?」
「じゃあ、罰ゲームね」

固まる私を放置して、お姉さまは部屋の隅っこに置かれた箱の中をゴソゴソと探っている。
あの箱いつからあったんだろう?……というかお姉さま? もの凄く嬉しそうに見えるのは私の気のせいでしょうか……?

「さぁ、祐巳。コレをお着けなさい」

そう手渡されたのは、カチューシャみたいに見えるが……機能的にこれ必要なのかな? と思われる部分がある……これは……うん。アレだ。

「――タヌキ耳っ!?」
「大きな声ださないの。さぁ、早くお着けなさい」

いつもより瞳をキラキラさせたお姉さまにさぁさぁ、と急かされては着けないわけにいかない。
いかないのだが……一つだけ確認しておきたい事がある。

「……お姉さま。一つ質問しても宜しいでしょうか?」
「えぇ、いいわよ。何かしら?」
「どうしてこんなモノを持っ「さぁ、そろそろ仕事に戻りましょう」――えぇえぇぇっ!?」
「祐巳。あなたなんて声だしてるの。はしたない」
「……す、すみません」

正直、え? 私が悪いのっ? とは思ったが、そんな事を口にしてはならない。それが姉妹ってもんだ。

「ちなみに、まだ色々あるからミスしたらどんどん増えていくわよ」
「――っ!? 精一杯働かせていただきますっ!!」

しかし私の気合は見事に空回りし、仕事が終わる頃にはタヌキ耳+スクール水着&メイド口調という、いっそ消えて無くなりたいと願うほどの状態になってしまった。

確かにミスをした私が悪いですよ。えぇ、それは認めます。でもね、お姉さま……そして志摩子さん。あなた方は私にミスが無いか、鷹のような目で探してませんでしたか? それこそ砂利の中から砂金を探しだす時のように……砂金を探しだす時のようにっ!

私が呪詛の念をこめた眼差しを向けていると、目が合った志摩子さんは天使のようなあどけない笑顔になった。

「にぱ〜〜☆」

私の頭に着いているタヌキ耳は志摩子さんにこそ相応しいと心の底から思った。

あと、乃梨子ちゃん? 真っ赤な顔して鼻の辺りを押さえながら志摩子さんに釘付けになっている乃梨子ちゃんよ。こんな格好をさせられてる私より、志摩子さんの方にドッキンラヴですか? あぁ、そうですか。

「祐巳。紅茶のおかわり入れてもらえるかしら?」
「あ、はい。お姉さま」

私がいつものように返事したとたんに不機嫌な顔になるお姉さま。あぁ……まだ罰ゲーム中だった……。

「か、かしこまりました。……ご主人さま」

言い直すとすぐに笑顔になってくれた。
こんな無邪気な笑顔のお姉さまは妹になって……いや、出会ってから初めて見た。

「祐巳さん。申し訳ないんだけれど、私の分もお願いできるかしら?」
「あ、うん。良いよ……じゃなかった。は、はい。かしこまりました。少々お待ち下さいませ、ご主人さま」

私が言い間違えると射抜くような視線で見てきた志摩子さんは、今はまた「にぱ〜☆」と笑っている。
……この人に逆らってはいけない。私の本能がそう告げていた。

背中に突き刺さるような視線を感じながら紅茶を入れる私。
後ろから「あと一つミスしてくれたら、しっぽも着けられたのに……残念だわ」というお姉さまのつぶやきが聞こえたような気がするが、きっと気のせいだ。そうに違いない。

「お待たせいたしました。ご主人さま。熱いのでどうぞお気をつけ下さいませ」

色々なモノを吹っ切った私は、メイド口調に徹する事にした。
そしてその口調のまま、さっきからずっと疑問に思っていた事をご主人さ……お姉さまに尋ねた。

「ご主人さま。私が身に着けている水着はどうしてリリアンのではなく、小学生用みたいな水着なのでしょうか?」
「それはね、祐巳。たまたまよ」
「……ではご主人さま。この水着にはどうして猜‖瓩判颪れたゼッケンが付いているのでしょう?」
「……たまたまよ。決して初めから祐巳に着せるために用意させた、なんて事は無いのよ」

そんな分かりやすい嘘を澄ました顔で言い切るお姉さまも好きです。ですがお姉さまの事を好きな自分は、ちょっと嫌いになりそうです。


もう時間も遅いので帰ろう、となった時に志摩子さんが恐ろしい事を言い出した。

「家に帰るまでが罰ゲームよね? 祐巳さん?」

うぉいっ!? この姿で帰宅しろとっ!?
なんて事言いやがるのだ。だいたいどこの世界にそんな遠足みたいな罰ゲームがあるというのか。

さすがにこんな事をお姉さまが了承されるはずがないと、私は信じている……信じたい……信じさせて……。

「――そうねぇ。それも良いか「ご主人さまーーっ!?」」

その後の私は必死だった。本気と書いて爛泪賢瓩汎匹爐らいに必死だった。
私は涙目になりながらメイド口調で必死に懇願した。
その甲斐あって最終的には制服姿で帰れる事になったのだが……何故か帰り道でお姉さまに小笠原の家に泊まりに来るようにと、何度も何度も誘われた。
誘ってもらえるのは嬉しいのだが、明日も学校があるし急な事なので丁重にお断りしておいた。
その時のお姉さまの残念そうなお顔が妙に印象に残っている。




一つ戻る   一つ進む