放課後の薔薇の館。
生徒会関係者一同は、来月に迫った学園祭関連の資料を、総出で処理している真っ最中だった。
(ありゃ、ココは分かんないなぁ)
作業の手が止まったのは、紅薔薇のつぼみ福沢祐巳。
周りの皆は、ほとんど無言でサッサと書類を始末していく。
分からないと言えども、このまま無駄に時間を費やしている暇はない。
祐巳は、姉である紅薔薇さま小笠原祥子に、素直に教えてもらうことにした。
「あの、お姉さま。ここが分からないのですが」
「どこ?」
仕事を中断させられて不機嫌になるかと思ったが、意外にもそんなことはなく、祐巳が差し出した資料を覗き込んだ祥子。
「この部分なのですが」
「あぁ、ここはね……」
祥子は、柔らかい笑みを浮かべながら、祐巳を見た。
「ここは、パーっとやって、チャチャチャとすればポーンよ」
「……はぁ?」
「だから……」
困惑顔の祐巳を尻目に、同じ事を繰り返す祥子。
「分かった?」
「はぃ……」
実際はサッパリ分からなかったのだが、食い下がって機嫌を損なわれても困る。
祐巳は、仕方なく頷いた。
よく見直してみれば、そう難しいことではなかったので、取りあえずは進めることが出来た。
しかし、再び分からない箇所が現れた。
先ほどのこともある、祐巳は、今度は黄薔薇さま支倉令に教えてもらうことにした。
「あの、黄薔薇さま、ここを教えていただきたいのですが」
「んー、どれどれ?」
祥子が、なんで私に聞かないの? と取れる視線を送ってくるが、気づかないフリした祐巳が差し出した資料に目をやる令。
「この部分なのですが」
「あぁ、ここはね……」
令は、柔らかい笑みを浮かべながら、祐巳を見た。
「ここは、ガーっとやって、スペペペとすればドーンよ」
「……はぁ?」
「だから……」
困惑顔の祐巳を尻目に、同じ事を繰り返す令。
「分かったかな?」
「はぃ……」
実際はサッパリ分からなかったのだが、食い下がって機嫌を損なわれても困る。
祐巳は、仕方なく頷いた。
似たような資料が無かったかと、終わった山を探してみれば、そう手間なく見つかったので、取りあえずは進めることが出来た。
しかし、三度分からない箇所が現れた。
先ほどのこともある、祐巳は、今度は白薔薇さま藤堂志摩子に教えてもらうことにした。
「ねぇ志摩子さん、ここを教えてもらいたいんだけど」
「どこかしら?」
祥子と令が、なんで私に聞かないの? と取れる視線を送ってくるが、気づかないフリした祐巳が差し出した資料に目をやる志摩子。
「この部分なんだけど」
「あぁ、ここはね……」
志摩子は、柔らかい笑みを浮かべながら、祐巳を見た。
「ここは、サーっとやって、ピロリーンとすればホエーよ」
「……はぁ?」
「だから……」
困惑顔の祐巳を尻目に、同じ事を繰り返す志摩子。
「分かった?」
「ぅん……」
実際はサッパリ分からなかったのだが、食い下がって機嫌を損なわれても困る。
祐巳は、仕方なく頷いた。
前に同じような資料を見た記憶があったので、冷静になって考えてみれば、なんとか思い出せたので、取りあえずは進めることが出来た。
しかし、四度分からない箇所が現れた。
先ほどのこともある、祐巳は、今度は黄薔薇のつぼみ島津由乃に教えてもらうことにした。
「ねぇ由乃さん、ここを教えてもらいたいんだけど」
「どこかな?」
祥子と令と志摩子が、なんで私に聞かないの? と取れる視線を送ってくるが、気づかないフリした祐巳が差し出した資料に目をやる由乃。
「この部分なんだけど」
「あぁ、ここはね……」
由乃は、柔らかい笑みを浮かべながら、祐巳を見た。
「ここは、ニャーっとやって、ゴロニャーンとすればシャーよ」
「……はぁ?」
「だから……」
困惑顔の祐巳を尻目に、同じ事を繰り返す由乃。
「分かった?」
「うん……」
実際はサッパリ分からなかったのだが、食い下がって機嫌を損なわれても困る。
祐巳は、仕方なく頷いた。
ちょっと混乱していたらしく、よくよく目を通してみれば、いくつか前の資料とほとんど同じ体裁だったので、取りあえずは進めることが出来た。
しかし、五度分からない箇所が現れた。
先ほどのこともある、祐巳は、今度は白薔薇のつぼみ二条乃梨子に教えてもらうことにした。
「ねぇ乃梨子ちゃん、ここを教えてもらいたいんだけど」
「どこですか?」
祥子と令と志摩子と由乃が、なんで下級生に聞くの? と取れる視線を送ってくるが、気づかないフリした祐巳が差し出した資料に目をやる乃梨子。
「この部分なんだけど」
「あぁ、ここはですね……」
乃梨子は、柔らかい笑みを浮かべながら、祐巳を見た。
「ここは、ズバーっとやって、グモモモとすればシュピーですよ」
「……はぁ?」
「ですから……」
困惑顔の祐巳を尻目に、同じ事を繰り返す乃梨子。
「分かりました?」
「うん……」
実際はサッパリ分からなかったのだが、食い下がって機嫌を損なわれても困る。
祐巳は、仕方なく頷いた。
どうせ後で見直すことになるので少しぐらい間違っててもいいかと思いつつ、取りあえずは消化を優先にすることにした。
しかし、六度分からない箇所が現れた。
先ほどのこともある、祐巳は、今度は助っ人の一人細川可南子に教えてもらうことにした。
「ねぇ可南子ちゃん、ここを教えてもらいたいんだけど」
「どこですか?」
祥子と令と志摩子と由乃と乃梨子が、なんで部外者に聞くの? と取れる視線を送ってくるが、気づかないフリした祐巳が差し出した資料に目をやる可南子。
「この部分なんだけど」
「あぁ、ここはですね……」
可南子は、柔らかい笑みを浮かべながら、祐巳を見た。
「ここは、ドスッとやって、ドガガガガとすればチョーンですよ」
「……はぁ?」
「ですから……」
困惑顔の祐巳を尻目に、同じ事を繰り返す可南子。
「分かりました?」
「うん……」
実際はサッパリ分からなかったのだが、食い下がって機嫌を損なわれても困る。
祐巳は、仕方なく頷いた。
もう何が何だか全然頭が回らなくなっていたが、だからと言って仕事をしないわけにはいかないので、少なくともフリだけはしていた。
しかし、やっぱり分からない箇所が現れた。
先ほどのこともある、祐巳は、今度はもう一人の助っ人松平瞳子に教えてもらうことにした。
「ねぇ瞳子ちゃん、ここを教えてもらいたいんだけど」
「どこですか?」
祥子と令と志摩子と由乃と乃梨子と可南子が、なんでドリルに聞くの? と取れる視線を送ってくるが、気づかないフリした祐巳が差し出した資料に目をやる瞳子。
「この部分なんだけど」
「あぁ、ここはですね……」
瞳子は、少し優越感を含んだ笑みを浮かべながら、祐巳を見た。
「ここは、この数値を参照して、こことここの計算結果を書き込めばOKですわ」
「……はぁ?」
「ですから……」
困惑顔の祐巳を尻目に、同じ事を繰り返す瞳子。
今までがアレだったので、キチンと説明してもらえたにも関わらず、素直に頭に入って来なかった。
「分かりました?」
「うん、スッゴイ、とっても、めっちゃ、完璧、スペシャル、ハイパー、ブラボー!!!」
ワケが分からないことを喚きながら、満面の笑みで瞳子に抱きついた祐巳。
「ちょっと祐巳さま!? どうして抱き付くのですか、やめて下さいまし!」
鬱陶しそうな口調の瞳子だったが、表情は何故か少し嬉しそうだった。
「だって、誰に聞いても、モゲーとかスチョポロポーンとかブロロロロォとか、さっぱり要領を得なかったんだよね。瞳子ちゃんだけだよ、ちゃんと教えてくれたのは」
憮然とした表情の一同の中、祐巳と瞳子だけは、なんだかとても良い雰囲気だった。
次の日の放課後、瞳子のお茶だけが用意されていなかったが、そのために祐巳を動かす結果となり、かえって思惑が外れた大人気ない山百合会関係者は、恨みがましい目付きで、瞳子を睨み付けるのだった……。