【2038】 運命という名の悪意  (杏鴉 2006-12-08 05:35:57)


『藤堂さんに古手さんのセリフを言わせてみる』シリーズ

これは『ひぐらしがなく頃に』とのクロスオーバーです。惨劇は起こらない予定ですが、どうぞご注意を。

【No:2006】→【No:2025】→【No:2032】→コレ






――再会――


私とお姉さまはお互いに一言も話さないまま、薔薇の館にたどり着いた。
館に入ったとたんにお姉さまは私から手を離した。もう捕まえておく必要はない、とばかりに……。
ずっと繋いでいた手は少し汗ばんでいて、生ぬるい室温でもヒンヤリと感じた。

「祐巳。早くいらっしゃい」

知らず知らずのうちにうつむいていた顔を上げると、もうすでに階段の踊り場に立つお姉さまと、目が合った。
でも逆光のせいでお姉さまの顔がよく見えない。どんな表情をしているのかも、よく分からない。
私は無言で階段を上りながら、自問した。

――本当に逆光のせいなの?……と。

自分で言うのもなんだが、今日の私はまるで使いものにならなかった。
ミスを連発し、仕事をしているというより邪魔しているという方が正しかったと思う。
でもお姉さまは間違いを指摘するものの、叱りつけたりはしなかった。もちろん昨日のような罰ゲームもなかった。
それが私を無性に悲しい気持ちにさせた……。

あの志摩子さんも私とお姉さまの間の微妙な空気を察したのか、昨日のように悪ノリをする事はなく、仕事に集中していた。

もう今日は終わりにしましょう、とお姉さまが言い、帰り支度を済ませた私たちは館の扉を閉めた。
いつものように姉妹ごとに別れて歩く道のりが、今日はとても長く感じる。

どうしてこんなに気分が重いんだろう……?
大好きなお姉さまと一緒に帰れるというのに……。

理由なんて分かりきっている。あの記念碑の一件だ。

――お姉さまに拒絶された。

今までいっぱい叱られたり、呆れられたりもした。でも拒絶なんてされた事なかったのに……。
どうして?……あの記念碑は、そんなに見てはいけない物だったのだろうか?
……いっそあの場所なんて忘れてしまえば良かったのに……お姉さまと無言で歩いた道のりは、今もくっきりと頭に残っている。こんな時だけ無駄に働く自分の記憶力が恨めしい。

無意識に出た溜め息に、お姉さまからの視線を感じる。
……聞くなら今だ。
うつむいた顔を上げて、ちゃんとお姉さまの目を見て、いつもよりほんの少し明るい口調で
『お姉さま。さっきの記念碑みたいな物は何だったのですか?』
これだけで良い。これだけで良いのだ。さぁ、祐巳。顔を上げて。

「お姉さ――」

それ以上は言えなかった。言えるはずも無かった。

『聞くな』

お姉さまの目がそう言っていた……。私はもう口を閉ざしてうつむくより……ほかになかった……。
少し前を歩く白薔薇姉妹が楽しそうに喋っているのを、テレビ画面の向こう側の出来事のようにぼんやりと眺めていた。
私にとって長い長い時間が過ぎ、マリア様のお姿が見えてきた頃、私は教室に忘れ物をしてきてしまった事を思い出した。
どうしよう……。ここからまた引き返すのは面倒くさい……。でもあのプリントの提出日は確か月曜日だったはずだ。……仕方がない。取りに戻ろう。

「あの……お姉さま。私ちょっと忘れ物をしてしまったので、取りに戻りますね……」

その時のお姉さまの顔が忘れられない……。

――疑惑。――不信。

私が嘘を吐き、あの場所に……あの記念碑の所へ行くのではないか、という疑いの眼差し。

あぁ……ズキズキする…………。
いつもはドキドキさせてくれるお姉さまの視線が……今は胸をえぐるように突き刺ささってくる……。

「……教室にプリントを取りに戻るだけですよ。何でしたら一緒に行かれますか?」

なんて嫌らしい言い方だろう……。本当に自分の口から出た言葉だろうか……?

「……いえ、いいわ。……いってらっしゃい」

お姉さまが申し訳なさそうな顔で言った。
……傷つけてしまっただろうか?
居たたまれなくなった私は、一礼だけして踵を返した。

背後で白薔薇姉妹に説明をするお姉さまの声が聞こえる。足が酷く重い……。それでも私は足早にその場を離れた。
今は一人に……お姉さまから離れて一人になりたいと……そう思った。
こんな気持ちになったのは初めてだった……。


プリントを回収した後、久しぶりに一人の帰り道を歩く。
途中、チラリと爐△両貊雖瓩諒を見る。行く気なんてない。けれど気にならないと言えば嘘になる……。
溜め息を一つ吐き、また歩き出す。
もう時間も時間なので校内には部活をやっている人くらいしか残っていないのだろう、とても静かだった。
暑いなぁ……。

再びマリア様のお姿が見えた時、さっきのお姉さまの顔を思い出して、また胸がズキズキしてきた。
胸の痛みもそのままに、私はマリア様に手を合わせ祈りを捧げる。

――マリア様。私は今日、正しく過ごせたのでしょうか……?

「はぁ……」

これは祈りというよりは問いかけだよなぁ、と溜め息混じりに自分で自分にツッコミを入れる。


校門を抜けてバス停に向かっている途中、後ろでクラクションが鳴った。
ちゃんと歩道を歩いていたので自分に鳴らされたとは思わなかったのだが、なんとなく条件反射的に音のした方を見てみると、運転席に座る美人さんが私に手を振っていた。

……あれ? あの美人さんどこかで見たような……?

私が立ち止まって燹瓩鯣瑤个靴討い襪函近寄ってきた車のウィンドウがスーっと下がった。

「久しぶりね。祐巳ちゃん」

助手席越しに私に笑いかけていたのは――

「――蓉子さまっ!?」

今年ご卒業された前紅薔薇の水野蓉子さまだった。
蓉子さまは、タイトスカートのスーツを完璧に着こなしており、どこかの社長秘書みたいに見える。
うわぁ……格好いい。
数ヶ月ぶりに再会した蓉子さまはとても大人っぽくて、私は挨拶も忘れてついボーっと見惚れてしまった。

「祐巳ちゃん。悪いんだけれど、急いで車に乗ってくれるかしら? ここじゃちょっと話し辛いから」

蓉子さまの苦笑まじりの声にハッと我に返って周りを見る。
大通りだから、つっかえて長蛇の列、なんて事にはなっていないが確かに通行の邪魔にはなっている。

「す、すいませんっ!」

私はあわてて助手席に乗り込んだ。
きちんとドアが閉められたのを確認し、ゆっくりと車を発進させる蓉子さま。
……聖さまの運転とは違うなぁ。やっぱり性格とか出るんだなぁ……。
私が妙な事に感心していると「シートベルトを着けておいてね」と横から声がかかった。おっと、いけない。うっかりしていた。
私が慣れない動作でシートベルトを着けていると、蓉子さまが申し訳なさそうに言った。

「ごめんなさいね、祐巳ちゃん。今日はあまり時間がないから、どこかの店でゆっくりってわけにはいかないの。だから祐巳ちゃんを送りがてら用件だけ伝えておくわね。あぁ、祐巳ちゃんのお家はM駅からバスだったわよね? だいたいどの辺りか説明してもらえる?」

矢継ぎ早に紡がれる蓉子さまのお言葉に目をくるくるさせながらも、なんとか家の場所を説明した。
蓉子さまは私の説明を聞き、信号待ちを利用して地図を確認「おおよその見当はついたわ」と在学中と変わらない頼もしい笑顔でおっしゃった。

それからしばらくの間、沈黙が続いた。
さっきの蓉子さまの口ぶりだと偶然私と再会したわけではなく、何か私に用事があって会いに来てくれたようだが……。
話を切り出すタイミングを計っているのだろうか……?

「あ、祐巳ちゃん。冷房キツ過ぎたら言ってね。私ガンガンに効かせちゃうから」
「いえ、大丈夫です。とても暑かったので……」
「そう。…………ねぇ、祐巳ちゃん。最近、祥子とどう? 上手くいっている?」

――ズキ、ズキ。
あぁ……また、胸が……。

「……さっき、祥子達が帰るのを見かけたわ。ひょっとして祐巳ちゃんお休みなのかなって思ったんだけれど。……あの子が後ろを気にしているようだったから、きっと後から出てくるだろうと思って待ってたんだけどね」

お姉さまが私を気にしてくれてた……? 本当に……?

「ケンカでもしちゃった?」
「いえ。ケンカなんて……。ただ、私が悪かったんです」

本当? という視線を横目で送ってくる蓉子さまに私は力無くうなずきを返した。

「……私が行ってはいけない場所に行ってしまったのが悪かったんです……。だからお姉さまは怒ってしまわれて……」

車が静かに停止する。信号待ちかな? そう思って顔を上げてみると、目の前には信号機など無く、車はハザードランプを点滅させて路肩に停まっていた。
福沢家まではまだ遠い。どうしてこんな所で停めるのだろう……?
訝しく思い運転席を窺うと、蓉子さまはとても真面目な顔で私を見つめていた。

「あ、あの……?」

出来れば早く何か喋ってほしい……。お姉さまを筆頭に、山百合会幹部と関るようになって多少免疫がついたとはいえ……いくら同性とはいえ……やっぱり美人さんに至近距離で見つめられるとドギマギするわけで……。

「――祐巳ちゃん。行ってはいけない場所って……ひょっとして、記念碑が建っている場所の事じゃない?」
「え……?」

なんで蓉子さまがそれを知っているんですか……?
驚きのあまり私は口を半開きにしたまま蓉子さまの次の言葉を待った。

「祐巳ちゃん。明日、お昼ご飯一緒に食べない? 私良いお店知ってるのよ」
「…………へ?」

いきなり脈絡の無い事を言われて、つい間抜けな声を出してしまう。
苦笑した蓉子さまに「祐巳ちゃんはやっぱり可愛いわね」と頭をなでられた。
えぇと……それは成長が見られないという意味でしょうか、蓉子さま……?

「――明日ゆっくり話しましょう。記念碑の事も……祥子の事も」

蓉子さまはそれだけ言うと車を発進させた。私が何か尋ねようとしても「また、明日ね」と言って、取り合ってくれなかった。

結局、家の前まで送ってもらいながらも会話らしい会話はしなかった。
まぁ、これは口を開くと色々聞いてしまう私の方に問題があったせいだが……。

「送っていただいて、どうもありがとうございました」
「いいえ。私が強引に車に引っ張りこんじゃったようなものだから。……怒っている?」
「とんでもない! 怒ってなんていませんよ」

ただ、わけが分からないだけで……。

「良かった。……じゃあ、また明日ね。お昼頃、迎えに来るから」
「そんな! わざわざ迎えに来ていただかなくても、お店の場所を教えていただければ私行きますから!」
「鉄道やバスだと少し行きにくい場所なのよ。それに車で行った方が早いわ」
「で、でも……」
「――祐巳ちゃん、私とドライブするの……そんなに嫌?」
「えっ!? そ、そんな事ありませんっ!」
「じゃあ、一緒に行きましょう。それじゃあ明日ね」

そう言って蓉子さまは左手をヒラヒラさせながらウィンドウを閉めてしまった。
えぇと……どうしよう……。
口をパクパクさせていると蓉子さまが犂蹐覆いらさがって瓩箸いΕ献Д好船磧爾鬚靴燭里如慌てて2、3歩後ろへ跳んだ。

蓉子さまは思わず溜め息が出てしまうような美しい笑顔を残して走り去った。

車が見えなくなるまで、私はその場でぼうっと突っ立っていた。
いつしか胸のズキズキした痛みは消え、代わりに得体の知れないモヤモヤが胸に巣くっていた。

明日、蓉子さまと話をすれば、このモヤモヤも消えるだろうか……?






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