【2026】 お嬢様に松平家の瞳子ちゃん(しょぼん)  (翠 2006-12-01 21:54:03)


※ 何かが色々とおかしなSSです

【No:2000】→【No:2003】→【No:2004】→【No:2007】→【No:2021】の続き


「タイが曲がっていてよ」
放課後、お姉ちゃんと二人きりで館の会議室にいると、突然そう言われた。
「え? 本当?」
慌てて見下ろすと、言われた通り確かに歪んでいるようだ。
「直してあげるわ。じっとしていなさい」
言いながら、細い指先を伸ばしてくるお姉ちゃん。指先一つ取ってみても、やっぱり綺麗だ。
流石は、我が自慢の姉である。
漂ってくる甘い香りに、祐巳は頬を赤らめながら目を閉じた。
端から見ると、恐ろしくアレな雰囲気が漂っているような気がしないでもないが、
この際それは気にしない。
大好きなお姉ちゃんに甘えるのは、祐巳の至福の時であるから。
お姉ちゃんによって、キュッとタイを整えられる。
「身だしなみはしっかりとね」
お姉ちゃんの指先が、名残を惜しむかのように祐巳の頬を撫でて、ゆっくりと離れ――なかった。
「?」
不思議に思いながら目を開けると、お姉ちゃんが困ったような顔をしていた。
「どうしたの?」
「……思い出したわ」
えっと、何を思い出したのだろう? そう思いながら尋ねる。
「何を思い出したの?」
「今朝、するのを忘れていたでしょう?」
その言葉を聞いて、一瞬で何のことか分かった。
今日はしないのかな? ってずっと思っていたから。
なんだ。忘れていただけなのか。それを聞いて安心した……いや、ちょっと許せないけれど。
「今、いいかしら?」
「うん」
頷いて目を閉じると、祐巳の肩にお姉ちゃんの長い髪が掛かった。
「祐巳に幸運がありますように」
耳元でそう囁いて、祐巳の頬にお姉ちゃんがそっと口付ける。
いつも祐巳に幸運があるのは、きっと、こうやってキスしてくれるお姉ちゃんのお陰なのだ。
だから、祐巳もお返しに――。
「お姉ちゃんにも、幸運がありますように」
爪先立ちで背を伸ばし、目を瞑ったお姉ちゃんの頬に口付けた。
「あるに決まっているわ。だって、祐巳がそう祈りを込めてキスしてくれたのだもの」
目を開けて、お姉ちゃんが言ってくる。
「うん」
祐巳が頷くと、お姉ちゃんがやさしく微笑んでくれた。
お姉ちゃんのこの笑顔は、いつも祐巳に向けられている。
けれど……いずれは結婚して、お姉ちゃんは祐巳から離れていくだろう。
そう考えると、とても寂しく思う。
だから、今この時、この場面を大切にしようと思う。
お姉ちゃんと過ごす時間の一秒一秒が、祐巳の大切な宝物なのだ。
(お姉ちゃんも、同じ気持ちなのかな……)
祐巳がそう考えていると、 「あのう」 と背後から申し訳なさそうな声が聞こえてきた。
振り向くと、何時の間にか扉の所に――。
「お邪魔のようですが……祥子お姉さま、大変です」
気まずい表情を浮かべている瞳子ちゃんが立っていた。



「昼休み、志摩子さまと乃梨子さんが密会していたんですけれど」
乃梨子さん、とは二条乃梨子さん。瞳子ちゃんのクラスメートで、友人だそうだ。
「その話なら、祐巳に聞いたわ」
そうなのである。今日の昼休み、瞳子ちゃんと一緒に、祐巳はそれを見ていた。
そして、今から少し前に、そのことをお姉ちゃんに話したのだった。
「そうですか。あ、でも、その後のことは知らないですよね」
(その後?)
そういえば、祐巳は瞳子ちゃんよりも先に、その場を後にしたのだった。
だとしたら、その後で何かがあったと言うことなのだろう。
ふふん、と祐巳に向かって鼻を鳴らし、誇らしげに瞳子ちゃんが言った。
「志摩子さまが、乃梨子さんに何かを渡していたんです」
それは、二十五センチほどの大きさの袋だったらしい。
けれど、中身までは分からなかったので、意を決して乃梨子さんの鞄の中を覗いたそうだ。
他人の鞄を勝手に覗くなんて、よくやるなぁ、と思った。祐巳には、絶対に真似できない。
なんたって、超お嬢様だから。それに、常識人なのだ……おそらく。あんまり自信ないけれど。
「それで、中身は何だったの?」
「仏像です。祥子お姉さま」
「ぶ、ぶつぞう?」
お姉ちゃんが、平仮名で驚いている。
当然だ。いくらなんでも仏像はないだろう。仏像は。
「あのさ、現実的に有り得るようなことを言おうよ」
呆れながら祐巳が言うと、瞳子ちゃんが自分の両目を指差しながら言った。
「祐巳お姉さま、本当なんです。この目で確かに見たんですから」
どうやら真実らしい。すると、志摩子さんがその仏像を持ってきたということになる。
志摩子さんが仏像だなんて、似合わないし、信じられない。
「仏像……そう、仏像ね」
お姉ちゃんが、何かを考えるように腕を組んだ。
今ここにいるのは、いつもの甘々なお姉ちゃんではなく、完璧なる乙女と呼ばれるお姉ちゃんだ。
「何かに使えそうね」
と、唇の端を僅かに吊り上げ、ふふっと笑みを零す。まるで、悪の女王様。
けれど、そのターゲットとなるのが自分でなければ、祐巳はそんなお姉ちゃんも大好きだ。
まぁ、それは置いといて――。
瞳子ちゃんが、持っていた鞄からレポート用紙を取り出して、お姉ちゃんに手渡した。
「実は私、授業中に内職いたしまして」
渡されたレポート用紙をチラリと見て、お姉ちゃんが笑みを深めた。
「 『迷探偵瞳子の事件簿・消えた仏像の謎』 ……流石ね、瞳子ちゃん」
やさしい笑みを浮かべたまま、用意のいい瞳子ちゃんを褒め称えるお姉ちゃん。
「いえ、それほどでも。瞳子、以前から作・演出にも興味がありましたし」
褒められて照れている、演劇部所属の瞳子ちゃん。
姉妹だから、祐巳にはよく分かった。
お姉ちゃんは特に、タイトルの漢字を間違っているところがお気に入りのようだ。
「祐巳も見る?」
お姉ちゃんが、レポート用紙を祐巳に渡してくる。
受け取り、パラパラっと適当にめくって内容を確認して、祐巳は心の中で大きく溜息を吐いた。
閉じたレポート用紙を、お姉ちゃんに返す。
「ところで、これの主役は瞳子ちゃんなのかしら?」
「ご心配なさらないで。薔薇のお姉さま方にも、それぞれ見せ場は作ってあります」
お姉ちゃんが、非常に困った顔をした。
確かにそうだろう。だって、いらない。あんな役はいらない。
仏像を掲げて声高らかに、 『これは、あなたの物ね?』 なんて新入生の前で叫びたくない。
「そう……でも、このままでは使えないわね」
「そうですか?」
お姉ちゃんに言わせると、瞳子ちゃんの考えたシナリオは結構穴だらけらしい。
小道具が仏像というだけで、既に色々とダメっぽい気がするのだけれど、
その辺りは、お姉ちゃんがうまく修正するだろう。きっと。
その時には、 まずタイトルの 『迷』 ってところを修正することをお勧めする。
「ええ。でも、全く使えないというわけではないの。その辺りは私が考えておくわ」
「分かりました」
素直に頷く瞳子ちゃん。
開けていた鞄を閉じて、扉に向かってクルリと身体を回転させる。
「じゃ、瞳子部活に行って――」
言っている途中で何か思い出したことでもあったのか、瞳子ちゃんが急に黙り込んだ。
その場で半回転して、祐巳へと視線を向けてくる。
けれど、チラチラと祐巳を見るだけで何も言ってこない。
「どうしたの?」
「その……」
なんだか、非常に言い難そうだ。
落ち着きなく視線を、あちこちに彷徨わせている。
おまけに、怒っているような哀しいような、今にも泣き出しそうな、複雑な表情を浮かべていた。
「うん?」
祐巳が先を促すと、瞳子ちゃんが気まずそうに視線を逸らした。
らしくないなぁ、と思っていると、斜め前の床へと視線を落として尋ねてくる。
「さっき……何してたの?」
元気がない。声が小さい。
心なしか、自慢の縦ロールも、今の瞳子ちゃんの心境に合わせて垂れ下がっているように見える。
「さっき?」
「キス……してた」
おまけに口調も、学園では滅多に使わないものに変わっていた。
「親愛のキスなんだけど。それと、ちょっとしたお呪い、かな?」
「お呪い?」
「幸運がありますように、って」
「……私の知らないところで?」
「それは……」
どうしようもないことだと思う。
まず、住んでいる家が違う。次に、これは祐巳とお姉ちゃんだけの習慣だ。
そして、普段は朝、屋敷を出る時にするのだが、今日はたまたま忘れていただけだ。
それに、瞳子ちゃんの家族は、祐巳同様、瞳子ちゃんを溺愛しているから、
そんな場面を見られた日には、どうなるか分かったものではない。
「……いつも、してたの?」
「う、うん」
習慣だから当たり前のように、毎日している。
たまに、そのことを知っている由乃さんにからかわれるけれど気にしない。
由乃さんも、本気でからかっているわけではないし。
それに――キスする度に照れはするけれど、恥ずかしいとは思わない。
だって、大好きな人とキスするのに、どうして恥ずかしいなんて思う? 
「そう、いつもしてたの……」
返事はするが、分かっているのか、分かっていないのか判断できない。
俯いて、床に視線を落としたままだから。
瞳子ちゃんは本気で落ち込むと、こんな風になる。
それでも彼女は、こういう姿を他人には決して見せない。
見せるとしたら、気を許している相手。
祐巳か、お姉ちゃんか、あとは親戚である優お兄ちゃんくらいだろう。
(可愛がってたからなぁ)
過去を思い出し、遠い目をする。
優お兄ちゃんと同様、自分に妹ができたみたいで嬉しくて、祐巳は瞳子ちゃんを、
可愛がって可愛がって、これでもかっ! というくらいに可愛がった。
その結果、何処に出しても恥ずかしくない、立派なお姉ちゃん子になってしまった。
普段は、そんな素振りは全く見せないのだけれど、何かの拍子にそれが出るみたいで、
その時は甘えに甘えてくる。
あなた、本当に瞳子ちゃん? 
と、それを知っているはずの祐巳が疑問に思うくらいの豹変ぶりだ。
それはさておき――。
(さて、どうしようか?)
俯いている瞳子ちゃんの前で、祐巳は腕を組みながら少し考えて――。
『お姉ちゃん』
隣にいるお姉ちゃんに目配せした。
『ええ』
瞬時に理解してくれたらしく、お姉ちゃんが小さく頷く。
姉妹の愛コンタクト (誤字にあらず) は、今日も快調で良好で完璧なようだ。
お姉ちゃんが、俯いている瞳子ちゃんにそっと忍び寄る。
それを確認しながら、祐巳は正面から瞳子ちゃんに近付いた。
「ねぇ、瞳子ちゃん」
「何?」
ムスっとした表情で、不貞腐れているように返事をしてくる。
そんな瞳子ちゃんの頬に、祐巳は――。
「瞳子ちゃんに幸運がありますように」
「あなたに幸運がありますように」
お姉ちゃんと二人で、同時に口付けた。
「ッ!?」
左右からキスをされ、瞳子ちゃんが目をまん丸にして、凄く驚いた表情になった。
「な、な、な、な……」
顔を真っ赤にして何かを怒鳴ろうとして――でも、結局何も言えないまま俯いてしまう。
「親愛のキスのお味はどう?」
悪戯っ子みたいな表情を浮かべて尋ねると、瞳子ちゃんが物凄い勢いで祐巳へと振り向き、
気の強そうな眉を更に吊り上げた。
「知りませんっ」
叫んで、ドスドスと大きな足音を立てながら部屋から出て行く。
けれど祐巳には、瞳子ちゃんの耳たぶが薄紅色に染まっているのがハッキリと見えた。
くすっ、と笑みを零す。
「素直じゃないなぁ」
「素直じゃないわね」
どうやら、それを見ていたらしいお姉ちゃんと同じことを口にして、顔を見合わせ一緒に苦笑い。
「あの様子なら、きっと大丈夫だと思う」
「そうね。明日には、いつもの瞳子ちゃんに戻っていると思うわ」
二人で、瞳子ちゃんが出て行った扉へと視線を向ける。
彼女は生意気だけれど、祐巳にとっても、お姉ちゃんにとっても、
幼い頃から可愛いがってきた、実の妹のような存在なのだ (妹度で負ける気がしないが) 。
瞳子ちゃんの様子がおかしいと、祐巳の調子が狂い、祐巳の様子がおかしいと、
お姉ちゃんの調子も狂ってしまう。
勿論、順番が逆でも同じである。
だから、ああなってしまったら早々に戻しておくに限る。

それにほら、物足りないじゃない。

やっぱり瞳子ちゃんは、少し生意気でなくっちゃね――


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