それは小さな目醒めだった。
願ったものは平和な日常
望まない異変がもたらしたものは
壊れてゆく世界と
壊れてゆく日常と
壊れてゆく人々と
そして新たな兆しだった
『真・マリア転生 リリアン黙示録』 【No:2022】から続きます。
「ゴロンタは大丈夫かしら」
その場の悪魔をほとんど一人で殲滅した後で、志摩子は呟くように言った。
ここに来る途中で目撃したのは、人の顔をした鳥に襲われていたゴロンタだった。
鳥の方は一瞬で叩き落したものの、ゴロンタは既にかなりの傷を負っていて、人々の避難とあわせて乃梨子を一度さがらせたのだ。
その言葉は乃梨子に聞いたというわけではなかったのだろうけれど、乃梨子は即座に反応した。
「ちょっと見てくるね」
「あ、乃梨子」
元気に走っていく乃梨子の後姿を見て、志摩子は苦笑した。
自分から動くことを厭わない性格は好ましいものだが、もう少し乃梨子の顔を見ていたかったから二人で一緒に行こうと思っていた志摩子としては笑うしかない。
止める間も無く走り出した乃梨子の後を追うように、志摩子は仕方なく一人で歩き出した。
さびしい、というわけではない。
ただ、戦いに高ぶった精神が、乃梨子の顔を見ていると落ち着くのだ。
待つほどもなく戻って来た乃梨子の姿をみとめて、志摩子の顔に笑みがこぼれる。
随分と急いで戻って来たようだと思ったのだが、少し違った。乃梨子はひどく慌てていたのだ。
「志摩子さん、ゴロンタが!」
その様子に志摩子は顔色を変えた。
「どうしたの?」
「ええと、とにかく来て。見たほうが早いから」
志摩子が血相を変えて飛び込んできた時、ゴロンタは既に傷の手当を受け終えていた。
丸くなって休んでいたゴロンタは、やってきた志摩子の姿をみとめてむくりと立ち上がった。
二本足で。
そして言った。
「ワタシハ魔獣ケット・シー。助ケラレタ恩義ニヨリ、望ムノナラバ仲魔ニナロウ」
「……………」
志摩子の目が点になった。
「し、志摩子さん?」
乃梨子の声にはっと我にかえる。
「ええと、ケット・シー?」
「イカニモ」
それはたしか、スコットランドに伝わる猫の妖精だったか。『長靴をはいた猫』はそれを土台としたものだという話もあるが、それはさておき。
「………ゴロンタ?」
ゴロンタはニヤリと笑った。
「大シタ力ハ無イガ、仲魔ニシテオケバ便利ナコトモアロウ」
「……ええ、そうね」
呆然とした表情をしていた志摩子はここでようやく笑みを見せた。
「よろしくお願いします」
「デハアラタメテ。
ワタシハ魔獣ケット・シー。コンゴトモヨロシク」
ゴロンタは胸に手を当て一礼した。
帽子があれば完璧だなと乃梨子は思った。
「それにしても、ゴロンタがケット・シー? だったなんて」
ただ成り行きを見ていただけだった乃梨子は、我慢しきれなくなったように口を挟んだ。
「此度ノ異変デ何ガシカノ『力』ニ目醒メタモノハ少ナクナイ」
そう言ってゴロンタは意味ありげに二人を見た。
「人間モ含メテ、本来ナラバソノ多クハ何モ知ラズ、何モ起コラズ生涯ヲ終エルモノガホトンドダッタロウ」
「なるほど………ところで」
乃梨子はこめかみのあたりを指でかきながら言った。
「この違和感はともかくとして、読みにくいから普通にしゃべってくれないかな」
「……ソウ言ハレテモ」
ゴロンタは思案顔だ。
「無理?」
「……それでは悪魔っぽくないのではないか?」
「そんな理由かよ!」
何故かしょうもない会話を続ける2人(1人と1匹?)を、ただ志摩子が微笑ましそうに見守っていた。
これ以降、志摩子の傍には一匹の猫が付き従うようにしている姿がよく見かけられたり、乃梨子がやきもきしたとかしないとか言われたりしたが、その真偽のほどは定かでない。